シラノ・ド・ベルジュラックの中で、シラノが即興で詩を詠みながら子爵と果し合いをする場面がありますが、その時に、「粋な姿はセラドンか、スカラムージュの素早い身ごなし。」というセリフがあります。

スカラムージュは道化師の名前。セラドンは詩劇の中の登場人物であることくらいしかわかりません。この、「セラドン」と「スカラムージュ」は何に登場するどういった人物像なんでしょうか? 

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A 回答 (3件)

再度お邪魔します。


セラドンですが、chukanshiさんの情報に補足です。
その「アストレ」の恋人の名前がセラドン(Celadon)だそうです。
セラドンが青磁の色の名になったのは、もともとはアストレがこの色の服を着ていたことから、ウェッジウッドがこの色の自社製品に「セラドン」の名を冠したことに始まるとのことです。

実は、セラドンには実は下敷きになる話があったようです。ローマ時代にオウィディウスという人物が、変身に関する話ばかりを集めて作った「変身譚」(メタモルフォーゼ)という全15巻の物語詩を書いたそうですが、その中の登場人物のひとりにCeladonという人物がいるそうです。

また、古典音楽好きの友人によると、ウィリアム・クロフトというイギリスの作曲家が、「セラドン」という名前のカンタータを作曲しているそうです。17世紀末から18世紀にかけての音楽家で、讃美歌や室内楽の佳作を多く残しているそうです。内容はよくわからないのですが、上記「アストレ」の内容を踏まえたものではないかと思います。ただ、こちらはCelladonとつづりますので、無関係の可能性もありますが。
下記のサイトで少し試聴できますので、雰囲気(だけ?)でも味わってみてはいかがでしょうか。なかなか美しい音楽です。

参考URL:http://www.adelaidebaroque.com.au/listen.htm
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この回答へのお礼

え…、わざわざ調べていただいたんですか?ありがとうございます。(^-^;
どうもこの「アストレ」を探さないと、イメージがハッキリしないですよね。
私が勝手に思い描いていたセラドンとは、ちょっと違う人相の様な気がしてきました。(私は名前の印象から騎士の名前だろうと勝手に思いこんでました。) ローマ時代の物語もなかなか興味深げです。
さらにカンタータにまで唄われている所を見ると、セラドンは物語にしてその人物像を語りやすい何某かの魅力を持っているのだろうと思います。
まったりした雰囲気がよくてカンタータにも興味が・・・ (^-^;

お礼日時:2002/03/02 15:27

セラドンについて。


『17世紀フランスの田園恋愛小説『アストレ』の主人公』
だそうです。
下記のページに、ちょっとだけ出ています。
色の名前でもあるそうです。

参考URL:http://homepage1.nifty.com/kristall-plus/con1/rg …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。(^-^
“セラドン”で検索すると、この青磁のことばかりでてきますよね。
どうして東アジアの青磁にセラドンの名前がつく事になったのかその経過はよく分かりませんが、ロマンティックなデザインなんでしょう…ね?
この「アストレ」が、文庫かなにかで読めたらいいんですけど、どうなのかな…
探してきます。(^-^;

お礼日時:2002/02/28 17:04

私が知っているのは「スカラムーシュ」の方だけですが…



「スカラムーシュ」(濁らずに”シュ”です)は、ラファエル・サバチニという人が書いた同名の娯楽小説の主人公です。
フランス革命の時代を背景に、(確か弁護士だった)才能あふれる青年モローがひょんなことから官憲に追われることとなり、旅芸人一座にまぎれて道化師「スカラムーシュ」として復讐の時を待つ、といった内容の、ロマンスありアクションありの娯楽巨編です。もちろん、邦訳も出ています。
クィーンの有名な「ボヘミアン・ラプソディ」という曲にもスカラムーシュの名前は出てきますね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。(^-^
これはなかなかおもしろそうな話ですよね。
軽い身ごなしの例えに登場するのですから、相当颯爽としている青年だと思うんですけど。
海外の小説などは、翻訳のし方に癖があったりするのでなかなか手が出ないんです。(^-^;

お礼日時:2002/02/28 16:57

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Q「空の大怪獣ラドン」のここがわからない

古い特撮映画「空の大怪獣ラドン」を観ました。
十分に楽しめたのですが、いくつか不明の点がありましたので、お聞きします。

1.「超音速で宙返りするのがどんなに難しいことが知っているのか」という発言がありました。現在の飛行機でも難しいのでしょうか?
2.一度だけラドンが口から何かを吐いて街を破壊していましたが、あれは何でしょうか?白い霧のようなものでした。
3.最後のシーンで、ラドンはどうしてマグマに落ちてしまったのでしょうか?そのまま飛び去ればよかったのに。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
ラドンはゴジラ、モスラに次ぐ超メジャーな存在にもかかわらず、比較的情報量が少なく謎の多い怪獣です。

 2の熱線についてですが、一瞬口から吐いたように見えますが実はよく見るとバックの建物か何かが火を噴いて壊れる映像とかぶった為ラドンの口から火が出ているように見えた錯覚のようです。
後に平成になってから何度目かの復活を果たした時、熱線を吐くように進化していたらしいですが、なぜプテラノドンの末裔がそのような身体構造になったのか、あまりにも説明不足で必然性のない設定ですね。

3のラストシーンですが、実際は不可抗力によるアクシデントだったにせよ、見事にドラマチックな映像に仕上がっており、映画という虚構の世界で見るならば撮影時のエピソードよりも後付けされた設定の方を重視するべきだと思います。
つまりラドンというのは原始生物ながら高度な精神性を持っており一夫一婦制を取る生き物で、相手に対する愛情は生存本能を上回るほどで、自分も焼け死ぬ覚悟で相手をかばうという一面を最後に見せ、映画の中の登場人物や映画の観客に深い同情と「人間ばかりが正しいのか?」という怪獣映画普遍のテーマを掲げているのだと、我々は子供心に感動したものです。
これが本当に計算外のアクシデントによるものだったとしたら、映画の神様が舞い降りたんでしょうね。

そして問題なのは1の超音速宙返りなのですが、現実には不可能なこの現象を、「超音速で宙返りするのがどんなに難しいことが知っているのか」と言う台詞によって物語にリアリティーを持たせようとしていますが、ではなぜラドンにはそれができるのかという説明はありません。ジェット戦闘機に不可能なものならラドンにも不可能だと思います。
答えは「ラドンだから」としか言いようがありません。
この怪獣はそれに限らず他にも航空力学や物理では説明の付かない能力を持っています。
翼竜という構造にもかかわらず、後にX星人に拉致られてX星連れて行かれたときにも、真空の宇宙空間を見事に滑空しています。反重力で浮かぶことのできるキングギドラなら判りますが...。(余談ですが、このときゴジラも窒息していません(^^)

このように、調べれば次々と謎が出てくる、意外と奥深い怪獣ですね。

こんにちは。
ラドンはゴジラ、モスラに次ぐ超メジャーな存在にもかかわらず、比較的情報量が少なく謎の多い怪獣です。

 2の熱線についてですが、一瞬口から吐いたように見えますが実はよく見るとバックの建物か何かが火を噴いて壊れる映像とかぶった為ラドンの口から火が出ているように見えた錯覚のようです。
後に平成になってから何度目かの復活を果たした時、熱線を吐くように進化していたらしいですが、なぜプテラノドンの末裔がそのような身体構造になったのか、あまりにも説明不足で必然性のない設定...続きを読む

Q物語の登場人物と、倫理

 文学作品に限らず、なにかしらの物語を読むというとき、
 「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」(たとえば、「物語の主人公が悪人→だから、この作品はくだらない」というような評価はアリエナイ)
 というのは、現在、何かしらの物語を読み、評価するときのごくスタンダードな立場だ、と認識しています。私自身もまあまず殆どの場合、そのような読み方をする読者でありますし、私が会話する相手にもそのような読者であるということを期待します。

 しかし、こういった「読み」の在り方は、特に物語の読者となるための基本的な教養として共有している層と共有していない層がいるよな、ということが最近どうも気にかかるようになってきました。言ってみれば、小説を読む/マンガを読む/映画を観るということの「メディアリテラシー」の在る層と無い層という言い方もできるのかもしれませんが、この問題は意外と複雑な議論を含みうるような気がしています。私自身、それがどういった議論になりうるのか、ということを、まだあまり整理して考えられていないのですが、

 そもそもこういった「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」といった<読み方>の態度の要請は、おそらく極めて近代的な<読み方>の態度なのではないか、という気がするのですが、

(1)こうした<読み方>の態度は一体いつごろから普及したのか
(2)誰が、どういう理屈を掲げて言い始めたのか
(3)この<読み方>に対する論争史のようなものはあるのか

といったことをご存じの方がいらっしゃったら教えていただけませんでしょうか。シャルチエなどの近代読書行為論みたいな領域で扱われてそうな気もするのですが、どうもそちらのほうに詳しい知人がいないので。

 宜しくお願い致します。

 文学作品に限らず、なにかしらの物語を読むというとき、
 「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」(たとえば、「物語の主人公が悪人→だから、この作品はくだらない」というような評価はアリエナイ)
 というのは、現在、何かしらの物語を読み、評価するときのごくスタンダードな立場だ、と認識しています。私自身もまあまず殆どの場合、そのような読み方をする読者でありますし、私が会話する相手にもそのような読者であるということを期待します。

 しかし、こう...続きを読む

Aベストアンサー

補足欄及びお礼欄、拝見しました。
お礼欄に記入があった旨のメールが届いたのは3/3だったんですが、何を書いて良いものやら……、と、一週間悩んでいました。

若干これまでの経緯を整理したいと思います。

まず質問者さんの最初の問題意識というのが

「登場人物の行為を道徳規範に照らし合わせて読むことは、文学作品を読む上で好ましくない読み方である。」という考え方は、近代になって、「文学理論」の成立とともに、誕生したのではないか。
この命題が登場した起源・背景を問いつつ、この命題の正当性を再度検討してみたい。

というものだったように思います。

それに対して、そもそも「道徳規範」抜きには「読む」という行為は成立しない、というのが、わたしの一貫した考え方でした。読み手は、それぞれの身体に刻み込まれた「ハビトゥス」を元手に、象徴体系としてある「文学の森」に分け入っていくのです。それぞれの「道徳規範」に照らし合わせないでは、テクストを理解するどころか、先を読み進むことさえできない。

問題は、読み手自身が作品を「鏡」として、自らの身体に刻み込まれた「ハビトゥス」としての「道徳規範」にいかに気がつくか、それが一地方的な、一時代的なもので、「自分の(あるいは人間の)本質」でもなんでもない、ということに気がつくか、ということです。

ところが、このような読み方というのは、ある程度の訓練が必要になってきます。そうでなければ、読み手がすでに持っている「道徳規範」に照らし合わせて読むだけに終わってしまい、そうなれば読書は「道徳規範」を強化・補強する以上の意味を持たなくなってしまうからです。そしてまた、それ以上の読みに耐えられない作品も、山のようにあります。

あくまでも「文学(批評)理論」というのは、多様な「読み」の可能性を開くものでなければならない。そのためにあるのです。

ですから、

> 作品論をやりすぎることで、受容の実体的な状況論がないものにされてしまうのではないか?

というのは、まあ「実体的な状況論」なんて言葉が出てきちゃう時点で、正直、わたしは頭を抱えちゃって、語るべき言葉を失います。だって、「状況」なんて、いかなる意味でも「実体」なんかじゃないですか。
それを「読む」視点を離れて、いったいどんな「実体的状況」があるんですか?

サバルタンのことも書いておられますが、現にそこにいるのに誰も気がつかないのが、サバルタンなんです。そうして、問題は「語り得ない」、さらに耳にも入ってこないサバルタンの声を、どうやって聴き取るか、ということなんです。

> むしろ、「悪者」というよりも、スピヴァクがサヴァルタンの「語り得なさ」を指摘するような意味で、文学は「語り得ない」ものの位置に置かれてしまうのだと思います。

意味がわかりません。

> 極めてドイツ教養主義的なものにかぶれた一高生徒が自殺したとしても、それが不幸であったのか、幸福であったのか。我々はおそらく「語ることができない」。

なんで他人が「幸福であったか、不幸であったか」なんてことが言えるんですか?
そもそも、そういうことを「語る」必要があるんですか?
これを問題にしようと思えば
・「幸福」をどのように定義するのか。
・「ドイツ教養主義」とは、そもそも何であるのか。
・一高生の当時の日本における社会的・歴史的な地位。
・一高生における「ドイツ教養主義」の受容のなされ方。
そして何よりも、これがなぜ語り手にとっての「問題」になるのか、ということをまず、問題にしなきゃならないんじゃないか。

> 社会に対する影響論的な問題を「語ってはいけない」ものとしても同時に現れてしまう。

そうなんですか?
むしろ、「社会に対する影響論的な問題」というかたちで取り出した時点で、それは文学としての問題ではなくなってしまってるんじゃないんですか?
文学の問題というのはむしろ、「語ってはいけない」ではなく、そこにあることすら気がつかないことを、ほかのやり方では語り得ない方法で物語ることなのでは?
そうして、説明するのではなく、示すことによってそれをしようとする文学が示すものを「読み」、そこからさらにそこから理解の及ばない部分を見つけていくのが、文学評論なんじゃないか。
わたしはそんなふうに思っているのですが。

> 作品を読む、という行為は、読者によって自発的に選び取られる行為だということになっています。

わたしはそうは思いません。
「自発性」なんてものは、「自由意思」と同じで、わたしたちが仮に「あることにしている」もののひとつでは?
わたしたちはどんな意味においても、自由に作品を読んでいるわけではありません。

> もちろん作品は、単純な「原因」の側に置かれるのではなく、無数に開かれた読みを持つ作品―読者が、相互に自己触媒的に作用して、一つの信念が形成されていく

…作用して」までは同感です。
だけど、信念なんてものが形成されるものではないと思いますけれども。
さっきも書いたように「理解の及ばない部分」を新たに見つけていく、ってことじゃないかと。

補足欄及びお礼欄、拝見しました。
お礼欄に記入があった旨のメールが届いたのは3/3だったんですが、何を書いて良いものやら……、と、一週間悩んでいました。

若干これまでの経緯を整理したいと思います。

まず質問者さんの最初の問題意識というのが

「登場人物の行為を道徳規範に照らし合わせて読むことは、文学作品を読む上で好ましくない読み方である。」という考え方は、近代になって、「文学理論」の成立とともに、誕生したのではないか。
この命題が登場した起源・背景を問いつつ、この命題の正当...続きを読む

Q日本で怪獣文化がはやる理由は?

1960年代に第一次怪獣ブームがはやったそうです。
これは「ウルトラQ」「ウルトラマン」のTV放送で、毎週テレビに怪獣が登場したからだそうです。
しかしそれ以前の映画を調べてみますと、ゴジラ、モスラ、バラン、ギララ、ラドンなど多くの怪獣映画が存在します。
他国には例のないことだと思います。
怪獣もので共通するのは、「巨大な怪獣が大暴れして都市を攻撃する」というテーマですが、
どうしてこういう設定がはやったのでしょうか?
そして現在までも怪獣は創作され続けています。
日本人の怪獣好きは、どこから来るものなのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本には、古くから妖怪伝説が残っている地域と、一切無い地域があります。
例えば出雲、石見、吉備地方には、強烈に残っていますね。
八岐大蛇は出雲、たくさんの妖怪伝説、もののけ姫は石見、八つ墓村も岡山です。
共通点は、後に新羅となる辰韓からの渡来系民族が主に住む地域という点です。

元は大陸のツングース系の狩猟民族といわれていますので、民族固有の文化が背景にあるのでしょう。
中京地方や信州も新羅系民族が多いようです。

ウルトラマンの制作者はどちらの出身かわかりませんが、そうした文化を持った人たちがつくったのではないでしょうか?

中国南部など南方系出身の民族の地域は、あまり妖怪伝説はみかけません。

ゴジラのように原爆が出てきたり、ウルトラマンが都市を破壊したのは、当時は都市がホットなテーマだったからです。
現在の中国で、上海をぶっ壊すドラマができると、田舎の人や、都会に出てきた田舎出身の人は、盛り上がると思います。
都会のビルや構造物に、デリケートなメンタリティが圧迫されていたので、それをぶっ壊すと、すっきりしたのでしょうね。

現在の日本は、身体感覚へのリアリティが失われつつあります。
自分に値段を付けて売春をしたり、ホストになったりするのも、自分の肉体感覚の希薄化が背景にあると思います。

日本には、古くから妖怪伝説が残っている地域と、一切無い地域があります。
例えば出雲、石見、吉備地方には、強烈に残っていますね。
八岐大蛇は出雲、たくさんの妖怪伝説、もののけ姫は石見、八つ墓村も岡山です。
共通点は、後に新羅となる辰韓からの渡来系民族が主に住む地域という点です。

元は大陸のツングース系の狩猟民族といわれていますので、民族固有の文化が背景にあるのでしょう。
中京地方や信州も新羅系民族が多いようです。

ウルトラマンの制作者はどちらの出身かわかりませんが、そう...続きを読む

Q『エマ』の登場人物

ジェイン・オースティンのエマを読んでレポートを書こうとしたのですが、(ビデオも見ましたが)、『エマ』の中の登場人物が多くてややこしくて理解不能でした(・・;)

なので、誰か『エマ』の人物のついて知ってる人整理して下さいm(._.)m

あと、最後エマがハッピーエンドを迎えるって事でいいんですよね?

お願いします!!!

Aベストアンサー

<つづき
「エマ」の姉の夫の兄弟の「ナイトリー」はそんなエマを見守り、現実認識の甘さを指摘する。その間登場人物同士いろいろあり、「エマ」はずっと兄のように思っていた「ナイトリー」が自分のことを深く愛していることに気づきまったく結婚願望がなかったエマが求婚を受け入れる。「ハリエット」は「ロバート」と結婚しハッピーエンド。ポイントは自信過剰な「エマ」が自分の価値観を人に押し付けて失敗し、人間的に成長するというところですかね~。

Qゴジラ率いる地球怪獣軍団とエンペラ星人が戦ったら、どちらが勝つと思いますか?

題名の通り、ゴジラとその仲間達の地球怪獣軍団が、ウルトラマンメビウスのラスボス、エンペラ星人に束になって掛かった場合、彼らはエンペラ星人を倒せるか、あるいはエンペラ星人に返り討ちにされるのか、
個人的に、不可能を可能にするゴジラは、宇宙怪獣を倒したことがあるので、怪獣総進撃の如く、エンペラ星人を倒してしまうのではないかと思います。
ちなみにここで言うゴジラ率いる怪獣軍団のメンバー構成は、以下のようなものです。
ゴジラ、アンギラス、バラン、ラドン、モスラ(成虫)、マンダ、バラゴン、ゴロザウルス、ミニラ、クモンガ、キングシーサー、メカゴジラ(機龍3式)

皆さんの意見をお待ちしています。

Aベストアンサー

現実味を持った回答になり、面白くも無いでしょうが、こう言う企画が…この場合は東宝が著作権の関係で映画制作するでしょうが、
途中どんなに、ウルトラマンメビウスのラスボス、エンペラ星人がゴジラとその仲間達の地球怪獣軍団に勝利しそうになっても、例えシリーズ化されて1話で地球怪獣軍団の負けに終わったとしても、2話・3話で必ず地球を守り地球の勝利に導くと思う。
ファンも許さないだろうし、映画芸術は観る人の希望を失わないようにしなくては、その価値も問われるだろうから…何より、それが懐かしい世代と子供の純粋な感性を裏切ってはならないと思うから、何が何でも地球怪獣軍団が勝利を導くだろう。

Q『ライ麦畑でつかまえて』の登場人物について

『ライ麦畑でつかまえて』について研究しています。

Q1 新刊の『ライ麦畑のミステリー』では、主人公ホールデンが気にかけていた家鴨だけでなく、タクシーの運転手ホーウィッツ(Horwitz)や魚が注目されていました。大学の教授にHorwitzがヘブライ語で何か意味があるのではないかと疑問を投げかけられました。本当にヘブライ語と関係があるのでしょうか?

Q2 ある『ライ麦~』サイト(URL不明ですみません)で、ホールデンにはViolaという妹がいると書かれていました。本の中には登場してないはずですが、サリンジャーのことなので、別のもの・人で象徴・比喩しているのかもしれません。

本やネットで色々調べていますが、なかなか役立つ情報が得られません。何かご存知でしたら、ご協力お願いします。

Aベストアンサー

以下の参考URLのサイトなんぞもちょこっと覗いてみてはいかがでしょう?
探せば、もっとありそうですが、取りあえずの参考まで

あとは、ネットではなくて、紙の本ですが
おもしろそうですよ。 

★「ライ麦畑」の正しい読み方
ホールデンコールフィールド協会 (編集)

★『ライ麦畑でつかまえて』についてもう何も言いたくない―サリンジャー解体新書
竹内 康浩 (著)

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4870315521/qid=1121http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0465.html

Qアメリカやヨーロッパでは、ウルトラ怪獣は 人気がないのでしょうか??

ゴジラ ( やゴジラ怪獣 ) は、外国でも、人気があるようですが、
ウルトラ怪獣は 人気がないのでしょうか??
(東南アジアなどでは人気があるようですが、
 アメリカやヨーロッパなどでは人気があるとはあまり聞きません)

ウルトラ怪獣の方が、数は 圧倒的に多いですし、
ゴジラ怪獣と同じか、それ以上の 個性やデザインの
怪獣や宇宙人がたくさんいるのに、
人気があるとは あまり聞いたことが無いのですが、
映画と、テレビの 媒体の 違いが 大きいのでしょうか?


ゴジラやラドン、ガイガンなどは人気があるのに、
レッドキング、ゴモラ、バルタン星人、
ピグモン、メフィラス星人、エレキング など・・・
は 人気がないのでしょうか?

Aベストアンサー

初代ウルトラマンはアメリカで放送されていたので、それなりに人気があるようですが、個々の怪獣の人気は、たしかにあまり聞かないですね。

初代ウルトラマン以降はセブンとティガが放送されたそうですが、どちらも吹き替えがひどくて(オリジナルのキャラクター設定を無視したオヤジギャグ連発の酷い吹き替えだったそうです)、すぐに打ち切られてしまったそうです。

そのせいで人気がある反面、安っぽいB級のイメージもあるので、個々の怪獣の人気まで結びついていないのかもしれません。

東南アジアとアメリカ以外ではブラジルとかでも放送されていたことがあるので、やはり人気があるようです。

単純に日本で知られてないだけで、これらの地域では案外人気があるのかも?

ヨーロッパは・・・・どうなのかな? あっちで放送されてたという話は、あんまり聞きませんね。

http://www.youtube.com/watch?v=rClDI3yWG94&feature=related

Q藤沢周平『蝉しぐれ』の登場人物について

藤沢周平の『蝉しぐれ』の主人公・牧文四郎の実家の兄である
服部市左衛門の“市左衛門”はどう読むのでしょうか?

現在、個人的にこの作品の一部を翻訳しているのですが、
“いちざえもん”なのか”しざえもん”なのか分からず困っています。

教えていただけると助かります。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「蝉しぐれ」・・・素晴らしい作品ですよね。夢中で読みました (^^)/

以下のリンクを参照してください。

参考URL:http://home.catv-yokohama.ne.jp/vv/kamanari/semisigure/index.htm

Qウルトラ怪獣 を 作った 高山良策 さんたち について

 高山さんは、ウルトラ怪獣のウルトラQから、帰ってきたウルトラマンのツインテールくらいまで、造形を担当されたと、詳しい人から、聞いたのですが、
その後の怪獣、(ウルトラマンエースからウルトラマンレオ)の造形は、どなたが主にされたのでしょうか?
 色合いが、カラフルになったりして、よく、「高山怪獣」と呼ばれているものと、また、別なデザインや味わいがあって、こちらも好きな怪獣、宇宙人などが多いです。 べムスター、エースキラー、バキシムなどなど・・・ 

また、ゴジラに登場する怪獣(キングギドラ、ラドン、ガイガン、メカゴジラなど)のデザインと、造形は、また、違う方がされたのでしょうか?

 ゴジラのデザインは、よく、書籍に載っていて、円谷英二特技監督も関わっていたそうですが。

 詳しい方、いらっしゃいましたら、教えていただきたいのですが。

Aベストアンサー

高山先生は、ウルトラQのペギラがウルトラ怪獣初造形です。
ウルトラマン・ウルトラセブンまでの3作品は、先生のほかに、エキスプロダクションと
円谷プロ美術スタッフでローテーション造形しています。

高山先生は恩師の大橋先生の関係で、ピープロダクションの造形の方が多いです。

帰ってきたウルトラマン以降は、東宝特撮美術スタッフ、開米プロダクション、
ヒルマモデルクラフトなどが担当しています。

くわしく書き込むと、とても長くなりますので、補足がありましたらまたお願いします。

Q小説の登場人物の名前の設定について

文学賞の応募のため、とある歴史上の人物をモデルとした「小説」を書いています。

事実と創作と混在します。
この場合、登場人物の名前(主人公とその他登場人物)を実際の氏名を使用したほうがよいのか、虚構の氏名にすべきか迷っています。

史実が6割というところです。
個人的には、実際の名前を使いたいのですが、識る人には事実と違う場面も多い。

創作(小説)なので、どちらでもいいと言えば、それまでなのですが……

Aベストアンサー

例えばゲームの「戦国BASARA」や「信長の野望」をどう考えるか、と
同じような問題だと思いますよ。

これらは確実に歴史上とは違った結果になりますが、登場人物の名前は
史実そのものですよね。でも、プレーヤーは全く違和感なくプレイして
いるわけです。

要は「ゲーム内でその人物がきっちりとリスペクトされているか」で
判断すればいい話ではないんでしょうか。


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