『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

豊太郎はエリスとなぜ別れたんでしょうか?自分の思ったことでいいので感想を教えてください。

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A 回答 (2件)

大学時代の授業で教授の言っていた回答を一席。


(私も豊太郎はとんでもない男だ,と思っていたのですよ。じつは。)

鴎外がドイツ留学中に一人の女性(その女性は結婚していた,と記憶しています)と関係を持ち,結局その女性を捨てる事になったというのは事実です。
しかし,ここで考えなければならないのは、今と鴎外の生きていた時代の因習の重みの差です。
彼は長男でした。そしてまた、家を守って行くべき家長となるべき男でした。
その時代,自分の家を背負って行かなければならない,ということは,今の私たちが思うのよりもはるかに重い意味を持っていましたし、周りから押し付けられる重圧もかなりのものだったと思われます。
まして、鴎外は、エリート中のエリートでした。家中の期待を背負った男だったのです。海外で勉強して、これから日本で自分の地場を固めて行く官僚。…そんな彼にとって、異国の女性とのスキャンダルは,その後の出世をすべて捨てなければならないような大事件でした。
彼自身、身体を引き裂かれるような痛みで,捨てた,女。
その女を捨てねばならなかった自分の周りの、非人間的な日本の完了システム,官僚システム。。。それを、人々に,訴えたかった。
その為に,彼は,『舞姫』を書いたのではないか。
彼女との恋を,無かった事にはしない為に。

と言うわけで,豊太郎は,周りの因習に屈して,愛するエリスを捨てたのです。
自分が卑怯者だと,自分を責めながら。
そう考えるのが自然だと思います。

鴎外の、日本の前近代の因習への、ぎりぎりの地点での反抗。
文学の中でしか,叫べなかったのだと思えば…。まあ納得はいきますよね?

豊太郎(=鴎外)は,言い訳の仕様の無いひきょーものには違いありませんが、少なくとも,斬れば血が噴出す人間ではあったのだと思います。
だって,『舞姫』書けば、自分の卑怯さともう一度向き合わなければならないんですもんね?
誰だって,痛いですよ。…これは。
むかつきますが、私は個人的に,鴎外のその弱さが好きです。
人間の弱さを愛する事が,文学だと思いますので。
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豊太郎=鴎外であり、小説はかなり鴎外に都合良く美化されています。


実際は、鴎外が捨てた女性はドイツからはるばる日本まで追いかけてきたのに、外国人女性と結婚するとはなんたること、家族総出で追い返しました。(文学史には「説得した」とありますが)
小説の方は、別れたとはいえ子供の面倒もみて云々・・・とありますがずいぶん苦し紛れの言い訳にしか読めません。
事実をそのまま書くと、自分が悪者になってしまうからいかにも都合が悪い。仕方ないから女を狂人に仕立てて、さあこれなら別れても申し開きはできるだろう、と私は解釈しています。
一番肝心の所を隠して小説にしたのだから、別れた理由に納得がいかなくても仕方ないですね。

鴎外は、こちこちの明治の男。妻より母、家族とは妻子のことではなく家のこと、というイメージがあります。
ごめんなさい、私アンチ鴎外なもので・・・。感想で良いとのことですので、ご勘弁の程を。

これは余談なのですが、鴎外は陸軍軍医として従軍した日露戦争の時、当時兵士の間に流行っていた脚気をビタミン不足ではなく伝染病であるとあくまで主張しました。海軍はちゃんと食料でビタミン対策をしたので脚気の死者は出なかったのですが、陸軍は脚気で死んだ兵士が戦死者くらいいたそうです。鴎外はおとがめ無し。
医者としてもとんでもない人間でした。
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Q舞姫について

高校の頃、教科書で学び、最近改めて読み直しましたが、大学になった今でも私が成長してないのか(^^;読後の感想は変わりませんでした。
文体が美しかったり、文学的要素はあるのだと思います。が、確か自分をモデルにした小説だったと思いますが、内容がどうも私には、筆者が「自分はエリートな男な上に、女にももてるんだ」と自慢しているようにしか感じられないのです。そもそも、女をあんな目に合わせて、それを小説化するとはどういうことだと私は思ってしまいます。
しかし、教科書にも載る程の文学ということは、何か内容的にもすばらしいところがある気がします。
そこで、私とは違い、この小説の内容はこんないいところがあると理解できる方、是非どんなところか教えて下さい。
この作品に対して違った見方をしてみたいです。

Aベストアンサー

明治文学の一愛好者として回答させていただきます。

まず、ほかの回答のなかにも誤解していらっしゃる方がいるようですが、『舞姫』に出てくる太田豊太郎は森鴎外の創作人物です。
にもかかわらず、『坊ちゃん』の主人公と夏目漱石をだれも同一視することはないのに、鴎外と豊太郎を平気で同一視して解釈しようとする人が多いことが不思議です。
まず、鴎外=豊太郎とする見方を捨ててください。

>女をあんな目に合わせて、それを小説化するとはどういうことだ

鴎外がElise Wiegertという女性と恋愛関係にあったことはいくつもの資料が指摘するところです。

けれども、鴎外が帰国した二ヶ月後の明治二十一年九月十二日、彼女は鴎外のあとを追って来日、築地の精養軒ホテルに一ヶ月滞在した後、帰国します(鴎外は、二十二年後、48歳という年齢になって、その経験をもとに『普請中』という短編を書いています)。

このElise Wiegertがどういった人物なのかはよくわかっていないのですが、とにかく鴎外を追って単身日本に来れるような彼女が、少なくとも作品中の「エリス」とはずいぶん境遇がちがったことは間違いない(当然狂気にも陥っていないし、妊娠の事実も疑わしい)。
むしろ、ごく普通の恋愛だった、と見るべきではないかと思います。

>筆者が「自分はエリートな男な上に、女にももてるんだ」と自慢しているようにしか感じられないのです

自慢がしたいなら、「エリス」を令嬢として描き、そんな極悪非道な仕打ちを書くかわりに、どれだけ彼女が別れをつらがったか、さらに「彼女ったらオレを追っかけて、日本にまできたんだゼ~、どうだ、オレってすごいだろー」と書けば、(文学として成立するかどうかはともかく)作者の自尊心は、はるかに充たされるはずです。

豊太郎はエリスに対してひどい仕打ちをする。
おそらく『舞姫』を読む人のだれもが、太田豊太郎を嫌いになるはずです。
豊太郎の行動を、批判するはずです。
憐憫を持つことはできても、好きにはなれない(たとえば「坊っちゃん」をキライになるのがむずかしいと同じくらい、豊太郎は好きになるのがむずかしい人物です)。

どうして鴎外は、あえて主人公をそのような人物として造型していったか。
また同時に、そんなひどい人間を描いた小説が「明治時代の青春を象徴する小説」(中村光夫『日本の近代小説』岩波新書)として、今日まで読み継がれてきたのか。
そこを読み解いていかなければならないと思います。

この場で読解をやっていく時間もスペースもありませんので、比較的手に入れやすい参考文献をひとつあげておきます。
山崎一穎『森鴎外 明治人の生き方』筑摩新書、とくに第四章「作家誕生 ――『舞姫』を読む」では、読解と作品が誕生した経緯が描かれています。

「鴎外が『舞姫』を発表した時、不特定多数の読者を対象にしてはいない。豊太郎の文脈に添えば、手記の読者として想定可能なものは、「心ある人」であり、豊太郎とエリスとの行実を「あやしみ、又た誹る人」であろう。これを鴎外の文脈で語るならば、エリス(エリーゼ)に代表される西欧の自由と美に象徴される市民精神を自らの手で扼殺した己れの生のあり様を「心ある人」に告白することであり、「この行ありしをあやしみ、又た誹る人」として陸軍軍医部の上官、特に石黒忠悳へ向けられた痛烈な刃であった。おそらく『舞姫』発表は対自家用(鴎外の母や妻登志子)を超えた標的に向けて放たれた小説であり、鴎外としても自己の進退を賭けた表現であったと言える」(引用同)

以下、簡単にわたしの解釈を書きます。
やはりこの小説を読むとき、何よりも忘れてはならないのは、明治という時代の特殊性です。

こんにちのわたしたちは、「日本」というものをそれほど意識せずに生活していますが、江戸末期に生まれた文学者、たとえば坪内逍遙も、二葉亭四迷も、そして鴎外も漱石も、「日本」をどうしていくか、が、自分の人生をどう生きていくか、と表裏の問題としてあった(エリートというのは、そのような社会的重責を課せられた存在でもあったのです)。

とくに鴎外は、ほかの文学者たちが、ともかくも文学を専業(二葉亭の場合はなかなかそういうのもむずかしい側面はありますが)としていたのに対して、陸軍の軍医として、作家とは別の顔を持っていた。

おそらくは鴎外の内面は、公的な生活の充実にもかかわらず、ひどく空虚な部分があったのではないか。
その空虚さとは、当時の日本の「外発的開化」の現状とも結びついていた。
鴎外の創作活動は、その精神的空白を見据え、なんとか埋めようとしたものではなかったか。
その空白は、早くも『舞姫』のなかに胚胎していたと思うのです。

冒頭、豊太郎は自己を恨みます。自分のしたこと、自分の卑しさを、だれよりもよく知っている。
おそらく豊太郎は、どれほど世間的に成功しても、みずからに対する尊敬の念を取り戻すことはできないでしょう。
だれよりも、鴎外がそれを許さないものとして『舞姫』を創作した、と考えることができると思います。

『舞姫』はこの文章で終わります。
「相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり」

相沢謙吉とは誰か。
豊太郎を日本に連れ戻した友人は、同時にまた母であり、日本でもあったのではなかったか、と思います。

明治文学の一愛好者として回答させていただきます。

まず、ほかの回答のなかにも誤解していらっしゃる方がいるようですが、『舞姫』に出てくる太田豊太郎は森鴎外の創作人物です。
にもかかわらず、『坊ちゃん』の主人公と夏目漱石をだれも同一視することはないのに、鴎外と豊太郎を平気で同一視して解釈しようとする人が多いことが不思議です。
まず、鴎外=豊太郎とする見方を捨ててください。

>女をあんな目に合わせて、それを小説化するとはどういうことだ

鴎外がElise Wiegertという女性と恋愛関...続きを読む

Q日本文学における「近代的自我」って、わかりやすく言うとどういうこと?

いまいち、ピンときません。近現代の日本文学を理解する上では必須の概念のようですが。たとえば、封建時代には無かったこういう考え方が、明治以降の思潮として生まれた…というような具体例をふまえて、わかりやすく教えていただけませんか。素人にわかるようにお願いいたします。

Aベストアンサー

明治以降、戦前までの、あるいは現代にいたるまでの日本の文学を貫く大きな主題を「近代的自我の確立」として見ていく、というとらえ方があります。

大雑把に言うと、
西洋近代社会の根本には、近代的自我があった。
それに対して、封建時代を続けていた日本には、近代市民社会というものは存在しない。そして、その核となる近代的自我もない。明治に入って、外圧によって開国を余儀なくされ、西欧列強に植民地化されないために、社会は急激な近代化を遂げた。

けれども、それは、西洋のように、近代的自我が自然な発達段階を経て成熟し、それと軌を一にして市民社会も成熟した、その結果としての文明ではないわけです。
そのギャップを埋めようとして、なんとか個人の内側に「自我」というものを確立しようとして苦闘した、一連の作家がいる、という考え方です。

ではヨーロッパの近代をささえた「自我」とはなんなのか。

これをまた考え始めると、大変なのですが、ここでは簡単に、「わたしとはなんなのか(わたしはなぜわたしなのか、わたしと他者はどうちがうのか、といった一連の質問も含みます)」という問いを立て、それに答えていくこと、としておきます(もし自我とはどういうことか、に興味がおありでしたら、宮沢賢治の作品を自我という観点から読み解いていく見田 宗介『宮沢賢治―存在の祭りの中へ』 岩波現代文庫が大変おもしろく、参考になるのではないかと思います)。

ヨーロッパ社会では、キリスト教の強い支配と、封建的な身分関係のなかにあって、ひとは、社会からも、神からも自由で独立した「わたし」を想定してみようとも思わなかった時代から、近代に入って、自我が哲学の中心的な問題となっていきます(ヨーロッパ社会の中で「個人」という意識がどのように確立していったか、ということに興味がおありでしたら、作田啓一『個人主義の運命』岩波新書を。この本は手に入りにくい本ですが、非常によくまとまっています)。

近代社会を構成するのは、ひとりひとりの市民である。そしてその市民は「自我」を有している。これがヨーロッパの近代を支える思想であり、ヨーロッパの近代文明を裏打ちしているのは、その思想であったわけです。

さて、上でも言ったように、ヨーロッパでは百年~二百年の期間を経て成熟していったところへ、日本は一気に追いつかなくてはならなくなってしまった。

文学も、それまでの戯作文学のように、楽しみのためだけに読むようなものではダメだ、西洋の芸術観に基づいた新しい文学が生まれなければならない、と、そのように考えられるようになった。そうやって、明治二十年代に入って、新しい文学が起こってきます。

その代表的な作品が、二葉亭四迷の『浮雲』、あるいは森鴎外の『舞姫』です(『舞姫』に関してはhttp://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=993639で回答しているので、もし興味がおありでしたら、ご覧になってください)。

両者とも、知識階級の青年を主人公にしています。
主人公は、どういうふうに生きたらいいか考え、悩み、自分が良いと信じる生き方と、社会の現実が相容れないことに悩みます。
つまり、現代までつながってくる問題が、明治二十年代に、初めて登場したのです。

この二葉亭や鴎外がここで提出した問題は、そののち、鴎外自身や漱石によって深められ、あるいは明治四十年以降からは私小説という表現形式をとって現れたりもします。

その現れはさまざまだけれど、いずれも、社会のなかで生きる「わたし」は、社会から独立した存在である、それゆえに、社会とは相容れず、みずからの理想を、社会のなかで体現することもできない、その「わたし」は、いったいどう生きていったらいいのだろうか、ということを、日常生活のなかに描き出そうとするものだった。そういうものが、日本の近現代の文学であった、と概観することもできるわけです。

非常に大雑把に書きましたが、「日本文学における近代的自我の確立」と言ってしまうとずいぶんたいそうなことのようですが、その内容は、そうしたものである、と考えて良いのではないでしょうか。

明治以降、戦前までの、あるいは現代にいたるまでの日本の文学を貫く大きな主題を「近代的自我の確立」として見ていく、というとらえ方があります。

大雑把に言うと、
西洋近代社会の根本には、近代的自我があった。
それに対して、封建時代を続けていた日本には、近代市民社会というものは存在しない。そして、その核となる近代的自我もない。明治に入って、外圧によって開国を余儀なくされ、西欧列強に植民地化されないために、社会は急激な近代化を遂げた。

けれども、それは、西洋のように、近代的自...続きを読む

Q森鴎外の「舞姫」の感想を600字程度で書いていただけないでしょうか?よ

森鴎外の「舞姫」の感想を600字程度で書いていただけないでしょうか?よろしくお願いします。

Aベストアンサー

この『舞い姫』を読んで自分なりに感じた事は、人間の持つ「二面性」が悲劇的且つ強烈に描写されている、という事です。太田豊太郎の相沢謙吉に対する心中の言葉にそれが見受けられます。。「相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心今日までも残れりけり。」相沢謙吉という二度と得がたい程の友を持ちながら、その友にエリスとの関係を引き裂かれた形になった豊太郎。ただ引き裂かれたのならまだ救いはありますが、エリスの心理的病が進行し、しかもお腹の中には彼の子供が宿っている。豊太郎としては傍にいたかったであろう事は想像に難くありません。まさに『究極の選択』を描いた問題作とも言えるでしょう。また、作家でもあり医者でもあった鴎外だからこそ、このエリスの救い様の無い悲劇を表現できたとも思えます。この作品は、豊太郎は、結果、愛するエリスよりも仕事をとり、相沢は二人の仲を引き裂き、エリスには悲劇しか残らなかった、という三人の環境を取り巻く要素を心理的に複雑に絡め、豊太郎の「この世に相沢よりも友人と呼べる人間はいない。しかし、彼に対し憎悪の感情がある事もまた事実だ」という人間が誰でも持ち得ている「煩悶」を見事に導き出す鴎外の複雑な思いを描いたものと言えるでしょう。時代背景を考えても、敢えて国際恋愛の難しさを描写した鴎外。エリスは、その現実に対し何を感じたのでしょうか。

(594文字、句読点を含む)

下手な文章ですが、こんな感じで如何です?

この『舞い姫』を読んで自分なりに感じた事は、人間の持つ「二面性」が悲劇的且つ強烈に描写されている、という事です。太田豊太郎の相沢謙吉に対する心中の言葉にそれが見受けられます。。「相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心今日までも残れりけり。」相沢謙吉という二度と得がたい程の友を持ちながら、その友にエリスとの関係を引き裂かれた形になった豊太郎。ただ引き裂かれたのならまだ救いはありますが、エリスの心理的病が進行し、しかもお腹の中には彼の子供...続きを読む

Q森鴎外「舞姫」の豊太郎をどう思うか

 こんにちは。タイトル通りです。
 以前も似たような質問をさせていただいたのですが、もっと多くの意見を聞かせていただきたいと思い、もう一度質問させていただきました。

 舞姫の主人公・太田豊太郎を、あなたはどう思いますか?
私は無責任だな、言い逃ればかりしているな、と呆れや腹立たしさを感じます。それも含め「舞姫」という作品は大好きです。

 アンケートのようなものなので感じたことをご自由にどうぞ。
どこのシーンにその感情を一番強く感じたかも書いていただけると嬉しいのですが、面倒くさければ、「かっこよかった」など単語レベルでのご回答でも構いません。


よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

豊太郎の苦悩の深さがよく伝わってきて、この作品はとても好きです。

難しい選択ですが、単純に「愛」と「仕事」の二択として考えると、自分の一生を左右する決断として間違ってなかったと思います。本来なら同じ天秤にかけるべきではないのでしょうけど。

廃人になってしまったエリスは本当に気の毒ですね。

でも。。そもそも初めから、豊太郎は日本に帰りたかったんですよね。
もしベルリンに残っても、自分の可能性を捨てた事に一生後悔するでしょう。

良かったシーンというか、ドイツに行ってる間の葛藤とエリスからの手紙がいいですね。
エリスが釘を刺すような内容の文面は、豊太郎の優しい心につけこんだ脅しにもとれますし。

あと最後、相沢に責任転嫁するのは良くないですね。彼のおかげでもあるのに。

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q森鴎外の舞姫に腹が立つ

こんにちは。タイトルを見て驚かれた方もいらっしゃると思いますが、私は森鴎外の舞姫を読んでいるとイラッとすることが多々あります。

舞姫という作品は大好きなのですが、豊太郎にイラッとします。そのイライラも楽しんでいるのですが、皆さんはどう感じているのか気になり、質問させていただきました。
舞姫を愛している方、ショックに思った方は本当にすみません。

私の理由は、豊太郎が自分を棚に上げて周囲の人を批判したり、責任転嫁をしたりするからです。

ドイツに渡った豊太郎が自我に目覚めた頃、自分を疎む同僚や上司に対し、「疎むは愚かならずや。」と、まるで自分を理解しない同僚や上司に落ち度があるというような言い方をしてみたり、自分の心が弱い事を何度も繰り返してみたり、なんだか悲劇のヒロインを気取っているような気がします。

長くなってしまいましたが、皆さんのイラッとするシーンを教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

舞姫の感想です。
私はイラッというより、「とほほ」な気持ちになります。
豊太郎くんは、お母様や家の概念とやらに洗脳されちゃって、自分にまったく合わない道に進んでしまったのですよね。たまたま小器用だったために、そこそこ出来てしまったのが不幸を招いていますね。
高校の教科書で読んだとき、思ったのは「一番貧乏くじをひいたのは、エリスのお母さんだな」でした。

イラッとしたシーンは、豊太郎くんがロシアの宮廷で「忙しいなあ。仕方ないよね、僕ってできる男だもん」といわんばかりに生き生きと働いているところです。恋するエリスのほうがずっと現実的です。

余談ですが、もし、近くの本屋さんか図書館でで久世番子さんの「よちよち文芸部」(コミックス)を見かけたらぜひ読んでください。舞姫や、教科書に出てくるような名作が独特な観点で解説されています。笑えます。ついでに勉強にもなったりします。

Q赤本と黒本どっちがいいの?

質問はタイトルの通りですが補足をします。
現在センター用の赤本を2冊(数学と英語)持っているのですが、他のサイトなどを見ると赤本よりも黒本の方が解説などが質がよい(詳しい)というような意見が結構ありました。
これから他の教科を買い足す場合、このまま赤本を買ったほうがよいのか、やはり黒本にしたほうがよいのか教えてください。
またその理由も教えてください。

Aベストアンサー

私の場合、センター対策は黒本を使い私大・国立対策は赤本を使っていました。黒本は全教科買って持っていましたが、あれってかなり重くて
たまに予備校で自習する時に持っていかずに塾で赤本を借りたりしていました。
同じ年度の解説を比べてみると、やっぱり黒本のほうが丁寧な気はします。
私は河合生だったのですが、在籍中に先生に黒本の解説は河合の先生が書いている、ということを伺いました。
まぁ、そんな理由から黒本を愛用していました。
でもそれぞれの好みはあると思うので、一度本屋さんで同じ年度のものを見比べてみてはいかがでしょうか。

Q公務員に向いている学部は?

現在高校3年の女子です。今まで将来の事をあまり考えずに
興味が湧いたからというだけで慶應と早稲田の文学部を志望してたのですが、
改めて将来のことを考えると、結婚する気がなく、できれば生涯働きたいと思っているので
公務員を目指してみようかなという気持ちが出てきました。
そこで公務員試験について調べたら、経済や法律からの出題が多いようなので、
志望学部を変えようかなと思い始めました。
こういった観点から考えると、経済学部と法学部だったらどちらの方がよいのでしょうか?
親に相談したら、「お前はやりたくないことに向けて努力できる性格じゃないから興味のある学部にした方がいい」と言われてしまいましたが…
この時期に学部に迷ってるというのはあまりいい事ではないと思うので、
なにかいいアドバイスがあったらお願いします。

Aベストアンサー

 「公務員」というのは役所に勤める行政職ですよね?
でしたら、よく有利と言われるのは、仰るとおり、法学部と経済学部です。が、この2学部において公務員試験受験に当たってどちらが有利かといえば、どちらも大差ないです。ただ、経済学部は数学を使う場合があるのでその点は考慮する必要があるでしょう。意外に見落としがちなのですが。(また、以前こちらで見かけた回答では「法学部」の方を薦めている方もいらっしゃいました。一つの考えということでご紹介しておきます。その方は、民法の勉強が大変だったそうです)法律か経済か、興味のあるほうでよいでしょう。邪道ですが、単に公務員を目指すのならば、入試段階で入りやすいほうの学部でも良いのかもしれません。

 それから、ひとつ注意点を。
 お調べになったとおり、行政職の公務員採用試験、特に「専門試験」と言われる物は法学や経済学、政治学といった分野からの出題が圧倒的です。なので、「とっかかりやすさ」で言えば、法学部や経済学部の方が有利なわけです。しかし、「とっかかりやすさ」はあるにしても、大学の講義がそのまま採用試験に結びつくか、というと必ずしもそうではないそうです。公務員試験の受験者は公務員試験用の予備校に通う場合が多いです。

 なので、もし文学部の方に興味があるのならば、文学部へ進学した方が良いでしょう。文学部から公務員になる人も多いです。No1の回答者の方のお話の通り、4年間も勉強するわけですから、自分がより興味のある方を選択するのが良いと思います。

 以上です。何か疑問点あれば補足してください。

 「公務員」というのは役所に勤める行政職ですよね?
でしたら、よく有利と言われるのは、仰るとおり、法学部と経済学部です。が、この2学部において公務員試験受験に当たってどちらが有利かといえば、どちらも大差ないです。ただ、経済学部は数学を使う場合があるのでその点は考慮する必要があるでしょう。意外に見落としがちなのですが。(また、以前こちらで見かけた回答では「法学部」の方を薦めている方もいらっしゃいました。一つの考えということでご紹介しておきます。その方は、民法の勉強が大変だっ...続きを読む

Q好きだけど別れたそんな気持ちを歌った曲

好きだけど別れたそんな気持ちを歌った曲を教えて下さい。
8年近く遠距離恋愛で付き合って、結婚をしようと思っていましたが、お互いの生活環境などから、別れなければならなくなりました。お互い好きなままです。そんな好きだけど別れた気持ちを書いた曲を教えていただきたいです。悲しいけれど少しでも早く彼が幸せになってくれたらいいですが。彼からそろそろと言われましたが、私が母1人と子供を置いて家を出れないと判断し、別れを切り出しました。彼は私より若く、私の子供までは見れないので。私も辛いですが、彼はもっと辛いと思います。個人的な事をダラダラすみません。
若くないので、バラードみたいな曲が好きですが
一番重要は詩です。
本当は会いたくて仕方ないのですが・・・
宜しくお願い致します。
いくつになっても女の意識は持ち続けて行きたいですが、哀しく辛いです。

Aベストアンサー

Love Sick/LGYankees

あの日突然別れを告げてから
忘れられずにいるよ俺はまだ
理由なんてあってないようなもん
どうして神様もう少し一緒にいたかった
君と聴いてた思い出の音楽
街で流れてるとつい思い出す
あぁ君がつけてたフレグランス
どことなく香れば周りを見渡す
今はどこで何をしてるんだろう
今はちゃんと笑えてるんだろう?
なんて今でも考えてしまう
背格好が似てると目で追ってしまう
あぁなんて情けない俺
まるで切なく落ちてく砂時計
でも今はこの思い胸にしまい
空を向いて涙枯らすよ

Hook1
今日は名にしてたの?
今はどこにいるの?
そんなことすら聞けない日々が苦しくて
時が過ぎたって
あなたが好きだって
気持ち忘れさせてはくれないよ…

毎日が楽しかったあの頃は全てさ
なんてFlash Back
思い返しそして悩んで
それでも見つからない
答え探したそう朝まで
お前を忘れられなくって
辛かったEvery Day

来るはずもない電話
片手握りしめてどのくらい?
今くらい辛い思いなんかもうしたくない
現実が夢であって欲しいと俺の願いを
Don't Wanna Cry今日も明日も
これからもずっと
考えたって辛いだけとわかってるよ今だけ
居るはずもないコンビニで
時間潰す立ち読み
時が経ってこの街もう
居るか居ないか地元に
帰ったかなんて分からずにずっと俺はここに
気が強くって無理をするお前だから余計に
会いたくって触れたくって全てが愛しい
けど優しいお前だからそっと
忘れさせてくれるんだよなきっと

Hook 2
今どこにいるの?
誰と何しているの?
ケンカした日の事すら愛しくて
帰ったら電話してって
何時でもいいからって
あなたはもう心配してもくれないの?

あの日…心に決めたはずだった
なのに…張り裂けそうなこの気持ちは
…会いたいよ…会いたいよ
もう一度だけ ねぇ…ねぇ…

Hook 3
今日は何してたの?
今はどこにいるの?
そんなことすら聞けない日々が苦しくて
時が過ぎたってあなたが好きだって気持ち
忘れさせてはくれないの…

Hook 2


★私はこれがそういう曲だと思っています。
ちょっと古いし、高校生が好きそうな音楽ですが、いい歌ですよ。

Love Sick/LGYankees

あの日突然別れを告げてから
忘れられずにいるよ俺はまだ
理由なんてあってないようなもん
どうして神様もう少し一緒にいたかった
君と聴いてた思い出の音楽
街で流れてるとつい思い出す
あぁ君がつけてたフレグランス
どことなく香れば周りを見渡す
今はどこで何をしてるんだろう
今はちゃんと笑えてるんだろう?
なんて今でも考えてしまう
背格好が似てると目で追ってしまう
あぁなんて情けない俺
まるで切なく落ちてく砂時計
でも今はこの思い胸にしまい
空を向いて涙枯...続きを読む


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