痔になりやすい生活習慣とは?

エジプトや中近東で歴史的に、セム族、ハム族が出てきますが、歴史的にはどのように繁栄して推移してきたのでしょうか。現在の国で言うと、どの国の人を構成しているのでしょうか? 人種3大分類でいうと、どういう比率でどのカテゴリに近いのか?
教えてください。

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A 回答 (3件)

まず、参考URLにあるように、最近は「セム・ハム語族」という言い方はしなくなりました。


一応、旧来の言い方に従うと、
1.セム語で現在最も「有力」なのは、アラビア語ですから、繁栄の歴史については、アラブ史の本を読まれるといいでしょう。
2.言語と国民を対応させるのは、歴史的に言葉が変わったりするので、難しいのですが、乱暴に言えば、我々が「アラブ人」と呼ぶ人達ですね。それから、ユダヤ人もそうです。
ハム語は、アラブ化される前にエジプトで話されていたエジプト語や、北アフリカの(アラブ人の進入以前から居た)ベルベル人の言葉(ベルベル語)などが入ります。
3.「どういう比率でどのカテゴリに入るか」というご質問の主旨が今ひとつよくわかりませんが、アラブ人はコーカソイド(いわゆる「白人」と同じ)に分類されます。(というか、これも今は、学問上は、人種という分類自体、ほとんど意味がない、という考え方が主流になっているので、「分類されていた」という言い方の方が正しいでしょう。)

参考URL:http://www.tufs.ac.jp/common/fs/asw/ara/arabiago …
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
このような言い方自身しなくなってきているのですね。

お礼日時:2006/06/27 09:53

旧約聖書の創世記5に書いてあります。

「ノアが五百歳になったとき、ノアはセム・ハム・ヤペテを生んだ。」大洪水の後人類の父となったノアの一族の歴史を聖書で見ることができます。この3人の息子が伝統的に三大民族の先祖とされていますね。ちなみに、日本人はセム系だそうです。詳しくは参考URLや聖書で調べてみてください。日本人のルーツについて探ったことがありますが、ご自身で調べてみてください。おもしろいですよ。

参考URL:http://dateiwao.fc2web.com/hebmong.htm
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この回答へのお礼

おもしろいHページありがとうございます。
旧約聖書にでえてくるんですねー!!(昔若い頃抜粋版を読んだことがあるんですが、明確な記憶が無かった)

お礼日時:2006/06/27 14:31

ハム語族は、主に北アフリカにいた人達の言語ですが、現在は、セム語族に属するアラビア語が多数派を占め、衰退してしまっています。



セム語族では、アラビア語がほとんどを占めますが、その他に、ヘブライ語、エチオピア語、ソマリ語などがあります。

セム・ハム語族を併せて、アフロ・アジア語とも言います。

人種的には、ほとんどがコーカソイドですが、エチオピアやソマリアなどでは、コンゴイドになります。

歴史的には、フェニキア語やアッシリア語なども、セム系の言語になります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/27 14:30

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Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Qイスラエル人ってユダヤ人なの?

タイトルのとおりです。中東問題の番組をみてて気が付いたんですが、イスラエル国民について教えて下さい。

1.イスラエル国民=全員ユダヤ人ですか。
2.人種的には白人ですか、アラブ系ですか、基本的に。
3.宗教的には全員ユダヤ教の信者ですか。 イスラム教や仏教を信仰するイスラエル人っているんでしょうか。
4.ユダヤ人のために建国した国がどうしてユダヤって言葉を国名に使用しなかったでしょうか。
5.パレスチナ人って全員イスラム信者でしょうか。
6.よくパレスチナ難民っていいますが、彼らのパスポート発行はどこが行なっているんでしょうか。
7.パレスチナ人は、例えば漢民族とかクルド族とか一緒で、民族性でいえば全員同じ民族なんでしょうか。

HPをみても難しいので、簡単にご回答願えれば幸いです。

Aベストアンサー

一般に、民族とは文化的背景、特に言語を共有する集団を指します。共通の言語は共通の生活領域を前提とすることが多いので、結果的に、民族は同一人種から構成されることになります。しかし、ユダヤ人は例外です。
ユダヤ人は2000年前に国家を失ってから世界各地に離散していたので、言語や肌の色に共通点はありません。ユダヤ人とは、原則的には「ユダヤ教徒」からなる宗教的集団なのです。
※それでは「ユダヤ教徒」とは何かということが問題になりますが、複雑過ぎてここでは深入りできませんので、ユダヤ教徒を自認する集団でも、その奉ずる教義によってはイスラエル当局からスンナリとイスラエル国籍を付与されない場合があることだけを指摘しておきます。イスラエル当局のいう「ユダヤ教」とは、端的にいえば、神殿時代(以降)のユダヤ教を指しています。

現在、イスラエルは、ユダヤ教徒およびユダヤ人の母親から生まれた子供をユダヤ人と認め、国籍を付与しています。後者がユダヤ人とされる理由は、ユダヤ人女性は自分が生んだ子供をユダヤ教徒として養育する宗教的義務を負っていることにあります。よって、日本人も、ユダヤ教に改宗すればユダヤ人になることができます(教義や歴史に関する難しい試験や、宗教指導者による面接などがありますが)。

イスラエルには、ユダヤ人=ユダヤ教徒以外にも、キリスト教徒やイスラム教徒である国民が存在します。なぜなら、現在イスラエルの領土となっている土地には、古くからユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒が混住していたからです。しかし、現在では、ユダヤ人=ユダヤ教徒が圧倒的多数を占めていることは確かです。

人種構成はさまざまです。ユダヤ人=白人というイメージとは裏腹に、アフリカ系(黒人)やアジア系(黄色人種)のユダヤ人も存在します。なお、言語についても、公用語であるヘブライ語を解さず、出身地の言語しか話せないユダヤ人も多数存在します(特に、旧ソ連崩壊後に入国したロシア系ユダヤ人)。

イスラエルという国号についてはすでに回答されています。宗教的な意味のある国号です。

パレスチナ人とは、パレスチナ地方の住民を指す言葉です。すでに指摘したとおり、パレスチナ地方にはもともとユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒が混住していました。民族的には、アラブ人(アラビア語)、ユダヤ人(アラビア語・ヘブライ語)及びキリスト教系少数民族が存在しました。しかし、ユダヤ教徒であるパレスチナ人はイスラエルに迎え入れられたので、現在のパレスチナ人は多数のアラブ人とキリスト教系少数民族からなっています。

パレスチナ地方は、その大部分がイスラエルに、一部がヨルダンに併合させました。ヨルダンが併合したのは、ヨルダン川東岸といわれる地域です。この地域に住んでいたパレスチナ人は、幸か不幸か、ヨルダン人としてヨルダンの旅券を所持することができます。

参考URL:http://homepage.mac.com/ceramic_tsuka/rekisipage.html

一般に、民族とは文化的背景、特に言語を共有する集団を指します。共通の言語は共通の生活領域を前提とすることが多いので、結果的に、民族は同一人種から構成されることになります。しかし、ユダヤ人は例外です。
ユダヤ人は2000年前に国家を失ってから世界各地に離散していたので、言語や肌の色に共通点はありません。ユダヤ人とは、原則的には「ユダヤ教徒」からなる宗教的集団なのです。
※それでは「ユダヤ教徒」とは何かということが問題になりますが、複雑過ぎてここでは深入りできませんので、ユダヤ教徒...続きを読む

Qゲルマン民族の大移動となったフン族はなぜ・・

歴史の勉強していくと何故?何故?と疑問がわいてきます。またそれを知った時
すっきりします。ゲルマン民族が移動することによって、ヨーロッパに変化が起きましたが、ではそのフン族がいきなり西方へ移動してきたのは何故でしょうか?
いろいろ調べてみましたが・・ゲルマン民族大移動の原因で出てくる程度、しかも
それまでおとなしくしていたのに、いきなり移動したようなニュアンスです・・
どなたか、ご存知のかた教えてください。

Aベストアンサー

フン族についてはアジア系遊牧騎馬民族という位の情報しか正確なものが乏しい民族です。

「きょう奴」が分裂して一部が西進し中央アジアキルギス高原に達して定着した部族の子孫という説があり彼らは多数の家畜を抱え遊牧し、乗馬に巧みで当然騎射に長けていました。
農耕を知らなかったので自然に生える草を家畜の餌にし殆ど生の獣肉などを食べていたといいます。
従って草がなくなれば当然移動して新しい草原を探さねばなりません。
東方は彼らが既に同様な生活習慣で暮らしてきたので草はないことを知っていますから西進するしかなかったのです。  こうしてヴォルガ川にたっし、さらに西進しました。  これには気候の変化説、疫病説など諸説もありますが正確なところは不明です。  この時代の移動速度は緩やかなものでした。

そこには既に東ゴート族が居住していましたから彼らを略奪、抵抗する者を殺しました。
この情報はすぐに東、西ゴート族に伝わり、かれらフン族の残酷さ、騎馬戦術の脅威が過大に誇張されて伝わったため、パニックが起こりゴート族の西方への大移動が起こって次々とゲルマン民族などの大移動が伝播したのです。  この頃は草原の確保より略奪が目的に変化していてフン族の移動は迅速で警報が間に合わない事もよく起こりました。

アッチラというフン族の王が出現し部族をまとめてから、その攻撃力はすさまじいものとなり現在のフランス、イタリアまで侵略された位です。

フン族についてはアジア系遊牧騎馬民族という位の情報しか正確なものが乏しい民族です。

「きょう奴」が分裂して一部が西進し中央アジアキルギス高原に達して定着した部族の子孫という説があり彼らは多数の家畜を抱え遊牧し、乗馬に巧みで当然騎射に長けていました。
農耕を知らなかったので自然に生える草を家畜の餌にし殆ど生の獣肉などを食べていたといいます。
従って草がなくなれば当然移動して新しい草原を探さねばなりません。
東方は彼らが既に同様な生活習慣で暮らしてきたので草はないことを知っ...続きを読む

Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
「このホテルにユダヤ人がいるんじゃあるまいな」という
発言がありました。
シェイクスピアの「ベニスの商人」もユダヤ人です。
チャップリンの初期の映画にもユダヤ人をばかにする人種差別的ギャグがあるそうです。
ヒットラーにも嫌われました。
どうしてユダヤ人は嫌われるのでしょうか?
イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む

Q「世界史A」と「世界史B」の違い

最近ニュースで騒がれていますがこの「世界史A」と「世界史B」
の違いが解りません。何が違うのですか??
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

A・Bの違いで よく言われるのは
Aは 近代が詳しく、Bは 古代から詳しく記載されている
つまり、Bのほうが細やかな歴史までが取り上げられているということです

単に扱っている歴史事項の数が違うだけでなく、教育の目的などにもずれがあります。前近代ではBは各地域のタテの歴史を古代・中世と見ていくのに対して、Aは世界全体として、各地域が他の地域に及ぼした影響、交流の歴史などヨコの歴史に重点が置かれていて、近現代でもBにくらべてAは政治史がやや浅い分、社会・経済や後の時代にどのような影響があったかなどが詳しく書かれています。

Qケルト人以前のヨーロッパの先住民族

ヨーロッパにはもともとどんな民族が住んでいたのでしょうか?
特にフランス・ドイツ辺りの民族について知りたいのです。
ケルト人も民族移動によってガリアの地域に移ってきたそうなのですが・・・
ならばケルト人以前のヨーロッパの原住民とはいったいどんな民族なのか?
ゲルマン系の民族なのでしょうか?
クロマニョン人のルーツはどこへ行ったのでしょう?
新石器時代はいつ頃始まったのでしょう?
ストーンヘンジは誰が築いたのか?
衣食住はどんな暮らしをして遺跡は残っていないのか?
青銅器はいつ頃伝わった?
土器と小麦の伝播は?
などなど、いろいろ知りたいことがいっぱいです。
情報お寄せ下さい。

Aベストアンサー

質問を絞って頂きましたが、満足な回答は出来そうにありません。ヨーロッパの歴史の専門家の登場までの前座としてとりあえず纏めてみます。

結論からいえばケルト以前の先住民社会は新石器時代の人々であり、ヨーロッパ文明の基礎はギリシャ・ローマ文明にありとする人々は、ケルト以前の社会は先史時代として専門書でもない限り大雑把な解説でおわっています。

エジプトで文字が使われ最初のピラミッドが建造された紀元前3,500年ごろのヨーロッパでは文字も青銅器も鉄器も知らない石器時代が続いていました。紀元前3千年ごろエジプトではじまった青銅器文化が前ヨーロッパに広まるのに2千年を要したといわれます。一方、原始ケルト族は紀元前2千年まで遡るものの歴史の表舞台に登場するのは紀元前千年ごろからです。すでに鉄器を知っておりアルプス以北の中央ヨーロッパ全域に展開していました。従って、歴史に登場するヨーロッパの部族は北部のゲルマン、東部のスラブを除いて、ケルトの支族であり、民族名があってもケルト系という括弧つきがほとんです。唯一の例外はアルプス山中に住むバスク人で
彼らの言語は、どのインド・ヨーロッパ語(現在のヨーロッパ語の共通の祖先)にも所属しない謎の民族・言語とされています。

石器時代にヨーロッパ各地に巨石遺跡を残した人々がいますが、彼らの存在は考古学の世界であり、名前があるとしても遺跡発見の地の名前を便宜上つけるもので、
後の民族とは別のものです。ヨーロッパの歴史上の主な出来事はケルト以降と思ってまず間違いないでしょう。*フン族のヨーロッパ侵略、*民族大移動(フン族に圧迫されたゲルマン族の南下

ケルト人は好戦的で当時のヨーロッパで対抗できる民族はいなかったようですが、帝国をつくることを知らず、族長を中心とする小集団の集まりだったため、後にローマ軍に撃破され(シーザのガリア戦記が有名)、又ローマ人とのたびたびの戦争でローマ人の戦い方を学び取ったゲルマン人にも破れました。英国に住んでいたケルト人は侵入してきたゲルマン人(アングロ、サクソン他の支族)に完敗し、今日ではケルトの末裔と言われる人々が英国のウエールズ地方とアイルランドに残っています。

以上、疑問解消に少しでも役立てれば嬉しく思います。

参考URL:http://www1.odn.ne.jp/~can36360/i122.htm

質問を絞って頂きましたが、満足な回答は出来そうにありません。ヨーロッパの歴史の専門家の登場までの前座としてとりあえず纏めてみます。

結論からいえばケルト以前の先住民社会は新石器時代の人々であり、ヨーロッパ文明の基礎はギリシャ・ローマ文明にありとする人々は、ケルト以前の社会は先史時代として専門書でもない限り大雑把な解説でおわっています。

エジプトで文字が使われ最初のピラミッドが建造された紀元前3,500年ごろのヨーロッパでは文字も青銅器も鉄器も知らない石器時代が続いていました...続きを読む

Qユダヤ人はなぜ白人なのか

いま世界中でユダヤ人が活躍しています
しかしユダヤ人と言えば、本当はアラブ風(セム語系 ?)の人種ではありませんか
昔トルコの王様がキリスト教かイスラム教に改宗を迫られて、それでユダヤ教に改宗したのが白系ユダヤ人のはじまりだと読んだことがありますが、どなたか詳しく書いてある本か、説明してくださる方はいらっしゃいませんでしょうか
よろしくお願いいたします

Aベストアンサー

 
  まず、ユダヤ人も含め、アラブ人やイラン人やインド人は、人種的には「白人」に入ります。彼等は「黒人」ではありませんし、「黄色人」でもありません。アラブ人だとかイスラム人だとか、インド人などという「人種」はありません。西欧の白人でも、北欧人やゲルマン人などは、碧眼金髪で肌が白い、またはピンク色の人が多いですが、南欧のギリシア、イタリア、スペイン人になると、目や髪が茶色か黒く、肌も、そんなに白くありません。どこかというと浅黒い感じです。
 
  北欧人やゲルマン人、フランス人などを「白人」だと考えていると、アラブ族や、パレスティナのユダヤ人や、イラン人やインド人は「白人でない」と思えるでしょうが、人種上は彼等も白人です。白人でなければ何人種でしょうか?
 
  次に、東欧系ユダヤ人と、イスラエルが強引に建国した時、パレスティナにアラブ族と一緒に住んでいたユダヤ人は、どうも少し民族系統が違うようです。東欧系ユダヤ人を「アシュケナジ」と言いますが、アシュケナジは、東欧の普通の人や、イギリス・ドイツ・フランスの人たちと比べて、そんなに違った姿をしていません。肌も白いです。他方、アシュケナジでない、パレスティナに古くから住んでいたユダヤ人は、アラブ族のように日焼けしたような肌の色で、目や髪も黒ぽいです。他方。アシュケナジは、白い肌で、青い目の人や、金髪の人もいます。
 
  どうもアシュケナジは、単に、ユダヤから分散した人々というより、少しか、かなり民族が違うのではないかということは、昔から言われていました。「ユダヤ人」の定義というのが複雑で、主に、民族的・血統的なものと、宗教的なものの二つで決まりますが、アシュケナジは、ずっと昔に宗教がユダヤ教だったので、ユダヤ人とされた、別の民族が祖先ではないかと言われています。
 
  イスラエルに関しては、次の用語集を見てください:
  http://www.zion-jpn.or.jp/p0404.htm
 
  また、アシュケナジの起源については、「ハザール王国」という国が、7世紀か8世紀に、カスピ海及び黒海のあたりにあり、遊牧民族のハザール人がいて、彼等が、国をあげてユダヤ教に改宗した後、その子孫がロシアに入り、更に東欧に入って、アシュケナジの祖先になったという説があります。
 
  つまり、アシュケナジは、パレスティナにいた肌がかなり浅黒いユダヤ人とは別の民族だということです。どうも、そう考えると、上でも述べた、西欧・東欧のユダヤ人が、ヨーロッパ現地の人々と事実上区別がつかない理由も説明も付くということです。以下のURLに、「プリェートニェヴァ 『ハザール謎の帝国』新潮社」という本の読書感想が載っています。この本が、東欧ユダヤ人(アシュケナジ)=ハザール人子孫説を紹介しています。
  http://www.horagai.com/www/book/read/read97b.htm
 

参考URL:http://www.horagai.com/www/book/read/read97b.htm

 
  まず、ユダヤ人も含め、アラブ人やイラン人やインド人は、人種的には「白人」に入ります。彼等は「黒人」ではありませんし、「黄色人」でもありません。アラブ人だとかイスラム人だとか、インド人などという「人種」はありません。西欧の白人でも、北欧人やゲルマン人などは、碧眼金髪で肌が白い、またはピンク色の人が多いですが、南欧のギリシア、イタリア、スペイン人になると、目や髪が茶色か黒く、肌も、そんなに白くありません。どこかというと浅黒い感じです。
 
  北欧人やゲルマン人、フラ...続きを読む

Qパレスチナ人、アラブ人、ユダヤ人は同一人種?

パレスチナ人、アラブ人、ユダヤ人は同一人種?
「パレスチナ人やアラブ人というのは宗教上の区別に過ぎず、土着のユダヤ人とは人種的に同一」とウィキにありますが、本当でしょうか?
見た目で区別はつきませんか?ユダヤ人(イスラエル人)は白人のように見えますが。
昔に分裂したので、現在は見た目が違ってきているのでしょうか?

Aベストアンサー

ユダヤ人はユダヤ教を信仰する人々と規定されているようです。
これは明確に民族名ではありません。
民族的にはごちゃごちゃもいいところですが、ヨーロッパを流浪した歴史からヨーロッパ系が多く居ます。

アラブ人は民族名です。
とはいえもともとの起源は多種多様で、アラビア語を話す人々が一つの民族と扱われたような敬意です。
アラブ人の多くはイスラム教徒ですが、キリスト教徒やユダヤ教徒も普通に居ます。
なお余談ですが、イスラム教国の第二の総本山みたいなイメージがあるイランは、ペルシャ人です。

パレスチナ人は、イメージとしては台湾人という言葉を想像するといいと思います。
パレスチナという(国に準じるという意味での)地域に(国?)籍を置く人々です。
人種的にはアラブ人で構成されます。


よってアラブ系ユダヤ人という両方の概念を兼ねた存在もたくさんいます。

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)


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