遺跡・博物館をめぐる旅を計画中です。来年3月頃に行きたいです。2泊3日程度で人数は30人。プラン1は播磨・備前でテーマは前半期古墳をめぐる。プラン2は宮崎・鹿児島でテーマは縄文。プラン3は熊本でテーマは装飾古墳。いろいろ調べていますが絞り込みがうまくいかず迷走中です。この3つの地域で公開されている遺跡で一見
の価値有りと思うものをお教え下さい。その他色々情報をお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

熊本県立美術館には熊本の古墳専用の別館を持っており、出土品の常設や各種ディスプレイ等もあり一見の価値があると思います。

そこでみたい装飾古墳の情報をゲットしてチブサン古墳や、船山古墳を訪ねたらいかがでしょう。いずれも熊本市から車で1時間ほどです。上記二つは県北なので、菊水の石人の丘やトンカラリン(謎の遺物)などに足を延ばすのもいいかもしれません。ツアーとしては一泊二日でもいけると思いますが、観光・温泉も組み合わせるとモアベターかも。近くの玉名・山鹿は、ともによい温泉です。
30人なら泊まる旅館次第ではマイクロバスで送迎サービスもあるし、ちかくの訪問地へのアッシーもありでっせ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。温泉いいでね。さんこうにしたいとおもいます。また色々調べてみます。

お礼日時:2000/12/22 10:01

少なくとも、装飾古墳は、中身はみれません。

何故なら、封鎖されているからです。
やはり、備前あたりが、よろしいかと思います。2泊3日程度なら。
もちろん、調べておわかりでしょうが、多数の古墳が整備されています。自転車で回れるのも、魅力でしょう。
宮崎・鹿児島については、今はわかりません。
ただ、大学生とお見受けしたので、とりあえず、備前から入るのも、また、一興かとも。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

こんな無茶な質問に回答ありがとうございます。
またいろいろ調べていきます。

お礼日時:2000/12/21 07:58

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q遺跡、古墳が発見された場合

素朴な疑問ですが教えてください。
道路工事などの最中に遺跡や古墳が発見されることはよくあると思います。
その遺跡を保護するか、そのまま工事するかなど、だれがどうやって決めるのでしょうか。

Aベストアンサー

道路工事中に遺跡が発見された場合、現状を変更することなく「遺跡の発見届け」を都道府県へ提出することになっています。(実際は市町村役所が窓口となっています)これにより、文化庁長官は工事の差止め、中止を命じるばあいがあります。

このようなことをさけるためにも、一般に行われる土木工事を伴う開発に際しては、事前に開発地の埋蔵文化財包蔵地(遺跡の範囲)の確認、または事前調査がおこなわれています。

具体的には開発計画段階で開発地の遺跡の照会を行い、遺跡内であれば埋蔵文化財保護法第57条による届出を開発工事着工の60日前までに提出し、都道府県教育委員会の指示を受ける形をとっています。
当然のごとく、手続きには一定の時間を要すことになりますので、計画変更をふくめた様々な事前協議がおこなわれます。

周知の遺跡以外での発見は、先に述べたように発見届を提出することで、文化庁長官が判断することになります。しかし、その情報をあつめるのは実際に調査にあたる各都道府県及び市町村の埋蔵文化財担当者が観察し、報告するわけです。
保護に関しては文化庁長官の判断や、地域の歴史保護等を考えた市民団体などによって進められる場合が多いといえます。その場合もまた開発者との協議により決められていくことになります。

参考URL:http://www.houko.com/00/01/S25/214.HTM

道路工事中に遺跡が発見された場合、現状を変更することなく「遺跡の発見届け」を都道府県へ提出することになっています。(実際は市町村役所が窓口となっています)これにより、文化庁長官は工事の差止め、中止を命じるばあいがあります。

このようなことをさけるためにも、一般に行われる土木工事を伴う開発に際しては、事前に開発地の埋蔵文化財包蔵地(遺跡の範囲)の確認、または事前調査がおこなわれています。

具体的には開発計画段階で開発地の遺跡の照会を行い、遺跡内であれば埋蔵文化財保護法第...続きを読む

Q古代ピラミッド、遺跡、日本の古墳に関する書籍

カテゴリーを読書の方か迷ったのですが、古代ピラミッド、遺跡に関する書籍でオススメなものを教えて頂きたいです。

エジプトやメキシコのピラミッド、ペルーの遺跡等が好きなのですが、世界にはもっと多くの遺産がありますので、そういったものにも興味があります。

また、日本の古墳についても色々知りたいです。

余りにも専門書すぎるのも困りますが、ビジュアル本でも大歓迎です。

万一、多くのご回答を頂いた場合お一人お一人に御礼を言えないかもしれませんが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

世界の遺跡については創元社の「知の再発見」双書がお勧めです。読みやすく、図版や写真もきれいです。
たしか、日本の古墳はなかったかと思いますが。

参考URL:http://www.sogensha.co.jp/page/a/chinosai.html

Q最古の古墳は?(<辻畑古墳>最古級の可能性 230年前後の築造か 静岡)

<辻畑古墳>最古級の可能性 230年前後の築造か 静岡
静岡県沼津市東熊堂(ひがしくまんどう)の辻畑(つじばたけ)古墳が、日本最古級の可能性があることが7日、同センターと沼津市教委への取材で分かった。出土した高坏(たかつき)の素材や色、形状などから230年前後の築造と推測されるという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090907-00000020-mai-soci

古墳は奈良県あたりが発祥地と思っていましたが…。
今の時点で最古の古墳はどこの何古墳で、いつ頃の築造でしょうか?
また卑弥呼の時代=古墳時代というのは定説になりつつあるのでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

古代史ファンです。大いに興味があります。

辻畑古墳を報じた中日新聞では、この古墳を「石塚古墳(奈良県桜井市)などと並ぶ日本最古級の古墳となる可能性が浮上している」と解説しています。
ということは、素人考えですが、石塚古墳が最古とされていたと言えるのではないでしょうか。

中日新聞ニュース 沼津の辻畑古墳は最古級か 
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2009090702000140.html?ref=related 

読売新聞ニュース 纒向石塚古墳
http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is60324a.htm 

ところで今年の5月末、NHKや朝日新聞が、箸墓が卑弥呼の墓ではないかと報道し、話題になりました。

朝日新聞ニュース 箸墓は卑弥呼の墓?
http://www.asahi.com/culture/update/0528/TKY200905280355.html 

この報道に対して、研究者3人(上田正昭氏、大塚初重氏、高島忠平氏)が『文藝春秋』8月号で会談しています。
この記事の中に「卑弥呼の時代=古墳時代というのは定説になりつつあるのか」について、関連すると思われる箇所がありますので、一部抜書きします。

今回の発表の背景には、近年の研究で、古墳時代の始まりが早まっていることがある。
 従来は卑弥呼は3世紀の人で、古墳時代は4世紀からとされてきたのに、3世紀後半から
 古墳時代が始まったとする研究成果が近年、相次いで出されているのです。

また、次の報道では「古墳時代の始まりとされる箸墓古墳(奈良県桜井市)が築造されたのは240~260年」となっていますので、箸墓古墳を最古とする考えもあるようです。

朝日新聞ニュース 年代変わる?古墳時代
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200806070135.html

新聞・雑誌の情報ですが、お役に立てば幸いです。

古代史ファンです。大いに興味があります。

辻畑古墳を報じた中日新聞では、この古墳を「石塚古墳(奈良県桜井市)などと並ぶ日本最古級の古墳となる可能性が浮上している」と解説しています。
ということは、素人考えですが、石塚古墳が最古とされていたと言えるのではないでしょうか。

中日新聞ニュース 沼津の辻畑古墳は最古級か 
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2009090702000140.html?ref=related 

読売新聞ニュース 纒向石塚古墳
http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/n...続きを読む

Q与那国海底遺跡は本当に遺跡ですか?

与那国海底遺跡はよくテレビで放映されています。
http://www.yonaguni.jp/yum.htm

これは本当に遺跡なんでしょうか?
昔地上にあったものに間違いはないようですが、これを人間が作ったのか、あるいは自然のものに少し手をいれて人が住んでいたいのか?
そもそも時代は何時代のことなんでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

一部のオカルト好きなマスコミ・出版関係者や専門的な知識のないアマチュア歴史家・好事家を除けば「遺跡説」支持者はほとんどいないでしょう。少なくともこれに関して学術的な場で発表された論文はほんの数本もなく、通俗書上でセンセーショナルに取り上げられているのみです。歴史学・考古学的にも大多数の研究者は「柱状節理」という沖縄近海で多く見られる自然地形として認識しており、研究対象としては完全に無視されてます。

検索すれば肯定派・否定派あわせて多くの検証がみられるでしょう。ちょっと探してみましたが某掲示板の考古学カテゴリで討論されていた内容が最も纏まっているようでした。匿名投稿の類はソースとして不適切といえなくもないですが、考古学専攻の自分から見てもかなり説得力ある反証です。
とりあえず一読の価値はあるかと思います。

参考URL:http://www.geocities.jp/yonaguni99/1066277888.html

Q三内丸山遺跡・吉野ヶ里遺跡や周辺に、宗教(おそらく原始神道)などの祭殿・神殿などの痕跡が残っているの

三内丸山遺跡・吉野ヶ里遺跡や周辺に、宗教(おそらく原始神道)などの祭殿・神殿などの痕跡が残っているのでしょうか?

Aベストアンサー

どうだったかな、記憶だけで簡単に書くので間違えてるかもしれませんが。
吉野ヶ里のほうは墓がありましたね。

日本の宗教の原型は、沖ノ島や天岩戸神話に見られるような、野外での宴会のようなものだったと考えられています。行う場所も、それ用の特別な場所ではなくその場かぎりの臨時の会場のように、終わったら他の用途に使うような。相撲の名古屋場所の土俵って、場所が終わったら取り壊すのですが、そんな感じでしょうか(私感)。

社とか立派な鳥居とか神主とか、これらは仏教の影響で今の形になりました。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報