現存するSLは、何処を?何が?走っているのでしょうか?営業運転の場合は路線名と形式・番号を教えてください。梅小路等の動態保存も同じく、場所と形式・番号を・・・お願いいたします。
あと、10年程前函館本線にて運行されていた C62-3 は現在どこにあるのでしょうか?また現在も動く状態でほぞんされているのでしょうか???

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

調べて分かったのは次の通りです。

(欠落してたらごめんなさい。)
C11-171、C11-207・・・JR北海道 釧網本線・留萌本線など(湿原号など)
C57-180・・・JR東日本 磐越西線(ばんえつ物語)
C11-325・・・真岡鉄道(もおか号)
C10-8、C11-227、C11-312、C12-164、C56-44・・・大井川鉄道
C58-363・・・秩父鉄道(パレオエクスプレス)
58654・・・JR九州 豊肥本線(あそBOY)
D51-498・・・JR東日本 最近は、「碓氷号」(信越本線高崎ー横川)での運用が多いらしい。
C57-1・・・JR西日本 山口線(重連運転の時には、梅小路からC56-160が来ます。C56-160は、湖西線のSL「北びわこ号」にも使われたりします。)
梅小路蒸気機関車館については、参考URLをどうぞ。
C62-3ですが、現在は、JR北海道の苗穂運転所で静態保存されているようです。詳しくは、次のURLでどうぞ。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/7106 …

参考URL:http://www.mtm.or.jp/uslm
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お礼が大変遅くなり申訳ありません。
現存SLは比較的小型のものが多いのですね?
でも何故なのでしょう????
関連質問をしますのでご存知でしたら教えてください。

それとC62-3のことですが・・・・・・
一瞬目の前が真っ暗になりました・・・・
動態じゃなく、静態だなんて・・・・
まるで剥製じゃないですか!
一時運休なだけだと勝手に信じていたのに・・・・
いつか会いに行こう!と決めていた愛する人がすでに亡くなっていた。
そんな気持ちでいっぱいです。
別件でC62-3関連質問をしますので、もしご存知でしたらよろしくお願いたします。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/17 01:13

 真岡鉄道にはC1266がC11に先駆けて入線しています。


 また、大井川鉄道ではC11がもう一両復元整備準備中です。しかし同社はいくら複数のSLを所有しているとはいえ、所詮は一ローカル鉄道であり、資金集めのために募金活動を行なっていますので、ぜひ協力してあげましょう。
 C623が静態保存になってしまったのは残念ですが、上屋のついた場所で大切に保管されています。将来、日本にも文化遺産保存への理解と(資金を伴った官民の)協力が得られれば、きっと復活してくれると私は望んでいます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。
募金ですか・・・僅かでもしたいですね。
特にC62-3が蘇るなら・・・
No1の方へのお礼も合わせて読んでいただければわかると思いますが、憧れの機関車でしたので。剥製じゃなく、大地を駆け巡る勇姿をこの目でいつか見たいです。
お礼が遅れた事お詫びします。

お礼日時:2002/02/17 01:16

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q首都圏でのSLの運行について

最近、SLの運行があちこちでありますが、東京、新宿、上野発着はないように思えます。上野発でもSLの連結は上越線から連結とかになっていますが、首都圏発のSLはいつ以来ないのでしょうか?

Aベストアンサー

やはり公害問題に対しての配慮で運行は考えていないと思います。

上野発の列車は「EL&SL奥利根」号であることは皆さん言うまでもなく分かりますよね。
首都圏発のSL列車は1988年(自分の生まれた年だな…)のクリスマス直前である12月23日の夕方に上野→大宮で高タカのD51-498がEF58-61を次位に従えて「オリエントエクスプレス」を引いて華々しい復活を果たしたのが近年の首都圏SL運行でした。

しかし、首都圏には観光となる資源が少なく、水上や会津若松などの観光名所にしかSLを運行せざるを得なかったのでしょう。
ましてやビルが立ち並び、数え切れないほどの人が集中する首都圏にSLを運行しては環境汚染を進ませてしまうだけだということで運転を諦めていました。

しかし!!SLは今でも首都圏で活躍しているのだった!
品川駅でSLが現れたのは2000年のこと。
「SLばんえつ物語」号がやってきたのでした。
C57の甲高い汽笛が辺りに響き渡り、煙も遠慮無しにモクモクと吐く姿が見られたのでした。
これはJR東日本が「東京の鉄道ファンにもSLの素晴らしさを披露しよう」ということで行われました。
2002年にはなんとD51も参戦。
「SL村上ひな街道」の運転の後に品川にやってきて体験乗車イベントを行ったのです。
7月には品川駅開業130周年の関係で「きらきらうえつ」と供に「SLばんえつ物語」が展望車付きで展示されました。

まさかまた首都圏にSLがやってくるとは誰もが予想しなかったことでしょう。
未来化されていく首都にSLが走ることは「永久不滅」というぐらい素晴らしいことだと思います。

長い回答ですいませんでした。

やはり公害問題に対しての配慮で運行は考えていないと思います。

上野発の列車は「EL&SL奥利根」号であることは皆さん言うまでもなく分かりますよね。
首都圏発のSL列車は1988年(自分の生まれた年だな…)のクリスマス直前である12月23日の夕方に上野→大宮で高タカのD51-498がEF58-61を次位に従えて「オリエントエクスプレス」を引いて華々しい復活を果たしたのが近年の首都圏SL運行でした。

しかし、首都圏には観光となる資源が少なく、水上や会津若松などの観光名所にしか...続きを読む

Q東北本線について

こんにちは

この度東北新幹線が八戸まで延伸したことにより疑問が生じました。
それは
(1)盛岡八戸間がIGR岩手と青い森鉄道に営業が移管されましたが、八戸青森間は東北本線のままになっております。このように途中分断されても本線というのはなぜなのでしょうか?
(2)そもそも本線の定義とはどのようなものなのでしょうか?
(3)この先新幹線が新青森まで延伸した時には東北本線は上野盛岡間となるのでしょうか?
以上3点お教えください。

Aベストアンサー

回答No.1に

>国鉄からJRに分割民営化した際に、主要都市間を結ぶ,鉄道網の骨格となっている
>「幹線」と、それ以外の「地方交通線」(ローカル線ともいう)に分類されました。
>○○本線と名のついているのは、すべて「幹線」と言っていいでしょう。

とありますが,これだけだと誤解を招きやすいと思いますので,少し補足説明しましょう。

「地方交通線」と言った場合,2つの意味があります。ただし,どちらも「国鉄からJRに分割民営化した際」に分けられたものではありません。

1つは,1980年にできた「国鉄再建法」(正式名称は「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法」)という長い名前の法律で定められたものです。
国鉄の全路線の中から,路線別の収支の赤字が一定の比率以上である路線をリストアップして,「特定地方交通線」と呼びました。
この「特定地方交通線」(略して地方交通線と呼ぶことがある)は,いずれは国鉄として列車を走らせることはしない路線とされ,
バス(国鉄バスか地元のバス会社)に転換するか,地元の自治体も出資してローカルな私鉄の会社を作って鉄道として残す(いわゆる第3セクター)か,の2つの道の選択を迫られました。
その後1990年にかけて,特定地方交通線は全て,国鉄(JR)としては廃止され,バスになるか第3セクターになっています。

もう1つは,1984年の運賃改定時に導入された「幹線」と「地方交通線」の区別です。
こちらは,国鉄の全路線をこの2つに分け,運賃(乗車券のねだん)を後者は1割増しにするというものです。
この区別はJRになった現在も残っており,時刻表の巻頭の地図を見ると路線の色で分けられています。
この「地方交通線」は,再建法で定めた「特定地方交通線」をすべて含み,さらにそれ以外の路線もかなり含まれています。
中には,「○○本線」と名のつくものもありました(現在はない)。
例えば北海道の名寄本線は地方交通線でした。再建法の特定地方交通線にもなっていたので,現在はバスになっています。
また,徳島本線も地方交通線です。JR四国になってから徳島線と名を改めました。

ちなみにローカル線というのは,運転本数や利用者数が少ない路線を漠然とさす言葉で,正式の用語ではありません。
「地方交通線」とイコールというわけでもありません。

こんなところでしょうか。つい長くなってしまってどうもすみません。

回答No.1に

>国鉄からJRに分割民営化した際に、主要都市間を結ぶ,鉄道網の骨格となっている
>「幹線」と、それ以外の「地方交通線」(ローカル線ともいう)に分類されました。
>○○本線と名のついているのは、すべて「幹線」と言っていいでしょう。

とありますが,これだけだと誤解を招きやすいと思いますので,少し補足説明しましょう。

「地方交通線」と言った場合,2つの意味があります。ただし,どちらも「国鉄からJRに分割民営化した際」に分けられたものではありません。

1つは,1980年にで...続きを読む

Q東京の運行情報サイト

東京都の都営・営団線の運行情報サイトを知っている人いませんか?
知っている方がいましたら教えてください。

Aベストアンサー

 それぞれオフィシャルページで運行情報を提供しています。
*営団地下鉄
http://www.tokyometro.go.jp/unkou/index.html
 モバイル版(Mobile Metro Network)もあります。
http://www.tokyometro.go.jp/cgi/mail/sendmail.cgi
*都営地下鉄
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/diastatus/unkou.cgi
 これら各社の運行情報を一元的に表示してくれるサイトはいまのところ存じませんが、国土交通省で実験などは行われていますので、もうすぐ実現するかと思われます。

Q紀勢本線の車両運用

紀勢本線下り、亀山発15:26 335D と、亀山発16:05 337D(337C)にふだん使われている車両を教えてください。
具体的な形式(キハ40とかキハ10とか)が分からなくても、特徴だけでも結構です。

Aベストアンサー

下記URLの掲示板でお尋ねになることをお勧めします。
地元の方がたくさんアクセスされており、きっと回答が得られると思います。

参考URL:http://www63.tcup.com/6301/rabbit.html

QC62-3について

C62-3について、別の質問で現在静態保存されていると教えていただき大変ショックを覚えております。何故あのとき(営業運転時)見ておかなかったのか・・・後悔でいっぱいです。
質問ですが、何故剥製(静態保存)にされてしまったのでしょうか?
致命的故障?財政問題?
財政問題だとした場合、故障の修理に費用が?それとも走れば走るだけ赤字が嵩む???
C62-3を蘇生させることは物理的には可能なのでしょうか?
その気になれば、掃除、油さし程度で石炭をあげれば走れる状態なのですか?
蘇生に要する費用は?(修理費用)
蘇生運動は起きていないのですか?
運動があるとして募金活動などは行われていないのですか?
ファンクラブなんかはありますか?
とにかくC62-3が大地を駆け巡る勇姿をなんとしても見たいものです。。。。
上記質問に関わらず、剥製化について、蘇生について何かご存知であれば教えてください。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 端的に言えば、経済的問題です。要はコストに見合う運賃収入が得られなかったわけです。大雑把に言えば
・収入=スポンサーからの出資+寄付金+運賃・特別料金+関連グッズ売上
 特に、ニセコ号だけですが、運賃収入は一日当り(電卓をたたくと)ざっと150から160万円くらいでしょうか?
 個人的にはニセコ号の波及効果で函館本線の乗客がはっきり増えたとは思えませんが…
・支出=初期投資(=復元費用+関連設備整備費用+教育研修費用=数億円?)
    +維持費用(検修費用+乗務員・整備関連要員・警備要員人件費
    +整備費用)
   =?????
 鉄道車両は新車の場合、会計上の減価償却年数は13年ですから、端から数年で運行を中止して元が取れるわけがありません。
 また、SLに牽引される客車の維持費用も考慮せねばなりません。
 C62の場合、魅力でもあり欠点なのは「その大きさ」です。運行可能線区も限られますし、燃料も余計に食います。当然、維持費用も嵩みます。
 
 もっと厳密な見方があるとは思いますが、どう考えても一事業として、割が合うとは思えません。JRも民間会社ですから儲からないことを続けるわけにはいきません。ニセコ号も最後の方はスポンサー(その内1社はゲームメーカーのハドソンでした)もつかず、民間からの寄付金を必死に募っていましたが、赤字を穴埋めできませんでした。例えスポンサーが付いていたとしてもそれはやはり赤字の穴埋め役でしかないのでしょう。
 
 観点を少し変えて、SLがなぜ消えていったかを考えると、運行維持の難しさが分かると思います。エネルギー効率の低さや、常に2人常務であること、人間の感覚に頼る操縦術(それが見る方からは魅力だとは言いますが)、保守コストの高さやはたまた沿線公害等…。経営側から見ればやはり非効率的存在として真っ先に置換え対象としたいものです。
 また、あくまで個人的意見ですが、我々鉄道を趣味としている人種の行動にも問題はあるでしょう。列車に乗らず、車で追いまわすとか、山林農地を荒らす、ゴミを捨てるとか、一部の人達だけでしょうが、地元住民から見れば歓迎されざる行動を取ってしまっているというのも事実です。

 さて、本来のご質問に関しては
(1)C62の復活の可能性…物理的には可能でしょう。特に心臓部であるボイラーは復元時の新しいものですし、保存状態も良さそうですから。
 でも、経済的には可能性は低いのではないでしょうか。既にJR北海道はC11を2台復活させていますし、コストや運用上の制約から見ると、一企業の力を越えていると思います。
 大井川鉄道も、最近の雑誌記事の中で「本音を言えばSL運行をやりたくてやっているわけではない」とのコメントがありました。客寄せ手段として、止むに止まれず運行しているわけです。
 最近、同鉄道が復活整備を明らかにしたC11も、本来の目的は既存機の代替です。つまり、保有機を修理するよりも復元の方がまだ安上がりと判断したのだそうです。それだけSLの運行は大変なのです。
(2)復活運動…私の記憶の範囲内では認識していませんが、当時の運行推進の中心であった団体(名前が定かではないのですが、北海道鉄道文化協議会という感じだったかもしれません)が何か活動をしているかもしれません。

 以上長々と書きましたが、殆どは個人的意見と頼りない知識と記憶を基にしたことを踏まえてお読みいただけると幸いです。ご質問から反れてしまいましたのでこの辺で終わりにしますが、SL運行を単なる郷愁やブームでなく、文化遺産としてどう考えるべきかという観点をお持ちになることを望みます。
 因みに私もC62は大好きで、憧れの存在です。

 端的に言えば、経済的問題です。要はコストに見合う運賃収入が得られなかったわけです。大雑把に言えば
・収入=スポンサーからの出資+寄付金+運賃・特別料金+関連グッズ売上
 特に、ニセコ号だけですが、運賃収入は一日当り(電卓をたたくと)ざっと150から160万円くらいでしょうか?
 個人的にはニセコ号の波及効果で函館本線の乗客がはっきり増えたとは思えませんが…
・支出=初期投資(=復元費用+関連設備整備費用+教育研修費用=数億円?)
    +維持費用(検修費用+乗務員・整備関連要...続きを読む


このカテゴリの人気Q&Aランキング

おすすめ情報