マンガでよめる痔のこと・薬のこと

子供のころにエヴァンゲリオンを見たのですが、気持ち悪くてほとんど見れませんでした。
ただ、最終話だけはかろうじて見ることができました。そのときの自分の解釈はシンジが現実逃避をしてしまい、最後の学園生活はシンジの理想の世界を描いたものと思っていました。
ただ、今改めて見てみると違うような気がします。ただはっきりとは分からないのです。
何かヒントがあるのかと最終話を何回も見たのですが、どうも自分の中で話が最後の「学園生活」につながりません。
最終話の解説をできる方回答をお願いします!

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A 回答 (3件)

当時、エヴァに入れ込んでいたアニメファンたちはいろいろとあのラスト2回の意味を理解しようとしましたが・・・


ぶっちゃけ、制作が間に合わなかったのです。当時、それ以前の回で止め絵のまま1カットで長回しする、一見斬新な演出に見えて動画枚数を減らす工夫が目立ったので観ていて不安でしたが、見事的中。
後に劇場版に使われる、死亡したミサトとリツコのカットが一瞬入ることからわかるとおり、本来は劇場版のようにネルフが戦略自衛隊に攻撃される展開になるはずだったのでしょうが、使いまわしカットとラフな線画を多用してのあの有様というわけです。
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僕は、あの話は受け取り手によってさまざまな解釈がなされると思います。


参考までに、あの学園生活は、「環境や境遇によって、他人との関係は変えられる」という事を主張しており、
その後の会話や『僕はここに居てもいいんだ』という言葉から「環境や境遇も、自分次第で変えられる」という結論に達していると僕は思います。

まぁ、監督やほかの雑誌、書籍などによる答えは「オタクは自分の世界に閉じこもるな~!さっさとアニメ卒業しろ~!」って事らしいですけどw
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TV版25・26話は、自己啓発セミナーのように各キャラクター達が自己問答していきます。



katsuoさんのおっしゃる「学園生活」は、ひとつの可能性であり、アニメファンはこういうベタな学園モノの方が好きなんだろっていう庵野秀明の見下したエゴを映像化したものだと思われます(当時彼が語った事をまとめるとそうなります)

TV版の25・26話は、エヴァンゲリオンのストーリーに直接影響のある話ではなく、TVシリーズで完結できなかった己の欺瞞とアニメファンへの不満が爆発したステキな2話なのです。

要するにアニメなんて卒業してさっさと現実に戻りなって事。
でも、そんなアニメにいつまでもファンがいるという矛盾こそが、このアニメの魅力なんでしょうけど…
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