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ふと思い出したので質問させていただきます。
奈良時代日本の律令制は当時の中国(唐)の律令制を基につくられたと高校のころ日本史の授業で聞いています。ですが少し前にどこかのHPで中国古代において魏の宰相である司馬昭という人物が初めて律令制を策定したと見ました。

以下が本題の質問です
・この司馬昭という人物は本当に律令を策定したのか?(本当に策定されたとすると)その律令の名前は?そしてどのような成果をあげたのか?

どなたか知っている方がいましたら教えてください。

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A 回答 (1件)

統一前の264年には司馬昭により、新しい法の編纂が命じられ、268年に完成する。

これは当時の元号・泰始を取って『泰始律令』と呼ばれる。これ以前は律令と言う区分は存在せず、この泰始律令は律と令とを分けた中国史上初めての律令とされる。この律令は魏晋南北朝時代を通じて基本的に踏襲され、唐律令へと繋がっていく。

もう一つ特筆すべき事が280年の『泰始律令』の発布によって全国的に推し進められた田地制度で、これは占田・課田制と呼ばれる。占田とは世襲が認められた私有地のことで、課田とは農民に貸し与えられる国有地の事である。農民は国より課田を貸し与えられ、そこからの収穫の一部を税として納めると言うものであり、これは均田制の前身として歴史家からは大いに注目される。ただ西晋が短命に終わったためにこの制度の実施期間も短命に終わり、その成果がどれほど上がったのか良く解らない。
引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%99%8B
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
「泰始律令」だったのですね。これで確証が持てました。

お礼日時:2006/05/26 19:49

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