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今の韓国人の99%以上の人の姓は1字で表しますよね。 ごくたまに日本人のように2字の姓をもった人がいるようですが、ほとんど見かけないようです。

金や朴、あるいは李といった姓が多いと思うのですが、これは数百年前 (?) に当時の中国王朝の真似をして1字の姓をもつようになったから、という話を聞いた事があります。 それ以前にはこのような姓は朝鮮半島には存在しなかったようです。

質問ですが、彼らが姓を1字にするようになったのはいつ頃の事ですか?

それ以前の古代朝鮮人の一般的な姓にどのようなものがあったのでしょうか?

それと1字だけの姓が、歴史的に日本に根付かなかったのはなぜでしょうか? だって日本も相当、中国の影響を大きく受けていた時代があったと思うのですが ・・ 

もちろん、一般庶民が姓を持つようになったのは明治以降であるのは知っていますが、たとえば蘇我氏や物部氏など古代日本でもやはり2字の姓が普通だったように思います。

それとすみません、もっと古代の邪馬台国の時代には姓という概念がなかったのかもしれませんが、日本で最初に 「姓」 をもった人は誰ですか? そしてその姓とは?

詳しい人がおられたら教えてください。

A 回答 (3件)

挑戦民族は、アルタイ山脈の麓に住んでいた部族が数千年前に東方へ移動し、その一部が挑戦半島に住み着いたのが初めとされています。


言語学的には、日本と同様、ウラルアルタイ語系に属しています。

韓国には、300余りの姓がありますが、やはり、一字が多く、上位13位迄に二字姓は見られません。
二字姓が全く無いと言うとそうでもありません。
私の友人に、司空(サゴン)と言う人がいますが、非常に珍しいケースです。この姓は、二字姓では多い方で、名門の姓だそうです。なぜ、この様に少なくなったのかと尋ねたところ、朝鮮では、戦に負けると、上下三代に亘り血族を絶やされたそうです。この様なことが繰り返されると根絶やしにされることもあったのでしょう。司空の場合はこの様な事情のようです。
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この回答へのお礼

有難うございました。韓国の姓に司空というのがあるんですねえ。私にも韓国人の友人がいますが、全員1文字姓です。
昔の戦の影響があるんですね。参考になりました。

お礼日時:2006/06/13 13:55

朝鮮の1文字姓は、新羅(前57-676)ですでに見られるようです。


日本書紀には、帰化人の名前で、1字姓ではない人も見られますが、それ以後はほとんどいなくなるようです。
その頃、百済では「扶余豊璋(ふよ・ほうしょう)」とか「鬼室福信(きしつふくしん)」という名前がありました。

日本が1字姓を取り入れなかったのは、儒教を制度のみ取り入れたからだと思います。
当時の中国は、すでに何千年も文化の栄えた大文明国でした。
朝鮮も日本も自分の国を立派にするために、何でも取り入れることをしていました。(平安京も東大寺大仏も、当時の日本の国力では相当無理して作りました)
しかし儒教はその本質に、祖先祭祀「孝」という考えを持つために、日本の婚姻制度に合わなかったようです。
なぜかというと祖先祭祀のためには、名前を絶やすことが出来ず、そのため父と母の名前が違うのが当然になります。(現に韓国・中国は今でもそうです)また、血統が絶えるのが一番困るので、親族での婚姻は絶対のタブーとなりました。(韓国では今でも名字・本貫が一緒だと結婚できない)
それに比べて日本は、いとこ同士が結婚するのは当たり前のような婚姻体系(源氏物語ですね)でしたから、そのまま儒教的なものを取り入れるのが困難だったのではないかと思います。

ちょっとこの文字数ですべてを書けないのですが、とにかく祖先祭祀のためには、家系を残すシステムを作らなくてはならず、そのために1文字性を取り入れるのが一番簡単なのですが、そんなことをすると、やっと出来た大和朝廷(貴族社会で親族婚)が崩壊してしまうために、取捨選択をして、ほかに取り入れなかった文化と共にあっさり捨ててしまったのでしょう。
しかしこれは当時としてはとても勇気のいる選択です。だって2文字以上の名前は野蛮人だといっているようなものですから、せっかく平安京などを作っったのに、当時の文明国からはそうとうバカにされたはずです。

その後日本の名字は、地名や官職などから多岐にわたっていきます。豊臣秀吉の刀狩以後、農民身分は名字を使うことを禁じられますが、もともとはみんな名字をもっていたのです。

日本最初の姓はだれかというとむずかしいですね。姓とか名字とかいう概念は、村程度の集落が出来れば、親戚を表すために必ず必要になります。家名が同じ集落なら、ミドルネームで上田んぼの○○さん、などと表現しますので、これもそのうち名字として認めれられていきました。
強いて言えば、日本武尊(やまとたけるのみこと)あたりなのでしょう。
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この回答へのお礼

大変詳しく解説いただいて有難うございました。 
なるほど、古代の日本が1文字の姓を取り入れなかったのは結婚制度に遠因がありそうですねえ。
ところで古代朝鮮の人の姓には4文字になるものがあるとの事でしたが、この4文字全部が今でいうとろの姓になるんでしょうか。
日本人の姓は数十万種類あると聞いていますが、さすがに4文字になると今の日本でも少なさそうな感じがしますね。

お礼日時:2006/06/13 13:52

まずは、日本における、


「姓」「氏」「名字・苗字」
の意味と、その移り変わりについて勉強されるといいでしょう。

韓国における「姓」は、日本の古来の「姓・氏」の位置づけに近いもののようですね。現代の日本では、「名字・苗字」のことを「姓」と言ったりもしますが、これは別物ですから。
(日本の「名字・苗字」に二文字のものが多いのは、知名に由来するものが多いからでかもしれませんね。では、なぜ地名に二文字が多いのかというと、それはわかりませんが。韓国でも地名は二文字が多いようですね。)

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%AD%97
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この回答へのお礼

有難うございました。姓と名字、氏、それぞれ違うんですねえ。何となくみんな同じものと考えていたのですが、歴史的に全然違うものなんですね。でも、サイトをさっと拝見しましたが、難しいですね。じっくりと読んで勉強します。

お礼日時:2006/06/12 15:42

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