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歴史または馬のことに詳しい方にお聞きします。

加賀藩が領民に申し渡したご法度箇条書きに、

「馬の筋を延ばし、または尾先を焼き申すまじき事」

というのがあります。

動物愛護の条文はほかにあるので、
これはほかの理由で禁じたもののようです。

「馬の筋を延ばす」とはどういうことを指すのか、
また、「馬の尾先を焼く」とどんな不都合があるのでしょうか?

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A 回答 (2件)

馬にも歴史にも詳しくありませんが、どこかで聞いたような話だと思って探してみると、網野善彦や笠松宏至らが寄稿している『中世の罪と罰』に似た話題が出ていました。

末尾の対談部分で笠松氏が語っているなかに、室町幕府の法令手引き集である『武政規範』で「牛馬の尾を切る」ことがやはり犯罪とされている、というくだりがあります。

もちろん自分のものでなく他人の牛馬の尻尾を切るという意味なのですが、それにしても、わざわざ「尾を切る」ことを禁じる意味からして現代のわれわれにはよくわかりません。

これについて笠松氏は、中世にはそれが報復として成り立ったのではないか、と推測しています。というのは、尾のない牛というものが、どうやら世間のあざけりの対象になったらしいのです。
その背景については、尻尾のない牛はもう本来の用途として役に立たないものであると思われたからではないか、つまり、「尾をなくす」ことに牛を牛でなくしてしまうような象徴的な意味合いがあったのではないか、と氏は推測しています。

やはり同じ本の中に記載があるのですが、中世には人間に対する刑罰として、髪を剃り落としたり、耳や鼻をそぐ、といった身体刑がありました。そこには、単に区別の意味だけでなく、犯罪者を異形の者とすることで、象徴的に人間でなくしてしまうという意味合いがあったようです。このような感覚は江戸時代にまで受け継がれた、と見られています。

つまり、今のわれわれには想像しにくいのですが、自分の田畑などに入り込んできた他人の牛馬に対して尾を切ることで報復する、ということが広く中世人には意味をもっていたのではないか。概略、そのような推測がなされているのです。ご質問の「尾先を焼く」ことも、これと同様に考えれば、最小のコストでもって牛馬の価値を著しく毀損する(報復的)行為として禁じられたのではないか、とひとまず類推できるのではないでしょうか。

以下は私の勝手な憶測ですが、上のことが江戸時代にも相当するなら、ひょっとすると尾先を焼かれた牛馬は「既に死んだもの」とみなされて処分されかねない可能性すらあったのではないか、と思います。

近畿を中心に全国のいろいろな地域で、俗に「草場」だとか「芝場」などという言葉があります。これはもっぱら、いわゆる被差別部落の住民たちの既得権としてあったもので、そのエリア内で死んだ牛馬を無償で取得できる権利(またはその地域)のことを指します。

(詳説しにくい問題ではありますが、恐らくもともとは動物供犠や人馬の死体処理に携わっていた歴史的な経緯から、やがて死体を扱うこと全般がそれらの人々の専権事項となっていったのです。牛馬の場合は特に顕著で、「草場」内の農民や寺社の所有する牛馬が死んだ場合、原則として自動的にそれらは部落のものとなりました)

この「斃牛馬無償所得権」によって、一部の部落には皮や肉の処理と流通を通じて想像を絶する莫大な富がもたらされたのですが、その背景のひとつには、牛馬が死んでいるかどうかの裁量権そのものが部落の側に移った、ということが指摘されます。つまり、面白いことに、実際に死んだ牛馬でなくとも、博労などという人たちの独断で「これはもう死んでいる」とされれば、実際にそうみなされてしまうという、融通無碍というか、非常に恣意的なところも往々にしてあったようです。

上に書いたように、もともと小さな身体的欠損で「もはや牛ではなくなる」と観念されるような下地があったところにもってきて、さらに恣意的な生死の判断が行われることもあるとなれば、尾が欠けた牛馬はいつ何時死体と宣告されかねず、おちおち草も食んでいられない非常に危険な状態(笑)であったかも知れません。
私は加賀の歴史一般は詳しくありませんが、地域事情も勘案すれば、このようなことが実際にあったとしてもおかしくはない、とは思います。つまり「尾を焼く」ことは、実は大きな財産の帰属に関わる大問題をもたらしたがゆえに法令をもって禁じられた、と考えられるのではないでしょうか。

というわけで、全くの憶測を含めて書いてみました。若干でもご参考になればよいのですが。
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この回答へのお礼

ていねいなご教示をいただき、ありがとうございます。

後半の「私の勝手な憶測」の部分も興味深く拝見しました。

なかなか簡単に解明できそうにないので、引き続き私も資料探ししてみます。

お礼日時:2006/06/14 15:20

たまたま読んだ塚本学氏著『生類をめぐる政治』の一部に関連した記述があります。


しかし、著者は、「馬のすじのべ禁・馬の尾筋こしらえ禁といったものが、どういう意味をもつのか、よくはわからない」と記されています。


著者は、生類憐み令の中にある「捨子捨牛馬の禁令」が出た背景、そして、実際にはその禁令の方が、犬に関する諸令よりも、早くきびしく、また全国に徹底されたことを数多の文献を参照して、詳しく解説されています。

その一節です。
馬のすじのべ禁・馬の尾筋こしらえ禁といったものが、どういう意味をもつのか、よくはわからないのだが、貞享2-3年(1685-86)のそうした趣旨の令、とりわけ2年の馬のすじのべ禁令は、『加賀藩資料』『永保記事略』『会津藩家世実紀』、尾張藩の『武家命令究事』(その他略)に認められ、全国的に公布されたことが知られる。(略)
馬の筋をのばすのは、禁令以前それほど古くにはじまるのではなく、当時の新流行であったようだ。
戸田茂睡著『紫の一本』には、水戸光圀領のばくろうが、尻のかたちの悪い馬に手こずっていて、あるとき鎌をぶつけて筋を切ったら、それがよくなったことからはじまると伝えている。(略)いい値がつくように馬に手を加える風潮の産物であろう。

私は、馬体のことはまったく知りません。
でも、尻は馬体を推進する力を出す後肢が胴体に連なる部位だから、力強いかたちがよいということぐらいは分かります。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/gp/product/458276018X/25 …
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。

全国的なものであろうと推測してましたが、
具体的な資料名もご教示いただき、大変助かります。

私も引き続き調べてみることにします。

お礼日時:2006/06/14 15:24

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