どこかで見たのですけど、西洋人は長いドレスをしたまま排便するのだと見ました記憶があります。
匂いを消すため香水の匂いがきついのだと・・・

小説が好きで、特に西欧史モノが好きなのですが読むたびに疑問に思ってたのです。
風呂はどうなってどこにあるのか、トイレはどこにあるのかなど・・・
昔はタライなのでしょうか。
庶民は大浴場なのでしょうか。

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A 回答 (6件)

 


  まず、西欧の中世で、長いドレスを纏っていたのは、王侯・貴族・富裕階級の人々で、庶民はそんな豪華なというのか、脱ぐのに手間のかかる衣服は着ていませんでした。
 
  日本の中世・古代の貴族などのトイレは、大別、「かわや」という一種の水洗トイレと、もう一つは「容器」を使っていたようです。「かわや」というのは、一般庶民も使っていましたが、川の上に小屋などを造って、そのまま流れるようにしたもので、貴族の邸宅のかわやは、人工の流れを造って、それを利用したようですが、主流はやはり、「容器(おまる)」であったようです。
 
  西欧もこれと同じような感じで、かわやはなかったと思いますが、「穴」が空いていて、という方式と「容器」で、この両方とも、ターゲットがはっきりしていると、かなり厚い衣服を着ていても、その部分だけを露呈して、穴なり容器のなかに落とせばよい訳で、特にドレスを脱ぐ必要はなかったと云えます。また、「下着」というのは、いまでいう女性ならショーツの類ですが、ああいうものは近代以降で、昔は、下着もスカート状で、ショーツを脱ぐ手間もなかったのです。
 
  「穴」の場合は、その先はどうなっていたかというと、大体、地面にそのまま落下のようです。蓄積設備や、下が川になっているなどの例もあったかも知れませんが、あまり、そんなことは考えていなかったようです。衛生概念が大分違うのです。
 
  匂いを消す香水は、日本でも中世貴族などは、香を炊いていたりしていたようですが、西欧の場合、二つか三つの事情があります。一つは、日本は亜熱帯気候で、湿度や温度が高く、頻繁に身体を水や湯で洗わないと、汗などで、どろどろになって来たり不快感がきわめて大きいのです。しかし、西欧は温帯または亜寒帯にも一部入っており、温度も夏でも低いですし、何よりも「湿度」が低いので、汗をあまりかかず、結果的に、風呂などに入る習慣がなかったとも云えるのです。古代ローマ人は、温泉や大銭湯(カラカラの浴場)などを造って、風呂好きでしたが、イタリアは地中海性気候で、西欧(フランス・イギリス・ドイツなど)と少し気候が違っていたのと、文化風習の違いがあったのでしょう。ただ、イタリアの方が風呂に入る必要があったのは気候的に云えます。
 
  西欧中世人は、風呂に入らないし、身体もあまり拭わないので、垢がたまって来て、身体から異臭が漏れて来るのですが、これを防ぐために、西欧の上流階級では、香水・香料をかなり頻繁に使いました。体臭を消すために使っていたのです。
 
  もう一つ、西欧はキリスト教文化で、また衛生概念や病気の治療などについて、古代ローマよりも後退していました。キリスト教文化では、たてまえ上「清貧」を美徳としたので、贅沢をしている一方で、清貧も守るというおかしなことになり、外見の衣服は贅沢であるが、下着は、半年に一度着替えるだけだとか、おかしなことをしていました。カトリーヌ・ド・メディシスだったと思うのですが、1年間交換せずに着続けて、真っ黒になった下着を、清貧の証だと、人々の前に示し、人々が感銘したという話もあります。
 
  事実かどうか確認していないのですが(そういう記述を読んだのですが、本当かと思ったということです)、ベルサイユ宮殿にトイレがなかったのは有名ですが、「容器」を使って、中身を棄てればよい訳で、もっと簡単には、庭などで、貴婦人はドレスをまとったまま、小の方はしていたというのがあります。そのため、高い靴の方が、はねかえりがかからないので、異常に高い靴が、貴婦人のあいだで流行したというのですが、これは真偽不明です。
 
  中世のパリでは、一般にトイレは常設設備としてなかったはずです。容器にして、それを貯めておく桶のようなものがあって、回収業者が集めていたというのはあるかも知れませんが、こんな制度がきちんとあれば、パリの衛生状態はもっとよかった訳で、実状は、容器に出して、中身は、窓から、外の街路に放り投げたというのが一般でした。中世(17世紀、またそれ以前)のパリやロンドンなどの大都市の衛生施設はこういうものなので、道路は、排泄物がいたるところにあり、生活廃物も道路に棄てたので、牛馬の糞なども混じって、悪習芬々たるありさまで、足下をよほど確保しないと、パリなどの道路は、歩けなかったという事情があるようです。また、道路には、馬車の車輪の幅に応じた窪みがあり、馬車が道路を通過する時は、この窪みに轍を乗せて走ったのです(これは古代ローマの道路もそうでした)。(雨が降ると、道路は汚物が流れる川になったという話もありますが、西欧は雨自体が少ないのです)。
 
  都市ではなく、田舎の場合は、いまも世界の非常に貧困な差別されている人たちがしているように、衛生施設などなく、その辺りの野原などで、用を足していたか、容器を使うかしたのでしょう。人口密度が小さいので、あまり不衛生にならなかったのでしょう。
 
  風呂は、基本的に貴族などは、自家用を持っていたかも知れませんが、あまり入浴しません。シャワーというか、お湯を沸かして身体を拭うこととか、お湯を大きなたらいの浴槽に入れて、そこで入浴していたようです。これは貴族や富裕な者の話です。(庶民は、お湯や水で身体を拭っていたのでしょう。冬季の場合。夏は、川などで泳いだり、行水すればよいのです)。
 
  パリなどでは、「風呂屋」があったという記録があります(大浴場ではありません。また日本は風呂屋は、江戸時代ですが、結構たくさんありました。夏は個人は行水ですが、冬になると、なかなか、風呂を沸かすのもたいへんです)。個人個人では、なかなか湯を沸かすのでもたいへんなので、銭湯のようなものがあったということです。風呂が沸くと、それを告知して風呂屋の者が、声をかけに街に出て、住民はそれに応じて風呂に出かけたようです。田舎だと、燃料にそれほど困らないので、お湯を沸かすというのも、結構あったでしょう。ただ、全般的に、現代もそうですが、西欧人は、風呂には頻繁には入りません。気候が乾いているというのがその理由でしょう。
 
  中世では、色々な意味で生活施設や衛生施設が整っていたのは、修道院で、例えば、修道士は、一人一台の寝台で寝る権利がありました(逆に言うと、庶民は、藁の上に布などをかけたもの、またはそれもない藁の上で、みな雑魚寝していたのです。寝台がある場合でも、二人・三人・四人と一緒に寝るので、窮屈で仕方なかったと言います)。修道院は、古代からの知識を蓄積していましたし、衛生思想や医療知識にも豊かで、修道院は風呂(風呂というのは、水を入れて、下から熱するのではなく、普通には、容器に湯を注いで、そこに入るのです)を設備していましたし、普通、医療所なども備えていて、付近の住民が修道院の医療を頼みにしていたというのもあります。修道院の場合は、トイレの施設もそれなりのものを準備していたようです。
 
  (これは、文庫クセジュだったと思うのですが、『中世の生活』とか、「生活の世界史」の『中世西欧』の巻だとか、その他、色々な本で読んだことを元に記しています。日本や古代ローマの話は、別の出典があります。……なお、大都市の記録はあるのですが、それ以外は資料が少ないのです。西欧の中世大都市は、人口密度が高過ぎて、生活の利便性や衛生などへの配慮が追いつかなかったのです。また大都市には、貧困層が流れ込み人口が増え、余計に不衛生になったのです)。
 
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この回答へのお礼

少女漫画や西欧小説でトイレのコトが書かれていないのは美しいという理想像を壊すため書かれていなかったのですね。

とても参考になりました^^
どうも有難う御座います

お礼日時:2002/03/03 18:59

ちょっとご質問の想定からははずれるかも知れませんが…



カルロス・チポッラというイタリア人の衛生史研究家が、ペスト大流行の背景調査のなかで、1620年頃のフィレンツェの衛生状況について書いています。

それによると、当時およそ人口8万人だった同市では、排泄物によるすさまじい悪臭に満ちていた、とされています。各家にはそれぞれの家の「糞尿溜め」(要はバケツ様のもの)があり、修道院の場合には特に通りに直接つながる排水溝がある場合もあったそうです。

職業としての「糞壷さらい」と呼ばれる人々が、金をもらってこの糞尿溜めから排泄物を汲み取り、「固形物」と「液体分」に分け、前者を肥料として農民に売り、後者をそのまま川に捨てていたそうです。捨て方が悪く、橋の欄干が汚れて悪臭が漂うこともしばしばあったといいます。

当初、糞尿の引き取り賃は家主の負担だったそうですが、後に借家人の負担となると、貧しさ故に引き取りを依頼できず、糞尿溜めを溢れさせてしまうことになり、その結果井戸を汚染してしまう例がかなりあったそうです。

風呂について特段の記述はありませんが、排泄物の臭いに加え、染物屋や皮なめし業の臭い、屠殺場の臭い、滅多に体を洗わない人の臭い、家畜の糞の臭い…などで都市の悪臭はかなり耐え難いものであったように描写されていますから、風呂に入らないものがかなり居たと考えていいのでしょう。
また、貴族階級でもシラミやノミのもたらすペストの被害と無縁でなかった事から見て、入浴の程度はさほど庶民とかわらなかった、と言えるのではないでしょうか。
フィレンツェ衛生局は、これら糞尿の処理問題に加え、不潔に根ざした伝染病との死闘を長期にわたって強いられたそうです。
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この回答へのお礼

何故排便をそのままにしたのかかなり不思議ですね。

細かく教えてくださってどうも有難う御座います^^
雑学とか大好きなのでとても面白かったです★

お礼日時:2002/03/02 18:28

屋外の場合は、その場で。


屋内の場合は、何かにいったん収納したあと、そとに捨てる。
城砦の場合、戦闘に入ることも考えてか、場内にはトイレがあったもよう。
城砦の図に、今のに近いのを見たことがあります。ただ、もちろん水洗ではなく、穴が開いていて、下にストンと落とすだけの形でした。

中世ヨーロッパにおいて、トイレ事情は問題大有りで、病気の蔓延にもつながり、そのあとになって改善されたみたいです。
もっと詳しいことがお知りになりたい場合は、以下のようなサイトや本が参考になると思います。


http://www2.health.ne.jp/library/3000/w3000576.h …
http://www.toto.co.jp/tips/2000/01/05.htm
http://www.mlit.go.jp/crd/city/sewerage/intro/se …

「やんごとなき姫君たちのトイレ 」
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/ws …

その他の参考文献リスト
http://www.toto.co.jp/aqua/master/info/contents/ …
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この回答へのお礼

URLはとても参考になります。
どうも有難う御座います!

お礼日時:2002/03/02 18:23

何年か前に「やんごとなき姫君たちのトイレ」という本を読んだのです。

そしたら、長いドレスのまま・・とかお城のなかのあちこちで・・とかいうのがでてたような記憶があります。
また、お城が湖のそばにたっているのは、トイレで用を足すと湖に落ちるようになっているから・・とか。他にもいろいろ、トイレ事情だけじゃなくて性事情(?)なんかも載っていたように思います。
ほかにも「やんごとなき姫君たちの寝室」とかシリーズがあるようでしたよ。今も売ってるのかな?

もしかしたら同じ本を読んだのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

私は確かテレビでやってたガリバーの冒険らしきものを見たのだと思います^^

面白そうなので探してみます!

お礼日時:2002/03/02 18:21

百万人のお尻学:山田五郎著:講談社という名著がありましたが最近、装いも新たに・・・



【百万人のお尻学】(講談社+α文庫 刊/1998年6月) ・・・が出ています。

なかなかアカデミックでいい本なです。お薦めです!
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この回答へのお礼

お尻学ですか^^
興味深いので探してみます。有難う御座います

お礼日時:2002/03/02 18:19

ベルサイユ宮殿にトイレが無かったことは有名な話ですよネ。

舞踏会のときも紳士淑女たちはダンス場の隅や庭で用を達していたのですネ。
トイレは屋外のどこでも自由ですし,室内では‥
少し以前の中国の上海が近い状態だったのではないでしょうか?
一般家庭にはトイレはなく,バケツに用を達して,それを窓から外にぶちまける‥
これが普通だったのではないかと想像できますネ。
日本の感覚は世界で最も清潔好きだと考えてよいでしょう。
入浴にしても中性ヨーロッパなどでは週に一度入浴するのは「清潔好き」と見なされていたようですから。
川で沐浴,シャワーを浴びる‥それだけですよネ。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

シャワーなんてあったのですか??

お礼日時:2002/03/02 18:18

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Q細い便について

最近気になり始めたのですが、便が細くなった気がします。
そして細い便は大腸がんなどの症状であり、非常に不安です。
症状は、
・便が親指くらいの細さで、色は茶色から黄土色の中間。やや柔らかく、量は一度に出て、とぐろを巻く勢い。排便には苦労せず、排便後はとてもスッキリする。
・1日に二回から三回でることもある。ごくまれに下痢にはなる。
・二週間前にお腹が張った感じがあり、なかなかスッキリしない日が二、三日あったが毎日排便はした。当時は野菜不足だった。そのあと、野菜を多くとることで今に至る。
・長年の切れ痔あり。
・昨日、目に見えないくらいの微量の血を便の表面に確認。
・タバコは半年前まで一年間吸っていた。禁煙してから太った。
・熱はない。たまにふらつく(精神的な不安から??)
・今までで便秘に悩んだことはない。むしろ快便だと思っていた。

とりあえずこんな感じです。皆さま、何かご意見をよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

非常に調子いいではありませんか
便が親指くらいー普通です、スパゲッテイになれば心配です
血が便の表面ー長年の切れ痔のせいです、中に混っていれば心配です、ほじくって見てください
排便後はとてもスッキリーうらやましいです
たまにふらつくー立ち眩み程度は普通です
毎日排便、ごくまれに下痢ー調子いいと思いますー便秘はよくないです
大腸がんなどの症状ではありません
大腸がんはまずポリープができてそこから出血します
前の回答のように大腸がん検診は毎年受けてください

Q18世紀の西欧 庶民の風俗、習慣

18世紀のイギリス、フランスなど西ヨーロッパの民俗誌について知りたく思っています。
王侯貴族ではない、また貧民でもない中流階級(?)の服飾、食物、酒、衛生状態、住居、etc.
おすすめのサイト、本などありましたら、紹介してください。また上記の件御存知よりのことがありましたら、御教授ください
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは、はじめまして。

イギリスの庶民の風俗についてですが。
大学時代に教科書として読み、その後も何度も参考にしている本がございます。
「路地裏の大英帝国-イギリス都市生活史」
http://www.amazon.co.jp/%E8%B7%AF%E5%9C%B0%E8%A3%8F%E3%81%AE%E5%A4%A7%E8%8B%B1%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E2%80%95%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E9%83%BD%E5%B8%82%E7%94%9F%E6%B4%BB%E5%8F%B2-%E5%B9%B3%E5%87%A1%E7%A4%BE%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E8%A7%92%E5%B1%B1-%E6%A0%84/dp/4582763812/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1324869427&sr=8-1
図書館に在庫があるのではないかと思います。
9章から成ってまして、
1.都市文化の誕生
2.家庭と消費生活
3.白いパンと一杯の紅茶-庶民の食べ物
4.病気の社会史-工業化と伝染病
5.いざというときに備えて-保険金幼児殺人事件
6.ヴィクトリア時代の家事使用人
7.地方都市の生活環境
8.リゾート都市とレジャー
9.パブと飲酒
特に第5章にある、産業革命期に人口が農村部から都市部に流入し、子どもが幼児期から親元を離れて労働力とみなされ親子間の情愛が希薄となり、同時に出現したばかりの「生命保険」目当ての幼児殺人事件が多発した事例は、大変興味深く読みました。

また最近の本ですが。
「アリスの服が着たい-ヴィクトリア朝児童文学と子供服の誕生」
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_ss_i_0_5?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%9C%8D%E3%81%8C%E7%9D%80%E3%81%9F%E3%81%84&sprefix=%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%9C%8D%2Caps%2C272
これは19世紀から20世紀にかけてですが、イギリスにおいて子供用の衣服というものがいかにして成立し、需要産業になっていったかがよくわかる本でした。

また「西洋服装史」(同じ名前でいくつか出版されています)を、2~3冊並行して読むと、洋服の成立について大体わかってきます。服装史に関しては、大概のアイテムが18世紀にいきなり出現したものではなく、10世紀くらいから流れで読まないと理解しにくいと思います。
服装史は、繊維・材料の歴史でもありますから、絹・綿花などがどのように輸入されていき、植民地時代の大生産を経て価格が下がり、庶民の手に届くようになったかを抑えた方がいいですね。
例えば、18世紀のフランス革命前に貴族社会で流行したダチョウの羽(帽子や髪飾りにした)は、アフリカ大陸に行かないと入手できないものですから、富裕の象徴になっていますね。また、女性のスカートを膨らましたクリノリン(骨組みの輪)は鯨の骨でできていまして、鯨の乱獲につながっていったわけです。鯨があまり捕れなくなると、女性のスカートラインもスリムな方へ流行が移っていったというところが面白いです。

たぶん既にお調べになっていると思いますが、18世紀に書かれた風俗小説や恋愛小説を読むと、登場人物が何気なく行なっている行為から当時のリアルな生活習慣が読み取れます。
現代人が調べて書いた時代小説じゃなく、あくまでも当時に書かれた小説ですね。
デフォー「ロビンソン・クルーソー」や、ルソーの「ヌーベル・エロイーズ(新エロイーズかな?)」など。
ご参考まで。

こんにちは、はじめまして。

イギリスの庶民の風俗についてですが。
大学時代に教科書として読み、その後も何度も参考にしている本がございます。
「路地裏の大英帝国-イギリス都市生活史」
http://www.amazon.co.jp/%E8%B7%AF%E5%9C%B0%E8%A3%8F%E3%81%AE%E5%A4%A7%E8%8B%B1%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E2%80%95%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E9%83%BD%E5%B8%82%E7%94%9F%E6%B4%BB%E5%8F%B2-%E5%B9%B3%E5%87%A1%E7%A4%BE%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E8%A7%92%E5%B1%B1-%E6%A0%84/d...続きを読む

Q細い便と残便感

一年ほど前に、硬い便を排出した時に、肛門に激痛があり、出血しました。痛みが何日が続き、市販の薬を塗布したのですが、しばらくして、痛みが激しくなり、通院し、痔と診断されました。痛みはなくなりましたが、便が細くなり、今でもたまに出血(ペーパーに赤い血がつく)したりします。たまに太い便が出るのですが、最近は細い便ばかりで、排便後残便感があったり、排便回数が増えました。大腸の疾患を疑ったほうがよいでしょうか?

Aベストアンサー

そりゃもう胃腸科に掛かった方がいいですね.怖いからでしょうが,遅れるとそれだけ治療も長引きます.診察を受ければそれ程心配ないことかも知れません.折角症状が出て不具合を教えてくれているのです.

Q西洋史、中世半ばの西欧社会内の変化について。

西洋史の講義「中世半ばに生じた西洋社会での変化と、それが後の近代につながるいくつかの要素を生み出すにいたった過程について説明しなさい。」

という論述課題があるのですがうまくまとまらず困っています(>_<)わかる方がいらしたらお願いします。

Aベストアンサー

中世半ばの大事件と言えば、「ルターの宗教革命」ではないでしょうか。

革命後、それまで贖宥状(しょくゆうじょう)などで、豊かで、権力のあったカトリックが、全く金が集まらなくなり、ケルンの大聖堂などは、建設途中で頓挫しました。

また、ドイツのヴュルツブルクやローテンブルクで農民が立ち上がり、ルターの宗教革命を追い風に農民戦争が起こりました。

その後、大航海時代がはじまり、カトリックは海外へ布教しはじめました。

Q野菜や果物・・・丸いものが細く、細いものが丸かったら?

丸いものが細い・・・
細いリンゴ、細いみかん、細い桃、細いかぼちゃ、細いキャベツ、細いジャガイモ・・・

細いものが丸い・・・
丸いバナナ、丸いきゅうり、丸いサツマイモ、丸いえのきだけ、丸いアスパラガス・・・

もしそんなことになったら、便利ですか、それとも不便ですか?
何を食べてみたいと思いますか?

Aベストアンサー

細い桃は一口で行けそうなので面白いです。
丸いキュウリはお新香には大きそうですね。
中には食べやすくなる物もありそうですが、細いキャベツはちょっと不気味(笑)

Q(西洋史)「ニイル河神の石像に彫りつけられた河魚」とは?

毛色の変わった質問の上、資料不足で済みません。手がかりといって下の記述しかありません。http://mirror.aozora.gr.jp/cards/000150/files/3309_8193.htmlからの抜粋です。

 桜鯛よ。
 網から引あげられて籠に入ったお前は、タニスで発見せられた名高いニイル河神の石像に彫りつけられた河魚のように、いつも横向きになっていて、つぶらな唯一つの眼しか見せていない。(長文です。当該部分はページを開いた後「Ctrl」+「F」で「ニイル」でも検索して下さいませ。)

多分、薄田泣菫は「タニスで発見せられた名高いニイル河神の石像に彫りつけられた河魚」を書籍の図版で見た経験があるのだと思います。これだけで「ははぁ、あの図だな」と分かる西洋史に明るい方は居られますか。この石像は歴史上の重要な資料なのでしょうから今も書籍によっては紹介されているのだと思います。可能であれば書籍を手にとって確認しておきたいです。
著者がこう表現するのは、これだけで読者に通じると考えているからだと思います。些細なようでもありますが、何も判らぬまま読み飛ばすのは「アンタは、いいから」と言われているみたいでよくありません。タニスが何処の都市で何語風の読み方なのかも知りたいです。
よろしくお願いします。

毛色の変わった質問の上、資料不足で済みません。手がかりといって下の記述しかありません。http://mirror.aozora.gr.jp/cards/000150/files/3309_8193.htmlからの抜粋です。

 桜鯛よ。
 網から引あげられて籠に入ったお前は、タニスで発見せられた名高いニイル河神の石像に彫りつけられた河魚のように、いつも横向きになっていて、つぶらな唯一つの眼しか見せていない。(長文です。当該部分はページを開いた後「Ctrl」+「F」で「ニイル」でも検索して下さいませ。)

多分、薄田泣菫は「タニスで発見せ...続きを読む

Aベストアンサー

No.です。
手持ちの本にナイルの神の石像の写真がありました。
文春新書093 「 物語古代エジプト人」 松本 弥著  p41で、大河ナイルの恵みの項です。   カイロ・エジプト博物館蔵。

Q生まれつき細い髪の毛

生まれつき髪の毛が細いのですが、生まれつき細いものはどうしようもないのでしょうか(太くならないでしょうか)?
毛量自体は少なくないと思いますが、細いせいで薄く見えてしまいます。
成長期もずっと細いままでした。現在27歳です。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私もずーッと細い猫っ毛で50年きてしまいました。

ご両親はどうですか?
私は父が同じようなので気になりませんでしたが・・・。

(うらやましがられることの方が多かったです)

Q江戸時代、庶民の旅人は下着などの衣類をどこで洗ったのでしょうか。

江戸時代、庶民の旅人は下着などの衣類をどこで洗ったのでしょうか。
江戸から上方を往復するような一ヶ月くらいかかる旅の場合です。
風呂場では狭いし、それにお客が次々に入浴するでしょうし…。

また、旅籠には浴衣(寝巻き)は用意されていたのでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>江戸時代、庶民の旅人は下着などの衣類をどこで洗ったのでしょうか。

男でも女でもそうですが、必ず、下着は2~3着を用意して旅にでました。男も女も長距離になる場合は、荷篭を手に持つか背中にハスに結わえて旅をしました。
しかし、東海道で江戸から京都までは、通常、男足で15日くらい、女足でも17日くらいでしたので、それくらいの距離であれば、「着たきりスズメ」でした。

まあ、お伊勢参りなどになると、途中で着替えたりしましたが、洗濯は通り道の小川や池の水で洗いました。
では、乾かすのは・・・と、言うと、これは、濡れたままたたんで持ち歩きました。そして、夏であれば、荷物篭の中で自然に乾きましたし、冬ですと、濡れたまま持ち歩きました。
余り着替えをしない状態でした。

>>風呂場では狭いし、それにお客が次々に入浴するでしょうし…。

そうですね。旅籠の風呂では、洗うことは「厳禁」でした。
それは、お湯を使うことと、当時の薪は非常に高かったためでした。
でも、中には「コッソリト」と言うようなちゃっかり者もいました。

>>また、旅籠には浴衣(寝巻き)は用意されていたのでしょうか。

もちろん、これはありませんでした。着たきりスズメのまま横になりました。
また、混雑する宿では、布団なども出してはくれず、相部屋で屏風1枚で仕切りをし、布団も出してはくれませんので、自分の着ていた上の着物を脱いで上掛けの代わりとしました。あるいは、女性などの場合は、そのまま横になって一夜を過ごしました。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>江戸時代、庶民の旅人は下着などの衣類をどこで洗ったのでしょうか。

男でも女でもそうですが、必ず、下着は2~3着を用意して旅にでました。男も女も長距離になる場合は、荷篭を手に持つか背中にハスに結わえて旅をしました。
しかし、東海道で江戸から京都までは、通常、男足で15日くらい、女足でも17日くらいでしたので、それくらいの距離であれば、「着たきりスズメ」でした。

まあ、お伊勢参りなどになると、途中で着替えたりしましたが、洗濯は通り道の小...続きを読む

Q腕が細い!!

何か私ってどうも、他の人達よりも腕が細いみたいなんです。。

私は今、中3なんですが、同じクラスメートりも少し(?)腕だけが細いんです

よ。

でも体重はちゃんとあるのに…。(46キロぐらいです。。)

…はっきり言って、他の人より腕が細いと何か恥ずかしいです。。

どうやったら、腕が太くなるのでしょうか?

また46キロも体重があるのに腕が細いのは、異常ですか?

Aベストアンサー

そうですか~、うーん、じゃあ予想で、
もしも骨太、間接太で細ければ気持ち悪いかもしれませんが、
特に問題は無いと思います。

改善したい場合は沢山食べて、沢山筋トレでしょうか。

体重は普通なのに腕だけ細いのが不安なんですね?
腕が細いと、足まで細いんじゃないかって思われるのが嫌みたいな?
普通なのに腕と比べて太!って思われそうな感じが嫌ーというなら、
その気持ちは分かりますよー。

もしメジャーが見つかったら、測ってみてください。
手首12cm
間接19cm
二の腕(の一番太いところ)20cm
これより細かったらヤバイかもしれません。

Q西洋の建築の歴史の中でどこに興味をもたれていますか

いつもお世話になります。

西洋の建築の歴史の中で、
重要な意味を占めている部分ですが、
大きい流れの中ではどのあたりが重要ポイントでしょうか?
私は、中世からルネサンスへ移行していく時期に
いろいろな発達があったと思うのですが、

知人の子どもに説明をしたいのですが、(小学校6年生)
あまりにも幅がありすぎて、
【簡潔】に説明することができず、困っています。

難しい言葉は使えません。
子どもに説明って、、意外と難しいですね。。。。

Aベストアンサー

難しいですね。

・19世紀まで生き残った柱(オーダー)に着目すれば、ギリシャ建築
・壁を薄くしていく過程という点に着目すれば、フライングバットレスを用いて薄い壁と広い窓を実現したゴシック建築
・機能と装飾の分離という点では19世紀末ウィーンのユーゲントシュティル

あたりがポイントになるでしょうか。そのお子さんが「西洋建築」ということでどういうものをイメージするかを聞いてみて、そのイメージの由来を説明してやるのがいいような気もします。

「ホワイトハウス」とか言いそうだな…。そしたらやはりオーダーを説明することになるのかな。


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