ニッポニウムに関してちょっと興味を持ったのですが,なぜニッポニウムは採用されずに,テクチニウムのほうが採用されたのか疑問に思いました.テクチニウムのほうが先に発見されたのでしょうか.それとも,ニッポニウムが存在するということが実験で裏付けられなかったからなのでしょうか.
加えて,さっきURLを参照していたら,「ニッポニウムは後にレニウムであることが証明された」とあったのですが,いったいニッポニウムの正体はTcとReのどっちだったんでしょうか?
そのいきさつ,背景などについて知っている方がいらっしゃいましたら,大筋でかまいませんのでぜひ教えていただきたいと思います.

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A 回答 (3件)

日本関係の名前がついた元素はないのか,ということで,


小川正孝とニッポニウムの話を講義の余談でやったことがあります(だいぶ昔です).
余談ですのでそんなに詳しく調べたわけではありませんし,
今でも詳しくは知りません.

私も検索してURL見てみました.
そうですか,実はレニウムだったらしいんですか.

> テクチニウムのほうが先に発見されたのでしょうか.
小川正孝の報告が1906年,セグレのテクネチウムの人工合成が1937年ですから,
テクネチウムの方が先ということはないですね.

原子番号の大きい元素(84番のポロニウム以降)は安定同位体がなく,
すべて放射性元素です.
83番のビスマスより前の元素は安定同位体があるのが普通ですが,
例外が2つだけあります.
43番のテクネチウムと61番のプロメチウム(1947年)です.

> ニッポニウムが存在するということが実験で裏付けられなかったからなのでしょうか.
こういう発見が認定されるためには追試が必要で,
たぶん追認できなかったのでしょう.
今から考えると,テクネチウムの半減期などからして,
小川の発見が本当にテクネチウムだった可能性はないと思います.

レニウムは原子番号75で,周期表を見ますとマンガンの下がテクネチウム,
その下がレニウムになっています.
したがって,これらの元素の化学的性質はよく似ていることが予想されます.
そういうわけで,レニウムをテクネチウムと誤認してしまったのでしょう.
そのころは,43番元素には安定な同位体がないなんて
もちろんわかっていなかったでしょう.
何せ1906年ですから,
ハイゼンベルクやシュレーディンガーの量子力学より20年前のことです.

レニウムの発見は1925年にドイツで発見され,
ライン川にちなんで名付けられたとのことです.
う~ん,惜しいことしました.
周期表のもう一つ下だと言えば,ニッポニウムになったかも知れなかったですね.
当時の学界情勢からすると,周期表のもう一つ下だと報告しても
実際にどうなったかはわかりませんが.

ニッポニウムで検索すると,吉原賢二東北大学名誉教授が小川正孝の発見を再検討した
仕事があるようです(ume_pyon さんもお気づきでしょうけれど).
そのあたりを見ると,もっと詳しいことがわかりそうですね.

レニウム?という話は全然知らなかったので,私も勉強になりました.
今度講義の余談で触れるときには,そこら辺も調べてからにします.
でも,こういうのは結構大変なんですよね.
2~3分の余談に対して,下調べがその百倍以上の時間を費やしますので.
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この回答へのお礼

わお!なんともすばらしい回答,ありがとうございました!!
これで心の中に引っかかっていたモヤモヤが取れました.
たしかに,1906年に発見,報告というのは,ある意味「早すぎた」のかもしれませんね.もしもあと10数年後に小川博士がニッポニウムの存在を発見していれば・・・.歴史って皮肉なものですね.

お礼日時:2002/01/27 14:18

回答は締め切られたのですが,


前の回答で私自身気になっていたことなどもあって,図書館でいろいろ調べました.
新しくわかったこともありますし,前の回答で誤りの部分もあったこともわかりました.
そういうわけで,サポート担当様にお願いして追加回答を載せていただくことにしました.

人名は敬称略です.

前の回答でもちょっと触れましたように,小川正孝の幻の発見?については,
最近になって吉原賢二(敬称略)の研究があります.
以下の○は主に吉原によるもの,●は私のコメント類です.

● 私の前の回答では小川の報告を1906年と書いたのですが,
これは発見の年だったようで,報告は1908年です.

○ 小川はイギリスのラムゼーのところに留学(1904-1906)しているときに,
ニッポニウムを発見しました.
使った鉱物は方トリウム鉱で,今の視点で見るとレニウムの含有量はものすごく少ない.
同時期にハーン(1879.3.8‐1968.7.28)がラムゼーのところに留学していました.

● ラムゼー(1852.10.2‐1916.7.23)は当時の化学界の大御所で,
He, Ne, Ar, Kr, Xe,と希ガスを発見し,1904年にノーベル賞を受けています.
放射性のラドンを除けば,
希ガスは全部ラムゼー(とその協力者)が発見したことになります.

● ハーンは,のち1918年マイトナーと共にプロトアクチニウム(後述)
を発見することになります.
また,1938年に核分裂を発見し,この業績で1944年のノーベル賞を受けました.

○ ラムゼーは小川の発見を支持,高評価して,ニッポニウムの名前をつけるよう
勧めたとのことです.

○ 小川は帰国してから,国産の輝水鉛鉱(硫化モリブデンが主)からもニッポニウムを
発見し,留学中の成果と合わせて数編の報告を書きました.

○ 追試がうまくいかなかったのは,方トリウム鉱のレニウム含有量が非常に
少なかったためのようです.

○ ニッポニウムの発光スペクトルは当時知られている元素のものではありませんでした.
今の視点で見るとまさにレニウムのスペクトルとのことです.

○ 小川の誤認の原因は原子量の誤りにありました.
これは,前の回答を書いたとき,私も「原子量が違うのになぜ?」と思いました.
小川は塩化物から原子量を得たのですが,Np Cl_2 と思ったので(Np はニッポニウム),
原子量が約 100 になり,42番のモリブデン(原子量 96)と44番のルテニウム(原子量 101)
の間でちょうどよいと思ったようです.
マンガンは2価が安定ですから,ニッポニウムもそうだと思ったのでしょう.
ところが,レニウムは2価は不安定で,小川の分析法だと Re O Cl_4 が
得られるらしいのです.
小川のデータを Re O Cl_4 と解釈して再計算すると,
レニウムの原子量に非常に近い値が出てくるとのことです.

● 誤認して計算した結果が,ちょうど空いていた 43 番元素の原子量にほぼ一致
するなんて,なんたることでしょう.
ただし,当時は原子番号の概念は確立途中です.
後述のモーズレーの法則発見で原子番号概念が確立されたと言えます.

○ 輝水鉛鉱はレニウムの含有量が多いのですが(といっても,他の鉱石に比べて),
モリブデンとレニウムの分離は当時は困難だったようです.
モリブデン(原子量 96)が大部分にレニウム(原子量 186)が少し混ざると,
見かけの原子量は 96 より少し大きくなって,またまた 100 位(?)に見えます.

● 泣くに泣けなくなってきました.

● 原子番号を決定する有力な方法に,元素の特性X線の波長と原子番号が関係づけられる
というモーズレーの法則があります.
これは 1913年の発見ですから小川の報告より後ですが,
レニウムの発見報告(1925年)よりは前です.
したがって,小川が自分のニッポニウム試料の特性X線を分析すれば,
43 番ではなく,その下の 75 番であることに気づいて報告を修正したかもしれません.

○ 小川自身はその測定をやりたいと思っていたようですが,
悲しいかな,当時は日本でそういう測定ができなかったようです.

● モーズレーの法則で原子番号概念が確立した時点で未発見の元素は,
43番テクネチウム,61番プロメチウム,72番ハフニウム,
75番レニウム,85番アスタチン,87番フランシウム,91番プロトアクチニウム,
の7つです(超ウラン元素は除いています).

● 上の7元素は難物ばかりです.
ハフニウムはモーズレー後すぐに発見されました.
ハフニウムは存在量は割合多いのですが,
ジルコニウム(周期表でハフニウムのすぐ上)との分離が難しかったようです.

● テクネチウム,プロメチウム,アスタチン,フランシウム,は
天然に事実上存在しません.

● プロトアクチニウム(上に書いたように1918年発見)も天然の存在は微量です.

● レニウムも非常に存在量が少ないのです.
人工合成された元素は別にして,レニウムは最後に発見された元素のようです.
したがって,小川の取り組んだ問題は当時のレベルからして超難問だったと思います.
それにもかかわらず,小川は時代に先だってレニウムを分離し,
元素と認識していたことになります.

○ 吉原の報告 2) には秘話も載せられています.
小川の晩年(1929か1930年くらい?,レニウム報告より後),
X線のよい装置が日本に入り,ニッポニウムの特性X線の分析をやったようです
(やったのは他の研究者).
結果はきれいななレニウムのデータでした.
小川はこれを聞いてとてもがっかりした様子で帰っていったとのことです.

● 小川はこの結果を聞いて,自分の発見が一部は正しくて一部は間違っていたこと,
を悟ったのでしょう.
そのときの小川の心情を思いやると,涙を禁じ得ません.

○ 小川は東北大学を退官後も研究室に出入りして実験を重ね,
1930年7月3日実験中に倒れ,7月11日に死去したとのことです.
最後まで研究を続けた上の壮絶な死でした.

● 前の回答で
> 当時の学界情勢からすると,周期表のもう一つ下だと報告しても
> 実際にどうなったかはわかりませんが
と書いたのですが,これは大ウソでした.
ラムゼーのお墨付きもあって,
発表後しばらくはニッポニウムが認知されていたようです.
実際,1909 年の周期表には 43 番元素としてニッポニウムが載っているとのことです.

○ 吉原の英文報告 4) のアブストラクトの最後は
Therefore, it is concluded that his discovery of the 'new' element was correct,
but assignment of z=43 was wrong.
と結ばれています.
his は小川のことです.

● 以上のような状況を考えると,小川は本当に不運でした.
当時,レニウムの化学的性質など,もちろん知られているはずもありません.
43 番元素が不安定であることが先にわかっていれば,
新元素の同定も違ったものになったかも知れません.
レニウム発見より先に特性X線のスペクトルを調べることができたら...

● 別の見方をすれば,科学史に名前を残すというのがいかに大変なことかを
物語っているとも言えます.
名前が残っている業績の影には,もうちょっとだったと言うような仕事が
多く隠れているのでしょう.
超人的努力をし,そして運と時代と環境に恵まれた人だけが
科学史に名前を残せるのかも知れません.

● フッ素を最初に単離したのはモアッサン(1886年)ですが(1906年ノーベル化学賞),
それ以前に単離を試みて中毒したり死亡したりした化学者はかなりいたようです.

● 2度のノーベル賞という栄光に輝いたマリー・キュリーも,
それと引き替えに放射能障害で健康を害し,白血病で世を去ることになりました.
娘のイレーヌ・ジョリオ・キュリーもノーベル化学賞を受けましたが,
やはり白血病で亡くなっています.
こう見ると,科学史に名前を残すのも命がけです.

● ume_pyon さんの質問は 1/27 日(というか,1/26 日の深夜かな)ですが,
1/26 は奇しくも小川(1865.1.26-1930.7.11)の誕生日にあたっています.
それとも,偶然ではないのですかね?

私が見た吉原の報告は
1) 吉原賢二,化学史研究,24巻,4号 (1997) 295-305.
2) 吉原賢二,化学と工業,52巻,3号 (1999) 272-274.
3) 吉原賢二,現代化学,1997年6月号 14-18.
4) H. K. Yoshihara, Radiochem. Acta Vol.77 (1997) 9.
です.
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この回答へのお礼

わざわざサポート担当部に直訴してまでご回答してくださって本当に感謝しています!

以上の話を読みながら,私も涙してしまいそうです.
特に,「小川自身はその測定をやりたいと思っていたようですが, 悲しいかな,当時は日本でそういう測定ができなかったようです」という部分に,彼の不遇な運命を感じずにはいられませんでした.
今回のニッポニウムのなぞに端を発して,科学の歴史に名を残せずにこの世を去っていった科学者もたくさんいるんだと強く思いました.

私の投稿日が小川博士の誕生日だったんですね.運命なのでしょうか(^^).そう信じ,よりいっそう化学への研鑽をつんでいきたいと強く思いました.さすがに歴史に名は残せないでしょうけど!?

最後に,私の質問に莫大な時間を費やしてまで答えてくださったsiegmundさんには本当に感謝します!ありがとうございました!

お礼日時:2002/02/01 14:56

簡単に紹介するページがありました。

(参考URL)

要約しますと(一部他のページから補足と私の推論も入れ補足しました。)
 ・ニッポニウムは1908年に天然鉱物中に元素番号43(実際は元素番号75)として小川正孝博士が発見
 ・追試では確認されなかった。(採用、発見が認められなかった最大の理由でしょう。)
 ・ペリエとセグレが1936年または1937年に元素番号43のテクネチウムを発見(最初の人工元素)(テクネチウムが天然鉱物中にあるとした小川正孝博士の発見は否定された形になったと思います。)
 ・吉原賢二博士(東北大学名誉教授)の調査でニッポニウムはレニウムであることを発表する。

参考になるでしょうか?

参考URL:http://www.xt.sakura.ne.jp/~katahira/map/ogawa.htm
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この回答へのお礼

とてもわかりやすく簡潔な回答,ありがとうございました!
ニッポニウムは実際にはレニウムだったのですね.
今後ともよろしくお願いいたします.

お礼日時:2002/01/27 12:49

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ご質問のような表現は化学的にはやや不自然ですが、広範囲の
化合物郡をひとつの概念に包含させるための記述手法として、
特許の請求項(claim)で繁用されます。

> ...wherein,
> R1is H, C1-C6 alkyl, phenyl(C1-C6)alkyl, or....と延々と続いて
> L2 is absent, a bond, -(C1-C4)alkyl-o-, -N(R10)C))-, ...

式中、R1は水素原子、炭素数1から6のアルキル基、
フェニル置換された炭素数1から6のアルキル基、または
xxxであり(を表し)、L2は存在しないか、単結合、炭素数1から4の
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不自然な表記ですから、「-O-」は訳さず化学式のままにするのが
無難でしょう。

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すでに答えは出ているようですが、「濃度」の問題では、

(1)中に溶けているもの(溶質)
(2)溶質を溶かしている「うすめるもの」(溶媒)

の量が必要で、
 (濃度)=(溶質の量)/(溶質 + 溶媒の量)
とうことです。

 常に、「溶質」と「溶媒」の両方の量を明確にすれば、どんな問題にも対応できます。

この問題の場合には、溶質が「mol」単位で、「溶質 + 溶媒の量」が「リットル」ですので、それで統一して明確にしていきます。

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Qイオン化傾向はK,Ca,NaなのかK,Na,Caですか?

イオン化傾向は高校の化学で習いますが、高校時代はK,Ca,Na,Mg・・・と教わります。ところが大学の無機の先生からは本当はK,Na,Ca,Mg・・なんだよと分厚いデーター集を見せられて、ほらココに書いてあると教わりました。

その時に街の書店で、各社の参考書を読みあさったところ、どの参考書も全てK,Ca,Na,Mg・・・でした。

最近、このサイトで参考にしていたホームページもK,Ca,Na,Mg・・・でしたし、娘が使用した高校の教科書でも同じでした。

昔、先生から、理化学辞典も参考にしなさいとアドバイスを受けていたので、もう一度理化学辞典を調べたところ、私が持っている第3版では、確かに先生がおっしゃったようにK,Na,Ca,Mg・・と記載されていました。

ちなみに化学大辞典を調べたのですが、こちらは高校の教科書通りの順番でした。

化学大辞典と理化学辞典との記述は明らかに異なります。

私自身は、恩師の教えを今も信じています。
よって、私から見れば、高校の教科書、化学大辞典、その他ホームページの記載も間違いだということになってしまいます。

私が正しければ、イオン化傾向などの基本的な記述が何10年も(今もって)間違って教えられ続けていることになりますし、化学大辞典が正しければ、私が先生にだまされて何10年も間違った思いこみをしてきたということになります。

みなさんはどちらが正解だと思われますか?

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その時に街の書店で、各社の参考書を読みあさったところ、どの参考書も全てK,Ca,Na,Mg・・・でした。

最近、このサイトで参考にしていたホームページもK,Ca,Na,Mg・・・でしたし、娘が使用した高校の教科書でも同じでした。

昔、先生から、...続きを読む

Aベストアンサー

 おもしろそうな質問ですので,チョット失礼いたします。

> 化学大辞典と理化学辞典との記述は明らかに異なります。

 「理化学辞典 第3版」を御覧になったようですが,手元の「理化学辞典 第5版 CD-ROM 版」(岩波)では,『Li, K, Ca, Na, Mg, Al, Zn, Cr(III), Fe(II), Cd, Co(II), Ni, Sn(II), Pb, Fe(III), (H), Cu(II), Hg(I), Ag, Pd, Pt, Au』とあり,他のものと同じく「K,Ca,Na,Mg,・・・」になっています。

 おそらく,#5 の 38endoh さんがお書きの様に『標準電極電位の測定値が時代を追って変化し』,何処かの時点で逆転したのだと思います。

 この辺りの事は「IUPAC (International Union of Pure and Applied Chemistry)」のサイト(↓)に情報があるかと思いますが,残念ながら私には見付けられませんでした。「Site Index」の「Reports」辺りにあるんじゃないかと思いますが・・・。見付けられたら教えて下さい。

 そう言えば,むか~し(?)「かそかな,まあ当てにすなひどすぎる借金」って習った時に,「なんで,そ=ソーダ=Na じゃないんだ?」って疑問に思いましたね。

参考URL:http://iupac.chemsoc.org/dhtml_home.html

 おもしろそうな質問ですので,チョット失礼いたします。

> 化学大辞典と理化学辞典との記述は明らかに異なります。

 「理化学辞典 第3版」を御覧になったようですが,手元の「理化学辞典 第5版 CD-ROM 版」(岩波)では,『Li, K, Ca, Na, Mg, Al, Zn, Cr(III), Fe(II), Cd, Co(II), Ni, Sn(II), Pb, Fe(III), (H), Cu(II), Hg(I), Ag, Pd, Pt, Au』とあり,他のものと同じく「K,Ca,Na,Mg,・・・」になっています。

 おそらく,#5 の 38endoh さんがお書きの様に『標準電極電位の測...続きを読む

Qニ、シ、ロ、ハ、ト。2,4,6,8,10。

日本では、身の周りにあるものを数へるときに、「ニ、シ、ロ、ハ、ト、」と、2個づつ、数へてゆく習慣があります。

生化学に目を向けてみますと、同様の現象が見られます。たとへば脂肪酸は、炭素数2個単位で合成されることが多く、結果的に、炭素数が偶数のものになります。(註)

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ソロバン文化でないヨーロッパでは、分数や12進法が発達しました。60分とか・・
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 多分、植物が光合成でブドウ糖を生産できるようになった、これを代謝していく過程で有毒な副産物を精製しない2個単位での代謝--エタノール--アセトアルデヒド-->酢酸-->CO₂ H₂Oに都合が良い。奇数だとホルムアルデヒドが出来ちゃう。


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