少し前の質問に「he is a friend of mine.とhe is my friend.に違いはあるのでしょうか? あるとすればどういった違いなのですか?」というものがありました。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=2203789
とても興味深いやりとりがなされていたご質問でしたが、まだ、私にはよくわかりません。ある回答者さんが「ニュアンスの違いは感じません。」とした後に、

「使い方の違い」として、

「今の誰?」という問いに対して「友達」と答える時は、He's a friend of mine. と普通答えます。この場合に He's my friend. とはまず言いません(小さな子供はよくそう言いますが)。(⇒仮に「ケース1」とします)

「あんな奴、どうでもいいじゃないか」と言われて、「だけど友達だから」という時は、But he's my friend. の方が一般的でしょう。ただ、この場合にHe's a friend of mine. と言ってもそんなに違和感はないですね。」(⇒仮に「ケース2」とします)

とお答えになっています。この部分で、このケース1とケース2の違いがどこから来るものか、どなたかもう少しヒントをいただけませんか?

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A 回答 (10件)

fwkkさんの質問と回答はともにすごくよく考えられていて、論理性と粘り強く物事の理非を追求される姿勢には共感と簡単を持って受け止めています。



リンク先のかたがおっしゃっているように、a friend of mine と my friend は目くじら立ててヒステリックに教えるべきことでもないと思っています。(Hysteric being bunch of teachers, not you.)くだんのアメリカ人のかたが「これはおかしい」と指摘したある教科書の文では「初出の単語、新情報」にあたるわけで、だから不定冠詞が使われる、というのが着目点です。だから、なにも a friend of mine と my friend の区別、という視点で教えるのではなく、新情報である不定冠詞と旧情報である定冠詞の用法の区別、という観点から説明すべきでしょう。くだんのアメリカ人のかたはアドホックに特定の事例について指摘したにすぎません。それはより大きなカテゴリーに属していることに気づかなければいけないでしょう。それは不定冠詞/定冠詞という基本の問題です。その点に着目すれば、ケース1はすでに解決しています。2回以降に「その友達」が会話で出るときには代名詞でもいいし、"my friend" でも構いません、ということです。

ケース2についてです。ここでも旧情報/新情報という視点が重要な道具になってきます。
"Who cares about him?"
"But he's my friend."

ここで "a friend of mine" を使うと、「どんな友達?」という情報を聞きたくなります。でも文脈から判断して、両者は話されている彼について情報を共有しているはずです。だから"my friend" が使われています。

"But he's a friend of mine who cares about me!" と比べたらはっきりしますね。
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この回答へのお礼

ケース2についても「旧情報/新情報という視点が重要な道具」である、という点はありがたい指摘です。

「ここで "a friend of mine" を使うと、「どんな友達?」という情報を聞きたくなります。でも文脈から判断して、両者は話されている彼について情報を共有しているはずです。だから"my friend" が使われています。

"But he's a friend of mine who cares about me!" と比べたらはっきりしますね。」

これでやっとわかった気になることができました。

ご回答本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/06/15 06:36

元々は私の回答が説明不足なんですよね。



二つのケースの「感じ」の違いは、mopmop さんの説明に私も同感です。ケース2で、"But he's a friend of mine" と言うと、「あんな奴でも友達(の一人)だから」と言う感じで、「大目に見てやれよ」「まあまあ、いいじゃん、そんなにおこらないでも」というニュアンスですね。ところが、"But he's my friend" だと、もっと感情的に聞こえ、「お前には分からないだろうけど、あいつは俺の友達なんだ」と、"my" が強調されたニュアンスだと思います。

最初のご質問の回答でもっとはっきり説明するべきでしたが、一つの文章だけを取り出して外国語に訳すると、ちょっとちぐはぐになる事がよくあります。"He's my friend" が「私のたった一人の友人」で、"he's a friend of mine" は「何人もいる友人の一人」だとするのは、その典型的な例です。実際の会話でどう使われているのかをはっきりさせるのが大事ですね。「私の友達」と言いたい時は、一般的に "a friend of mine" を使っておけば問題ないでしょう。He's my friend と言うと、誰がなんと言おうとあいつは俺の友達だ、というニュアンスが強くなり、使われる状況がかなり限定されると思います。元のご質問のスレッドで、trgovec さんが、"I played tennis with my friend." は不自然に感じられる、とおっしゃってますが、確かにこれは不自然で、ネイティヴなら使わない表現です。それはやはり my friend にやや感情的な響きがあるからだと思います。

ちなみに、"Hello, my friend" の様に呼びかけとして "my friend" が使われる事もありますが、これは「おお、友よ」のような大げさな表現をちょっとおちゃらけて言う感じですね。
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この回答へのお礼

nativeないし、それに準ずる方の感覚はありがたいです。

「my friend にやや感情的な響きがある」というのもありがたい情報です。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/14 16:43

他の人ほどうまく説明できるかどうか分かりませんが試してみます。



ケース1 「今の誰?」という問いはどういう状況か。
デート中に親しい女性に話しかけられた。彼女はちょっと二人の仲をあやしんでいる。女性が去った後、彼女は「今の誰?」と自分に聞いてくる。
a friend of mine. で「ただの」友達さ。ということができる。
my friendと答えてしまうと彼女はさらに突っ込んで、「どういう友達」なのか、友達の度合いを聞いてくるだろう。
なぜならa friend of mineは他にも同レベルの仲の友達がわんさかいるんだよ、と思わせられる。

ケース2 question:「あんな奴、どうでもいいじゃないか」
=「アンナ奴ほっとけ。あいつがどうなってもお前には関係ないだろ」

answer: 「関係ないことないよ。my friendだもん。」
=「仲良しなんだ。よく相談にものってくれてるんだ。」
my と特定することで、その人との関係の深さが話題の中心になっている。他にも仲のいい友達がいるし・・・などというほのめかしは不要な状況ですよね。だから my friend。

こういう違いが根底にあるんだと思うんですが、うまく伝わりましたか?

この回答への補足

皆さま、ご回答ありがとうございます。

ケース1でmy friendがだめで、a friend of mineの類がふさわしいことはほぼ理解できたように思います。 この文はhe のidentity(名前をはじめとして、氏素性) がわかっていない中で、つまり「彼」という言葉で指示しているものの正体を説明する文になっている、と考えました。 例えば、Mt. Everest is a mountain in the Himalaya, on the border between Nepal and Tibet. のような一種の定義文にはbe動詞の後の補語位置に単数名詞がくる場合には、the やmyのような定的なものではなく、不定冠詞a を用いるのと同じようなもの、と理解しました。

ケース2の方ではなぜ定的な表現であるmy friendが自然なのかがまだどうもよくわかりません。が、この場合は一方の人が「あんな奴…」というふうに言うということは少なくとも、he のidentity のうち何がしかの情報(例えば、氏素性)はこの二人の間で共有しているという前提があるところがケース1との違いかな、という気がしはじめました。そうすると「彼」という人間は二人の間で「共有[旧]情報」であると考えられ、このことから、be動詞の後の補語位置に名詞がくる場合は、その名詞の前に定的という意味でのtheの感覚を含むmyが付くのも自然かな、と考えるようになりました。

今やっと、私の認識はこんなところまで来ました。このような線・方向で何かアドヴァイスがありましたらよろしくお願いいたします。

補足日時:2006/06/13 23:33
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまいましたが、ご回答ありがとうございます。

ケース2のご説明:
「my と特定することで、その人との関係の深さが話題の中心になっている。他にも仲のいい友達がいるし・・・などというほのめかしは不要な状況ですよね。だから my friend」
という部分がなるほどな、と思いました。

お礼日時:2006/06/13 23:36

この2つの何が違うのか、という点では#2さんの説明(形容詞的表現)で良いと思います。

意味は同じですから。

私はこれはfriendsだから、相互関係の問題だと思います。friendsとかmotherとかsonとか、お互いに単なる主従関係だけでは無い、どちらかの所有物では無い(と思う)から、同じ意味になるのだと思います。

例えば
the car of mine.
と言うでしょうか?
this beautiful car of mine.
なんて言う事はあると思いますが、
I drive the car of mine.
とか
I wash the car of mine every sunday.
などと言うのでしょうか?

言うかもしれませんが、それは車に特別な愛情がある時だけではないですか?(これについては自信はありませんが)

>「今の誰?」という問いに対して「友達」と答える時は、He's a friend of mine. と普通答えます。この場合に He's my friend. とはまず言いません(小さな子供はよくそう言いますが)。(⇒仮に「ケース1」とします)

小さい子の親は子供によく「ほら、お友達来たよ」「ほら、お姉さんえらいね」なんて言っています。もちろん知らないどこかの子供を見てです。子供もそれを見て「あ、お友達がいる」などと言いますよね。

>「あんな奴、どうでもいいじゃないか」と言われて、「だけど友達だから」という時は、But he's my friend. の方が一般的でしょう。ただ、この場合にHe's a friend of mine. と言ってもそんなに違和感はないですね。」(⇒仮に「ケース2」とします)

例えばある友達と会っている時、その人ではない別の友達と会う約束をしていてそろそろ行かなくちゃなと思って・・・
"I'm going to see A FRIEND OF MINE."
"You don't really have to go, don't you?"
"But HE IS MY FRIEND"
これでもまだダメですか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

私はa friend of mineもmy friendも共に平たく言えば「私の友達」であることは承知しており、その意味でこの二つの表現が「同じ意味になる」という点は承知しているつもりです。

私の疑問は「このケース1とケース2の違いがどこから来るものか」、つまり、「ケース1ではHe's a friend of mine. が普通で、ケース2ではhe's my friend. の方が一般的だとされるのはなぜか」です。

申し訳ありませんがhiyokomaru さんのご「回答」にある論理が私には理解できませんでした。

お礼日時:2006/06/12 01:31

ごめんなさい。

No.5です。質問の意味を取り違えていました。

>このケース1とケース2の違いがどこから来るものか。

ということですよね。

>「今の誰?」という問いに対して「友達」と答える時は、He's a friend of mine. と普通答えます。この場合に He's my friend. とはまず言いません(小さな子供はよくそう言いますが)。(⇒仮に「ケース1」とします)

ある意味、見栄の問題と言う感じで、「自分は色々友人がいて、その内の一人」と言う感じでしょう。見栄と言うのは言いすぎで、常識と言ったほうがいいかもしれません。

>「あんな奴、どうでもいいじゃないか」と言われて、「だけど友達だから」という時は、But he's my friend. の方が一般的でしょう。ただ、この場合にHe's a friend of mine. と言ってもそんなに違和感はないですね。」(⇒仮に「ケース2」とします)

これは、自分との関係性に重点があるからでしょう。「だけど自分の上司の友人だから。」と答えるときを考えればいいのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

改めてのご回答、ありがとうございます。

ケース2は「自分との関係性に重点がある」というのは確かにそうだな、と思いました。

引き続き考えてみます。

お礼日時:2006/06/11 23:56

これは、誰かが何かの文法書に書いた内容が間違っていたのです。



my とか、your,his,her が付く単語は色々あります。

my book/dish/bag/pen など、色々です。

普通の状況では、上の表現で、本や皿やバッグやペンを、「わたしの唯一のもの」とは感じません。単に所有関係を表しているだけです。

それと同じで、my friend も、多くの場合、普通に使えます。
ただ、ご質問のような疑問が生まれたのは、愛情関係が日常の意識の上で、多少、特殊なものと言う感覚があるからでしょう。
そして、ある特殊な状況では、my bag が、「唯一のもの」と言う感覚を持つときもあります。

自分は、ご質問のリンク先のShinnboneさんの感覚が正しいと思います。
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 ネイティブだからといっても分かっているということにはなりません。

例えば日本語で「OOを生産する」というのと「OOを産生する」というのとは意味が異なります。にもかかわらず辞書では産生=生産などと書いています。使い分けている日本人でも改めて考えないと違いを説明できない思います。言葉というのは緻密な分析をしないと微妙な使い分け、意味の違いの判断はできません。
 ご質問の件についてネイティブの人が分析しているのが下記にありますから、参考にされるといいと思います。
 岩波新書「続日本人の英語」ピーターセン著 この55ページあたりに詳しく書かれています。

この回答への補足

岩波新書「続日本人の英語」ピーターセン著 この55ページあたりを読んでみました。確かにケース1でmy friendがだめで、a friend of mineの類がふさわしいことは理解できました。

ただし、ケース2のような場合には触れられていませんでした。ケース2ではなぜmy friendが自然なのかがどうもよくわかりません。

補足日時:2006/06/13 12:45
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

ピーターセンの本は今どういうわけか手元にないので明日にでも本屋で確かめて見ます。

お礼日時:2006/06/11 23:58

私は質問者さんが、勘違いしているとは思いません。



形容詞的使い方(my friend) か名詞的(?)使い方(a friend of mine)かという問題ではなくて、ニュアンスの違いを知りたかったのですよね。

No.1の方がとても的確に回答されていると思います。

また、quoteされている以前の質問での回答者の答えも的確だと思います。

-------------------------
蛇足になりますが、

アメリカ人は大雑把なところがあるので、別に違いはないよ、と言うかもしれませんが、無意識に区別して使っているようです。やはり、'He's my friend' と言う時は「私の(大事な)友達」というニュアンスが本の少しでも含まれてくると思います。

「さっきの人誰?」と聞かれたとき、
普通に、友達で知ってる人、ということだけを伝えたい時は he's a friend of mine と言いますが、
He's my friend という言い方は確かにあまりしないようです。
特に意味をもたせて、He's my best friend (一番の友達なんだ)と言うことはあるかもしれませんが。

ケース2のほうでは、文脈的に「彼は私の友達なんだから」という意味で my friend を使っているのだと思います。

(とはいっても、ネイティブの人に言わせたら、どちらでも通じるからいいんだよ、という答えが返ってくるかもしれませんね。)
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この回答へのお礼

私の疑問を理解していただいてほっとしています。

「quoteされている以前の質問での回答者の答えも的確だ」という点、

さらに

破線から後のご説明はとっても参考になりそうです。

もう少し考えてみます。

お礼日時:2006/06/11 23:42

とても大きな勘違いをされているようですね。


he is a friend of mine.はHe is an American.
he is my friend.はHe is American.
という風に捕らえればわかりやすいと思います。
of someone`s friendのルールは主語の場合です。
American stands there.ではなくAn American stands there.でしょ。
he is my friend.の場合のmy friendは形容詞句です。だから問題ないのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

ただ、
1.「of someone`s friendのルールは主語の場合」
2.「he is my friend.の場合のmy friendは形容詞句」

の部分が良く理解できませんでした。

結局、私が何をどう「勘違い」しているかもよくわかりませんでした。

お礼日時:2006/06/11 14:48

my friend は限定的と言うか「他でもないこの私の友」という風に「私」に比重があります。

friend of mineは「単なる私の友達の中の一人」という感じで「友達」が前面に出ている感じだと思います。だから親しさはmy friend の方が強いのではないかと思います。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございました。

お礼日時:2006/06/11 12:37

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Qa friend of mine と one of my friends

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Aベストアンサー

"one of my friends"と言われたときに、聞き手がどういう感じで
それを理解するかということを考えてみましょう。
まず"one"が聞こえてきますが、これだけじゃ何のことか
わからないのでとりあえず心の片隅にとどめておいて、
その先の説明を待ちます。
次に"of"が来るので、その前の"one"は何かのグループの
中の一つの要素なのだな、ということを予想して、さらに
説明を待ちます。
で、"my friends"という、具体的なモノを指す言葉がやっと
出てきたので、そのイメージが心に中に浮かび、そこから
翻って"one of"の意味を考えて、その"my friends"の
イメージにあるたくさんの人の中の一人のことなのだな、
という形で納得するわけです。

"a friend of mine"だと、まず"a friend"という具体的な
名詞が来るので、最初に一人の人間のイメージが浮かびます。
その後、それに対する説明として"of mine"が来て、ああ、
目の前にいる「この人の」友達のことだな、という形で納得するわけです。

これら2つの解釈の上での大きな違いは、"one of my friends"
では、心に浮かぶ具体的なイメージとしてまず「複数の
人間からなるグループ」があって、その後、その中の一人を
選び取っているのに対して、"a friend of mine"だと、
はじめから、心に浮かぶイメージは一人の人間だけに
なっているというところです。
つまり、"one of my friends"は、聞き手の心に「友達大勢」の
イメージを喚起するのに対して、"a friend of mine"は
そのようなことがないということです。

これを踏まえて#2の補足にある、引越しの話を考えてみると、
ここで言いたいのは、単に誰か友達のうちの一人を手伝っていた
ということだけで、関係ない他の友達についてはなにも
言うべきことはないわけです。
ここで"one of my friends"という表現を使ってしまうと、
話に関係のない、その他大勢の友達のイメージまで聞き手の心に
喚起させてしまうので、「ん?それ(その他大勢の友達)に
何か意味があるのかな??」と聞き手に多少戸惑いを感じさせる
ことになってしまいます。
"a friend of mine"だと、イメージされるのはそのとき
話題になっている友達一人だけなので、そのようなまわりくどさは
感じられず、スムーズに頭の中に入ってきます。

どちらの表現も、実質的に表しているものはほとんど同じ
なわけですが、そこに到る道筋が違っている、すなわち、
"one of my friends"だと「友達大勢」を介してからそのうちの
一人に到達するのに対して、"a friend of mine"だと直接
一人の人間を指していることになり、それがニュアンスの違いに
なってくるわけです。

"one of my friends"と言われたときに、聞き手がどういう感じで
それを理解するかということを考えてみましょう。
まず"one"が聞こえてきますが、これだけじゃ何のことか
わからないのでとりあえず心の片隅にとどめておいて、
その先の説明を待ちます。
次に"of"が来るので、その前の"one"は何かのグループの
中の一つの要素なのだな、ということを予想して、さらに
説明を待ちます。
で、"my friends"という、具体的なモノを指す言葉がやっと
出てきたので、そのイメージが心に中に浮かび、そこから
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これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

QMy camera has one of these screens that tilt.................

NHKラジオ英会話講座より
My camera has one of these screens that tilt so I can hold it way up over my head and still see what I'm filming.
僕のカメラは画面が傾くようになってるから、頭のずっと上に持ち上げても何を撮影しているかが見えるんだ。
(質問)解らないところが数箇所あります。
[one of these screens that tilt..]「画面が傾く」となっていますが、
(1)[one of]とはカメラの機能の一つという事でしょうか?
(2)[that]はどのように使われてますか?関係詞で[screens]を後ろから修飾していますか?
(3)この文型(soの前まで)はSVOでよろしいですか?

初級者ですので解りやすい説明をいただける方、よろしくお願いいたします。  以上

Aベストアンサー

tommy0313さん、こんにちは。
英会話の勉強、いつも頑張っておられますね。

>My camera has one of these screens that tilt so I can hold it way up over my head and still see what I'm filming.
僕のカメラは画面が傾くようになってるから、頭のずっと上に持ち上げても何を撮影しているかが見えるんだ。

>[one of these screens that tilt..]「画面が傾く」となっていますが、
(1)[one of]とはカメラの機能の一つという事でしょうか?

→one of these screens that tilt..]は、「このような画面の傾くタイプの一つ」の意味で、one とはスクリーンのことです。

>(2)[that]はどのように使われてますか?関係詞で[screens]を後ろから修飾していますか?

→上で述べましたが、その通りです。先行詞は screens で複数ですから、tilt に s がついていません。「傾く画面」です。

(3)この文型(soの前まで)はSVOでよろしいですか?

→その通りです。My camera(S)has(V)one of these screens(O) ( that 以下は形容詞節で、screens を修飾しています)

ついでですが、後半の so (that) I can hold it way up ... は、目的を表しています。つまり、「~出来るように」のように。ですが、テキストでは日本語として自然になるように、前から訳していますね。その場合は、so が、,so のように結果を表すように訳されています。

お役に立てば幸いです。

tommy0313さん、こんにちは。
英会話の勉強、いつも頑張っておられますね。

>My camera has one of these screens that tilt so I can hold it way up over my head and still see what I'm filming.
僕のカメラは画面が傾くようになってるから、頭のずっと上に持ち上げても何を撮影しているかが見えるんだ。

>[one of these screens that tilt..]「画面が傾く」となっていますが、
(1)[one of]とはカメラの機能の一つという事でしょうか?

→one of these screens that tilt..]は、「このような画...続きを読む

Qsee off my friend と see my friend off

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1685107.html
において、
質問:確か私は受験の時、see off my fatherで「父を見送る」となり、代名詞の時はsee him offとなると習いました。しかし、辞書を見るとsee my father off となっていました。「父を見送る」という言い方は、受験英語としてどちらが正しいのでしょうか。

回答:勘違いされていると思います。見送るはいつの場合もsee 人 offとなります。これは意味を考えればよくわかることで家まで送るの場合はsee 人 homeですから人をを家まで見続けるということです。同じようにsee 人 offは離れるまで見続けるという事になるのでいつの場合でもsee 人 offになります。代名詞だから間に入れるというのとは違います。

というのがありました。see off my friend は間違いだと書いてありました。また、see off は put off とは違うということでしょうか?違うとすれば結局どこが違うのでしょうか?

Aベストアンサー

Gです。 こんにちは!!

もし試験文法用語にSee-Off型動詞と言う物を作り「これはSee-Off型動詞ですので、、、、、」と言う説明があったらどうしますか?

「そうなんですか、知りませんでした。 もっと勉強します!!」とでも言いますか? 文法知識の「伝授」ですね。

つまり、ある動詞の使い方が分類することで知識となるような事は私は英語力の中にはならないと知っているからなんですね。 このような伝伝授方法を100年も日本ではやってきたのです。 そして、その結果は私がいつも言うとおりになっていますね。 文法の知識と呼んで実は文法の知識ではなく試験文法の知識であって英語を本当に使いきれるようになるための知識ではないわけです。

では、この表現はいったいどうなっているのか、と言うと、実は、非常に簡単なフィーリングからなっているのです。 見送る、と日本では言いますね。 つまり送り出すのではなく、実際に「去っていく」のを見る、と言う事ですね。 かぎ括弧の中のヒントに気がつきましたか?

実際に「去っていく」のを見る、と言うフィーリングへの表現がこのSee offなのです。 つまり、Seeの目的語はあくまでも「人」なのです。 そして、去っていくのもその人ですね。 つまり、文法学者さんが好きな専門用語を使うと一種の「知覚動詞」なのです。

「人」が去っていくのを見る、と言う表現なのです。 そして、実際にこの表現を使うときも、見送る、と言う単語を感じるのではなく、見送ると言う単語の持つフィーリングをアメリカ人も持ちながら使っているのです。

無事に去っていくのをも届くためにあなたを空港まで送りますよ、I will take you to the airport and see you off.となるわけですね。

出迎えるも同じフィーリングです。 自分の家で向かえるのではなく空港などへ行ってそこで「会う」のですね。 ですから、(I will go to the airport) and meet you there, and pick you up there.と言う表現になるわけです。

本題に戻りますね。

see you/my father offはsee you who are leaving off. see my father who is leaving off.と言う事になり、このleaving offをそのままoffにしていると考えればいいわけです。

これを考えれば、see off my fatherと言う表現は「しにくい」と言う異なりますね。 なぜならoffするのはIでもなくseeでもないからですね。 あくまでも、その人なのですから。

ただ、これをsee off my fatherの表現方法で見送ると言う意味合いで使っている人はいます。 そして、これが使われる状況では誤解されるとは感じません。 

しかし、これが過去形となると、この表現方法に慣れていない人、一般人となると思いますが、のこぎりで切り落とす、とジョークでもいっているように思われる可能性を含んでいるのではないでしょうか。 <g>

動詞の使い方を勝手に分類してその分類したグループに属するから、と言う説明は結局説明になっているとはいえないわけです。 品詞わけ、用法わけ、そして今度は動詞の分類わけ、と言う英語を使えるようになるための知識としては私としては使えないものであるというわけです。

xxx人offと言う表現がでてきたときに、文法学者さんたちがこの動詞を知らなくては、つまり、分類リストに載っていなければ、結局xxx人offが使えるのかxxx off人でなくてはならないのか、分かるわけはないのです。 そして、その動詞を知らない非文法学者さんも一般人も分からないと言うことになり、文法学者さんも非文法学者さんとまったく同じレベルにいると言うことになるわけですね。初学者たちはその区別の仕方を知りたいのですね。 だったら、これはSee-off型動詞ですから、と言ったって説明にも使えるようにもなる説明にはなっていないと言うことを知ってもらいたいのです。 

どうですか、文法学者さんにSee-Off型動詞と言う用語を作ってもらいその用語自体を忘れないように覚えその中の典型的なものは今回のSee offだとして覚え、見送ると言う表現が必要としたときにこれはSee-Off型動詞だからSee my friend offとすると考えながら文章を作りますか、それとも、その人が去っていくのを見ながら送り出すんだからSee my friend offと言うんだな、と今回のご質問のことを思い出しながら(それだけ余裕をもってと言う事です)言いますか?

わざとしかいえないほど英語を難しくしているのが日本での文法教育ですが、それが実際に廃れていくのいま私たちはWe are seeing the Academic Grammer Specialists off!!をしている時代となってきたわけです。 ただ、去っていきたくないみたいで「床に寝転んで手と足で駄々をこねているようにも思われる節がある」と某実力者が言っていましたが、まさにそのとおりで生き残ろうと「無駄な抵抗」をしていますね。

表現ににじみ出ているフィーリングを感じながら英語を覚えていくことの効率のよさを否定できる人はこの世にはいないでしょう。

参考になりましたでしょうか。 理解しにくいところがあったり追加質問がありましたら締め切る前にまた書いてくださいね。

Gです。 こんにちは!!

もし試験文法用語にSee-Off型動詞と言う物を作り「これはSee-Off型動詞ですので、、、、、」と言う説明があったらどうしますか?

「そうなんですか、知りませんでした。 もっと勉強します!!」とでも言いますか? 文法知識の「伝授」ですね。

つまり、ある動詞の使い方が分類することで知識となるような事は私は英語力の中にはならないと知っているからなんですね。 このような伝伝授方法を100年も日本ではやってきたのです。 そして、その結果は私がいつも言うとおりになって...続きを読む


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