ここから質問投稿すると、最大4000ポイント当たる!!!! >>

江戸-京都の主要路がなぜ東海道じゃないのかはわかるのですが、なぜ中山道なのでしょうか。峠はなかったでしょうか。あるいはなぜ甲州街道ではないのでしょうか。小仏峠はえらい難所なのでしょうか。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

江戸ー京都間の主要路は昔から東海道です。

   中山道は 701年 東山道として、東海道と並ぶ幹線道路に決められたものですが、頼朝が東海道に宿駅をおくようになって、副次的道路になりました。   
家康が江戸に入府して、いち早く整備したのは東海道です。   各宿場に用意する馬,人足の数も中山道は東海道の二分の一でした。
中山道が主要路と思われたのは、皇女和宮の降嫁の際など重要人物の行路になった為でしょうか。    これは中山道が険阻で警護がしやすかった為といわれています。    当時は途中の木曽路は名うての難所でした。
東山道を決めた当時は上野、下野は早くから開け、大豪族も居りこれを考慮して遠回りの道で信濃へむかったものと思います。     後世甲州街道が出来ても、これを変える必要はなかったでしょう。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

川止めがないから、主要路じゃないかと思ったのですが、実は違いましたか。下野上野を考慮してということは初耳です。甲州街道は険阻ということからも、その歴史が残ったのでしょうか。

お礼日時:2006/05/03 10:36
    • good
    • 0
この回答へのお礼

古い道なんですね。歴史的背景もよくわかりました。

お礼日時:2006/05/03 10:32

諏訪で合流するので以西は別として、甲州街道には小仏峠より難所といわれた笹子峠もあります。



中山道の難所は碓氷峠でしょうか。

難所の問題もそうですが、利用する諸藩の数を比べても甲州街道に比べ中山道は軽井沢から直江津に抜ける支線もあり埼玉・群馬はもとより北陸方面からの往来もありました。

利用する人の数が多ければ街道や宿場も整備され更に利用者が増えたと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

笹子峠もありました。甲府までは本当に険しい道が続きます。昔はいかばかりだったんでしょうね。

碓氷峠はそれに比べればということなんでしょうか。あるいは峠はそこに限定されているというか。

甲州街道より北陸方面への利用がやはり多いのですね。

お礼日時:2006/05/03 10:19

自動車で走るとわかります。


東名→名神
関越→上信→長野→名神
中央道→長野→名神
では関越ルートが安くて楽です。
小仏峠は難所です。私は愛車を一台スクラップ(スリップ事故)にしています。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

東名は静岡あたりまでしか行ったことがないのく、関越はあまり印象にないのですが、実際安かったりするのですか。そういう実際に印象というのが大事かもしれませんね。

小仏峠は国道を走るとまあ、ホントに長い距離を走らされます。ループで。標高も高いですし、峠とはああいうものだという印象を新たにいたします。

お礼日時:2006/05/03 10:10

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q中山道と甲州街道

京都から関東へ行く道は昔は東海道よりも中山道が使われていました。昔は東海道は大河があったり川の氾濫で湿地があって利用しにくかったとのことです。
 では、中山道でいくとして、途中で甲斐を経由したほうが近いと思うのですが、なぜ、上野経由の中山道が利用されたのでしょうか。
大昔は甲州街道が整備されてなかったのでしょうか。でも江戸時代で甲州街道が整備されていても、和宮は中山道で江戸に来ています。甲州街道より中山道が利用された理由はなんでしょうか。

Aベストアンサー

下記の質問の回答No1に言い尽くされていると思います。

「なぜ中山道なのか」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2120673.html
「自動車で走るとわかります。
東名→名神 (東海道)
関越→上信→長野→名神 (中山道)
中央道→長野→名神 (甲州街道)
では関越ルートが安くて楽です。
小仏峠は難所です。私は愛車を一台スクラップ(スリップ事故)にしています。」

昔はクルマも鉄道もなく、自分の足か他人の足(駕籠)、もしくは馬くらいしかありません。その場合「道が平坦である」ことが一番大事であるのは良く分かるでしょう。中山道は一見「山の中を通る道」のように見えますが、
「海に迫った断崖や大河」(東海道)

「険阻な峠」(甲州街道)
もなく、文明開化以前の交通事情では「都と関東を結ぶ一番障害の少ない道」だったのです。

下記の質問もご一読下さい。
「旧国名について」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3599906.html

Q旧国名について

旧国名で上野・下野や越前・越中・越後等は京都に近い?方から「上」や「前」の名をつけられたと聞いたのですが、何故、例えば上野は上前、越前は越上ではないのですか。何か理由があるのでしょうか。どなたかご存知でしたら教えてください。

Aベストアンサー

あまり深刻に考える必要はありません。

1.基本は「前・(中・)後」
備前、備中、備後
筑前、筑後
豊前、豊後
肥前、肥後
越前、越中、越後 (※)

(※) 日本海は夏は波が非常に穏やかであり、強い海流もなく、太平洋側のように「黒潮に乗ってしまうと何もない太平洋に流されて餓死する運命」に陥ることもありません。奈良や京都から琵琶湖を経由して今の敦賀の辺りに出れば、そこから船に乗り、古代の造船技術・公開技術でも、沿岸航法で津軽半島の辺りまで達することが容易に出来ました。よって、越後までは西国と同じ扱いで「越前・越中・越後」と命名されたわけです。
なお、今の山形県と秋田県の地域である「出羽」は、明治維新後に「羽前」と「羽後」に分割されました。律令制度の国名とは関係ありません。

2.「東国に限り上・下」
上野、下野
上総、下総

という二つのルールがあった、と考えてください。

東国は、太平洋を安全に航海するのは難しいため、陸路を徒歩で行く他ありません。また、現在は日本のメインルートである東海道は、「難所」が多くあったので安全な通行が困難であり、鎌倉時代に至るまで、京都から東国へのメインルートは中山道(近江→美濃→信濃→上野)でした。この経路は、今の目では「山の中を歩く辛い道」のように見えますが、「大河」も「海に迫った断崖絶壁」もなく、安全に通行することが出来ました。よって、今の関東地方については、大和朝廷の権力が浸透するのが、西国(越後までの日本海側を含む)より遅れました。そのため、東国の国名についてのみ「上・下」の命名法が取られていると思われます。

こういった問題については「証拠」を探すのが困難ですし、真剣に検討している学者がいるとも聞きません。上記は「私の考え」です。

あまり深刻に考える必要はありません。

1.基本は「前・(中・)後」
備前、備中、備後
筑前、筑後
豊前、豊後
肥前、肥後
越前、越中、越後 (※)

(※) 日本海は夏は波が非常に穏やかであり、強い海流もなく、太平洋側のように「黒潮に乗ってしまうと何もない太平洋に流されて餓死する運命」に陥ることもありません。奈良や京都から琵琶湖を経由して今の敦賀の辺りに出れば、そこから船に乗り、古代の造船技術・公開技術でも、沿岸航法で津軽半島の辺りまで達することが容易に出来ました。よって、越後ま...続きを読む

Q中仙道は、なぜ中山道に変わっているのでしょうか?

中仙道の道路表示が、次々中山道に変わってきています。
一里塚にも中仙道と表示されているのに、何故?

Aベストアンサー

 本来は"東山道"の一部と言うことで"中山道"が正解なんです。
 しかし、庶民の間では"中仙道"と間違って伝わっていた為、一里塚にもこんと下り表示されてしまっているわけです。
 そこで正式名称に統一ということで変わってきているようです。

#いまさら…ねぇ^^;

 そう言えば昔"旧中山道"を"いちにちじゅうやまみち"と読んだアナウンサーがいたような…^^;

 

Q五街道は参勤交代のためにつくられたのですか?

五街道は参勤交代のためにつくられたのですか?

Aベストアンサー

参勤交代いぜんから有りました。
そんな事に貴重な税金(年貢)は使いません。
人々の往来を盛んにして、交易を活発にする為です、どこの国も同じです。

日本では旅人の為に、歩いた距離が解るように、一里塚を設けたり、木陰で
休めるように並木道を整備しました。

役立つとは思えない所にアスファルトの道路を作っているのは、どこかの
石油成金の国だけです。

Q健康保険は何歳まで払うのでしょうか?

年金は60歳まで払えばいいのですよね?

例えば、60歳になって会社を退職した場合
健康保険はもう払わなくていいのでしょうか?

退職後誰かの(息子など)の扶養になれば払わなくていいけど
誰も扶養してくれないなら、死ぬまで払わなくちゃいけないですか?

Aベストアンサー

正確には、年金保険料の納付義務が60歳で終わるのは国民年金だけです。
厚生年金保険の年金保険料は70歳迄納付義務があり、60歳超で加入しながら受給する場合在職老齢厚生年金として併給調整を受けます。
健康保険については生涯何等かの保険制度に加入し、その保険料を負担します。通常、退職した場合国民健康保険に加入します(退職から2年間を限度に職域の健康保険に任意加入出来る制度もあり、退職金等で国保保険料が跳ね上がる危険に備える事が出来ます)。また75歳になると後期高齢者医療制度に全員加入します(引き続き継続して就労していても強制移籍。但し傷病手当金の規定が無いので75歳以上継続雇用の場合注意が必要です)。


人気Q&Aランキング