旅人が教える「旅に出たくなる映画」

よく、歴史上の人物の紹介に「哲学者」という紹介があったりします。

例)ヴォルテール、啓蒙主義を代表するフランスの多才な哲学者

自分もその哲学者になりたいなと思ったのですが・・・。

そもそも哲学者とはちゃんとした職業なのでしょうか?
何かをひたすら考えている間、どこから収入が入ってくるのでしょうか。

いまいちよくわからないのでアドバイスを頂けると幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。

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A 回答 (9件)

単なる経験論ではない哲学は真理を知る学問です。

何の真理かというと、存在の真理です。それには自分自身を知らなくてはなりません。心の奥で行われている生成の運動と、手前にいる自分の意識が、それと連動して良くなったり悪くなったりする、その根本的なつながりが分かるようになると、自分が徐々に分かってきたことになります。カントやヘーゲルもそういった自己理解をもとに自分の哲学を形成しています。プラトンの善のイデアやアリストテレスの現実態は哲学の原理ですが、そういう生の全体を直観して統合された相についての表現です。本来の哲学はよく生きることと、それを可能にする根拠を明らかにしていくものです。哲学者とはそのような真理を体得して、それなりに賢く自由に生きている人たちです。その程度の見識が出来てくると、何かものを書いても真理を模倣するので、真理を知りたい人たちに気づきを与え、人のためになることが出来ます。そうでない場合はやっても意味がありません。もちろん、衒学趣味でダ・ヴィンチコードのようにいろいろなものを混ぜ合わせると本が売れることはあります。

参考URL:http://d.hatena.ne.jp/mk6/
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この回答へのお礼

参考サイトまで紹介してくださって助かります。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 17:24

  「哲學者」といふ職業はありません。

學問をする人達の中で、哲學を專門にしてゐる人を哲學者と言ひます。
  哲學を飯の種にしてゐる職業人は澤山ゐます。一番多いのは「教員」でせう。我が國の大學では、教養科目の一つとして哲學の講義が行はれますので、その教員が必要です。そこでは、當人が哲學をしなくても、哲學史や、哲學に纏はる知識を切り賣りすることで仕事になります。文筆家の中にも哲學を種にしてゐる人達がゐます。我が國では、哲學が何か高尚な難しいものだと言ふ思ひ込みが普及してゐて、「辨證論」とか、「現象學」とか、難しい哲學用語を振り回すことで、容易に原稿料が稼げる世界があります。
  哲學以外の學問でも、事情は似たり寄つたりです。大學は學問の府などと言はれますが、大學で行はれてゐるのは「職業としての學問」で、それは「學問としての學」に近いものを扱ひますが、「大学教授の行動が學者の行動そのもの」といふわけではないことは確かです。
  「哲學者」といふ肩書きは、一般に、「會社員」とか、「野菜販賣員」といふよりも、見榮へが良いので、憧れる人も多いのですが、質問者の場合は、「哲學をしたい」のか、「哲學者と呼ばれたい」のか、ご自分の氣持を定める事がまづ第一かと思ひます。
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この回答へのお礼

 

お礼日時:-0001/11/30 00:00

 ソクラテスの場合はクサンチッペなる悪女と結婚したが故に、又、サルトルの場合はボーヴォーワールと"愛情"を育んだが故に、哲学史に名が残っていますから、"悪"があっても"愛"があってもその状況を上手く、活用すれば"哲学者"への道が啓けるかも知れません。



 法律家になりたければ司法試験に合格しなければならぬ訳ですが、"哲学者"の場合は(少なく共、日本では)無試験ですからね。

 思索を深めるのを習慣化し、知的命題(?)に関する書を著すのも一法かと思います。

 有触れていますが、テーマの1つとして人生(or死生)について考え始めたら如何でしょうか?
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この回答へのお礼

そうですね、回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 17:24

自分に言わせれば、逆にそんな職業があるのか疑問です。


質問の中で例に取り上げられているのは、おそらくウィキペディアの文章ではないかと思うんですが、本文は
>ヴォルテール(Voltaire, 1694年11月21日 - 1778年5月30日)は、啓蒙主義を代表するフランスの多才な哲学者、作家。
となっています。なんだか後ろにくっついていますね。その先を見てみると、
>その後、文学、哲学、歴史学など多様な分野の第一線で活躍し、…
などと書かれています。さらに他のサイトを覗くと、「劇作家」「詩人」という紹介までありました。

作家なんてまたうまく表現したなぁと思いますが、確かに彼の主な仕事は著述だったみたいですね。面白いのは、その時代としては過激な政治行動や、数学者とグルになって宝くじで香具師まがいの金儲けをしたというところです。
一体どこに有徳で思索に専念する高貴なヴォルテール像があるんでしょう? 残念ながら自分には見つけられません(笑)。こんな人、昔でも今でも「ちゃんとした職業」に就いているとは言えないですよね。

「哲学する」ということが何かについて考えることなら、もちろんすべての人間が哲学しているはずです。学問としての哲学であれば、学生・研究者・大学教授が哲学する人ということになるでしょう。でもそれだって、それこそラーメン屋でもできないことじゃありません。
回答の最初に戻りましょう。もう一度言いますが、「哲学者」という職業があるのか自分にはわかりません。まして「ちゃんとした職業」であるとはこれっぽちも思いません。
>何かをひたすら考えている間、どこから収入が入ってくる
という状況は、奴隷制に支えられて豊かな文化を築いた古代ギリシアの学者たちを思い起こさせますが、それでも「何かをひたすら考えること」自体に対してお金が支払われていたのではないようです。実際は、多くの人が教育に従事していたらしく、現代と似ていますね。極端なことを言えば、お金が必要だから職業に就くわけで、よほど資産があって働かないで思索し続けられるのであれば、「哲学者」という職業に就いていようがいまいが、そんなこと気にすることもないでしょう。

つまり、自分なりの最も端的な回答としては、「何かをひたすら考えること」自体にお金を支払われることはないという意味で「哲学者」という職業は存在しない、となります。あくまで上記の例や他の回答者さんのおっしゃっていることは、著作や教授業でお金を得ている人が主であるということです。
ラーメンを作ったり詩を書いたりすることに収入が伴ってくるのとは違って、それ自体に金銭的価値がないいとなみが「哲学すること」ではないでしょうか。質問者さんにもこれはできるでしょう。しかし、「哲学者」というのはある人物の姿を簡単に言い表すためのただの符号で、この職業に就くことはできないと思います。
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この回答へのお礼

そうです、ウィキですね。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 17:23

 「哲学者になりたい」とのことですが、どういう理由でそう思われたのでしょうか・?


 他の職業もそうでしょうが、単なる憧れだけでは前途は厳しいのではないか・・・と考えます。
 「哲学」は、広く人間や世界を思索によって探求し、その意味や原理を解明しようとする営みです。日頃からそのような方面のへの関心や興味、好奇心が旺盛で、それらを知的に探求しようとする強い姿勢がなければ、所謂職業としての「哲学者」にはなれないのではないでしょうか?
 また、「職業としての哲学者」と書きましたが、優れた哲学者の多くは、当初から「職業としての哲学者」になろうとしてなったわけではなく、人間や世界を知的に探求・考究し、その思索の過程で得られたものを著書として世に問い、或いは大学などで講義して紹介し、「結果として哲学者とよばれるようになった」というのが実相だと思います。
 勿論、「哲学するのが好きで、それを職業にしたい」という選択肢はあり得ますし、可能です。他の回答者も言及されているように、大学教授になったり哲学書を出版したりして日々の糧を得るというのは、最も一般的な方法であり、姿です。
 ただ、その場合でもやはり、性格的・根本的に、「哲学する」という営みに対する真摯な取り組みや愛がなければ、継続することは不可能ではないかと・・・。
 要は、あなたがどれだけ、「哲学」というものに対して心血を注げるか・・・ということです。
 単なる憧れだけなら、よほどの僥倖にでも恵まれない限り、人生を破綻させかねませんが、「哲学」が好きで、これで一生を送りたい・・・と心底決意されるなら、自ずから開ける道もあるかと思います。
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この回答へのお礼

参考になります。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 17:22

哲学者というのは、本当の意味の芸術家と同じで、職業じゃなくて存在です。

ラーメン屋でもサラリーマンでも哲学を探求していれば哲学者です。
他人から哲学者と呼ばれたかったら、他の方と同じ回答ですが大学の哲学科の教授にでもなって哲学本の一冊でも出すのが手っ取りばやいんじゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

そのくらいなものでしょうか。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 17:21

「哲学者」謎ですね~。



実際に哲学者にお会いしたことがないので
多分に想像ですが、

「思想の芸術家」とか
「科学の詩人」ってイメージがあります。

仙人のような暮しか
ホームレスとかに混じっているのかな?

自給自足か、慈善活動をして得た人徳で
貢いで貰った食料だけで生きています。

結婚もせずに禁欲生活。
慈善活動以外は無駄に働きません。
労働は自由な思考の邪魔になるからです。

生活の面倒を見てくれる弟子が見つかれば
幸運な哲学者でしょう。

想像ですから!(逃)
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この回答へのお礼

 

お礼日時:-0001/11/30 00:00

学校で哲学を教えたり(大学教授とかですね)、哲学書を書いて著作料をもらう・・・。


なんてところが収入源ではないでしょうか。

哲学者になろうと志すのであれば、まず自分で調べたり考えたりした方が自分の為になる気がします、Goobleなどでもすぐわかりますよ。
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この回答へのお礼

やはりそんなものでしょうか。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 17:21

哲学を究め、そこから収入を得たいなら、


大学の教授などになるしかないと思います。

あとは本を出して、そこから収入を得るとか。
たかがしてれるでしょうけど・・・。
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この回答へのお礼

大学教授か本ですか・・・まあ確かにぱっと思いつくのはそれくらいですね。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 17:20

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Q哲学科で勉強することって???

高校を卒業したら大学に進学しようと思っている高校2年生です☆☆
どの学部に進学しようか迷っているときに、哲学科がある大学があることを知りました。
哲学に興味があったので、そういう学科で勉強したらおもしろいんじゃないかなって思ったんです。
でも、哲学科という学科があるということを知っているだけで、どういうことを勉強しているのかを全く知りません。
そこで!!哲学科に通う学生さん、もしくは哲学科で何を勉強するのかを知っている人はぜひ教えてください!!!!
自分でも大学のパンフなどで調べたのですが、より詳しい情報とかもお願いします!!

Aベストアンサー

おはようございます。
私は哲学科を卒業した者です。
皆さんが言われているとうりです。
大学によりますし、また、講師によってもかなり違ってきます。
つまり、高校までの授業とは違い、大学になると学ぶ分野が細分化されて、
学生が自分で学びたい科目を選択してゆくことになります。とくに3・4年ではそれが顕著になってきます。
教授たち自信、自分が研究している分野があって、その分野に強いわけですから、その分野のことを講義してきます。
もちろん人によりけりで、一般的なことを話す講師もいれば、専門的なことを
話す講師もいます。

ですので私が大学に進学するときには、自分の学びたい教授のいる大学に進むものがいました。

一口に哲学といっても意味合いが広すぎます。
それは古代ギリシアの自然哲学者たちが「なぜ」と考えること自信を学問とし、
その考えることを「知を愛する」ことである「philosophy」と名づけました。
その思考することである学問から、数学や音楽、天文学などが生まれ、哲学は
「万学の女王」と呼ばれています。

しかし、現在、哲学も細分化され、皆さんの言われている分野が主な研究対象となっています。
形而上学や、科学哲学といっても、一般の人には全然ぴんと来ないでしょう。
ここでそれを語ろうとすると、はっきり言ってきりがありません。
哲学とは定義づけすることの難しい学問ですから、その領域もとても広いのです。
また幾多の哲学者もさまざまな謎を出し、疑問に答え、論理を導き出しています。
その考えを知るだけで、途方もない時間が必要です。

抽象的なことばっかり言っていますが、これが「哲学とは何か」に対する答えだと思ってください。
しかし、あまり漠然とした答えでは何の参考ともなりませんので、さわりを少しだけ。


この世になぜものが存在するのか、そしてそのことを人間はなぜ認識するのか、どうやって認識しているのか。
また、目に見えないもの(神・真理・無限・絶対・永遠)は存在するのか。
有と無の関係。世界はどういう原理で作られているのか。 
そして、人はなぜ生まれてきたのか、どうやって生きていくべきなのか。


と、大雑把ではありますが、こういうことを考える学問です。
以上のものは主に古代哲学からの疑問ですが、現代では、
論理学や科学、数学なども絡み、さらに難解です!
その論文などは日本語で書かれていても、とても日本語とは思えません。
はっきり言って、実際学ばないとわからないと思います。
明確な答えが出ない物事を、真剣に思考するという、恐ろしい学問です。

1・2年の一般教育では、主に「哲学史」「哲学者の考え」を聞くこととなるでしょう。
そして、3・4年で、専門的な事を学び、自分の納得のいく答えを探すこととなります。


ただ、卒業したら社会の中、実生活では、正直役に立ちません。
ですので、#2さんの言われるとうり、変な人が多いのが特徴です。
もちろん普通の人もいますが、他の学科と比べてやっぱり・・・

よく哲学は「ごみの山」だと言われます。
ぜんぜん役に立つものはないのですが、その中に、ひょっとすると、
すごい宝があるのかもしれないと・・・

あなたは、哲学に興味がある時点で、かなり変わった人です。
ぜひ、そのまま哲学科へと進み、その生き方、考え方に磨きをかけてください!

まだ言いたいことは山ほどあるのですが、きりがありませんので、これくらいで。


最後に、哲学がいかに現実離れしているかの実例としてよく引き合いに出される
哲学の開祖タレスの2つの逸話で〆たいと思います。

「あるときタレスは天体観測のため空を見つめて歩き、熱中のあまり前方の井戸に気づかず落ちてしまった。この事件について、足元のこともわからないのに天のことばかり知りたがるのは滑稽だとトラキア人の女奴隷に笑われた。」

                        プラトン 『テアイトス』

「タレスが貧乏であったことから、世人が哲学などは生活に何の役にも立たないと
非難したところ、彼はその天文学の知識からその年のオリーブの豊作を察知し、
早いうちにミレトス中の搾油機を安く借り集め、時期が来て人々が必要としたとき
高く貸して大もうけした。」

                       アリストテレス  『政治学』  

おはようございます。
私は哲学科を卒業した者です。
皆さんが言われているとうりです。
大学によりますし、また、講師によってもかなり違ってきます。
つまり、高校までの授業とは違い、大学になると学ぶ分野が細分化されて、
学生が自分で学びたい科目を選択してゆくことになります。とくに3・4年ではそれが顕著になってきます。
教授たち自信、自分が研究している分野があって、その分野に強いわけですから、その分野のことを講義してきます。
もちろん人によりけりで、一般的なことを話す講師もいれ...続きを読む

Q哲学科に進学したことをとても後悔している

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すのを聞かされるだけで、こんなことなら、法学部にでも行って、
趣味で哲学書を読んでいた方が、よっぽどマシだったのではないか
と今になって気づきました。

そして、哲学科であると言うと、周囲に奇異な目で見られることが頻繁にあり、(たとえば、文学部で英文学を専攻しているというのと、哲学を専攻しているというのでは、明らかに相手の反応が異なる。)
それが原因で、元々内向的だった性格が更に内向的になり、
情緒不安定な状態になっています。

哲学専攻の同級生は、哲学研究者を志望するとても勉強熱心な優等生タイプと、哲学は単位を取るのに必要なだけ手際よく勉強し、一流企業への就活にエネルギーを費やすタイプに二極化しています。しかし、
自分はそのどちらでもなく、いたずらに無為な日々を送っています。

このまま大学を卒業して、「哲学科卒という十字架」を一生背負って生きていくことに底知れぬ不安を感じます。このまま文学部哲学科を卒業するべきなのか、疑問を感じています。中退や編入も真剣に考慮し、某旧帝大の経済学部の編入試験に合格したのですが、なぜか、入学辞退してしまいました。

現在、自分は4年生で卒業間際ですが(就活はしなかったので、
内定は得られず、卒業後の進路は未定です)
自分が今選択に悩んでいるのは、
一このまま哲学科を卒業する
二今からでも、哲学科卒という経歴を回避するために卒業せずに、
他大学他学部への編入を再び目指す、あるいは中退してしまう
という選択をどうするべきかということです。

勿論、以上のような悩みは神経症・強迫症的な悩みであり、
自分の精神的未熟さや弱さが基底にあることは自覚しています。
また、大学で哲学を専攻すると決定したのは、自分自身であり、
誰に強制されたわけでもありません。

それゆえ、自分の悩みが嘲笑とともに、黙殺されるのも覚悟しています。だが、自分にとっては、非常に深刻な問題で、日々、過去の進路選択への激しい後悔と、将来に対する不安に、押し潰されそうなのです。

自分自身で色々考えていても、思考が堂々巡りをして、
突破口を見出せない状態が続いております。
そこで、皆様から、多角的な視点からのアドバイスを頂ければ、
幸いです。何卒、よろしくお願い致します。

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すの...続きを読む

Aベストアンサー

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくらいに思うしかないと思います。
できれば、偏見の目で見られているからこそ、発奮していい就職をしてやるぞ、
と思いきることができればよいのですが。
哲学科の友人がそうでした。

日常生活であれば、てきとうに切り返す方法を身につけるしかありません。
そういう場面での偏見は、抑圧ど同時に促進になったりもするので、
かえってそういった偏見を生かしてうまくキャラづけするか、
うまくそういう話題にはまらないように言動を調整していけばよいと思います。
仲のいい友達からそう思われているのであれば、
コミュニケーション上の振りだと考えていけばよいのでは。
そこまでするような相手でなければ、話すことを避けるか、
無視すればよいと思います。
無視できないのであれば、それは、耳に飛びこんできた自分への評価を、
すべて自分のなかに位置づけていかないと、
と強迫的に思っているのかもしれません。
ときには、評価を無視することも大事だ、
と意識して自分に言い聞かせるようにしないと、切りがありません。
自分にたいする肯定的な評価、否定的な評価のどちらについても、
正当として受けいれなければならないもの、
不当として拒否し、正さねばならないものに加えて、
正当だろうが不当だろうがどうでもいいものがあります。
その辺りを選別していければ、だいぶ気が楽になるのではないでしょうか。

カリキュラムについて。
哲学の本を読むと、その語学力に舌を巻きます。
日本語で読んでさえ複雑な論理で書かれていて難しいのに、
それを英語だけでなく、フランス語やドイツ語で学んでいるわけで。
専門家になれば、ただ正確に読めればよいというわけではなく、
限られた時間で正確に読み解くことが求められるのでは。
語学の学習があるというのは、
本来なら個人で訓練してもおかしくないところを、
わざわざ教員がつく上に単位が出るのだから、むしろ贅沢な話では。
……という感じで、各授業に意味を見出せばよいと思います。
この語学の講義では、これを目標にする、のように。
予習も、ただ読むのではなく、短時間で読みきれるように練習するなど。
そうでないと、語学が多いのは辛いかもしれません。

ただ哲学書を読むだけなら、ほかの学部でもできると思いますし、
がんばれば今年出た現在の哲学者の論文を読むこともできます。
しかし、その論文の生の評価、いまの雰囲気といったものを知るには、
やはり哲学科に在籍しないと無理なのではないかと思ったりもします。
部外者として哲学をかじっていたほうが楽しいのは当たり前で、
研究者になるための訓練としては面倒なことのほうが多いだろうと思います。
加えて、教員にやる気がなかったりすると、
学生のほうも面倒なことをやる気さえ起きないかもしれません。
ただやはり、質問者さんについては、部外者ではなく哲学科で学ぶメリットに
まったく目を向けていないところが気になりました。
哲学科に在籍していなければ、もっと後悔しているかもしれません
(どちらのほうが後悔することになるかはわかりませんが)。

いずれにしても、後悔先に立たずということで、
まずいまの自分の立場を肯定するところから始めてみては。
メリットを最大化し、デメリットを最小化する方向に努力するしかありません。

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくら...続きを読む


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