出産前後の痔にはご注意!

部落問題について独学で学んでいるの者です。部落史の本などによると,部落の起源についてはいろんな説があるようですが,中世~近世にひにん身分が集落を形成していたケースはあるのでしょうか?現在の被差別部落の多くは,過去のえた身分の集落の系譜を引くものが多いようですが,ひにん身分の系譜を引く被差別部落はあるのでしょうか?

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A 回答 (6件)

もともとは、差別するための身分ではなく、結果として差別につながった、ということだと思います。


いまでも、ご飯に箸を立てたら叱られる、さぐり箸、渡し箸・・・、こういうタブーは多いです。葬式では「お清めの塩」が渡されます。
「死」というのが「ケガレ」として扱われたために、「骨拾い」に通じる行動はタブーになっているわけです。

したがって、「死体」を扱う人々が「ケガレ」の象徴として扱われるのですが、
昔の「えた部落」はそれが即被差別部落、というものでなく、たんに、封建制度のもとでの管理システムです。農民もそうですが、「○○村の××」というように、個人は住所とセットで登録されていますから。(秀吉以前は職業の固定化分業化はなかった)

「現在の被差別部落」というのは、基本的には「存在しない」はずです。
存在しているとすれば、既得権で予算(同和なんとか対策費)を離したくないお役所仕事の結果です。(予算を獲得するには、○○さんは対象者である、という事実が必要。)
「先祖がえただった」というのは「先祖が天皇だった」というのと同じように、何の特典もない、というのが憲法での常識です。
(不思議なことに、「対象者」というのは、「父方」が対象者であれば世襲できるんですね。某市の同和対策市営住宅の入居基準。「母方」をいれたら級数的に人数が増える。江戸時代までさかのぼれば、1人の先祖は32人・・)
「被差別部落」にすんでいるから「対象者」、かと思うと、「対象者」しか入居できない。ニワトリとタマゴで永久に続くように出来ているんですね。
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私は専門家ではないので上手く答える事はできませんが、自分の考えを言いたいと思います。


小学校の時に部落差別の事を学びました。私達がまだ小さかったため、先生は殿様と農民というかたちで部落差別の起源を教えてくださいました。そのため、殿様が誰なのかは申し訳ないですがわかりません。その話は殿様が農民が反抗してこないように作ったのが部落だという話でした。とても人が住めそうにない場所、例えば岩がゴツゴツとした崖のところとかに、反抗してきそうにない人を住まわせ、そこを部落としたのです。そして、反抗してくる農民に「お前らはまだマシだ」と言い、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」の社会が成立してしまったのです。それからは、農民も部落の人を差別するようになったとか、、、
昔の人も現在の人も弱いと思います。自分より弱い立場の人を差別するのですから。部落差別は今でもあります。私は去年「全国高校生集会」に行きました。初めて参加しましたが、とても衝撃を受けました。部落差別の現状を初めて目のあたりにしました。涙ながらに語る高校生はとても自分の同級生とは思えませんでした。語りだすと長くなるので、この辺でまとめますが、この問題にはもっとみんなが真剣に取り組んでほしいと思います
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こんばんは。


専門家ではないので、確かなこととは言えませんが、もともと差別する理由というのは、その当時における支配階級の政策的要因によるもんが多いよーな気がします。特に特殊技能や特殊な職種の人達に対する差別やいわゆる秩序(それも支配者階級にとって都合の良いもの)に従わない人達を貶めるケースが多いようです。そうして差別されていった人達が同じ差別を受けた人達とを協力して集落・共同体のようなものを形成していったのでは?
ですから○○部落のような言い方は本来良くないですよね。僕も学校に通っていた頃には「部落問題」とか「差別問題」といったことの授業があった覚えがあるのですが、そんなことを話題にしていることからして差別しているのではないのか?といった素朴な疑問を持っていました。
答えになっていないかもしれませんが、僕の素朴な思いです。
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解答ではないのですが、以前高校の社会の先生に聞いたことで裏は取ってないのですが、神宮皇后が朝鮮征伐(侵略)に行く時妊娠していたそうです、が3年後に日本に帰ってから子供が出来たそうです。


いい加減な歴史の上、その時の捕虜として連れて帰った朝鮮の人を、部落と言う集団生活をさせ、日本人の嫌う仕事をさせたと言う事です。
いろいろ蔑み、しゃべり方で判るとか、目つきでわかるとか言いますが、目くそ鼻くそで外人から見れば見んな鼻の低い日本人で、見分けがつきません。
大体日本人のルーツからして判らないのに、狭い日本で差別をすることは諸外国の人に笑われるだけだとおもいます。答えにならなくてすみません。
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すみません、寝起きで回答したら意味不明なことを書いてしまいました。


正しくは以下です。#1は無視してください。

私も専門ではないので、あいまいな回答ですみません。回答というより一個人の説として捉えてください。

>部落の起源についてはいろんな説があるようですが,
確かに説は色々ですが、豊臣~江戸に固定化の基礎がつくられたとするのが妥当かと思います。 それが近代以降固定化されたとみるべきかと思います。
それ以前にずっと遡って、ケガレ・ハレまでいっても困りますし。


>中世~近世にひにん身分が集落を形成していたケースはあるのでしょうか?
>ひにん身分の系譜を引く被差別部落はあるのでしょうか?

やはり「非人乞食」に代表されるひにんは、村落共同体から脱落したもの=それ自体が新たに部落形成はしなかった、というのが一般的な見方ではないでしょうか。もちろん例外はあるでしょうが、私の知る限りではこの通りです。
ただ、藩制によっては身分制を明確にするために、ひにんを一箇所に集め、なんらかの職業を与えた藩があったとは思います。
うろ覚えですが、ある藩がひにんの特殊技能に着目し、囲い込んで保護したために、百姓や町人からいたく反発を買った(つまり自分より身分の下のものが重く用いられたと考えたため)というはなしがあったと思います。

手許に資料があれば、もっと具体的に出典など示せると思うのですが・・・ごめんなさい。ここではまゆつばものとして、参考までにお聞きください。

蛇足ながら、ネット上を探しますと、日本史や社会史をあつかったフォーラムもあるかと思います。むしろ、ここよりもそちらに議論を振られた方が、より正確でたくさんの反応があるものと思われます。参考にしてください。

※回答の都合上、差別的な用語を用いていますが、ご理解ください。
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私も専門ではないので、あいまいな回答ですみません。

回答というより一個人の説として捉えてください。

>部落の起源についてはいろんな説があるようですが,
確かに説は色々ですが、豊臣~江戸に固定化の基礎がつくられたとするのが妥当かと思います。
それ以前にずっと遡って、ケガレ・ハレまでいっても困りますし。


>中世~近世にひにん身分が集落を形成していたケースはあるのでしょうか?

大いにあったのではないでしょうか。ただし、この時期に形成された部落は、いわゆる明治以降の固定化された被差別部落としてではなく、皮革加工などの特殊技能を持った集団の集落として形勢され、他の部落や町商人との交流、交易もさかんだったといいます。都市周辺の部落などはそのようにして形成されたところが多いのではないでしょうか。つまり、この時点ではその他の村落共同体から脱落した存在ではないので、人によっては多様な職能民のひとつとして、一線は引かない場合があるかと思います。

>ひにん身分の系譜を引く被差別部落はあるのでしょうか?

やはり「非人乞食」に代表されるひにんは、村落共同体から脱落したもの=それ自体が新たに部落形成はしなかった、というのが一般的な見方ではないでしょうか。もちろん例外はあるでしょうが、私の知る限りではこの通りです。


蛇足ながら、ネット上を探しますと、日本史や社会史をあつかったフォーラムもあるかと思います。むしろ、ここよりもそちらに議論を振られた方が、より正確でたくさんの反応があるものと思われます。参考にしてください。

※回答の都合上、差別的な用語を用いていますが、ご理解ください。
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Q夫が部落出身である可能性が高いです

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセールスで度々来ていました。
母は時々物を買っていて、私と知り合う2年前から夫を知っていました。
その間、彼氏がいなかった私の写真を見せていたのは知っています。よく母から、「面白いお兄さんがいて○○(私)に会ってみたいと言っているけれど、どうする?」と言われており、その一年後に初めて3人で食事に行きました。
付き合いはそこからです。
付きあってから度々悩まされたのは、他人に対して暴言を吐いたり道路の真ん中で車を止めて怒ったりすることでした。
(先日も駐車場の枠外にとめていた車の人に暴力団のような言葉を吐いていたので知らない顔をして子どもと逃げました。)
私にも暴言や暴力(年に数回)があり、何度も別れようと思ってきました。
しかし、夫にも優しい所があり、初めての人でしたので夫がすべてだという気持ちがあり、結局結婚に至りました。
何かがおかしいと思ってきたのは結婚してからのことです。
毎週夫の実家に行くごとに義父母から親戚の職業を耳にしてきましたが所謂部落の方が多い職業についており、部落の方と結婚している人がとても多いのです。
また、義父は自営業をしていますが暴力と酒癖が悪く部屋中のものを壊したり、年に数回は義母の顔にあざができるほど殴るので本当に恐ろしいです。
本人たちの口から「部落」という言葉は結婚してからは何度となく聞いていますが、自分たちは違うというニュアンスで話してきます。
差別があるから夫のいとこは子供をつくらないし、結婚もしないとも聞かされてきました。
私が少し調べた結果は義父が部落出身のようです。
調べるきっかけとなったのは私の職場に夫がやくざまがいの電話をしてきたことでした。
それは、私の仕事用携帯に職場の男性のアドレスがあっただけのことでした。私的なメールは一切しておらず、上司から同僚まで全ての電話番号とアドレスが入っています。
夫はそれを浮気だと勘違いして、会社に怒鳴りこみの電話をしてきました。しかも妊娠初期の事でした。
その後出産の為辞めることとなりましたが、会社の上司から夫のことをかなり詳しく聞かれた上でそれとなく言われました。
本当にショックで血の気が引きました。
その後、義父母や夫がよく口にする地区をネットで検索してみると、全て部落に当てはまる地区で自分が住んでいる地区も昔はそうだったと知りました。
本当にショックでした。
冒頭に「悔しい」と書いたのは騙されたと感じるからです。
結婚前に夫の性格や暴力のことで母や親戚から反対されながらも結婚を選んだのは私です。
でも、墓場まで持って行こうとした夫が許せません。
私に話していたら結婚は迷ったかもしれない。
でもきっと結婚していたと思うんです。
それなのに純粋な気持ちでずっと夫を思ってきたのに隠し通そうとしている夫は裏切り者です。大嘘つきです。
夫を許せません。
結婚するまでは部落の人がいるのかどうかも知りませんでした。そして、部落が何かもよくわかりませんでした。
しかし、少しずつ勉強したり地区や周りの人間を見ていく中で分かったことがあります。それは差別する人間だけが悪いのではなく、差別される側にも問題があるということです。
義父や夫の親戚の会話は人間の血が通っていなくて、私にはとても理解ができません。酷い言い方かも知れませんが、気が狂いそうになるほど見ず知らずの他人を悪く言ったり暴言を吐きます。
私が言われることもあります。
今、人生にとても悩んでいます。こどもが小さいので母子家庭は厳しいかもしれませんが、穏やかな暮らしがしたいです。
夫とも義父母とも一切の縁を切ってこの土地からも逃れたい・・普通の考えをした人間と関わりあって生きたい。これが正直な気持ちです。
簡単にはいきませんが、何も考えずに生活しようとしても夫や義父が何か言動を起こす度にうんざりしている自分がいます。
まとまりの無い文章ですみません。
経験談やアドバイスなど、皆さんの考えをお聞かせ下さい。
どうぞ宜しくお願い致します。
最後まで読んで下さってありがとうございました。

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
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Aベストアンサー

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませんしね。

この事案からまったくかけ離れた所で生活している物が
当事者に対して簡単に「差別はいけません」とは言い難いです。

関わった物の苦しみは関わった者しか分かりませんね。

輪の中に身を置くという事で、私は単なる個人の人格だけの
問題でもない気がします。

生活の環境と言う物は、個人の主観に大きく影響します。

周りを取り囲む人々が同じ価値観で接してくれば、少なからず
感化されますからね。

さて、問題は今後ですよね。
離婚されるなら身を隠す必要があると思いますよ。

今までの言動・行動を見ても旦那様自身がこの事をかさに
人を威圧する性格が見受けられます。
そういう境遇が持たしたら性格かもしれませんが、実際問題
多少危険である事は覚悟する必要があると思います。

出来れば御実家のご両親にもきちんと相談されて、考えうる
対応を模索しておく必要があると思います。

それでも先を考えれば、行動する価値は十二分にあると思います。
今は×1も珍しくありません。
心穏やかな生活が迎えられると良いですね。

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
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自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
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昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませ...続きを読む

Q部落出身かどうか調べるって・・・。

 今日彼と話してたんですが、彼の親は、私が部落出身者でないかどうかを調べるっていうんです。彼は怒って親と口も聞いてないみたいです。私は自分がそうなのかどうかは全くわからないけど、もしそうだとしたら結婚は無理なのかなぁ・・と考えてしまって悩んでいます。調べるってどういう方法があるのですか?彼との話で「部落出身者は他の地区の人と結婚できないから身内同士で結婚したりするらしい」って言ってたんですけど、うちの親戚も身内同士で結婚したりしているし、また私の両親はかなり田舎の出身なのでもしかして・・・って思ったりします。なんか自分がこういうのを気にしないといけないっていうのがすごく悲しいです。引越ししていても調べたら分るものなのですか? もし私の文章を読んで気分を悪くされた方がいらっしゃったら申し訳ありません。無知なので何もわかりません。どなたか教えてください。

Aベストアンサー

私の父は探偵をしているため、娘(あるいあh息子)の結婚相手を調べて欲しいという親からの以来がとても多いです。
つまり部落出身かどうか。
それは、住民票をみます。
住民票は手書きです。
同和地区の住所というのが昔ありました。
それが同和地区差別を無くそうってことで
住所を変えたり引越ししたりします。
そういう方が非常に多いので
いちいち全部の住所を書き直してられないため
一部分に二重線を引っ張って住所を一部分手書きで訂正します。同和地区の差別反対が起こってから
昔、急速にその作業が行われました。
その修正をしているかそうでないかで
分かるそうです。
あくまでも同和出身を調べる一つの手段であるため
これだけで分かる場合も有るし
分からない場合も有ります。
以上、父から教えてもらったことです。

Q部落の人は育ちが悪いのですか?

部落の人は育ちが悪いのですか?

母の家庭の育ちが悪いように思います。
具体的には、兄弟が多いのですが、学歴、学力が極端に悪かったり、
娯楽の話題が低俗だったり、
母は人(主に父など)のお金を盗むことばかり考えています。
それとは逆に娘の私には良い暮らしをさせようと必死になっている傾向があります。

母の実家の場所をネットや古地図で調べると
都内ですが部落の地域でした。

差別をする意図はないのですが、部落の人とは
えた、非人のような育ちという事なのでしょうか?

Aベストアンサー

部落の人とは、おおよそ先祖がえた、非人であることを指します。なので、そこらへんの認識は正しいです(元犯罪者とかも入りますけどね)。
育ちが良いか悪いか、という質問に対して答えますと、平均すると悪い方が多いです。
別に先天的に人間が悪いのではなく、部落の人々は過去に劣悪な環境に押し込まれ、その環境が現代に続いていることが多く、そのため育ちは悪くなりがちです(悪い環境とは狭い地区に家が固まっているなど。今でも改善できていない地区は多いです)。私は仕事柄、部落の方々と接触することが多いですが、立派な方もいますし、常識のない方もいます。ただ、それでも平均値をとれば育ちは良くはありません。
なので回答は、育ちは平均値をとれば悪い、ということになります。
けれど「部落の人だから」という理由で悪いと決まったわけではないので、よく付き合うことが重要だと思います。
それでもダメな人だと思うなら距離をあけるのもいいでしょう、でも、それは部落以外の人にも言える話です(母親は別ですが)。
なので、部落など気にせず、ダメな人はダメ、良い人は良い、と考えて人間関係作っていけばいいんじゃないでしょうか。

部落の人とは、おおよそ先祖がえた、非人であることを指します。なので、そこらへんの認識は正しいです(元犯罪者とかも入りますけどね)。
育ちが良いか悪いか、という質問に対して答えますと、平均すると悪い方が多いです。
別に先天的に人間が悪いのではなく、部落の人々は過去に劣悪な環境に押し込まれ、その環境が現代に続いていることが多く、そのため育ちは悪くなりがちです(悪い環境とは狭い地区に家が固まっているなど。今でも改善できていない地区は多いです)。私は仕事柄、部落の方々と接触すること...続きを読む

Q江戸時代、えた・ひにんの人ははどうやって選ばれたのか?

江戸時代に士・農・工・商・えた・ひにんなどの身分制度が出来ましたが、このえた・ひにんに該当する人たちは、どうやって決定されたのでしょうか?
中学校では「時の権力者が世の混乱を治めるために低い身分の人を作って不満のはけ口にした」などと習った気がします。しかし、この"低い身分"の人たちはどのようにして選ばれたのでしょうか?貧しい農民をこの身分に割り当てたのでしょうか?私の思いつきでは前科のある人やその家族などをこの身分にしたのではないかと思ったのですが、実際はどうなのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まず、身分制度についてですが、士・農・工・商ですが、次にくるのは「非人」「穢多(えた)」の順です。

で、ここで、あなたの質問に答えるとしたら、地方の成立は雑多な部分もありますので、話が長くなります。そこで、江戸および江戸時代についてのみお話をいたします。

確かに、士農工商の序列ではありましたが、実際としては、士・工・商・農、という序列が正しいと思います。

年貢(税金、または、武士の給与)確保のため、武士の次に農民が位置しましたが、士農工商で一番苦労したのは、農民でした。

まず、「非人」について:

元々は「人非人」あるいは「僧侶」の意味でした。つまり、人間界を捨てた「世捨て人」のことを指しました。やがて、賎民(せんみん=貧しい人)を指すようになり、中性では「穢多」と混称されるようになってきました。しかし、江戸時代に入ると両者は「厳密」に区別され、「非人」は良民(平民)のなり下がりとして位置づけられ、良民への復帰の道が開かれていました。
「穢多」と違っているところは、「皮細工等の生産に従わず」卑属な遊芸や物貰いの独占権を持ち、「穢多」よりも上位に位置していました。

「非人」にも2種類あり、「抱非人(かかえひにん)」と「野非人(のひにん)」とに分かれていました。

「野非人」は今日で言われる「路上生活者」。つまり、ホームレスで、主に、農村部で飢饉や病気などにより年貢が納められなくなった者が「人別帳」を離れて江戸へ流入した者たちでした。つまり、「無宿者」と同じ考え方です。江戸でも厳しく取り締まりをし、一定の区域に住まわせたりしましたが、効果はなく、後の、「無宿狩り」などへと発展していきました。

一方、「抱非人」は、例えば、
(1)姉妹伯母姪と密通した者。
(2)男女の心中(相対死)で女が生き残った場合。もしくは、両人とも生き残った場合。
(3)主人と下女の心中で主人が生き残った場合の主人。
(4)15歳未満で無宿の子どもが盗みをした時。
などとなっていますが、
非人小屋頭が江戸の各地にあり、そこの頭の支配を受けていました。この非人組頭の頂点に「弾左衛門」という人物がおり、その支配下に「頭」と呼ばれる者が4~5人いました。最も有名なのは、荒川土手(地名は分かってはいますが、人権に関わることなので、ここでは、あえて、荒川土手とします)に木組みと筵(むとろ)で住まいを造り、痩せた土地を開墾し、非人同士が結婚して子どもが生まれても、その子どもも非人でしかなかったのです。

まあまあ、幅を利かしていたのが「車善七」率いる人たちでした。

非人の生計としては痩せた土地から得るものは少ないので、主に「物乞い」でした。江戸時代、非人以外が「物乞い」をすると、逆に、罪になりました。また、街角の清掃、門付(かどづけ)などの清めに関わる芸能を披露。そして、街角の清掃に付随して紙くずを拾って、それを発展させて「再生紙」造りにも寄与しました。(現代のリサイクルの先駆け?)。さらに、町役の下役として警備や刑死者の埋葬、また、斬首の刑(首切りの刑)などでは、罪人を押さえつけたり、その後の死体処理をしたり、入牢した者が病気に罹った時の看病。少年犯罪者の世話などに従事しました。

そして、「非人」は、上記(1)~(4)などの罪で非人になっても、家族や親類縁者が、多少の「銭」を支払うことで、平民に戻れたのです。

そこへいくと、「穢多」は、「非人」よりも、さらに下位に置かれ、町民の住居からは、かけ離れた場所に、一箇所に集めて住まわされました。その条件?としては、「非人」の中でも、さらに「素行」が悪く、「非人の秩序」を乱す者などが対象でした。しかし、支配をしていたのは、やはり、「非人組頭」の弾左衛門でした。

彼らは、例えば、死んだ牛馬を百姓から貰い受け、その肉を食い、皮は皮製品などにしました。この斃牛馬(へいぎゅうば=死んだ牛馬)の取得権は「穢多」の何よりの独占権でした。
その他にも、藁(わら)細工、燈心細工、破魔弓矢(はまゆみや)細工等簡単な手工業的生産に携わりました。

この「穢多」の歴史は、戦国時代に戦国大名から鎧(よろい)や鞍(くら)などの武器としての皮製品調達のために、当時は長史(ちょうし=村のまとめ役)に皮製品の上納を命じたことに始まる、と、されています。その見返りとしては、年貢を安くしてもらったり、とかの恩恵も与えられました。

しかし、江戸時代に入ると、「穢多」は、、「士農工商・非人・穢多」と「非人」より下位に位置づけられ戦国時代と同じような職業に従事し、一生涯「平人(ひらびと、または、ひらんど)=庶民」に戻ることはできませんでした。

こうした「非人」や「穢多」は、収入があってないようなものでしたので、租税を課せられることもなかったので、やがて、その租税免除により、幾らかでも貯えをし、土手などから、平地に土地を持つ者も出始め、大きな意味で「部落」ができました。

そして、明治4(1871)年に制定され、明治5年に編成された、いわゆる、壬申戸籍(じんしんこせき)には、「皇族」「華族」「士族」「卒」「地士」「僧」「旧神官」「尼」「平民」「新平民」「非人」「穢多」などという「階級」が書かれており、当時は、まだまだ、身分制度が色濃く残っており、しかも、誰でもがこの戸籍を閲覧することができました。

しかし、昭和43(1968)年に、差別部落の人を探し出す事件が発覚し、大企業での採用取り消し、部落民との結婚禁止などという事件が発生し、同年、「閲覧」および「公開」を禁止し「永久封印」とされました。

とは言うものの、現在に至っても、「部落名」を聞いたり、そこに代々住んでいたということで、「偏見の目」が向けられ、現在、「部落開放運動」や「同和問題」が今なおクローズアップされているのが現状です。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まず、身分制度についてですが、士・農・工・商ですが、次にくるのは「非人」「穢多(えた)」の順です。

で、ここで、あなたの質問に答えるとしたら、地方の成立は雑多な部分もありますので、話が長くなります。そこで、江戸および江戸時代についてのみお話をいたします。

確かに、士農工商の序列ではありましたが、実際としては、士・工・商・農、という序列が正しいと思います。

年貢(税金、または、武士の給与)確保のため、武士の次に農民が位置し...続きを読む

Q被差別部落出身者であることは、現在も調査すれば分かるのですか?

被差別部落出身者であることは、現在も調査すれば分かるのですか?


明治期の戸籍には、旧身分が記載されていたことは知っているのですが……

【質問1】現在も調査すれば部落出身者か否かだということが分かるのでしょうか?

【質問2】もし分かるとしたら、それはどういった事由から分かるのですか?(戸籍などの書類・氏名・出身地区などから分かる?)
よろしくお願いします。

(注:私は差別撤廃推進論者です。ただ単に詳しく知りたいと思って質問しております)

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>【質問1】現在も調査すれば部落出身者か否かだということが分かるのでしょうか?

「部落」がどこにあったかは、今でも調べようとすれば調べられます。
そして、その土地に代々住んでいた・・・と、なると、「部落出身者」ではないか・・・との推測がされます。

>>【質問2】もし分かるとしたら、それはどういった事由から分かるのですか?(戸籍などの書類・氏名・出身地区などから分かる?)

「戸籍法」明治4年4月4日大政官布告第170号・明治5年2月1日施行。では、ご存知の通り、「非人」「えた」などの人たちを「新平民」と記載されたことは、すでにご存知かと思います。
この通称「壬申戸籍」は、村役場などでも、「新平民」の欄に「付箋」を貼ったり、折込をしたりした時代がありました。
そして、昭和45年まで、誰でもが自由に「閲覧」できました。
また、部落の所在地を一覧表にしたような本も出版されており、銀行や大企業などは、それを購入して、部落民かを判断し、戸籍を提出させて就職の際の合否などを決めていました。

しかし、「平等」という言葉が浸透するようになり、昭和45年に「壬申戸籍」は、各地の法務局の金庫に「永久封印」されました。

それでも、昭和45年までに、銀行や大企業などでは、「部落一覧表」のようなものを購入しており、壬申戸籍の封印と一覧表などの発行停止はされましたが、多分に、銀行や大企業などの本棚には残っている、と思われます。つまり、そうした書籍の「廃棄」までは、法律は定めていないからです。

「漏れる」とすれば、そうした企業や、極端に言えば、歴史学者なども考えられます。

私も、職業柄?全国とまではいきませんが、今、居住している県内の資料は持っています。
もちろん、私は「口が裂けても」公表したりはしませんが・・・。

東京の都会あたりでは、人口の流出入があり、どこの地域かは多くの人はしりませんが、農村部などでは、依然として、口伝えで「ああ、あそこの部落は・・・」などと、代々伝えられたりしています。

また、自ら名乗る人もいるくらいですから、中々難しい問題ですね。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>【質問1】現在も調査すれば部落出身者か否かだということが分かるのでしょうか?

「部落」がどこにあったかは、今でも調べようとすれば調べられます。
そして、その土地に代々住んでいた・・・と、なると、「部落出身者」ではないか・・・との推測がされます。

>>【質問2】もし分かるとしたら、それはどういった事由から分かるのですか?(戸籍などの書類・氏名・出身地区などから分かる?)

「戸籍法」明治4年4月4日大政官布告第170号・明治...続きを読む

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
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Q部落民は幸せになれませんか?(結婚)

私は、近畿圏在住の31歳の女です。
実家が部落地区にありますが、集落という強いものはなく、ほとんど地元の高齢者ばかりです。
最近は、市営住宅の家賃が安いので、外からもファミリー層で入ってくる人たちもいて
3分の1ほどは、もともと出身でない方たちが住んでいるようです。
私は、一人暮らしで実家を離れています。

私には、付き合って1年になる彼がいます。
そろそろ、結婚も視野にいれることを考えて
結婚前提の付き合いにしてはどうかと、今年の正月に持ちかけました。

彼は、結婚願望というもの自体がそれまで全くなく
結婚というものがどうゆうものか考えたいから時間をくれといい
やっと昨日、結婚前提の付き合いにしようと答えをだしてくれました。

ただ、そのあとに続いた言葉が、結婚となると2人だけのことではなく、家同士の問題もあり
自分の実家は、『在日や同和地区のことを気にする家柄だ』と言われました。
彼の実家は、中国地方にあり、近隣に部落の集落があるようです。
私の実家より、もっと田舎なこともあり、まだ集落意識が強い地区であるようでした。

私は、自分が部落出身だということを忘れているわけではなかったですが
彼には言っていませんでした。隠していたわけではありません。

彼の言葉に対し、私はショックを隠しきれず、『それなら結婚は無理だね』と言ってしまいました。
その私の言葉に、彼もショックを受けていたようです。
『そうじゃないだろう』と思い込んでいて、『そうであったときはどうする』ということが
彼の中には全くなかったようです。

かなりショックを受けましたが、やはり部落が出身で考えを変えられることに納得ができず
彼の親族ではなく、彼自身が部落の人間を結婚対象にしない根本的な考えについて問いました。

すると、彼は、『小さい頃から親に部落の人間は悪い・汚い』と聞かされていて
『部落=駄目』という固定概念ができてしまっているようでした。

部落のことを何も知らず、親が言っているからだけでは、どうしても納得ができませんでした。
・『江戸時代につくられた階級制度の最下位』
・『生まれた場所だけで部落出身と差別を受けるのはおかしい』
 親を選べないように、生まれてくる場所も選べない。
 一歩違えば、貴方だって部落に生まれていたかもしれない。
・『私とあなたは何も変わらない』
・『世間の犯罪者は皆、部落の人間なのか。部落の人間=悪い人なら
  部落外の人の中には悪い人はいないのか。』

『部落=悪い人』という固定概念があった彼に、現実世界にたとえ、
・あの学校は柄が悪い
 そう言われている学校には、まともな子は一人もいないのか。
 一部の人間がいけないことをしていたら、全員がそうなのか。

色々と2人で話し合った結果、彼は落ち着きを取り戻し、
私から部落出身だと聞いて、部落民という大きい集団として考えてしまい、
私個人に目を向けることができなくて、酷いことを言って悪かったと謝ってくれました。

それから、自分が部落を拒否するような発言をしてしまったが
それでも、私が彼と結婚したいという意志が変わっていないなら
結婚を前提にこれからも付き合って欲しいと言われました。

私は、言われたことではショックを受けましたが、彼のことは好きで一緒に居たいと思い
これからも付き合っていこうという答えをだしました。

まだ、結婚について具体的なことは先になると思います。
ですが、彼の実家は 『部落』 を嫌がる家だということは知ってしまい、
困難を極めることは目に見えています。

彼は3つ上の姉がいて、数年前に結婚をしたようなのですが
彼は、姉が親から、部落出身の人ではないか確認されていたと言っていました。
姉のご主人は幸いそうではなかったようだということでしたが
それは身元調査をしたの?と聞くと、姉が本人に確認したようだと言っていました。
隠していないなら、わざわざ身元調査はされないと思いますが。

彼は、私が部落出身だと知り、自分の親はそれを嫌がるとわかったうえで
結婚を前提に付き合いを続けるという答えをだしました。
まだ、将来はどうなるかわかりません。
ですが、いまは彼を信じて大丈夫でしょうか。
信じたい気持は十分にあります。

まだ彼は、『部落=絶対にダメ』から、自分の知識があまりにもなく
『本当はそうではないのかもしれない』の状態です。
いまの状態では親を説得するなど無理だと思います。

ですが、私は、結婚は家同士の問題もあるとはいえ、
当事者の2人がしっかりした意志をもっていないと説得もできないと思うので
これから先、彼と少しずつ勉強してもらうつもりです。
彼もちゃんと考えると言ってくれました。

ですが、彼が部落のことに対して、これから理解ある考えをもってくれたとしても
『部落差別が当たり前』の時代で育っている親にわかってもらうなんで
限りなく無理に近いのではないかと思います。
だから、何もしないというわけではありませんが。

部落の結婚の質問になると、
・相手のことを思うなら身を引くべき
・生まれてくる子供がかわいそう

など、いう意見が頻繁に見られますが、それでは私たちのように部落出身の人間は
部落出身同士じゃないと結婚して幸せになれないのでしょうか?
その結果、血が濃いと言われ、また拒否される原因になると思います。

私は、部落に生まれ、小学校の頃から同和教育を受けてきましたが
自分が差別を受けたのはこれが初めてでした。

『部落出身でない人が、部落出身の人と結婚したら不幸になる・苦労をする』
部落出身でない人と結婚するよりは、確かに可能性はあるかもしれません。
ですが、絶対に幸せにはなれないのですか?

反対する親の気持ちはわからなくはありません。
苦労する可能性がある嫁とそうじゃない嫁なら、そうじゃないほうがいいと思います。
だから、部落出身の人は相手のことを考えて、身を引かないといけないのですか?

同じ人間・同じ日本人なのに、なぜ未だにそのようなことが通るのか不思議で仕方ありません。

部落側の人が身を引いて、泣かないといけない。
そのような状況になっている部落出身の人はたくさんいると思います。

逆に、結婚された方の意見も聞きたいです。
やはり、縁を切らないと無理なものなのか?
世間には部落出身ということを、気にしないという人はいるのか?
部落出身の人間は結婚して幸せにはなれないのか?


長文・乱文、読んでいただき、ありがとうございます。
厳しいご意見もあると思いますが、前向きに考えていきたいのです。
よろしくお願いします。

私は、近畿圏在住の31歳の女です。
実家が部落地区にありますが、集落という強いものはなく、ほとんど地元の高齢者ばかりです。
最近は、市営住宅の家賃が安いので、外からもファミリー層で入ってくる人たちもいて
3分の1ほどは、もともと出身でない方たちが住んでいるようです。
私は、一人暮らしで実家を離れています。

私には、付き合って1年になる彼がいます。
そろそろ、結婚も視野にいれることを考えて
結婚前提の付き合いにしてはどうかと、今年の正月に持ちかけました。

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Aベストアンサー

今まで何の差別もなく、初めての差別体験が結婚のとき、というのはショックですよね。

私はdachs32さんの逆バージョンです。
夫の父が部落出身で、実家も部落に隣接しています。

私も、結婚の話が出て初めて、自分の両親の根強い差別意識に愕然とした覚えがあります。

私は九州の都市部の出身で、差別というものがあることは知っていても、地元では日常生活でそういうものに触れることはまずありませんでした。

地元の名家出身の父親がそういう意識を持っていることは知っていたのですが、リベラルだと思っていた母までが「やめておいたほうが・・・」と言い出したのには本当にビックリでした。
二人で私に黙って主人の実家(他県であり、200km以上離れた場所です)を見に行き、近所の人に昔の話を聞いたりもしていて、やはりあそこはダメだ、とまで言います。
その労力に背筋の寒い思いもしましたが、裏を返せば、私のことが心配でたまらないのだから、ただ一概に責める気にもなれず、「どうしたもんやら・・・」なキモチでした。

私は学生の時、ヨーロッパに1年留学して、差別される側になったことがあります。
アメリカの人種問題程目立ちませんが、ヨーロッパにもやはり人種差別というものはあるものでして、そんな場面に遭遇すると「嫌だ」よりも「なるほどな」ってカンジでした。
やはり人は自分と違う人を区別というか、差別するんやな~と。
そして、「なるほどな」と思った後、日本語交じりで大声で相手の非をとことん追求・・・。
日本人は事なかれ主義で反論しないもの、と思って面白半分に差別していた相手によく驚かれました。
(私のそのころのあだ名は「世直し侍」&「暴れん坊将軍」です(笑))
差別することが当たり前の人を説得するのは、おそろしく体力のいるものですが、「お前は間違っとる!」と誰かが言わんと、ですよね。

私自身は部落差別というものが理解できません。
学校で同和教育を受けましたが、「???」な状態で、両親にいくら説明されても、根本的に「差別する意味がわからん!!」のです。
人種差別というのなら、不快ですが、ある程度理解できます。
しかし、同じ民族でって??? いつの時代だよ?? ここはインドか??? でした。

自分の頭で理解できないものを、両親とはいえ、人の言うなりになることはできず、結婚するまで、止める親&親の言うことを聞かない娘、で本当に毎日(1年近く!)修羅場続きでした。
家を出る、という選択肢もあったのですが、両親は好きですし、「差別が理解できない娘」に育ててくれたのは彼らなので、徹底的に話し合うことを選びました。
うちの両親にも誰かが「お前は間違っとる!」と言わなきゃ、と思いましたし(笑)。
両親は二人がかりでいろんな「やめた方がいい理由」を説明するのですが、これがまたどれも根拠が曖昧でして・・・。
部落関係の本を手に入れられるだけ読み、完全理論武装していた私は、ことごとく論破しましたが、「とにかくダメ」には反論のしようもなく・・・。
毎日「この人と結婚できないなら、一生独身で、ずっとこの家に住み続けてやる!!」と新興宗教の呪文のように唱え続けました(笑)。

両親との対話は、お互い異星人と話しているようなものなので、並行線をたどり、消耗戦となり、どちらも一歩も譲る気はないことを確認し合ったところで終わりました。

父の「勝手にしろ!」があんなにありがたい言葉だったとは(笑)。

dachs32さんの場合は彼自身もご両親の考えに影響を受けておられるところがちょっと難点ですが、彼が本当にわかってくれたのなら、問題はほぼ解決だと思います。
まず、体力&精神力が要りますが、話し合って相手を説得する、または、私のように、相手が嫌になって放棄するまで粘る。
そして、どうしようもないときは二人で「逃亡」ですわ。

ちなみに私の夫は、私が一年両親ともめたことも、自分の父親が部落出身であることも全く知りません。
もう他界した義父はそのことを一言も言わなかったようです。
義母は「息子らは知らんけど、あんたは知っといた方がいいかもしれん」と、結婚話が出たときに教えてくれました。
義母も結婚のときに周囲から反対されたそうです。
ドキドキしながら話したのに、私が「ここはインドですかー!?」と、笑い飛ばしたので気が抜けた、と後から義母に聞きました。

結婚後は、うちの両親が心配していたような不幸もなく(もうねー、笑わそうとしているとしか思えんようなことまで言うてましたの)とても幸せです。
両親もそのことには触れないようになりました。

健闘を祈ります。
とりあえず、美味しいモン食べて、体力つけて、がんばれー、です。
応援してます!

今まで何の差別もなく、初めての差別体験が結婚のとき、というのはショックですよね。

私はdachs32さんの逆バージョンです。
夫の父が部落出身で、実家も部落に隣接しています。

私も、結婚の話が出て初めて、自分の両親の根強い差別意識に愕然とした覚えがあります。

私は九州の都市部の出身で、差別というものがあることは知っていても、地元では日常生活でそういうものに触れることはまずありませんでした。

地元の名家出身の父親がそういう意識を持っていることは知っていたのですが、リベラルだと思って...続きを読む

Qたくさんの方に教えて頂きたいです!結局、部落差別って何なのでしょうか?

僕は北海道出身です。
北海道には『部落』と呼ばれる地域がありません。
ですから部落差別と呼ばれるものも存在しないと思います。

青春時代を関西の田舎町で過ごしましたが、その時初めて『部落差別』なるものの存在を認識し、とても大きな衝撃を受けました。
『同和教育』なるものも北海道の小学校では教わった記憶がありませんし、未だに根強い差別意識が残っている事に疑問を感じています。

部落地域に住む方々の過去などは関西在住時に友人達から説明を受けましたが、いまいちそれも良くわかっていないというのが現状です。

『なぜ部落と呼ばれる地域の人たちは差別の対象となるのでしょうか?』

ちなみに僕自身は『部落』が何なのかという認識が薄く、周囲の人たちが言う事を全く気にせずに(詳しい事を知らずに)普通にお付き合いをしてきた経緯がありますし、今もそのような認識をもっています。

なお、差別的な認識は全くない状態でこの文章を作成しましたが、何か問題があれば質問自体を削除して頂けるように管理人さんにお願いするつもりです。

Aベストアンサー

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作等々の作業です。
そこで、古代、あるいは中世ころからこれを家業とする一族を作り(あるいは自然に生まれ)、専門家集団として一般農民とは一線を画していたのです。
いつのころからか(少なくとも江戸時代初期以前)、こうした一族は人間以下のものとみなされ、不当な差別を受けるようになっていきます。差別は生前のみとは限らず、ある地域では死後においても墓石の法名に「畜○○」などと書かれました。
一説には、農民にしっかり働かせるため、農民以下の存在として工・商を置き、さらにその下に非人を置いたとも言われています。
一族は差別を受けた反面、法的な保護も受けていました。例えば牛馬の処理はこれらの一族が独占しており、刑場での作業も一般の農民や町民が使われることはなかったのです。
こうした差別は明治政府によって撤廃されたのですが、そのころに作られた壬申戸籍では「新平民」と記載されてしまいました。そのため、戸籍を見ると部落の出身であることがすぐに分かってしまい、色々な悲劇を生み出すこととなりました。
明治維新からすでに130年以上経過しております。インドのカースト制度などでは、名前で階級が分かってしまい、また宗教上の理由からも差別の撤廃が困難なようですが、日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作...続きを読む

Q部落の女性とお付き合いすることになりましたが・・・

最近、部落の女性とお付き合いすることになりました。

彼女の住んでいる地域はもともとそういう所だったので「もしや…」とは思いましたが、憶測で判断するのも失礼ですし、またデリケートな問題でもあったので聞くこともできずにいたのですが、
お付き合いを始めた翌日、相当の勇気を持って彼女は僕にそう告げてくれました。
僕は隠さずに伝えてくれたことをとても嬉しく思いました。(いろいろ複雑な思いはありましたが…。)
彼女自身とてもステキな方ですし、僕自身「部落」という事自体には何の差別もないので、お付き合いしていく上では何の支障もないと思っています。

では僕がなぜココに質問をしたかというと、その先の事です。
僕は「この人なら結婚も考えれるかもしれない」と思いお付き合いすることにして、彼女も僕のその気持ちを知っています。
「結婚は2人の自由!」とよく言われますが、僕は実際は「結婚はお家同士の結婚だ」と思うのです。
僕の両親は古い人なので「部落」ということに多少なりとも反応してしまうでしょうし、
おそらくは彼女のご両親も何かしらの嫌悪感を抱いてもおかしくないと思います。
ここが1つの大きな問題です。
その両親同士の問題を解決して無事に結婚できた時に、
何か些細なことがあってケンカや言い争いになった時に、2人の間だけですめばいいですが、
彼女がお友達や彼女の家族に何気なく相談した(愚痴った)コトが「部落出身やと思ってそんなん言うねんや!!」となった時や、
彼女のお家で何気なく発したコトで「私たちが部落やからそんなん言うんか!?」などと言われてよけいに話しが拗れても困ります。
部落の方は仲間意識がとても強いと聞いています。話しが拗れた時に集団で「自分らが部落やからか!?差別や!」と、被害者意識を持たれて責め立てられた時には本当に困ってしまいます。
また、選挙の度に「共産党!共産党!」と言われるのもイヤですし、生活の中で「同和、同和…」と強要されるのも困ります。
それらが一生続くと思うと、とてもじゃないけど耐えれそうにありません…。
また、一般的に許されていないことがまかり通っていたり、税金やその他制度の優遇を見て、それを当たり前にされていると、僕としてはやっぱりカチンときます。
子供が出来た時にその子はどうなるのか?というコトも外せません。

正直、聞いたことや又聞き、噂の域を脱っせず、偏見も持ってるかもしれないですが、
あくまでも「部落」がイヤなのではなく「部落に付随する傾向・運動など」がイヤなのです。

家庭ごとに考え方や思いの差はあるでしょうが、実際の所と僕の思っていることとギャップはあるのか、あるならばどんなギャップなのか。
僕が思っていることの他にも問題があるのか、無いのか、あるならばどんな問題があるのか。
正直何がどうなっていて、何をどうすれば良いのか答えを見いだせずにいます。

最初に書いたように、僕は先々を見据えてマジメに付き合って行きたいですし、彼女も先々のことを多少なりとも考えているようです。
もし僕と彼女のどちらかが「やはり結婚はできない」と感じた場合は、早く別れた方がお互いの為にも良いと思っています。

どのサイトを見てもどちらかに偏った意見が多く、第三者的で中立的で冷静な意見を書いている所もなく、相談させて頂きました。
皆さんのご意見を参考にして2人でゆっくり考えて行きたいと思いますので、ぜひお聞かせください。
よろしくお願いします。

失礼な部分や、解りにくい部分があったと思いますが、長々とお読み頂きありがとうございました。

最近、部落の女性とお付き合いすることになりました。

彼女の住んでいる地域はもともとそういう所だったので「もしや…」とは思いましたが、憶測で判断するのも失礼ですし、またデリケートな問題でもあったので聞くこともできずにいたのですが、
お付き合いを始めた翌日、相当の勇気を持って彼女は僕にそう告げてくれました。
僕は隠さずに伝えてくれたことをとても嬉しく思いました。(いろいろ複雑な思いはありましたが…。)
彼女自身とてもステキな方ですし、僕自身「部落」という事自体には何の差別もな...続きを読む

Aベストアンサー

No.13/22/25です。
お返事をありがとうございました。このサイトで回答すると、ときおり「人助け」ではなくで「自分助け」になると感じることがあります。現在までの人生の中で、結婚相手ではありませんでしたが、友人のかかわりや社会運動などの中で接してきた差別の問題なのに、果たしてaki_osakaさんほど深く考えて丁寧に接してきただろうか、とお礼を読ませていただいて自問してしまいました。

人が作り出してしまったにもかかわらず、人の英知では簡単に解決できそうもない問題です。その中に置かれて、自分を守り、愛する人を守って生きていこうとするけなげにして立派なお姿を見せていただいたような気がいたします。私も心を引き締めて、もっと人の心を思いやるようにならねばと深く感じました。偉そうに回答などしたこと、恥ずかしく思います。とてもよい勉強になりました。ありがとうございました。どのような形になったとしても、aki_osakaさんと彼女の心の愛が続きますようお祈りしております。

Q神戸で近寄らないほうがいい場所は?

私の息子が来春より神戸に住むことになりました。
先ごろアパート探しに私も一緒に行ってきたのですが、不動産屋さんの話では「神戸ははっきり言ってガラは良くないです。」という事でした。
確かに某組の本部があるところですし、それは想像してはいたのですが。
三宮や元町には行ってみましたがとてもおしゃれな街という感じで好印象はありましたが、陰の面もあるかと思います。
念のためですが、「○○には行かないほうがいいよ。」とか「○時以降は変な人がいるよ。」とか教えていただけたら嬉しいのですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
「神戸」と言っても広いですよ^^;
その不動産屋さんの言ってる通り「ガラの悪い地域」は神戸市内のあちこちにあります。
高級住宅街近辺なら、まぁ大丈夫でしょうが賃貸物件も少ないですし、見つかっても家賃、高いですよ^_^;

>息子のアパートが長田区付近にあるのです。
先日行って見た時には静かな街中で商店街もありとても住みやすそうな所だったので安心していましたが。
長田区といっても広いのでそのアパートは住むのに問題は無さそうですが。
もしよろしければ長田区のどの辺りか大雑把で構いませんので教えていただければ嬉しいです。
◎長田付近・・・ですか^^;
具体的な地域を出すと、そこに住んでいる人が見てたら怒りそうなので(当然ですが)書けません。ご理解を^^;
震災後にほぼ長田区全域が様変わりしていますし、新しい建物も増え、商店街も新しく再興していますので、見た目的には「静かな街中で商店街もありとても住みやすそうな所だったので安心して・・・」と感じたのだと思います。
ただ、長田区は神戸市内でも「特殊な地域」です。地元民でも避ける場所(出来るだけ近寄らない)はあります。
取り合えず、長田付近でしたら・・・
長田駅~三ノ宮駅(JR、私鉄含めて)周辺には、夜(特に深夜)には近付かない事ですね^_^;
また、全ての商店街は「メイン通り」以外には入って行かない事。
「路地裏」「裏道」のような場所へは行かない事。
「生田神社」(特に北側)には近付かない事。
夜、新開地の商店街を歩かない事。
湊川公園にも近付かない事。(特に夜間)

震災後は、かなり治安は良くなっていますが、まだまだ危険な場所は残っています。
キャッチもありますし、変な客引き(禁止されていますが)も未だにいます。
また、夜間の駅周辺には「訳の解らない若者達」がたむろしています。
中には、トンでもない奴等もいます。

おしゃれなイメージの神戸市ですが、治安の悪い所はありますし、震災前のように「ここには近付くな」といったものではなく、どこへ行っても「ガラの悪い連中」がいる、といったように「ガラの悪い地域」の特定が出来なくなっています。
震災後は、広範囲に亘ってしまっています。
昼の顔と、夜の顔は全然違いますから・・・

・・・といった事が、地元民としての参考意見です(~_~;)

こんにちは。
「神戸」と言っても広いですよ^^;
その不動産屋さんの言ってる通り「ガラの悪い地域」は神戸市内のあちこちにあります。
高級住宅街近辺なら、まぁ大丈夫でしょうが賃貸物件も少ないですし、見つかっても家賃、高いですよ^_^;

>息子のアパートが長田区付近にあるのです。
先日行って見た時には静かな街中で商店街もありとても住みやすそうな所だったので安心していましたが。
長田区といっても広いのでそのアパートは住むのに問題は無さそうですが。
もしよろしければ長田区のどの辺りか大...続きを読む


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