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長渕剛は、曲調と自分のキャラを時代とともに変えてきました。

今は、兄貴キャラというか筋肉質キャラというか。

とんぼのドラマの頃は、ヤクザキャラでした。

親子ジグザグのドラマのころは、憂いキャラだったきがします。あれは、石野真子との離婚の影響があるのでしょうか?僕はそのころの長渕が好きです。そういった憂いキャラは貴重な気がしています。

家族ゲームのドラマの頃は、ひょうきんキャラだったきがします。

もっと、キャラの変遷にくわしい方がいれば教えていただけないでしょうか?

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A 回答 (1件)

私の主観ですが、長淵剛の変遷を書きます。



まず長淵剛が最初にテレビに出たのは1980年、『順子』がヒットしてテレビ「ザ・ベストテン」にランクインしたときだったはずです。
しかし当初は出演を拒否していて、やっと出たときもギターの弾き語りのみの演奏で歌い、途中で中断し最初から歌い直しました。
そのため50分と少しの放送時間(生放送)のうち長淵剛の出演シーンだけで9分ほどかかり、後の進行が押せ押せになってしまいました。
司会者との会話もたどたどしく、神経質な印象を受けました。

石野真子との結婚(81年)、離婚(83年)、ドラマ「家族ゲーム」主演(83年)と続く時代は、「ザ・ベストテン」以降もほとんどテレビへの出演がなく、何かするたびに驚くようなことばかりでした。
「え? あの長淵剛が石野真子と?」、「ええ? あの長淵剛がドラマ?」といった感じで。
ただし歌は『GOOD-BYE青春』『孤独なハート』など情けない男を描いたような内容が多く、「家族ゲーム」「家族ゲームII」で演じた下駄履きの冴えない家庭教師役の印象もあり、今のような堂々とした感じでなく飄々としたものが感じられました。

少し変化の下地が見えるのは「親子ゲーム」(86年)で元暴走族のラーメン屋店主を、「親子ジグザグ」(87年)で定食屋店主を演じたときです。
曲がりなりにも自分の腕一本で自営する役を演じることで、少し精神的な力強さを印象づけるようになりました。
また歌でも『SUPER STAR』『ろくなもんじゃねえ』など、少し外向きの内容になってきました。
たとえば『順子』の歌詞は「君の名を呼べば僕は悲しいよ」といった感じですが、『ろくなもんじゃねえ』では「飛び出した18の俺」「大嫌いだぜ」と語尾が強い表現になり主語も“僕”から“俺”に変わっています。
ただしこの頃は志穂美悦子との交際が始まっており(88年結婚)、実際の生活ではあまり憂いを感じるようなものではなかったと推測します。

そして変化が決定的になったのはドラマ「とんぼ」(88年)映画「オルゴール」(89年)でのヤクザ役でしょう。
ここで、内面に弱さを持ちながらも外に向かって行動する、アウトロー的な要素がほぼ確立されたと思います。
89年には映画「ウォータームーン」で修行僧という、こちらも一種のアウトロー役を演じたことも関係あるでしょう。
また89年、昭和から平成に変わった年、光GENJIが『HEY!SAY!』、長淵剛が『昭和』というタイトルのアルバムを出したことも象徴的だと思います。
ただただ明るく前向きな光GENJIに対し、過去の重さを抱く長淵剛を、対照的だなと個人的には感じました。

その後、国生さゆりとの不倫騒動(91年から)、桑田佳祐との論争(94年)、大麻取締法違反による逮捕(95年)など、様々な問題が起こります。
しかしこれらによって、逆に“自分が正しいと思った道を行く”といった印象を与えたように思います。
また歌の内容としては、「お前が舵をとれ」と歌う『Captain of the Ship』(93年)のように、他人に生き方さえ指示する“兄貴”的要素がだいぶ出てきています。

筋肉質キャラが加わったのは、01年の肉体改造によるようです。
そして03年に空手の新極真会に曲を提供し、同年にオールナイトニッポンのパーソナリティを務め自身の考えをそのまま生で伝えられる場を持つことで、ほぼ現在のキャラが定着したといえそうです。
詳しい変遷は参考URLで見られますので、どうぞg354654さんも自分なりの考察をしてみてください。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%B7%B5% …
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この回答へのお礼

ご丁寧に感謝です。
まず、長渕のキャラの変遷は、男が自分の成長とともにあこがれそうな道を進んでいる気がします。
吉田拓郎は、数年前か、キンキキッズととものテレビに出て、テレビにでなかった昔と180度異なるキャラになりましたが、あれは固定ファンを失う格好になったことでしょう。

たしか、長渕は、ザベストテン初登場で順子を歌ったとき、聴衆が手拍子をするので、悲しい歌なので手拍子はやめてくれ、といって中断したのでしたっけ。

親子ジグザグ・ろくなもんじゃねぇ、の頃は、もどかしげな表情というか困り顔が僕のイメージです。
勝手なたとえで申し訳ないですが、尾崎豊のシェリーの歌詞の「いつになれば俺ははいあがれるだろう」といった、成長途中の成年男子の、内なるパワーを感じます。シェリーはとても好まれますが、好む人の多くは、その歌詞に共感するような夢に向かってがんばっている(だけどうまくいかないことに悩んでいる)人だと思います。
僕はそんな頃の長渕が好きです。

ドラマ、RUNのころは、宗教的というか、思考とか信念の模索をしていそうなキャラでした。
(実は僕も影響されて、教会などに行った。。)

僕が、「ふざけんじゃねぇ」の頃に長渕のコンサートにいたっとき、今後どのような曲調を望むか、といったアンケートがありました。
長渕自身もファンを気にしながら、曲調やキャラを模索しているのでしょうね。
常に変化しているからこそ、長らく現役でいられるのだとも思います。
僕は、今後また、キャラが変化していくと思っています。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/03 16:23

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