立て続けに質問することをお許し下さい。

パラドックスについて2つ質問させて下さい。
1つ目
・ラッセルのパラドックス(集合論の逆理)は現在どのように解決されているかが 知りたいです。(集合がどのように定義されたか。)
 この時、「類」や「○○公理」などの言葉を使う時はその説明(もしくは参考サイ トの提示をお願いします。)高校生に分かる程度にお願いします。

2つ目
・「ラッセルさん」と恒例の「ゼノンさん」の逆理以外の理念(集合論・極限論以 
 外)のおもしろい逆理がありましたら、名前だけでもいいので教えて下さい。
 (自分で調べますので・・・)

以上2つよろしくお願いします。
最近(前から?)自信を持って間違った事を言う人が増えています。だからどう、って訳ではないんですが、(僕もその一人のようで・・・)自信ないのなら「自信ない」と示して回答を寄せて頂くと有り難いです。
よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

補足:「オールバースの背理」に関しては、宇宙が無限で、宇宙に均等に星が存在しても解決できるそうです。


光の速さは有限ですから、遠くを見るほど昔を見ることになるわけです。もし、宇宙が永遠の昔から存在していたとすれば夜空は明るいはずです。
ところが、現在主流の宇宙論では「宇宙には始まりがあった」とされてます。だから、遠くを見ても、始まり以前の光は当然届かないわけですのでオールバースのパラドックスは回避できるそうです。
私は、宇宙が膨張しているために遠くの光のエネルギーが減るから(?)、また、ある距離より先は膨張のために光が届かないからと思っていたのですが、膨張の影響なしでも宇宙の歴史が有限というだけでパラドックスの回避はできるそうです。
Wikipediaより:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB% …
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1.


もの(数学的な実体)の集まりを集合として一つの実体と扱おう、という集合論の考え方は非常に有用だったのですが、ラッセルのパラドックスなどが出てしまったわけですね。「集合全体の集合」などもパラドクスが出ます。
で、これらのパラドックスで出てくるものの集まりは非常に巨大だったので、それならばそんなに大きすぎる集まりは「集合」ではない(クラス(日本語訳が類)と呼ぶ)ことにして、集合として扱えるものはどんな集まりか、ということの条件を考えよう、という考えが出てきたようです。それで公理的集合論がいろいろ出たそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E7%90%86% …
まあ、集合と呼べるものの範囲を限定することでパラドックスを回避するわけですから、本質的な解決かどうかはちょっとわかりません(^^;
嘘つきのパラドクスも、そういう自己言及的な文は数学では使わないように言葉を整理しよう、という方向のようです。
でも、考えてみると、コンピュータでは自己言及ができてしまいますけどね。セキュリティーソフトを動かすということは、PCがウィルスなどで汚染されているかどうかをそのPC自身で調べるわけですから、一種の自己言及かも。嘘つきのパラドクスのようなプログラムを作ることもできますし(動かすと止まらなくなるでしょうが)。

2.
Wikipediaなどで検索するといろいろあるようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9% …
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p36


Introduction to metamathematics
s.c.Kleene

東京大学出版会
をお勧めします。

パラドックスが
いろいろ書いてあります。
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この回答へのお礼

情報ありがとうございます。
え~と、、、「Introduction to metamathematics」というので探せばいいのですよね?
調べてみます☆

お礼日時:2002/02/02 21:35

えーとですね。


下で回答なされているstarfloraさんの書かれておられることは全て本当のことです。

しかし、私がここに書いている回答は「自信なし」でもお判りの様に全て嘘です。
(^_^)
いわんとすること、お判りですね。
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この回答へのお礼

すごい!!回答自体を質問の答えにしてくれてます!!
ユーモアに満ちた解答、ありがとうございます☆

お礼日時:2002/02/02 21:33

 


  自信を持って間違ったことを言う人が多いということなので、「自信なし」にしましょう。しかし、騙される貴方の「自己責任」というのは、規約で明記されていたはずです。
 
  それはともかく、パラドックスは、本当の論理的パラドックスは「解決しません」。そこで何か勘違いされているように主観的に思います。「回避する」か、または論理的に本質的でなく、見かけの錯覚だったと証明されて解決するだけです。「ゼノンのパラドックス」は、少しも解決していないのです。あれは、時間と空間に関する哲学的パラドックスで、「無限」の考え方を、どう把握するかということが問われているのです。ゼノンだって、アキレウスが亀に追いつけないという「常識」ぐらい知っていたはずです。
 
  それはともかく、「ラッセルのパラドックス」は、ラッセル自身は、「タイプの理論」で回避しました。しかし、タイプの理論はその後、あまり展開しませんでしたから(というか、複雑な割りに成果がないので、棄てられたのでしょう)、ラッセルのパラドックスは残ったままだと思います。あれは、自己言及のパラドックスでもあるのですから、自己言及型の無限命題は「無効」とする指針で、回避しているのだと思います(あるいは、ラッセルが定義したような集合は、クラスとして扱い、一般の集合に含めないようにして、回避します……自己言及の無限命題は無効とするというのと、同じことですが)。解決はされていないはずです。というか、解決しようがないはずです(解決されたという意見があれば、わたしも知りたいです)。
 
  「嘘つきのパラドックス」は有名な自己言及の論理パラドックスです。
 
  「オールバースの背理」というものがあります。パラドックスではないのですが、話のついでです。これは、宇宙が無限で、宇宙に均等に星が存在するなら、空は、まばゆいばかりに、いや、地上のものをすべて燃え滅ぼすぐらいに明るく耀くはずだという背理です。普通、「夜空は明るい」と言います。星の光は、距離の二乗に比例して弱くなりますが、星の数は距離の二乗に比例して増えて行きます。すると、途中で、星の光がガスなどで遮られていたとしても、遠く遠くからの星の光を集めていくと、夜空は明るく隙間なく輝き、そこには、遙か向こうの星が見えているはずだという背理です。背理というのは、これは、実際、夜空は明るくないからです。だから、宇宙は無限でないか、または、星の分布は一様でないのだと、論理的に出てくるという話です。
 
  論理学のパラドックスに、「リシャールのパラドックス」あるいは「ベリーのパラドックス」というのがあります。「意味論的パラドックス」と呼ばれているのが一方です(一方というのは、二つのパラドックスがあり、名前が、リシャールとベリーで、どちらがどちらか混同されてよく分からないのです。「ベリー」の方が意味論的パラドックスのはずですが、普通、これは「リシャール」で呼ばれます)。
 
  選択公理が絡むと色々あり、有名なのは「バナッハ・タルスキーのパラドックス」です。
 
  しかし、わたしは、確信を持って間違ったこと・出鱈目を言う人のようですから、これぐらいで終わりにします(質問者の要望通り、「自信なし」にしてありあますから)。
 
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この回答へのお礼

まず、回答有り難う御座います。
 「自信を持って間違ったことを言う人が多いということなので、「自信なし」に
  しましょう。しかし、騙される貴方の「自己責任」というのは、規約で明記さ
  れていたはずです。」
は、十分分かっています。それに間違った(?)回答でも寄せて頂くだけでも
とても心強いのも事実です。ただ、ちょっと考えれば分かるようなことを、
自信をもって書く人が最近増えたかなぁ?と思ったんですが、(僕も含めて)人間はミスがあって当然なんですよね。ただ、僕のこの文を読んで「少し気を付けよう」と思ってくれた人がいれば幸いです。

では、脱線してしまいましたが、
>本当の論理的パラドックスは「解決しません」。
おっしゃる通りだと思います。
ただ、数学(という論理的概念)において本当の論理的パラドックスは、あってはまずいのでは無いかな?と思い、現在までには、例えば「ラッセルのパラドックス」で言えば、集合の定義を変えたり、条件を付けたり、新たな概念を付け足すなどして、この逆理を回避しているのではないか。
と思い、実際にどうやって回避したのか{=解決したのか(言葉のあやです。)}を知りたいと思ったのです。

「クラス」は初めて聞きました。クラスというのは「ラッセルの集合(?)」だけを指すのでしょうか?それとも何か別の定義があるのでしょうか?★疑問★

そうですね。自己言及を用いた逆理がありましたね。これはまぁ、いいでしょう。
(実は、「自己言及」の厳密な定義も難しいような気がしますが・・・)
「オールバースの背理」は(数学内だけの話では無いが)おもしろいですね。
そこから、論理的に
「宇宙は無限でないか、または、星の分布は一様でない」
と、導き出せるんですね。

その他の逆理についても調べてみます。

 「しかし、わたしは、確信を持って間違ったこと・出鱈目を言う人のようですか
  ら、これぐらいで終わりにします(質問者の要望通り、「自信なし」にしてあ
  りあますから)。」
いえ、僕が強く言いすぎたのでしょうか?少し、気を使ってくれれば、別に間違ってようが、出鱈目を言おうが全然気にしてません。
特に今回は抽象的な(?)質問なので、自信も糞も無いんですが・・・
(あんな事を書いた僕が馬鹿でした・・・泣)
これからもよろしくお願いします。

お礼日時:2002/02/02 15:00

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当方、数学についてはシロウトですが、お許しください。
集合論関係の本を読んでいてどうしてもわからないことがありまして。

ラッセルのパラドックスというのがありますよね。
このパラドックス自体は飲み込めたつもりですし、そういった類のパラドックスを避けるために公理系を整備するという発想も、まあ判る気がします。

が、例えばZF公理系ならば、どうしてラッセルのパラドックスが回避可能なのかがよくわからないのです。外延性公理から正則性公理まで眺めてみても、なぜこの公理系を採用すればパラドックスが起きないのかピンときません。

どなたかお詳しい方、解説をお願いできませんでしょうか。

Aベストアンサー

(1) 内包・外延の概念
モノの範疇を性質で指定するのが内包、要素の集まりとして指定するのが外延ちうこってす。よく用いられる例として
『「明けの明星」と「宵の明星」は内包としては異なるが、外延としては(どっちも金星のことだから)同じ』
『「4面体」と「三角錐」は内包としては異なるが、外延としては同じ』
などがありますね。

(2) {x | φ(x)} と書けても、それが集合かどうかは別問題。
∀x(x∈y ⇔ φ(x)) となるyのことを{x | φ(x)} と書くのは構わんのですが、でも、こう書いた物を無条件に集合だと認めてしまうとラッセルのパラドックスが出ます。ですから、{x | φ(x)} と書いてあっても、これが集合とは限らない、という立場を取る。ところで、それがもしも集合であるなら、(外延の公理により)それは一意的です。
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(3) 数学で使う集合は、素性が分かっている。
 確かに集合になってると分かっているものを素材にして組み立てた集合は、こりゃ確かに集合だと言えます。では、最も基本的な素材となる「集合になってることが確かなもの」って何か。ひとつしか思い当たりません。それは空集合です。
 空集合{}を素材にして、対の集合(例えば{{},{{}}})、既に存在する集合の部分集合と合併集合、べき集合という手段で組み立てて行けば、有限集合が作り出せます。さらに無限公理を入れてようやく自然数の集合が作れる。こうして作られる素性の分かったモノ(対象)だけを、数学では扱う。

(4) となると、「あらゆる集合は空集合を素材にして作れるのか(そんなはずないよ!)」、すなわち「空集合を素材にしたのでは作ることのできない集合があるかどうか(あるに違いない!)」ということが気になるかもしれません。
 ところが、空集合を素材にして作ることのできないモノは、(それが集合であるか否かに関わらず)数学の中に顔を出す機会がない。数学に出て来ない『屏風の虎』があるかないかなんて、数学にとってはどうでも良い事です。だから、ZF公理系はそんなものについては(あるともないとも言わずに)単に放置プレイしてあるんです。
 
 かくて、ラッセルの{x| not(x∈x)}というモノも(素材から作れるモノではないから)数学の中に入り込めないまま放置プレイされる。

という仕組みです。

 以上をまとめて別の言い方をすると:
 公理論的数学は「集合」の概念を、『現実に存在するものを要素と考えたときの「集合」の概念(素朴な「集合」の概念)』よりもずっと狭い別の概念として定義する(つまり空集合から作り出されるものだけを「集合」とする)ことによって、ラッセルのパラドックスをハジキ出した。
 また、このことは、『現実の存在(実存)を指して言う「存在」と、数学でいう「存在」は、全く異なる意味を持つ』ということをあからさまに示しているとも言えましょう。

(1) 内包・外延の概念
モノの範疇を性質で指定するのが内包、要素の集まりとして指定するのが外延ちうこってす。よく用いられる例として
『「明けの明星」と「宵の明星」は内包としては異なるが、外延としては(どっちも金星のことだから)同じ』
『「4面体」と「三角錐」は内包としては異なるが、外延としては同じ』
などがありますね。

(2) {x | φ(x)} と書けても、それが集合かどうかは別問題。
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(1) A を集合と仮定すると、合併の公理により UA も集合である。

(2) x を任意の集合とします。このとき X={x} は一つの要素からなる集合なので、X ∈ A となります。

(3) ここでもちろん x ∈ X なので x ∈ X ∈ A となり、たしかに「ある X が存在し X ∈ A かつ x ∈ X」が成り立ちます。従って合併集合の定義により x ∈ UA です。

(4) x は任意の集合だったので UA は任意の集合を要素とすることになります。任意の集合を要素とする集合は存在しないので、この事実は (1) に反します。従って A は集合ではありません。

(補足の補足)

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まだ少々混乱されているようですので、補足いたします。

(1) A を集合と仮定すると、合併の公理により UA も集合である。

(2) x を任意の集合とします。このとき X={x} は一つの要素からなる集合なので、X ∈ A となります。

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# 参考 http://www.math.tsukuba.ac.jp/~pen/topology1/top-ex03.pdf


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