No.2ベストアンサー
- 回答日時:
手元に参照するものがないので、記憶で記します。まず、月代を綺麗に剃り、後ろから、結った髷の端を前に向けてまっすぐに垂らすというか、頭の上に置く、時代劇でよく見る髪型は、あれは江戸時代の武士階級の正装に伴う髪型であったのです。
実用的には、月代(さかやき)というものは、鎌倉時代辺りから、職業的軍人としての武士階級が成立するにつれ、彼らは、農民兵と違い、常時、戦闘を念頭して日常生活を送っていたので、兜(立派なものも粗末なものも含め)を被る機会が日常的に多く、兜は、クッションを頭頂部に当てていたとはいえ、長時間被っていると、頭が蒸れて来るので、その対策のため、頭の兜が当たる部分の髪を剃って、蒸れないよう工夫したのが起源です。従って、月代を実用的に使っていたのは、戦国時代の武士だとも言えます。
江戸時代の武士の月代は、一種の正装またはファッションとしてあるので、実はああいう風に髪を剃ってしまうと、別の問題も起こるし、髪結いが難しくなるということもあります(戦国やそれ以前の武士が、ああいう綺麗な月代でなかったのは、あれは手間がかかるからです。太平の世ならこそ、武士は、ああいう髪型に悠長に時間をかけることができたのだとも言えます)。
髪型の要素として、月代だけではなく、実は「まげ」の形というか、必要性が関係してきます。まげというのは、江戸時代の町人のまげは、ほぼ完全にファッションですし、武士のまげもファッションです。それ以前、戦国・室町にも庶民がまげをしていたら、それも実はファッションです。
ファッションだというのは、「まげ」には、元々実用目的があったからです。日本古代(といっても、6世紀以降を考えますが)には、中国を真似て官位制を置き、それぞれの制服を定めました。その時、中国では、「冠」が、位などを表す重要な飾りというか、衣装の一部だったのです。正装する時には、位のある者は、それに応じた冠を日本でも被ったのです。また、正装の時の冠以外にも、日常的にも烏帽子を平安貴族などは被っていました。
「まげ」というのは、この冠や烏帽子を落ちないように止める働きを持っていたのです。まげで髪の塊を造り、その上に冠なり烏帽子を被り、「簪・かんざし」という長い棒で、冠・烏帽子を、そのなかのまげと結ばれるように、貫通して通して、こうして、少々動き回ったり、頭を下げたりしても、冠や烏帽子が落ちないようにしていたのです。
何の話だったか忘れましたが、葵祭りの勅使の一人か、または名誉ある随行者として馬に乗って進んでいた老貴族が、ふとしたおりに冠が地に落ち、つるぱげの頭が露呈されたので、沿道の人々が大笑いしたという話がありましたが、老貴族は悠然と馬から降り、冠をまた被ってから、わしの頭には髪がない故、冠が落ちるのは理の当然、何の恥ずべきこともない云々と、大音声で説教したら、人々が、もっとも思い、恐縮したという話があったと思います。
こういうことからいえば、江戸時代の武士のまげは、こういう冠を止めるためには、実用的に役に立たないまげだということが分かります。また、戦国までの武将や武士は、頭に何か被っている者がいましたが、江戸時代には、そういう風習はなくなりました。これは、日常的に烏帽子などを被るには、あの髪型・まげでは、無理があるからだとも言えます。(冠ではなく、色々な種類の笠を頭に被っていますが、笠は兜の展開したようなもので、顎で紐で結べばよいのです。烏帽子や冠は、紐で止めても形から不安定なのです)。
こういうことから、庶民・町人のまげは、完全にファッションだと分かるでしょう。また、実戦が重要であった戦国時代は、江戸時代の武士の月代やまげのような面倒で非実用的なものは、排除したというか、発想外だったということにもなります。
話が逸れますが、これと似ているのは、「刀」で、「刀は武士の魂」だなど言い出したのは、太平の江戸時代になってからで、それまでは、刀は実用の武器の一つだったのです。日本刀というのは、刃こぼれや、折れたりすることや、何人か人を斬ると、血油で切れなくなるとか、実戦的には、あまり役に立つ武器ではなかったのです。実際に合戦に参加するときは、あるかぎりの刀を持って行ったとか、刀はいざという時に使い、実際は棍棒などで闘ったというのもあります。
優れた日本刀は、高級装飾品、工芸品、また宝物だったのです。実用の刀は、少々切れなくとも、折れず丈夫で、相手をぶち倒して、それを刺し殺せればよいというようなものでした。
No.1
- 回答日時:
月代の風習は、鎌倉時代から、武家のあいだでは行われていたようです。
室町時代中ごろから庶民にも広まり、烏帽子を被らなくても失礼ではなくなりました。
額から頭頂にかけて髪を円く剃りあげる月代が、広く流行るのは江戸時代に入ってからのようです。
髷にも時代によって、流行があるようで、利家の髷は、戦国時代に流行った天正髷ですね。
参考URL:http://www.cosmo.ne.jp/~barber/kamigata.html, http://www.remus.dti.ne.jp/~tshioiri/kurashi.html
お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!
似たような質問が見つかりました
- その他(メイク・美容) 男磨きする決心をしました。これ以外に何かするべきこと教えて欲しいです。 顔、頭付近 顔(頰、フェイス 5 2023/02/22 22:00
- その他(悩み相談・人生相談) 大学1年です。 俳優のオーディションを受けたいと思っているのですが髪型について質問です。 僕は今ポッ 1 2022/12/21 22:27
- 兄弟・姉妹 姉について… 姉は私のことを真似?してきます。 姉がお風呂に入ってる時に姉が怖いから来て欲しい。って 2 2022/07/19 02:44
- スキンケア・エイジングケア 中2でリンスを使わない、ムダ毛処理をしないのは女として終わってますか? 6 2022/05/13 00:29
- その他(健康・美容・ファッション) 富士額が嫌すぎて富士額のところの▼こんな感じの前髪の部分を剃りました。このまま一生剃っていくべきなん 4 2023/02/19 09:46
- ヘアケア・ヘアアレンジ・ヘアスタイル 髪型を教えて! 3 2022/09/26 19:35
- メンズ 女性のかたからの意見としまして男の値打ちは髪型で決まるものでもないですか?それと髭を剃っている、剃っ 3 2023/05/30 23:36
- 失恋・別れ 今日、1年と3ヶ月付き合っていた彼氏に振られました。 理由は、この髪型だそうです。 出会って付き合っ 5 2023/01/12 21:23
- ヘアケア・ヘアアレンジ・ヘアスタイル 前髪についてです。現在私は前髪を伸ばしているのですが、前髪を作っている時の方が可愛いと言われる機会が 2 2022/07/07 11:28
- その他(悩み相談・人生相談) おじさんなんだけど20代の時から髪型も服装も変わりないんだが大丈夫かな? 髪型っていつになったから変 2 2023/06/03 22:34
おすすめ情報
デイリーランキングこのカテゴリの人気デイリーQ&Aランキング
-
私の父系は1750年代まで武家だ...
-
心臓やお腹を包丁で刺した場合...
-
旅姿三人男の歌詞で大政はなぜ...
-
武士はなぜ貧乏だったのか?
-
日本人の先祖の9割は百姓、商人...
-
江戸時代の武士
-
江戸時代まで 「なんば歩き」 ...
-
武家の家柄の人が平民と交際す...
-
江戸時代の武士の比率
-
武士言葉っていつから?
-
騎士道における責任の取り方は?
-
何故日本の戦国時代では投石器...
-
浄土真宗はなぜ禁教とされたか?
-
「知らない」「分からない」の...
-
小奉行ってなんですか? 先祖が...
-
庶民が馬に乗ったらどうなった?
-
江戸時代に公家・武家だった者...
-
純粋な疑問です。江戸時代に武...
-
鎌倉武士は最強だというような...
-
旧士族の身分の人達の多くは官...
マンスリーランキングこのカテゴリの人気マンスリーQ&Aランキング
-
心臓やお腹を包丁で刺した場合...
-
旅姿三人男の歌詞で大政はなぜ...
-
江戸時代まで 「なんば歩き」 ...
-
何故日本の戦国時代では投石器...
-
検非違使と武士
-
疑問なのですが、江戸時代は300...
-
先日葬儀の際に家系図見せても...
-
禄高800石の武士、兵隊の位...
-
江戸時代の給料は?
-
代々、医者の家系と、下級武士...
-
昔の養子縁組について質問です...
-
足軽や郷士の家系でも、自分達...
-
禄高わずかニ十六石?
-
鎌倉武士は強いって聞きますが...
-
武将や武士は今の職業でいうと...
-
五人扶持とはどれぐらいの地位...
-
下級武士とは?
-
取り潰しになった藩の家臣たち...
-
平安時代の男性の帽子
-
左利きの武士
おすすめ情報