こんばんは。
映画も大好きですが配給会社や映画館などの話も大好きです。
以前から質問しようと思っていたのですが
日活は石原裕次郎、小林旭、吉永小百合などの大スターを多く抱えながらなぜロマンポルノ路線に行かねばならなかったのでしょうか?
大映のように製作される映画が時代にあってなかったのでしょうか?
でも「戦争と人間」などはすばらしい作品ですよね?
ロマンポルノに以降してからもでしょうか?「赤ちょうちん」「妹」などの一般作品も作っていたのになぜロマンポルノに移行してしまったのでしょうか?
当時をご存知の方、また詳しい情報をお持ちの方、事実も推測も歓迎ですのでどうかよろしくお願い致します。

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A 回答 (7件)

ロマンポルノが儲かったからです。



テレビの普及やレジャーの多様化で映画が娯楽の王様ではなくなり興行収入が激減し、経営基盤があやしくなるのが1960年代です。
この減少はハリウッドでは、日本より十年ほど早く現れています。

有効な対策をとる事のできなかった大映が真っ先に倒産しました。
東映は、任侠路線から実録やくざ物へと鉱脈を掘り当てましたし、東映マンガ祭りも稼ぎましたのでしばらく生きながらえました。
松竹は、とらさんなどのコメディー系、東宝は、なんといっても怪獣映画が集客力を持っていました。

なぜエロチック路線を選んだかという理由は様々な要因が絡んでいると思いますが、確信が有ったわけでなく、初期の何本かがヒットしたので「行ける!」と判断したのでしょう。

日活ロマンポルノからは有能な人材が輩出しましたが、周防は、助監督はしたかもしれませんが作品は撮っていません。デビュー作『変態家族兄貴の嫁さん』は、ピンク系です。

関連本が何冊も出ていますから立ち読みでもしてください。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
東映まんが祭りや東宝の怪獣映画が集客できたのですか・・・・
最後の「ゴジラ」は集客が悲惨だったそうですが時代が違うのですよね!
関連本があるとは知りませんでした。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/17 00:36

まだ回答も書けますね。

他の方の回答に対する記述で失礼かと思いますが、新東宝について解答します。
1947年に東宝の労働争議によって有志が独立し設立したのが新東宝です。(ちなみに同じような理由で「第二東映という会社もあったんですよ)
当初は文芸大作や戦争映画を主に製作していましたがだんだん経営が傾き、建て直しのために大蔵貢という人物を社長に迎えました。そして1950年代後半には、ポルノではありませんが、エログロや怪談路線に転じ会社は持ち直しました。この時代、新東宝出身の大物俳優はたくさんいます。男優では丹波哲郎・天地茂・菅原文太。女優では三ツ矢歌子・池内淳子など。
しかし大蔵社長の超ワンマン経営がたたり、新東宝も1961年には倒産します。(新東宝は直営館は持っていなかったと思います)
その後、新東宝は国際放映というTV製作会社になり、大蔵社長は新たに「大蔵映画」という会社を設立しました。国内初のポルノ(当時はピンク映画と言った)映画専門の製作配給会社で今も健在です。
また、新東宝というポルノ映画会社が今もありますがこれは、元々の新東宝とはまったく無関係の会社です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
すごく興味あるので回答を拝見して当時の映画界を想像して楽しいです。
新東宝は東宝と関係あるんですね!でもキャストが東宝と全然違いますよね?
結局別会社というような位置づけだったんでしょうね。
ちょっと調べましたら新東宝超大作「戦艦大和」という作品があって見てみたいです!
同じ新東宝というアダルト映画会社もあるんですか(メモメモ)
第二東映は全然知りませんでした。
すごく勉強になる回答ありがとうございました!
また是非教えてください!!!

お礼日時:2006/06/17 00:32

こんばんは。

倒産の経緯そのものについては詳細はわからないのですが、「作品そのものの問題」「専属スターの離脱」「直営館を含む不動産関連の問題」などが複雑に絡み合っているとは思います。当時は東映・松竹・東宝が確固たる路線を確立し、経営的にも本業の映画以外に多角的なビジネス展開をして成功しており、そういう意味では経営的にも大映・日活の2社は立ち遅れた感もあります。(その中でも本業の映画では東映が一人勝ちの状態でしたが)。また、当時の日本映画は11日間サイクルでの2本立て上映が主体(プログラムピクチャー)でしたが、ロマンポルノ移行直前に大映と日活は営業面で一度手を組んでいます。配給面で収入効率を上げようという目的で、大映と日活の共同出資で「ダイニチ映配」という配給専門会社を立ち上げ
両者の直営館を統合、一部売却を行い、ダイニチ映配直営の映画館では大映と日活の作品を2本立てで上映するようになりました。しかしそれでも業績は回復を見ないまま1年もしないうちに先に大映が倒産しました。注:その後の「大映」ブランドは配給を行わない純粋な製作プロダクションとして徳間書店グループに買われました。現在の「大映」は角川書店グループです。
残された日活はご存知のとおり、時々は一般映画を撮りながらもロマン路線に移行し生き残りをかけました。一時はそれも成功を収めました。ポルノということで監督も安い新人を使えるし、女優のギャラも安い。(とはいえ、そこから現在では巨匠と呼ばれる大物監督やスター俳優も多数輩出しているので映画人の登竜門の役割も果たしました)一般映画の平均制作費が1億円の時代に5分の1の予算で製作できたと聞きます。経営的にも直営館などの不動産をすべて売却したため利益も上がりました。しかしこれも栄枯盛衰。
ロマンポルノ出身の監督や俳優で実力をつけた才能が離脱をはじめました(監督では村川透・和泉聖二・周防正行などの錚々たる面々、男優では風間杜夫など)
ロマンポルノに翳りを見せ始めた日活は、新規一転社名を「株式会社にっかつ」と平かなに変えたりしました。その後一瞬ですが大作路線をもう一度とばかりに
「ロッポニカ」という社名に変更し一般映画への帰還を目指しましたがこれが見事におおコケ・・・。また日活に社名を戻したものの、映画を作る余力は消え果てて単にわずかに残されたスタジオなどの不動産管理だけを行う会社になり、そのまま倒産・・・といったシナリオだったと思うのですが。
ちなみに現在の「日活株式会社」はナムコを経てインデックスグループの傘下にあります。

この回答への補足

不適切な回答、質問が多いということで停止処理を行うと通知が来ましたので今後お礼は書けなくなってしまいました。
中途半端で終わってしまい本当にすみません。
ありがとうございました。

補足日時:2006/05/31 12:38
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この回答へのお礼

こんにちは。
なぜかまだお礼が書けますので遅くなりましたが書かせていただきます。
ダイニチって聞いたことあります!
どんなマークだったんでしょうね?
大映と日活の共同会社とは全然知りませんでした!
「にっかつ」で復活しようとしたのは有名な
「落陽」(超大作)でしょうか?日活が復活をかけた大作で「落陽」だったのだけどそのタイトルどおり「落陽」になったという話は聞いたことがあります!キャストは豪華ですが映画としては失敗作と思います(ビデオで見る機会がありました)。
もう日活時代の大作や名作、青春映画などを製作するノウハウがなかったのかもしれないですね・・・
ロッポニカも聞いたことあります。その後また「日活」に戻っているんですか・・・
今は「アローン・イン・ザ・ダーク」や「ブラッド・レイン」など配給をやっているようですが・・・・・
当時の貴重なお話ありがとうございました。
もっともっと聞きたいし知りたいです。
本当にありがとうございました!

お礼日時:2006/06/04 15:33

横道にそれますが。

 
 それぞれの映画会社の得意分野があるようにおもいます。東映は昔からやくざ物が得意分野ですが 時代によって清水次郎長や森の石松など
江戸時代のものから 人生劇場・吉良常とかの明治・大正・昭和初期ぐらいの博徒ものに替わり これがだめになったころ 仁義なき戦いがヒットして 昭和・戦後の物が作られ それから現代やくざ物に移ってきたと思います。
 東宝はサラリーマン物(森繁)・青春物(加山)・特撮もの(ゴジラ) 日活も青春もの(吉永)とかウエスタンもの?(小林)が作られなくなってからは 高橋英樹主演の男の紋章などの博徒物が作られましたが東映ほどうまく行かず 日活ロマンポルノにいつたのではないでしょうか。ピンク映画は二流映画館で上映したが日活系の映画館での上映でしたから 少しは入りやすかったのでは。
 

この回答への補足

不適切な回答、質問が多いということで停止処理を行うと通知が来ましたので今後お礼は書けなくなってしまいました。
中途半端で終わってしまい本当にすみません。
ありがとうございました。

補足日時:2006/05/31 12:39
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この回答へのお礼

こんにちは。
なぜかまだお礼が書けますので遅くなりましたが書かせていただきます。
やはり日活、大映は路線変更というか独自の路線を作れなかったんでしょうね・・・
他の回答いただきました参考サイトを見ますと日活ロマンポルノとピンク映画の位置づけが違うと書かれているのが興味深かったです。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/04 15:07

私が日活という言葉を初めて聞いたのは、高校生くらいだったと思うのですが、そのころはいやらしい響きで見ていました。



最近石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、吉永小百合などの全盛期のDVDが発売され、レンタルもされていますが、私はこれで初めて裕次郎などの映画をたくさん見ました。昭和30年代は裕次郎、小林旭、吉永小百合など日活スターの全盛期でした。映画全盛の時代で、5社協定があり、東映・大映・東宝・松竹・新東宝で俳優を独占していました。しかし、徐々にテレビの方が娯楽の中心に位置し、昭和40年代くらいは映画会社各社とも生き残りをかけ、安定収益のある成人映画に路線変更を余儀なくされたようです。日活がロマンポルノで有名になっていますが、実は東映、松竹などの後を追って路線変更しているようです。

http://www12.ocn.ne.jp/~nacky/roman/roman0001.html

この回答への補足

不適切な回答、質問が多いということで停止処理を行うと通知が来ましたので今後お礼は書けなくなってしまいました。
中途半端で終わってしまい本当にすみません。
ありがとうございました。

補足日時:2006/05/31 12:40
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この回答へのお礼

こんにちは。
なぜかまだお礼が書けますので遅くなりましたが書かせていただきます。
新東宝というのはどういうスターが在籍していたのでしょうか?
どんなマークだったんでしょうか?
他の会社と一緒で直営館を持っていたのでしょうか?
すっごく興味深いです!
貴重な情報ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/04 15:01

この回答への補足

不適切な回答、質問が多いということで停止処理を行うと通知が来ましたので今後お礼は書けなくなってしまいました。
中途半端で終わってしまい本当にすみません。
ありがとうございました。

補足日時:2006/05/31 12:36
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この回答へのお礼

こんにちは。
なぜかまだお礼が書けますので遅くなりましたが書かせていただきます。
参考サイトのご紹介ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/04 14:58

↓に当時を知る人のインタビューが載ってますよ。


http://www.nikkatsu.com/times/column/staff/volum …
↓も参考になるでしょうか。
http://www.nikkatsu-romanporno.com/roman/shiraka …
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%B4%BB% …

リンクが開かない場合は、↓からどうぞ。

参考URL:http://pcsoft.okwave.jp/kotaeru.php3?q=2183853

この回答への補足

不適切な回答、質問が多いということで停止処理を行うと通知が来ましたので今後お礼は書けなくなってしまいました。
中途半端で終わってしまい本当にすみません。
ありがとうございました。

補足日時:2006/05/31 12:36
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この回答へのお礼

こんにちは。
なぜかまだお礼が書けますので遅くなりましたが書かせていただきます。
日活ロマンポルノとピンク映画は違う・・・という位置づけの説明は興味深く拝見しました。
サイトのご紹介ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/04 14:57

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1979年以降は?ですが・・・
とりあえず、ご参考までに。


◆データベース20世紀年表
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/


1976/01/22
東京地裁「四畳半襖の下張」事件で、検察側、野坂昭如被告に罰金15万円の求刑。

1976/04/27
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↓ まずは訂正から
菅原文太は、東映ですので日活映画には出演していません。
時代劇の覇者は、東映でした。勝雷蔵で一時、東映より上位になりましたが‥
大映映画には、「ザ妊娠」「ザ強姦」などというシリーズはありません。
第一、強姦などというタイトルが、映倫を通過するはずがありません。

1970年代半ば、観客が来なくなった、大映と日活は、共同配給で
「ダイニチ映配」という、配給会社をたちあげました。そして
両社より、各1本づつ出し合って、公開しましたが、うまくいかずに
大映は、倒産。残った日活が生き残りを賭けて、ピンク映画界に参入。
倒産か、ピンク映画専門かの選択を経営陣より、迫られて、従業員たちが
後者を選びました。基準は、確か、70~80分程度の長さ、10分に
一回程度の、絡みのシーンを入れる、以外は、監督が自由に撮れたよう
です。現在でも、CS衛星放送「衛星劇場」の深夜枠で放映中です。

当時ピンク映画の製作費は、300万円程度のところ、1本1千万円まで
予算が取れ、なおかつ、それまで一般映画を撮っていた監督、藤田敏八
などが、積極的に参加したため、クオリティの高い、演技力のある
俳優陣を使用することができたので、17年もの長くに渡り、続けられた
のでしょう。

↓ まずは訂正から
菅原文太は、東映ですので日活映画には出演していません。
時代劇の覇者は、東映でした。勝雷蔵で一時、東映より上位になりましたが‥
大映映画には、「ザ妊娠」「ザ強姦」などというシリーズはありません。
第一、強姦などというタイトルが、映倫を通過するはずがありません。

1970年代半ば、観客が来なくなった、大映と日活は、共同配給で
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この辺の関係も教えていただけたらと思います。

私の映画作成の流れの理解(予想)では、

・プロデューサー(配給会社の代表?)がこういう映画を作りたいと発想。
・配給会社で全体を管理。
・監督、役者を打診。
・作成。
・編集。
・配給会社が映画館に貸し出す。
・映画、DVDに。

回答よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

映画の冒頭にでるいくつかのクレジットマークは映画を”配給した会社”や、その映画に”出資した会社”、さらに製作を請け負った”製作プロダクション”などいろいろで、まあ順次この3つが出ることが多いです。

まずユニバーサルやワーナーなど(日本だと例えば東宝や東映)配給会社のロゴマークが最初に出て、出資した会社、スピルバーグの映画だとドリームフィルム(日本だと各TV局など)、で、最後に製作実務を行ったプロダクションといった具合です。

最近は製作費のリスクを分散するために委員会方式をとることも多く、製作費を出した会社が多いと、映画が始まる前に各会社のロゴマークばっかりいくつもつづくなんてこともあります。

そのむかしは配給をしている映画会社だけでまるまる一本の映画をゼロから作って、直営館や契約館で上映する(邦画ではブロックブッキングと呼んでました)というが当たり前だったのですが、映画界が斜陽になり、70年代には映画が投資物件にもなって、配給会社=製作会社ではなくなってしまいました。


全盛期のハリウッドメジャーは何名ものプロデューサーを抱え、何名もの監督と契約をし、大スターたちも多く抱えていました。
さらに録音や撮影といったスタッフもみな社員でしたし、MGMなどはオーケストラ、つまり専属の楽団までまるまる持っていました。


今日現在の映画製作の現場では
・個人事務所を持っているプロデューサーなどが企画を立案し、配給会社などと調整して資金を調達。
・監督や脚本家を雇い、上映期日が決まったり、脚本が完成し、主役級の配役のスケジュール調整が済むなど、製作のメドが付いたら、
・現場で予算を預かり運営や管理をするラインプロデューサーを新たに雇い(企画を立案した方が兼ねることも稀にあります)、
・さらに撮影現場を仕切るプロダクションマネージャー、カメラマンや美術担当など、各スタッフと契約します。

ハリウッドだと投資家や銀行から製作費を調達することも多いので、もっと複雑です。万が一、映画が完成しなかった場合に備えて保険会社と契約したり、いったんは完成したもののさらにヒットさせるにはどうしたらいいのかを相談するリサーチ会社と契約するとか、およそ日本にはない製作の過程が一般的にあります。

上記のようなことが済んだら、いよいよ撮影にはいり、その後は書かれているとおりですが、ちょっと細かくすると
・撮影の準備(ロケーションハンティングやセットの建て込みなど)
・撮影
・現像(最近では現像したものを編集のためにコンピュータに取り込みます)
・編集
・音楽の製作や録音
・ダビング(音楽や効果音、さらにはセリフなど音関係と映像とを合わせる作業です)
・完成
・映画館での上映
・その後はDVD化やTV放映など
といった感じでしょうか。

日本版が出ていないのですが、ハリウッドの大手映画会社の歴史、といった内容のDVDがあり、もしも見る機会があれば(ケーブルテレビなんかだと日本語吹き替え放送されたことがあります)参考になると思います。
いちおう参考まで
MGMの歴史
http://www.amazon.co.jp/Mgm-When-Lion-Roars-2pc/dp/B001I2EQUO/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=dvd&qid=1250781074&sr=1-2
ワーナーの歴史
http://www.amazon.com/You-Must-Remember-This-Amazon-com/dp/B0013MYB5Y/ref=pd_bxgy_d_img_c
FOXの歴史
http://www.amazon.com/20th-Century-Fox-First-Years/dp/6305837538/ref=pd_bxgy_d_img_b

映画の冒頭にでるいくつかのクレジットマークは映画を”配給した会社”や、その映画に”出資した会社”、さらに製作を請け負った”製作プロダクション”などいろいろで、まあ順次この3つが出ることが多いです。

まずユニバーサルやワーナーなど(日本だと例えば東宝や東映)配給会社のロゴマークが最初に出て、出資した会社、スピルバーグの映画だとドリームフィルム(日本だと各TV局など)、で、最後に製作実務を行ったプロダクションといった具合です。

最近は製作費のリスクを分散するために委員会方式をと...続きを読む

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「日活ロマンポルノ裁判」というのはどういうものなのでしょう?

「裁判で勝った。」という結末だけ知っていますが、対象となった作品など詳細を教えて下さい。

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1972年 成人映画4作品(『愛のぬくもり』、『恋の狩人・ラブハンター』、『OL日記・牝猫の匂い』、『女高生芸者』)が警視庁に摘発され、翌年日活ロマンポルノ裁判に発展。
・・・・だそうです!


下記URL辺りが参考になるかも・・・!?

------------
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%B4%BB%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%83%8E
--------------

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大まかでよいのならここで・・・

参考URL:http://www.eigafan.com/trival/mame/2003/0320/

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私は1977年の田中登監督「女教師」が社会的なテーマを取り上げていて今でも印象深いです。

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「嗚呼!おんなたち・猥歌」(1981年)
監督:神代辰巳 出演:内田裕也、角ゆり子、中村れい子
自堕落な日々を送る落ち目の中年ロックンローラーの暴力と純情。捨て身の“男のロマン”が観る者に強く迫る。

「ピンクのカーテン」(1982年)
監督 :上垣保朗 出演:美保純、阿部雅彦
ジョージ秋山によるマンガの映画化。奔放で魅力的な妹と、彼女に不謹慎な欲望を抱いて悶々とする兄。起伏のあるストーリーと堅実な演出で見せる、青春物の秀作だ。美保純の存在感が圧倒的。

「生録 盗聴ビデオ」(1982年)
監督:菅野隆 主演:風間舞子、江崎和代
モーテルでの浮気の場をビデオで録画されてしまった人妻が、男を求めて歩く淫乱な女に変貌。アイデア満点のショック場面の連続で、ラストまで息つく暇もない。風間舞子の(ドラマ的な)重量感はかなりのもの。

「悪魔の部屋」(1982年)
監督:曽根中生 主演:中村れい子、ジョニー大倉
笹沢左保の同名小説の映画化。富豪の娘と、彼女を誘拐した男が織りなす密室劇。プロットの積み上げ方が巧みで、曽根の演出も張りつめた展開を力強く支える。キャラクター描写も万全な、高水準のサスペンス編。

「セーラー服 百合族2」(1983年)
監督:那須博之 出演:山本奈津子、小田かおる、青木琴美
夏休みを軽井沢で過ごした二人のレズ高校生と級友たちの姿を描くシリーズ第二作。希望と挫折に揺れ動く若者群像を丁寧に描き取る、青春映画の佳篇。なお、続編の「OL百合族 19歳」もなかなかの佳作。

「ピンクカット 太く愛して長く愛して」(1983年)
監督:森田芳光 出演:寺島まゆみ、伊藤克信
可愛い女性理髪師に惚れてしまった落ちこぼれ大学生の奮闘。伊藤扮する主人公の、人を食ったようなキャラクター設定が最高。セリフの面白さも、さすが才人・森田監督。

「ダブルベッド」(1983年)
監督:藤田敏八 主演:大谷直子、石田えり
中山千夏の同名の小説を映画化。中年を迎えつつある夫婦と、夫の友人とその若い愛人たちのセックス三昧の日々を描く。懲りない登場人物達には、人生を投げたような爽快感がある。

「団地妻 ニュータウン禁猟区」(1984年)
監督:西村昭五郎 出演:仁科まり子、北見敏之
団地に引っ越してきた若妻をめぐる、住人達のドス黒い生態を追う問題作。殺伐とした容赦ない描写は、都会の暗部を活写して圧巻。成人映画なのに、公開当時は全国紙に批評文が載ったほど。

「宇能鴻一郎の濡れて打つ」(1984年)
監督:金子修介 出演:山本奈津子、林亜里沙
「デスノート」などの金子監督のデビュー作。マンガ「エースをねらえ!」のパロディ版で、徹底したおちゃらけで笑わせた後、学園ドラマらしい爽やかな印象さえ残す。ラストも秀逸。

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監督:相米慎二 主演:速水典子、寺田農
石井隆原作による“村木と名美”の物語。ホテトル嬢とタクシーの運転手との切ない愛を描く。相米監督得意のワンシーン・ワンカット技法が冴え、登場人物達の孤独な心情を浮き彫りにする。

「魔性の香り」(1985年)
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結城昌治の同名小説の映画化。夫の暴力に耐えかねて川に身を投げた女と、彼女を助けた中年男との、悲しい“道行き”を描く池田監督の代表作。

「母娘監禁 牝(めす)」(1987年)
監督:斉藤水丸 脚本:荒井晴彦 出演:前川麻子、加藤善博
ならず者たちに拉致された母娘を通し、殺伐とした世相を鋭く抉った秀作。舞台となる地方都市(水戸市)の、沈んだような雰囲気も効果的。

「天使のはらわた 赤い眩暈(めまい)」(1988年) 監督:石井隆 主演:桂木麻也子、竹中直人
挫折したサラリーマンと不幸まみれの若い女との純愛。石井監督のデビュー作で、もちろん主人公達の名前は“村木と名美”。切れ味鋭い内面描写、詩情あふれる幕切れ。泣けてくる。

。。。以上、すべてリアルタイムで観ました。なお、70年代の作品群には接したことがありません。あしからず。

ランダムに挙げてみます。

「嗚呼!おんなたち・猥歌」(1981年)
監督:神代辰巳 出演:内田裕也、角ゆり子、中村れい子
自堕落な日々を送る落ち目の中年ロックンローラーの暴力と純情。捨て身の“男のロマン”が観る者に強く迫る。

「ピンクのカーテン」(1982年)
監督 :上垣保朗 出演:美保純、阿部雅彦
ジョージ秋山によるマンガの映画化。奔放で魅力的な妹と、彼女に不謹慎な欲望を抱いて悶々とする兄。起伏のあるストーリーと堅実な演出で見せる、青春物の秀作だ。美保純の存在感が圧倒的。

「生録 盗...続きを読む

Q映画配給会社の設立を目指しています

 未経験ながら映画配給会社を設立させる道を模索しています。

 私は海外の映画祭などで話題になった洋画DVDを輸入して鑑賞することがありますが、「どうしてこれほどの傑作が日本では未公開なのか」と愕然とすることが少なくないです。何年待ってもどこの配給会社も買い付けない――どこも配給しないなら自分がやってやる(つまり起業してやる)、と、いつの間にか使命感にも似た思いが自分の中に芽生えるようになりましたが、業界経験はなく、インディ系の映画一本買い付けるのにどのくらいお金がかかるのか検討もつきません。
(契約するより宣伝費にお金がかかると配給会社の社長がおっしゃっていましたが)

 映画会社を設立したいのならば、まずどこかの映画会社に入って、そこで経験を身につけ人脈を築くのがベストなのでしょう。ですがどこも即戦力採用らしく、求人を見つけて応募しても自分のような正社員経験もない職歴の浅い人間(今年26)は残念ながら書類選考すら通過しません。もはや会社に雇用されるのを期待するのではなく、自力で道を拓いていく努力をしなければならないなと最近では考えています。

 そのための第一投といってはなんですが、日本未公開映画の自主上映会をいま企画しております。ある団体が仲介役を務めてくれ、権利元に企画書を提出したところです。国内の映画祭で一度上映された作品なので、そのときの字幕をかしてくれないかと映画祭事務局にお願いしましたら、快諾して頂けました。映画館側も好意的で、上映会の実現を期待しています。

 ですが、プリントの貸し出しも字幕の貸し出しも、”無料で上映すること”が条件。素材をタダで借りられてもプリント輸送費や字幕投影料、上映スペースのレンタル料など諸々を含めたら20万ほどの出費になります。”自分で道を拓いていく努力”とは言いましたが、利益にならないこのような自主上映はやはり趣味の範疇を超えませんよね。それがなんとも歯がゆいというか・・・。

 やはり雇用されることを期待して、このような自主上映会の実績を重ねて就職のアピールポイントにしようかとも考えましたが、利益が出るわけではないですからこれがアピールになるかどうかも分からないうえ、支出を考えれば何度もできることではありません。会社を設立したいならこれからさき資金も貯めなければなりませんが、、こんな私に何かアドバイスあれば、ぜひお聞かせください。

 だらだら長々と申し訳ありません。

 未経験ながら映画配給会社を設立させる道を模索しています。

 私は海外の映画祭などで話題になった洋画DVDを輸入して鑑賞することがありますが、「どうしてこれほどの傑作が日本では未公開なのか」と愕然とすることが少なくないです。何年待ってもどこの配給会社も買い付けない――どこも配給しないなら自分がやってやる(つまり起業してやる)、と、いつの間にか使命感にも似た思いが自分の中に芽生えるようになりましたが、業界経験はなく、インディ系の映画一本買い付けるのにどのくらいお金がかかるのか検討...続きを読む

Aベストアンサー

No1.です。

少なくとも、実現できるかは別として単なる軽い夢や希望ではなく
“使命”とすら感じるほど真面目に考えて具体的な行動も始めている
ことも分かり、応援したい気持ちになります。

成功した人の物語は当然脚色が入り神話化されるので本当の実情は
分かりませんが、例えばザジフィルムス、クレストインターナショナル、
プレノンアッシュ、トランスフォーマーなどの配給会社は、まさに
誰もやらないから、自分が気に入った作品を自分で公開するために
1人あるいは数人の人間で会社を立ち上げたようです。
会社のHPを見ると前2社の資本金は1000万円です。

トランスフォーマーの場合
「あらゆる概念、既存のスタイルから解放された自由なスタンスを標榜する。
よって、動機は思いつき。活動は不定期である」と社是(?)に書かれています。
つまり簡単ではないが1人(数人)で恣意的な会社を始められる可能性は
決してゼロではありません。

あるいはシネ・ヌーヴォの景山氏の場合、最近岩波からでた講座
「日本映画は生きている」の1冊にも文章を寄せていますが
学生時代にシネマ・ダールという自主上映組織を作り
積極的に上映会を開き、各地の上映団体と連携して
シネマテーク・ジャポネーズという組織としてワイダの『すべて売り物』などの
配給も実現させました。

そして84年からの「映画新聞」によって広汎なコネを作ることで
劇場を作るまでに至ります。

僕がハコを重視するのはビジネス云々は別としても
“見たい”ではなく“見せたい”と考えたら自由にできるスペースが
なければ妥協ばかりが先行し持続が難しいからです。

エキプ・ド・シネマだって岩波ホールというハコがあればこそ
1本を半年もロードショーするなんて無茶(?)もできるのです。

ちなみにザジフィルムズのHPでは社員は今でも7名です。
ミニシアター系の配給会社の多くも同様でしょう。
つまりアルバイトは別として定期的な採用はしないし
仮に欠員が出来ても、少人数ゆえ、まさに“即戦力”が必要で
公募するよりコネに頼る方が速いでしょう。

なお僕は古い人間で映画はフィルムで見たいので
オンラインとかはまったく興味もないが、映画も時代の流れの中で
変質していくのは避けられないでしょうね…

時間はかかっても、いい仲間を見つけて前進できるよう
再度、頑張ってくださいとエールを送ります。

No1.です。

少なくとも、実現できるかは別として単なる軽い夢や希望ではなく
“使命”とすら感じるほど真面目に考えて具体的な行動も始めている
ことも分かり、応援したい気持ちになります。

成功した人の物語は当然脚色が入り神話化されるので本当の実情は
分かりませんが、例えばザジフィルムス、クレストインターナショナル、
プレノンアッシュ、トランスフォーマーなどの配給会社は、まさに
誰もやらないから、自分が気に入った作品を自分で公開するために
1人あるいは数人の人間で会社を立ち上げたようです...続きを読む


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