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中華人民共和国はなぜ中華という漢字を選んで、漢という漢字を採用しなかったのかが疑問です。

中国人がいかに漢族であることを誇りに思っているか、ということを思えば漢という字が自然に思えます。

異民族もいたからでしょうか?モンゴル人やチベット、ウイグル族など。

どういったいきさつがあったのでしょうか???

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A 回答 (13件中1~10件)

他の人の、私の回答に対する批判にここで答えるのは望ましくないのは分かっていますが、少しだけ。



#8の回答にある次の箇所は、明らかな事実誤認です。

> また同じく#7に
...
> とありますが
> それは一般的な民族名ではなく単にそういう言い方も出来ると言う程度の事です

と書いていらっしゃいますが、例えば「出エジプト記」の冒頭には、ユダヤ人のことを「イスラエル人」と書いてあるように、イスラエルは民族名です。それも、神が
わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。(出エジプト3:10)
とあるように、神が名付けた民族名です。


それから、ユダヤ人になったいきさつについて。
改宗当時は、ユダヤ人に対するほとんど迫害はありませんでした。

この改宗した国の事情ですが、東ローマ帝国とイスラム圏の接点辺りにありました。したがって、イスラム教・キリスト教の何れでも攻め込まれる事情にありました。しかし、ユダヤ教であれば、両方の宗教の元になった宗教ですから攻め込まれまい、ということで改宗した次第です。
それから、ユダヤ人は民族の故に迫害を受けていますが、それ故に団結し、宗教心を硬くするのは現代でも、例えばアーレフの例もあるように、同様のようです。


それから。
> 「このような国の多くは、...ね、明らかに偏りがあるでしょう。

単一民族で単一の国が作られる例が近代以前ではあまりありませんし、むしろ多民族で地縁的な国が作られるか一つの民族で多くの国が作られる方が普通です。たとえばインドは多民族が一つの土地に国家を作った例ですし、例えば西欧であればアングロサクソン民族が多くの国を形成しています。
もっと言うと、他の民族と混ざり合って吸収していくことも往々にしてあります。日本人はこの典型例で、例えば朝鮮半島からの渡来人も今では立派に日本人です。他の例でいえば、中国であれば漢民族が他の異民族を吸収し続けています。

一民族一国という事自体がある意味で民族ナショナリズムの産物なので、1900年以後に偏っていることが普通ですね。


> 昔から連綿と血筋と土地を受け継いできた民族はわざわざ「我々は●●民族だ」などと喧伝する必要はないんです。

たとえばスラブ人は昔からあの土地に連綿と血筋と土地を受け継いできた民族です。
アジアで言えば、マレー人はマレーシアに昔から連綿と血筋と土地を受け継いできた民族です。

・・・あれ? 喧伝していますね?

当然といえば当然で、こういった国は植民地が独立というパターンが多いので、国号を付けるときには地名か民族名が多いのだと思います。

中国は、そういう意味で、地名を選んだ、という事で良いと思います。


それからもう一点だけ。元について。
年表を繙くと

1268年 元から日本への最初の国書が届く
1271年 国号を「大元」にする(元の成立)
1274年 元寇・文永の役
1276年 南宋の首都杭州陥落。元の中国の実効支配が確立。
1279年 元から日本への最後の国書が届く(使者が殺されたのはこの時)。同年、南宋滅亡。
1281年 元寇・弘安の役

となっています。

...あれ? 話が違いますね?

斬り殺したのは一回目の元寇の後ですし、国号が変わったのは一回目の国書が届く前ですし、この後国号は変わっていませんし、使者を斬り殺したのは宋が滅亡するのが決定的になって新たな支配者が元と決まった時期ですし。
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これまでの回答とダブりますが、


モノの本によれば(読んだ私の記憶が正しければ)、
1.これまでの王朝との違いを強調したかった。
2.革命を、満州族対漢族という構図にしたくなかった。(質問者の方の「異民族もいたから」というのと同じ意味です。)
それで、これまでとは全く異なる国名のつけ方をした。

それから、これは私が勝手に思う事ですが、孫文など当時の革命指導者にとっては、中国の当時の状況が、中華思想(そもそも中華思想という言葉自体が日本から見た言葉だが)などと言っているような状況ではないのがよくわかっていたからこそ、尊厳を回復しようとして「中華」という名前をつけた、という事は充分ありうると思います。真面目に、自分達が世界の中心だと思っていたと言うよりも、「かつては、そういう誇りがあったはずだ」という意味で…。

後は蛇足ですが、アングロサクソン国はありませんが(大体、アングロサクソンという言い方自体が、元々の民族?部族?の名前ではない)、イングランドはアングル人の国、スコットランドはスコットランド人の国、フランスはフランク人の国、ドイツは、ドイツ人(英語風に言えばテュートン人の国=Deutchland)、スロバキアやスロベニアは、スラブ人の国だったんじゃないなか?
こういう例はいくらでもあります。但し、国としての体裁が整ったり、民族意識が出来る前から、○○人の住む地域、と呼ばれていて、それが自然に国名になったのもあれば、独立する際にそれを選んだ例もあるでしょう。フランスのブルターニュなんかも、もし独立国になっていたら、ブリトン人の国になったのでしょうね。ついでにいうと、イングランドには、かなりの数のデーン人の子孫が居たにも関わらず、時代を経るにつれて、イングランド人という意識が生まれてきた事からもわかるように、そういう民族意識、更には国名と、血筋とはまた別の問題ですね。

>中国人も「中国」と呼んでいるんでしょうか。もし「中国」が「中原の国」という意味なら長江流域やその他おおくの地方の人は怒りませんか?
当然、中国と呼んでいますよ。先週、回族の人と飯を食う機会がありましたが、(少なくとも表面的には)何の躊躇もなく中国と言っていたし、日本人に対しては、自分を中国人だと勿論思っています。でも、民族は何か、と聞いたら、当然回族です。(多数民族は、漢族。)
日本で言うところの中国語は、中国語では漢語ですが、中国語の文章の事は、中文といいます。中国と漢の区別は、多少曖昧にはなっていますね。

それから、中国の王朝の名前が、地域(あるいは、国の名前)というのは、一応その通りなのですが、五胡十六国など混乱期には、かなり自由に名前をつけるようになっています。だから、王朝の名前は春秋戦国時代の国名と同じだけど、場所は全然違うじゃん!、という例もあります。まぁ、慣習的に昔の国名を使っていた、と思った方が真実に近いですね。
元からは、地域名ではなく、国名自体に何らかの意味を求めるようになりました。明も、明らかに地域名ではないので、これは、元や清が異民族だったから、というよりも、元々、地域との関連性が薄くなっていたのが、元以降、完全に地域との関連性が絶たれた、と考えるべきでしょう。

>隋や唐も胡族なのに隋や唐という名称で中国の統一王朝という意味を表現できていたでしょうか?

別にどっちでも良い、というのは既に回答があった通りですが、隋や唐の頃になると、北方民族との混血がかなり進んでいて、事実上独立した民族としての存在がわからなくなってしまった民族(?、部族)もたくさんあります。そういう意味では、皇帝だからどうでもよくなったのではなく、ごちゃごちゃになってわからなくなった、という要素もあります。
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この回答へのお礼

ふうん、じゃ、前の方がおっしゃったように中国という国名は日本のことを大和と呼んでいることと同じことなのですね。

明(大明)はどこからきたんでしょうね。

とても面白い読み物となりました。
情報満載できっとここを訪れた人にとっても大満足でしょう。

よい一日を!

お礼日時:2006/04/18 18:34

中国歴代の王朝の中心であった洛陽盆地の西端、洛河の発する山の名前が「崋山」であることから、その中心地ということで「中華」と称したとする説が有力です。



中国には95%の漢民族の他に、50ほどの異民族がいますが、中国を最初に統一した始皇帝の兵馬俑でもおわかりのように、青い目のイラン人が周りを固め、ソグド人などが経理を担当していたというように、漢民族に東西南北の異民族を合わせて、中華と称したのです。(だから、モンゴル族の元や、女真(満州)族の清などは、漢民族の王朝ではありませんが、中華を称していました)
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No.5です。


私より詳しい人達が熱く議論している中で流れをぶった切って恐縮なのですが、質問者様の問いに答えたいと思います。

>隋や唐も胡族なのに隋や唐という名称で中国の統一王朝という意味を表現できていたでしょうか?

はっきり言って、できてないんじゃないですか。
でも、そんなことはどうでも良いんです。なぜなら上帝(天)の代理人たる天子、すなわち皇帝がいたからです。天子は天に代わって「中華」を支配するわけですから、わざわざ名前で「俺は中華の支配者なんだぞ!」と自己主張しなくてもいいでしょう。これは、漢民族だから、異民族だから、と言うのではなく、とにかく天子であれば、中華の支配者なのだから、あまり関係ないと思います。
逆に言えば、中華民国の場合、天子がおりませんので、何とかして「中華」の継承者であることの権威付けをする必要があるわけです。(私の持論に沿って言えば)
国名に「中華」と付けるのはその一つの方法ではないでしょうか。

また、中国人も自国のことを中国と言うみたいですよ。「中国」に中原の国と言う意味があるかどうかは知りませんが、特に悪い感情を抱くこともないのではないでしょうか。いやむしろ、お前らは夷荻だから、中国の名を使うな、と言われたらそっちの方が嫌じゃないでしょうか。

中華と言う言葉は、その土地だけでなく、歴史や伝統、文化をも内包する言葉だと個人的には思っています。だから、No.5のような回答をいたしました。
間違ってたらごめんなさいね。
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この回答へのお礼

とっても面白い議論でした。いろいろジェットコースターみたいにぐるぐるめまぐるしくてんかいされるのでちょっとよってしまいましt。
またよろしくね

お礼日時:2006/04/17 19:32

中華の「華」の字は、まだ歴史学的には、未確認中の中国最初の王朝である「夏」から来ています。

中国文化を慕うという「慕夏」という言葉が残っております。

「中」の字は、古代中国で漢民族が周りの未開地域の蔑称として用いた「東夷・西戎・南蛮・北狄」の中心ということを意味します。

「漢」はたまたま漢の始祖劉邦が「漢」と呼ばれた地方の王だったために使われた王号で、のちに「唐」とともに中国それ自体を指す字として使われます。元代まで中国王朝がその出身地方の地名を国号にしたのは、他の回答者様のご説明どおりです。

>中華人民共和国はなぜ中華という漢字を選んで、漢という漢字を採用しなかったのかが疑問です。

現在の中国は単民族国家ではなく、多民族国家です。漢民族の他に、モンゴル、ウイグル、チベットなどの大きな人口を持つ少数民族以外に、チワン族、タイ族、朝鮮族、満州族、イ族など100以上の少数民族が存在します。漢民族の単一民族国家ではないため「漢」という言葉を採用しませんでした。

それから中国では「中国語」という言葉は存在しません。人口の90%以上を締める漢民族の言葉を「漢語」と呼び、公用語として採用して、これを「普通語」と呼んでおります。漢民族以外は、基本的に「普通語」を公用語を受け入れつつ、民族独自の言葉を保持しています。

>異民族もいたからでしょうか?モンゴル人やチベット、ウイグル族など。

中国という地域を漢民族だけが統治していた訳ではありません。魏晋南北朝時代には中国北部は、鮮卑族、匈奴族などの北方遊牧民族に支配されておりましたし、統一王朝でも遼は契丹族、金と清は女真族、元はモンゴル族の王朝ですが、中国ではいずれも正式な王朝であると認識されています。土着の非漢民族の地域に漢民族が進出したこともあれば、北方や西方より来た異民族が土着したりして、中国各地に点々と非漢民族の地域が存在します。

アイヌの存在を忘れて自国を「単一民族国家」だと認識している程度の日本人の感覚でものを見ると「多民族国家」中国の本質を見失います。
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#6です



#7に
>因みに#6の回答にある
> 「秦」「漢」「隋」「唐」「宋」「元」など全てが漢字一文字の国名(国号)です
は間違いで、例えば元は正式には「大元」または「大元蒙古王国」です

とありますが
#6ですでに
>元寇の前に元から幕府に降伏勧告の使者が来たのですが、当時は「元」という国号を使わずに「蒙古帝国」と言っていたらしいんです、ですので幕府は蒙古帝国(元)を中原の支配者として認めないで、その使者を切り殺してしまったのです

つまり元寇当時は「蒙古帝国」であったとちゃんと記しています。
つまり、上記のエピソードなどで「蒙古帝国」では中原の支配者と認められないので単に「元」と表記するようになったのです。
結局のところは「一文字国号=中原の支配者」という中華思想の常識をモンゴル人が知らなかったために起きた現象です。
その常識を知って「元」に国号を改めたんですね。




また同じく#7に
>また、イスラエルという国号は、旧約聖書中のヤコブの名が神によって「イスラエル」に改名され、ユダヤ人は彼の子孫であるということに由来していますので、イスラエルという国は民族名を国号にしていると言えます。

とありますが
それは一般的な民族名ではなく単にそういう言い方も出来ると言う程度の事です
我々日本人の事も「日本民族」という人もいるでしょう。
それと同程度の例外でありこの場ワイは除外して考えるべき程度の瑣末事です。



>もう一つついでに付け加えますと、現代のユダヤ人の大多数は、5世紀頃に改宗した東欧人の子孫であり、イスラエルを支配していた民族とは違います。

ともありますが
だからこそユダヤ人は民族の誇りを大事にするのです。
考えても見ましょう
昔から連綿と血筋と土地を受け継いできた民族はわざわざ「我々は●●民族だ」などと喧伝する必要はないんです。
もともとの出自が違うからこそ、その民族になりきろうと民族性や宗教界率を厳密に守ろうとする訳です。
ましてや、迫害されると分かっていて尚且つユダヤ教の教えに身を投じたユダヤ人達の民族意識を疑うのは、ユダヤ人の皆さんに無礼千万な発言と言えます。
例えば日本の例ですが
江戸時代の会津松平家の藩主は養子が多く藩祖保科正之の血統を継いでいませんでした。
その最後の藩主松平容保は藩祖正之の遺訓を頑なに守り、藩にとって損にしかならない京都守護職を引き受け幕府に忠義を示しました。
また、新撰組の多くは士分ではない者や下級武士でしたが、彼らは他のどの武士よりも「士道」を重んじ武士らしい生き方をしました。
このように、出自が違う者がある血統や民族になろうとすると、他の誰よりも「それらしく」振舞おうとするものです。
したがって、ユダヤ人の民族意識は他のどの民族よりも高くなったのは当然の事なんです。



そして
>国号に民族名を含む国は決して少なくはなく、例えば、今は無くなってしまいましたが、ユーゴスラビアは「ユーゴ=南」「スラビア=スラブ人の国」となり、国号に民族名「スラブ」を含んでいます。

とありますが
だからこそ私は#6で
「民族名を国号にする国は皆無」
などと馬鹿げたことは書かず
「一般的ではない」
と記しています
どのような意味で一般的でないかというと、くしくも#7に書かれているように
「このような国の多くは、1900年以降に独立又は改名された国です。」
という事です。
ね、明らかに偏りがあるでしょう。
中国は自らを「中華」即ち世界の中心と呼ぶような民族ですから、20世紀の流行でしかないナショナリズム国号を真似する筈もありません。
中国は伝統を重んじる儒教国ですので他国の流行に則って国号を決めるなんて事は、それこそ民族意識が赦さないでしょうね





#7の木を見て森を見ない一知半解の指摘のお陰で回答を補足することが出来ました。
有難う御座いました
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この回答へのお礼

貴殿の興味深い回答を拝見いたしました。
特に目を引いたのが、「昔から連綿と血筋と土地を受け継」いできた民族はわざわざ「我々は●●民族だ」などと喧伝する必要はないんです。」のところです。

東北出身の人の方が東京でより東京弁らしさを強調する、とか、方言は辺境のほうが中央の特徴を保持する傾向がある、などを思い出しました。

文化人類学の機能主義などで開眼させられたことがありますが、貴殿の着眼点にも似たようにはっとさせられました。

またよろしくお願いします。

お礼日時:2006/04/16 17:40

中国では、国号は基本的に地域名が当てられます。



例えば漢であれば「漢」地域を根拠地とした国という意味であり、三国志の蜀漢は蜀と漢中を根拠地としていたので蜀漢と呼ばれるのです。劉備も最初漢中王になっていますしね。

この伝統は、少なくとも周にまで遡ることが出来、異民族の支配した清や元を例外とすれば、以後連綿と受け継がれることになります。
したがって、中国全体(中華地域)を根拠にする、という意味で「中華」を国号の中に用いたのだと思います。


因みに#6の回答にある
> 「秦」「漢」「隋」「唐」「宋」「元」など全てが漢字一文字の国名(国号)です
は間違いで、例えば元は正式には「大元」または「大元蒙古王国」です。
また、イスラエルという国号は、旧約聖書中のヤコブの名が神によって「イスラエル」に改名され、ユダヤ人は彼の子孫であるということに由来していますので、イスラエルという国は民族名を国号にしていると言えます。
もう一つついでに付け加えますと、現代のユダヤ人の大多数は、5世紀頃に改宗した東欧人の子孫であり、イスラエルを支配していた民族とは違います。

また、質問者の方が指摘なさったように、国号に民族名を含む国は決して少なくはなく、例えば、今は無くなってしまいましたが、ユーゴスラビアは「ユーゴ=南」「スラビア=スラブ人の国」となり、国号に民族名「スラブ」を含んでいます。
このような国の多くは、1900年以降に独立又は改名された国です。


また、#1の方の指摘された「以前に使われた」という理由はあまり関係がないと思います。国号がかぶる例としては、例えば唐の後の五胡十六国時代などには魏、周、呉、漢などが国号に見えます。
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この回答へのお礼

「中国では、国号は基本的に地域名が当てられます。」
興味深いです。いろんな元号が地域名から来ていた。地図を見て探す楽しみができました。

イスラエルをなぜそうなずけたのか、というのも不思議でしたが貴者の回答で謎が解けました。神と戦う者、というのはすごい名称ですね。

お礼日時:2006/04/16 17:31

日本人(の殆ど)は大和民族ですが「大和国」ではなく「日本国」ですよね。


ですから漢民族の国歌が「漢」でなくても不思議ではありません。

と言いますか
世界中の何処を探しても
「アングロサクソン国」とか「ユダヤ国」とか「ケルト国」なんてありませんよね。
つまり、民族名を国名にすると言う事は国際的に見ても全然一般的ではないのです。
何しろ、民族意識の高さにかけては他の追随を全く寄せ付けないユダヤ民族が2000年の悲願の上に建国した国家がユダヤ国ではなくイスラエル国(State of Israel)なのですからね。
ユダヤ民族は国を失って離散し各地で迫害されても2000年もの間民族の誇りを失わなかったという民族で、民族の誇りという点なら漢民族よりも圧倒的に上でしょうね。



さて、視点を変えます
中国の歴代王朝を見ますと
「秦」「漢」「隋」「唐」「宋」「元」など全てが漢字一文字の国名(国号)ですよね。
「蜀漢」だの「南宋」とかがあるじゃないかと言う意見もありますが、「蜀漢」の正式な国号は単なる「漢」ですし「南宋」も「宋」が国号でした。
ただそれでは、我々が普通に「漢」とか「宋」とか呼んでいる王朝と区別がつかなくなるので便宜上「蜀漢」「南宋」と後代の人間が勝手に呼んでるだけなのです。
さて、その一文字国号の国家には共通点があります。
それは
中原の帝王として天より命を受けた「皇帝」を戴く帝国であるという点です。
中原とは中華思想で云うところの世界の中心の事で、中原の皇帝になるためには「天」から任命されなければいけないと言うことです。
天というのは神様みたいなものですから、神聖不可侵な絶対権力を皇帝は有していた事になります。
一文字国号はこの「絶対権力」の象徴でもあったのです。
元寇は知っていますよね。
元寇の前に元から幕府に降伏勧告の使者が来たのですが、当時は「元」という国号を使わずに「蒙古帝国」と言っていたらしいんです、ですので幕府は蒙古帝国(元)を中原の支配者として認めないで、その使者を切り殺してしまったのです。
また、日本が「満州国」を作った時もラストエンペラー溥儀を皇帝に迎えましたが、一文字国号出なかったために民衆からは中原の支配国家として認められませんでした。
これらからも「一文字国号」=「中原の支配者」という構図が見て取れます。
さて
現在の中華人民共和国ならびに中華民国はどうでしょうか?
「人民共和国」「民国」の名が示すとおり帝国ではないんです。
帝国じゃないのに一文字国号を使う事は重大なルール違反なんです。
ですから現在の中国は「漢」という国号は使えないんです。
使ったら帝国にしなければならないと言うのが中国での常識だからです。


最後に
「中国」「中華」という言い方は実は「中華人民共和国」や「中華民国」が出来る前からありました。
「中華」とか「世界の中心の華やかな地」という意味ですし
「中国」とは「中原の国」という意味です
言ってしまえば、昔の日本人が日本の事を「
」とか「扶桑」とか「大和」と言う別称で呼ぶことがあったのと同程度の事ですね。
その昔からあった伝統的な「中華」「中国」を現在の国号に使う事に不思議は感じられません
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この回答へのお礼

貴者を含めこんなにおおくの方からこんなにもすばらしい回答のフルコースをご馳走してもらえるなんて思ってもみませんでした。しかも短時間に!皆さん、この場をかりてありがとうございました。お礼と補足質問を兼ねさせてもらいますが、補足質問

(1)「中国」と日本人はかの国を省略して読むことが多いですが、中国人も「中国」と呼んでいるんでしょうか。もし「中国」が「中原の国」という意味なら長江流域やその他おおくの地方の人は怒りませんか?「大和」の場合は今では「奈良」だけでなく日本全体を指すことが多い気がしますが。(例:大和魂、大和太鼓)

そうですね、中国の王朝は一文字の漢字ばかりなのは不思議でした。そういった歴史があったんですね。

お礼日時:2006/04/16 17:19

中華とは、世界の中心にある、もっとも華やかな文明社会という意味だそうですが、これは、中国人にとって漢民族である、という以上のアイデンティティを形成する要素なのではないですか。


つまり、漢民族であることよりも、中華の人間であるということに重きを置いたのではないでしょうか。

初めて国名に中華を使ったのは中華民国ですが、それ以前は女真族の清が中国を支配していました。これを仮に漢民国とすると、確かに女真族の支配から脱し、漢民族の国家を打ち立てたことをあらわせるでしょうが、秦の始皇帝以来(三皇五帝とかを入れるともっと)脈々と続いてきた「中華」の継承者であることを表現できていません。

そういう理由であると推察します。
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この回答へのお礼

よくわかりました、勉強になります。
ですが、隋や唐も胡族なのに隋や唐という名称で中国の統一王朝という意味を表現できていたでしょうか?

お礼日時:2006/04/16 17:07

以下は陳舜臣氏の小説孫文から得た知識である事を前置きして書きます。


辛亥革命を起こした孫文は、当初漢民族の民族主義をもって満州族の清朝を倒そうとしましたが、政権の座から満州人を追った後は手を携えなければならないと考えていたようで、彼の主催する政治結社興中会の会員を募る際も、その点を新会員に言い含めていたとの事です。革命後の国号も、当初は「大同民主国」なるものを考えていたようですが、ナショナリズムを超越した「大同」のレベルはもっと後の時代であると考え、中華民国としたらしいです。
後の中華人民共和国もこの中華民国の流れで付けられたのでしょう。
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この回答へのお礼

なるほど興味深い説明です,.,,おっしゃる意味での大同と、中国の都市「大同(たーとん)」は繋がりありますか?大昔は平城だと記憶してます。
孫文の興中会の中という字も気になるところです。勉強になりました。

お礼日時:2006/04/16 17:04

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