痔になりやすい生活習慣とは?

かなり以前、「男性差別」を訴える質問がありました。
そのときの参考サイトを見てみたら、実例の一つとして

「男・女という呼称より、男性・女性という呼称のほうが丁寧な印象を与えるが、
 ニュースでも女は加害者になっても「女性」となっているのに
 男性は被害者でも「男」である。
 「加害者の○○(女性)、被害者の□□(男)みたいな報道がされるのは男性差別だ!」

 というようなことが挙げられていました。
しかし私は寡聞にしてそういった実例を目にしたことがありません。
新聞記者の知人に聞いてみたところ、そういう実例を見たことはないけど、
現代ではそういう呼称も各社・各部署の規則で書き方が決まっているものなので、
何十年前の話ではないか。
というようなことを言われましたが・・・。

そのサイトの記述自体はかなりいい加減で調子のよいものでしたが、
一部の男性が「男は虐げられている」と主張する際に持ち出す根拠の一つがこの、
「報道において、女性は女性と呼称され、男性は男と呼称される。」
であることを知りまして、その【実例】を見たくなりました。
どなたか、この謎について教えてください。

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A 回答 (3件)

私も男性差別問題を興味をもって、ここ10年ぐらい研究(というほどでもないですが)しています。



私も同様の疑問を持ち、いろいろ調べてみたのですが、そのような内容の元ソースが明示されていることが無く、真偽が分かりません。

私が自分で見た報道では、そのような報道はありませんでした。

ただひとつ、TVの地方局のニュースにあったという記述を見ましたが、元ソースが確認できないため不明です。
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この回答へのお礼

ご回答くださり、ありがとうございます。
大変興味深く拝見いたしました。

私は女ですが、「男性差別」という主張にも興味を持っています。
折よく過日にも派遣会社に「女性ではないから」ということを理由に採用を拒否された男性が賠償を求めて提訴し、和解したり示談金を受け取った、というニュースがありましたね。
派遣のような地位の低い職は企業も女性の求人を想定していることを女性差別と言われていると思いますが、
それだけに今回のニュースは面白かったです。
しかし一方で、ネットで見かけるような「男性差別糾弾」なるサイトや主張はたいてい、非常に一方的で近視眼的な主張に留まっており、広く公正な意見として受け入れられるものでは到底ありません。
たとえば顔に傷がついたときの賠償金は女性のほうが高くなることを指して「男性差別」「男は低く扱われている」と言っていたり、
特に乳幼児の養育権を取得するのは母親サイドが多いことはちゃんと背景のあることなのに、それを知ろうともしなかったり・・・。
結局のところ、書き手である男性が充分に女性蔑視観を持った上で主観的な主張をするため、
社会全体にとっては男性差別を一考するというのは有益なことであると思われますのに、偏ったためにその機会をみすみす手放しているように伺えます。

ともかく、ご回答は大変面白かったです。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/05/17 22:48

答礼ありがとうございます。



ちょっと気になるご答礼をいただきましたので少し補足をさせていただきたいと思います。

まず原則として、女性蔑視が完全に解消されている社会ではないということは現在でもいえると思います。
しかし、どんな場合でもすべて男性が悪い、または男性側の不利益はすべて男性側で被るべきだという論調が最近多いような気がします。
また、そういう論調に対して指摘しようとすると、女性側から「そんな些細な事をいちいちヒステリックに言い立てるのは、男性らしくない」という反応が返ってくることが多いような気がします。

質問者様の「~「男性差別糾弾なるサイト」や主張はたいてい、非常に一方的で近視眼的な主張に留まっており、広く公正な意見として受け入れられるものでは到底ありません。」
というのは、ご本人が意識していらっしゃるどうかはわかりませんが、そのような視点をどうしても感じてしまうのです。

つまり現在のセクシャルハラスメント問題の問題提起のあり方が、男性女性問わず「本人が嫌だと言ったら、それはハラスメントなんだ!!」というところから出発している限り、反差別的問題提起はつねに、他人から見れば「非常に一方的」であり「近視眼的」にみえるのは、いたし方のないことだという点が、置き去りにされているのだと思うのです。

そして現在このような問題提起の方法は、実は女性のみ許されているというのが一番の男性差別だと考えています。

そして「~女性蔑視観を持った上で主観的な主張をするため」というような断定的なご発言は、このような問題を考える上で、実は質問者様自身が偏っているのではないかという危惧を抱かせてしまうのです。

私は男性です。このような男性差別的な事があるのだ、ということは、そのような視点にたった時、そこかしこで散見されます。
無論女性差別も許されることではないのですが、性を超えて、客観的に理解するというのは難しいものなのでしょう。

せっかくよい答礼をいただきましたので、男性側の見方を補足させていただきました。
失礼がありましたお許しください。

なお、男性差別問題サイトの事例については、問題が多いことは事実です。これはこれで客観性を損なっている点は問題です。

この回答への補足

再度のご回答ありがとうございます。
補足頂きましたことはごもっともとうなずきつつ拝見いたしました。

仰るような、「男らしくない」の一言で男性の訴えが封殺される状況はよく理解できますし、
ご懸念もまた当然のことと思います。
ただ、私が見た糾弾サイトとご回答者様がご覧になったサイトはだいぶ違うのだと思います。
昔見たということもありますしつり上げる目的でここ、と示すわけにもいきませんが、
私が見た男性差別糾弾サイトはもれなく物事の(主張する人間にとって)都合よい一面しか取り上げず、背景も理解せずに感情論を垂れ流していたものばかりでした、とはっきり断言いたします。
問題提起の方法に難があるとか、文章が粗雑だったり必要以上に攻撃的だとか、事例がちょっと特殊例にすぎないとか細かく感じるという枝葉の問題ではありませんでした。
なぜ彼らが、男も生理がないとか妊娠できないのは男性差別だと言い出さないのか不思議なほどでしたよ。
論理の展開というものがまったくなく、ただひたすら同じ立場で(=「なんだか女のほうが待遇よく見えていまいましい」)共感しあえる同士だけに通じる愚痴ワールドになっちゃってました。
本音をいうと、実に興ざめでした。がっかりしたものです。
あれでは女性はもちろん、男性すら男性差別というものをまともにとりあげないのではないか…と思いました。

以上を書いてきましたが、そのうえでやはり、上記は「男のくせに」という価値観を私が持つために書き手を一方的に低く貶めているのではないか?と尚ご懸念をお持ちではないかと考えます。
でもそのご懸念に対する反証の一つが、今回の質問になりませんでしょうか?
つまり糾弾サイトの差別の事例が存在しないとか、客観的な判断を欠く感情論である、と広まれば
男性差別というものを考える機会すら薄まってしまいませんか?

話が変わりますが、
でも最後まで、
>男性側の不利益はすべて男性側で被るべき
という事の具体的な内容がよくわかりませんでした。
男がすべて悪いという主張と、男性の不利益はすべて男性がかぶるべきという主張は並べるには少し、省略された前後が多いような印象を受けます。
どうも仰る「男性の不利益」を理解し損ねています。
(私が「男性の不利益」と感じるのは、男性であるから起こることです。たとえば小は女性ホルモンが少ないのでコレステロールが高くなりがちだとかお肌のキメも粗くなりがちだとか、大は自分の子供を妊娠できないとかそういうことです。
これは「男だけが被るべき」以前に、女にはどうしてもかぶれっこないものです。)

またセクハラの話題についても、「イヤだからイヤ」という解釈はなかなか斬新でした。
私はこれは、あくまで権利侵害の問題だと考えていましたから。
線引きがわかりづらくても、セクハラ等は加害者が被害者の権利を一顧だにしない、非常に一方的であるという点で問題なのだと思っていました。

ご回答ありがとうございました。
お礼が遅くなりましてすみません(汗。

補足日時:2006/06/23 00:23
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 最近の例では、


    加害者    被害者
     男     女性
     女     男性
 のようです。

25歳女、同居の男性殺人
http://www.asahi.com/national/update/0513/TKY200 …

男に刺される、女性
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060513i …
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この回答へのお礼

ご回答くださり、ありがとうございます。

最近の例では、とのことですが、その「最近」がいつからのことなのかも知りたくなってきました。
昔は「加害者でも女性、被害者でも男」という報道があり得たのかも知りたいです。
いったい、何を根拠にした主張なのでしょうか?
実家は父の職業柄、そのとき取れる数紙すべて(赤旗まで含めて)取っていたので新聞はよく見ていましたが、
子供の頃から質問のような例を見たことがありません。
もちろん子供の時分は、呼称など気をつけて見ていたわけではないんですけど・・。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/05/14 14:33

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Q犯罪容疑者をマスコミは「男」「女」って“呼び捨て”にするのはなぜでしょ

犯罪容疑者をマスコミは「男」「女」って“呼び捨て”にするのはなぜでしょ?

Aベストアンサー

嫌疑をかけられている段階では男性、女性と報道しておきながら、
逮捕されたら、男、女なんですから、呼び捨てです。
マスコミは人権感覚に乏しいんです。
むかしは名前の呼び捨てでした。それが問題にされて渋々、
名前のあとに「容疑者」をつけた。
匿名報道がいいという意見が勢いを増すことを恐れての妥協の産物でもありました。
いかに疑わしくとも実際に罪を犯したどうかは裁判所が判断することなのに、
犯人かどうかまだわからない逮捕の段階で、
呼び捨てにして犯人と決めつけたような報道をする。
人権も何もあったものではなく、捕まった者とその家族には、
報道のほうが、裁判官の下す判決よりも大きな打撃となる場合だってあるでしょう。
マスコミに裁かれ裁判官に裁かれ、二重裁判。
担当する裁判官だって人間、凶悪事件による連日の大騒ぎ報道は、
その判決に影響を及ばさないとも限らない。
そんな弊害をとりさるためにも匿名報道が好ましいとの声もあがったのでした。
「犯罪報道の犯罪」として厳しい批判の目を向けられた実名呼び捨て報道。
そうした前科も忘れて、「男、女」ですからね。
しぶとい。。

嫌疑をかけられている段階では男性、女性と報道しておきながら、
逮捕されたら、男、女なんですから、呼び捨てです。
マスコミは人権感覚に乏しいんです。
むかしは名前の呼び捨てでした。それが問題にされて渋々、
名前のあとに「容疑者」をつけた。
匿名報道がいいという意見が勢いを増すことを恐れての妥協の産物でもありました。
いかに疑わしくとも実際に罪を犯したどうかは裁判所が判断することなのに、
犯人かどうかまだわからない逮捕の段階で、
呼び捨てにして犯人と決めつけたような報道をする。
人権も...続きを読む

Q容疑者は「男」、被害者は「男性」、なぜでしょうか?

NHK含め、事件の報道を見ていますと、
容疑者は「男」もしくは「女」、
被害者は「男性」もしくは「女性」と言われています。
容疑者は容疑が確定した訳でもないですし、人権は容疑者・加害者も被害者も平等だと思います。
なぜこのような呼び分けがなされるのはどうしてでしょうか?

ご存知の方、お教えくだされば幸いです。

Aベストアンサー

 私も疑問に思ったことがあります。
ただ、「容疑者」としてフルネーム、年齢、職業、大きな事件では生い立ちから現在の生活環境までをさらされている時点でもはや人権もプライバシーもあったものではなく、容疑者≒犯人というのがマスコミ、世間一般の感覚ではないでしょうか?
 これが未成年だと一変して厳重に保護されるのだから不思議なものです。

Q容疑者を呼称する男、女について

報道などで、容疑者を呼称するときに使う「男」「女」ですが、これは考えてみると、その人物が男か女か性別を明らかにするときに使うのが第一義的な言葉ですよね。それなのに、いい感情を持っていないと言うことを表明するために使う、というのはどういう理由によるのでしょうか?ほかになかなか当てはまる語がないというのもあります。しかし、容疑者が男であるか女であるか、とりあえず報道を受ける側にとってはあまり問題ではないし、それに、「男」「女」と言う言い方が、感情的に同情できないものというニュアンスを含むと言うことがあると思います。たとえば「ひき逃げをした男を逮捕した」を「ひき逃げをした者を逮捕した」「ひき逃げをした人を逮捕した」とはいずれも不適当です。どうしても男女の性別を持ち出さないと、呼称できないものでしょうかね?

Aベストアンサー

>それよりも疑問なのは、
>「俺(私)はそんな男じゃない」「私は誠実な男だ」とか、
>それはちっとも侮蔑的ニュアンスでないわけです。
:結局、おっしゃるように「>便宜的に利用」してるのでしょう。
なぜ便宜的に使用されやすいかと言えば、「男・女」が良い意味でも悪い意味でも「本能的要素」に立脚した言葉だからではないかな、という気がしますね。

つまり、
「>俺(私)はそんな男じゃない」
と言う場合は、自分の本性(本能関連の自分)を擁護しようとしているわけでしょう。
それとは別に、
「俺(私)はそんな人間じゃない」
という場合は、自分の人間性(超自我関連の自分)を擁護していることになるのではないでしょうか。

このでんでいくと、
「私は誠実な人間だ」のほうが一般的だと思うのですが、
「私は誠実な男だ」と表現することもあります。
この場合、おっしゃるように「>宣言度や真面目さが高い」とみなしても良いと思いますが、それは、誠実という超自我性と男という本能性のどちらも兼ね備えていることを強調しようとしているからでしょう。
むろん、無意識的にですが。

「ひき逃げをした男を逮捕した」
の場合は、本能性の要素だけが強調されるわけですが、
たとえば同じ「雪」であっても、
「豪雪」と言えば重く悩ませるもので、
「淡雪」と言えば柔らかく優しいイメージが自動的に湧くように、つまり前後の関連から「>便宜的に利用」(=感覚を使い分け)しているのと似ているようです。
報道ではそういう感情(感覚)が(無意識的にせよ)意図されているのは、おっしゃるとおりでしょう。

とはいえ、
「ひき逃げをした者を逮捕した」という表現は明らかに不自然と私は思います。
おそらくですが、「者」という言葉自体に「個人を特定する要素」が希薄なためではないでしょうか。
指示代名詞を冠して、
「この者が言うには」とか
「その者の態度が~」とかいう表現であれば可能だと思うのですが。

「ひき逃げをした男」と言う場合、
「>感情的に同情できないものというニュアンス」だけではなく、
「性別を明示することで個人を特定する印象が強まる」という側面も、もしかしたらあるのかもしれません。

以上、感覚だけの見解で学問的根拠は全くありませんので悪しからず。
 

>それよりも疑問なのは、
>「俺(私)はそんな男じゃない」「私は誠実な男だ」とか、
>それはちっとも侮蔑的ニュアンスでないわけです。
:結局、おっしゃるように「>便宜的に利用」してるのでしょう。
なぜ便宜的に使用されやすいかと言えば、「男・女」が良い意味でも悪い意味でも「本能的要素」に立脚した言葉だからではないかな、という気がしますね。

つまり、
「>俺(私)はそんな男じゃない」
と言う場合は、自分の本性(本能関連の自分)を擁護しようとしているわけでしょう。
それとは別...続きを読む

Q「ご担当者様」「ご担当様」どちらの表記が正解ですか?

案内状を送付する際の宛名表記について教えてください。

不特定多数へ送付する案内状の宛名部分ですが、各位をつける場合は「ご担当各位」となり「者」は不要であるとどこかで見たことがありますが、「様」をつける場合も「者」は不要なのでしょうか??
「ご担当者様」「ご担当様」どちらの表記が正しいのか、ご存知の方がいらっしゃれば教えてください。

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

履歴書の書き方などでも「ご担当者様」とマナーの一例で上げているのが圧倒的に多いです。

実際下記で検索してみると
「ご担当者様 宛名 常識」
「ご担当様 宛名 常識」

ご担当者様 宛名 常識 の方が圧倒的に多いです。

者(もの)単体で見ますと「人」に比べて卑下したり軽視したりするような場合に用いられることが多いだけであって、担当者それ自体が上から目線とはなり得ないと思いますが・・・

Q女性は何故、女性優遇・男性差別を理解・認識しない?

タイトル通り、女性は何故、女性優遇・男性差別を理解・認識しない(できない?)のでしょうか?このサイトで見ても、「どこが女性優遇・男性差別なのか分からない」という女性からの回答が非常に多く見受けられることから、そんな風に思いました。

女性優遇
最近ではレディーズデイなど、女性だけの特典が非常に多くなっています。それは企業の戦略なので、女性優遇にならないというのは、一理あります。
しかしそれならば、「女性は産休になれば休むので、企業の生産性を考えると男性を積極的に採用する。そして重要なポストに就かせやすいようにする」・「女性のお茶汲みは企業のイメージ向上につながるので、女性にしてもらう」ということは、男性優遇・女性差別ではないということになりますよね。

男性差別
まず、女性専用車両。本来なら任意協力で男性も自由に乗車しても良いのに、執拗に男性を追い出すことはよくあることです。これって、男性差別ですよね。
あとは、DV。男女共同参画では男性から女性への暴力は禁止はありますが、女性から男性の暴力は禁止ということが書いてありません。それどころか、女性から男性の暴力は許される風潮があって、笑いのネタなることもよくあることですよね。

ほかにも女性優遇・男性差別は色々とあると思うので、ご自身で調べていただけたらと思います。

追記
「だったら男性が積極的に訴えるべきです」・「女性に何か恨みでも嫌なことでもあったの?」・「じゃあ、その逆はどうなの?」といったような回答・感情むき出しの回答は無しでお願いします。

タイトル通り、女性は何故、女性優遇・男性差別を理解・認識しない(できない?)のでしょうか?このサイトで見ても、「どこが女性優遇・男性差別なのか分からない」という女性からの回答が非常に多く見受けられることから、そんな風に思いました。

女性優遇
最近ではレディーズデイなど、女性だけの特典が非常に多くなっています。それは企業の戦略なので、女性優遇にならないというのは、一理あります。
しかしそれならば、「女性は産休になれば休むので、企業の生産性を考えると男性を積極的に採用する。そして...続きを読む

Aベストアンサー

>女性は何故、女性優遇・男性差別を理解・認識しない(できない?)のでしょうか?

日本においては、女性の権利解放時に「義務」を同時に負担させなかったからです。また、歴史的に日本の女性は、世界的に見て古来からかなりの権利を持っていたことも原因です。

そもそもウーマンリブ=女性解放運動は第一段階として19世紀後半に女性参政権として、第二弾として戦後アメリカで反戦運動の一派としてウーマンリブ運動が盛んになり世界中に広まったのが機運であり、現在の日本の女性解放運動も原則的には第2波の影響を受けたもの、といえます。

日本の女性解放運動が推進される際には、欧米で当たり前とされている「権利と義務」の「義務」がすっぱり抜け落ちているのが、男性を苦しくさせているのです。

そもそも最初の「参政権」の時点で、男性も参政権を持つ者、持たない者、に分かれていました。それが普通選挙として男性なら誰でも持てるようになったのは、参政権=国政参加権=戦争をするかどうかの可否=徴兵制、という流れがあったからです。
民主的な選挙というのは古代のギリシャやローマ時代からありましが、この時代から参政権=軍務、だったのです。
つまり戦争をするかどうかを決める権利とその戦争に参加する義務、が一体であり近代民主主義であっても「社会を運営する権利」と「社会運営にかかる費用負担の義務」は同一であり、だからこそ最初は多くの税金を負担する人のみの権利であったものが、社会が成熟するにつれて税金を払う人(男性のみ)の普通選挙に変わっていきました。
それは、社会運営が段々に複雑になっていったからです。

女性の参政権についていえば、欧米にはその前に必要なことがありました。19世紀初頭の女性にはそもそも財産権が無かったということです。
財産権が無い、ということは社会運営コストを自分の財布(自分の稼ぎ)から出すことができない、ということです。ですので、欧米では女性の参政権付与と同時に女性への財産権の付与も行われ「社会に参加する権利」を与えられるということは「社会に対する義務を果たすということ」という不文律が女性にも広まっていったのです。

日本ではこの「権利と義務」のうち「社会に果たすべき義務」という観点が抜け落ちたまま、女性解放が進んだのです。

なぜなら、日本では江戸時代すでに女性には男性と同じ財産権があったからです。もっと昔、鎌倉時代には女性が家を相続する、というのも普通に行われていました。
戦国時代を経て、武家は男性優位社会になったものの江戸時代でも人口の9割以上を占める庶民では男性も女性もほぼ同じ権利を有していたのです(ということは義務も同じです)

このため、たとえば持参金を女性に返さないと離縁できない、とか三行半は男性しかかけないものの、女性側の圧力で強制的に書かされた、などの事例がたくさん出ているのです。


結局、欧米では女性が解放され社会に参加するなら義務も果たす、という意識が生まれたのに比べ、日本の女性解放は単に「女性により多くの権利を与えた」=「本来果たすべき義務を明確に意識させなかった」という結果になっています。

たとえば女性専用車両の問題でいえば、その車両に乗ることで痴漢被害を軽減できるなら、同時に痴漢冤罪撲滅のために尽力するのが義務といえます。女性の側が「私達は痴漢のリスクを理解して、混合車両に乗るので、痴漢冤罪が起きないように努力します」というのが社会運営に必要なコストになるからです。
それが出来ないならむしろ女性専用車両に乗るべきであり、それが「優遇」というものの本質なのです。

また日本女性は「優遇」に甘えていて、本質を見失っているといえます。
そもそも「優遇」というは、子供やリタイアしたシニアのように「社会運営の負担」から自由になっている人々のためのものです。その点では障害者など「負担したくても事情が許さない」人も含みます。
その代わり、子供であれば自由に権利を行使することは出来ず保護者の監督を必要とします。リタイアしたシニアで言えば「社会運営の負担」から自由になって老後を楽しんでください、という御褒美の意味合いが強いのです。

ですので、社会運営に関っていると自負している女性なら本来「優遇とは何事だ!子ども扱いするな!私はちゃんとお金を払うだけの稼ぎもあるし、負担もしている。馬鹿にするな!!」といわなければならないはずなのです。

それをせずに嬉々として「女性優遇うれしい!!」と飛びつくのは本来の「ウーマンリブ」のリブの精神に著しく違反している、といわざるをえないのです。

また適齢期の女性が「私よりも年収が多い人」というのも権利と義務を忘れた発言といえます。
古来の結婚観であればこのような発言も許されるでしょうが、少なくとも男女雇用均等法が施行されてから20年以上経つ以上、本来なら男性がつくことが出来たポストに女性が付いていることも少なくないからです。

これは「高収入の男性を少なくして、高収入の女性を増やす」ということですから、「私よりも年収の多い男性」が少なくなり、結果として女性にとってよりより配偶者の数を減らしていることになります。

これを解決するには「女性は高ポストにつかず、高収入を得ない」か「自分の収入で結婚した男性を養う」覚悟のどちらかしかありません。これが「社会運営として負担すべきコスト」の具体的な事例です。

しかし、実際の日本女性は、どちらも負担しない、のです。

このような事例はたくさんあり、一言で言えば「日本の女性は権利だけ確保して、義務を果たさないから、結果として男性がより苦境にあえぐ」のです。

これが女性をして「認識しない」原因であり、一度覚えた権利のために後から義務を果たす人は誰もいない、ということです。

ですから今後何かの折につけて「男女平等・義務平等」といい続けるしかないのです。

ところで、DVについても現在では「女性から男性への暴力」もDVとして認定されています。また暴力だけでなく「相手の携帯電話を勝手に見る」こともDVに該当しますので、底まで含めれば女性側のDVも相当数に上ると思われますし、実際に隠れていますが女性からのDVもかなりの数に上るといわれいます。
(平成21年横浜市調査では男性からも女性からも被害数はほぼ同じですが、誰かに相談した件数は女性被害者24%・男性被害者8%とかけ離れています。これは男性被害者の社会的受け皿が少ないからでもあります)

>女性は何故、女性優遇・男性差別を理解・認識しない(できない?)のでしょうか?

日本においては、女性の権利解放時に「義務」を同時に負担させなかったからです。また、歴史的に日本の女性は、世界的に見て古来からかなりの権利を持っていたことも原因です。

そもそもウーマンリブ=女性解放運動は第一段階として19世紀後半に女性参政権として、第二弾として戦後アメリカで反戦運動の一派としてウーマンリブ運動が盛んになり世界中に広まったのが機運であり、現在の日本の女性解放運動も原則的には第2波の...続きを読む


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