
No.5ベストアンサー
- 回答日時:
もともとは、差別するための身分ではなく、結果として差別につながった、ということだと思います。
いまでも、ご飯に箸を立てたら叱られる、さぐり箸、渡し箸・・・、こういうタブーは多いです。葬式では「お清めの塩」が渡されます。
「死」というのが「ケガレ」として扱われたために、「骨拾い」に通じる行動はタブーになっているわけです。
したがって、「死体」を扱う人々が「ケガレ」の象徴として扱われるのですが、
昔の「えた部落」はそれが即被差別部落、というものでなく、たんに、封建制度のもとでの管理システムです。農民もそうですが、「○○村の××」というように、個人は住所とセットで登録されていますから。(秀吉以前は職業の固定化分業化はなかった)
「現在の被差別部落」というのは、基本的には「存在しない」はずです。
存在しているとすれば、既得権で予算(同和なんとか対策費)を離したくないお役所仕事の結果です。(予算を獲得するには、○○さんは対象者である、という事実が必要。)
「先祖がえただった」というのは「先祖が天皇だった」というのと同じように、何の特典もない、というのが憲法での常識です。
(不思議なことに、「対象者」というのは、「父方」が対象者であれば世襲できるんですね。某市の同和対策市営住宅の入居基準。「母方」をいれたら級数的に人数が増える。江戸時代までさかのぼれば、1人の先祖は32人・・)
「被差別部落」にすんでいるから「対象者」、かと思うと、「対象者」しか入居できない。ニワトリとタマゴで永久に続くように出来ているんですね。
No.6
- 回答日時:
私は専門家ではないので上手く答える事はできませんが、自分の考えを言いたいと思います。
小学校の時に部落差別の事を学びました。私達がまだ小さかったため、先生は殿様と農民というかたちで部落差別の起源を教えてくださいました。そのため、殿様が誰なのかは申し訳ないですがわかりません。その話は殿様が農民が反抗してこないように作ったのが部落だという話でした。とても人が住めそうにない場所、例えば岩がゴツゴツとした崖のところとかに、反抗してきそうにない人を住まわせ、そこを部落としたのです。そして、反抗してくる農民に「お前らはまだマシだ」と言い、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」の社会が成立してしまったのです。それからは、農民も部落の人を差別するようになったとか、、、
昔の人も現在の人も弱いと思います。自分より弱い立場の人を差別するのですから。部落差別は今でもあります。私は去年「全国高校生集会」に行きました。初めて参加しましたが、とても衝撃を受けました。部落差別の現状を初めて目のあたりにしました。涙ながらに語る高校生はとても自分の同級生とは思えませんでした。語りだすと長くなるので、この辺でまとめますが、この問題にはもっとみんなが真剣に取り組んでほしいと思います
No.4
- 回答日時:
こんばんは。
専門家ではないので、確かなこととは言えませんが、もともと差別する理由というのは、その当時における支配階級の政策的要因によるもんが多いよーな気がします。特に特殊技能や特殊な職種の人達に対する差別やいわゆる秩序(それも支配者階級にとって都合の良いもの)に従わない人達を貶めるケースが多いようです。そうして差別されていった人達が同じ差別を受けた人達とを協力して集落・共同体のようなものを形成していったのでは?
ですから○○部落のような言い方は本来良くないですよね。僕も学校に通っていた頃には「部落問題」とか「差別問題」といったことの授業があった覚えがあるのですが、そんなことを話題にしていることからして差別しているのではないのか?といった素朴な疑問を持っていました。
答えになっていないかもしれませんが、僕の素朴な思いです。
No.3
- 回答日時:
解答ではないのですが、以前高校の社会の先生に聞いたことで裏は取ってないのですが、神宮皇后が朝鮮征伐(侵略)に行く時妊娠していたそうです、が3年後に日本に帰ってから子供が出来たそうです。
いい加減な歴史の上、その時の捕虜として連れて帰った朝鮮の人を、部落と言う集団生活をさせ、日本人の嫌う仕事をさせたと言う事です。
いろいろ蔑み、しゃべり方で判るとか、目つきでわかるとか言いますが、目くそ鼻くそで外人から見れば見んな鼻の低い日本人で、見分けがつきません。
大体日本人のルーツからして判らないのに、狭い日本で差別をすることは諸外国の人に笑われるだけだとおもいます。答えにならなくてすみません。
No.2
- 回答日時:
すみません、寝起きで回答したら意味不明なことを書いてしまいました。
正しくは以下です。#1は無視してください。
私も専門ではないので、あいまいな回答ですみません。回答というより一個人の説として捉えてください。
>部落の起源についてはいろんな説があるようですが,
確かに説は色々ですが、豊臣~江戸に固定化の基礎がつくられたとするのが妥当かと思います。 それが近代以降固定化されたとみるべきかと思います。
それ以前にずっと遡って、ケガレ・ハレまでいっても困りますし。
>中世~近世にひにん身分が集落を形成していたケースはあるのでしょうか?
>ひにん身分の系譜を引く被差別部落はあるのでしょうか?
やはり「非人乞食」に代表されるひにんは、村落共同体から脱落したもの=それ自体が新たに部落形成はしなかった、というのが一般的な見方ではないでしょうか。もちろん例外はあるでしょうが、私の知る限りではこの通りです。
ただ、藩制によっては身分制を明確にするために、ひにんを一箇所に集め、なんらかの職業を与えた藩があったとは思います。
うろ覚えですが、ある藩がひにんの特殊技能に着目し、囲い込んで保護したために、百姓や町人からいたく反発を買った(つまり自分より身分の下のものが重く用いられたと考えたため)というはなしがあったと思います。
手許に資料があれば、もっと具体的に出典など示せると思うのですが・・・ごめんなさい。ここではまゆつばものとして、参考までにお聞きください。
蛇足ながら、ネット上を探しますと、日本史や社会史をあつかったフォーラムもあるかと思います。むしろ、ここよりもそちらに議論を振られた方が、より正確でたくさんの反応があるものと思われます。参考にしてください。
※回答の都合上、差別的な用語を用いていますが、ご理解ください。
No.1
- 回答日時:
私も専門ではないので、あいまいな回答ですみません。
回答というより一個人の説として捉えてください。>部落の起源についてはいろんな説があるようですが,
確かに説は色々ですが、豊臣~江戸に固定化の基礎がつくられたとするのが妥当かと思います。
それ以前にずっと遡って、ケガレ・ハレまでいっても困りますし。
>中世~近世にひにん身分が集落を形成していたケースはあるのでしょうか?
大いにあったのではないでしょうか。ただし、この時期に形成された部落は、いわゆる明治以降の固定化された被差別部落としてではなく、皮革加工などの特殊技能を持った集団の集落として形勢され、他の部落や町商人との交流、交易もさかんだったといいます。都市周辺の部落などはそのようにして形成されたところが多いのではないでしょうか。つまり、この時点ではその他の村落共同体から脱落した存在ではないので、人によっては多様な職能民のひとつとして、一線は引かない場合があるかと思います。
>ひにん身分の系譜を引く被差別部落はあるのでしょうか?
やはり「非人乞食」に代表されるひにんは、村落共同体から脱落したもの=それ自体が新たに部落形成はしなかった、というのが一般的な見方ではないでしょうか。もちろん例外はあるでしょうが、私の知る限りではこの通りです。
蛇足ながら、ネット上を探しますと、日本史や社会史をあつかったフォーラムもあるかと思います。むしろ、ここよりもそちらに議論を振られた方が、より正確でたくさんの反応があるものと思われます。参考にしてください。
※回答の都合上、差別的な用語を用いていますが、ご理解ください。
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