ソフィストの思想史的意義と問題点についてよくわからないので説明お願いします。

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A 回答 (6件)

補足します。


ソフィストの思想史的意義について述べる前に、ソクラテスの思想について。
ソクラテスは、まずいわゆるソフィストたちの不可知論に対して、確かに知らないことは知らないとした。(「無知の知」)ただし、こうして知らないとしたことによって、実は知っていることもあるとした。つまり、知らない知らないだけしか言わないソフィストに対して、道徳的に正しいようなことは衆人一致するはずだとした。(これ自体、本当は古代ギリシアの習俗を抜けていない気がしますが。)ともあれ、不可知論で何も知ることができないという思考法(減点法)から、知らないことも多いけれど知ることのできるものをあげていこうとする思考法(加点法)に転換したことが、何よりも大きいと考えます。この流れは、アリストテレスの自然学への展開を経て、カントの純粋理性批判までつづき、現代まで連なる西洋的科学思想を形成していると同時に、道徳の先生プラトンの流れを汲む神学(キリスト教)の発展を促した、正に西洋というものを形成している根幹であるといえるでしょう。
というわけで、ソフィストの思想史的意義と問題点は、知らない知らないしか言わなかったことによって、いいのか悪いのかは置いといて、現代社会を形作るいわゆる西洋思想を作ってしまうことになった点です。
個人的には、現代科学を含み西洋思想自体、嘘を嘘で塗り固めた嘘っぱちの重ね塗りのような気がしますが、果たしてソフィストの考え方のままだったら、現代の生産的な活動は皆無だったかもしれません。そう考えると、このソフィストからソクラテスへの流れは、人間の歴史の進展する大きな転換点だったのではないでしょうか、と私は考えます。
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 訂正


 「アリスティッポスのニュニク派」…まちがい
 「アリスティッポスのキュレネ派」…ただしい

 ごめんなさい。なんか…Wordって使いにくいの…
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 草葉の陰で泣いている(かもしれない)ソフィストたちを擁護する立場から少々。



 まず外堀から。
 そもそも「ソクラテス」って人がどんな人だったか、よくはわかっていません。さすがに現在ではその実在まで疑う研究者はいませんが、かつて一時期、疑われたこともあるくらいなんです。
 一般に知られている「ソクラテス」像は、プラトンの手になる『ソクラテスの弁明』などを介したものです。つまり「プラトンの目から見た限りでのソクラテス」です。
 ソクラテスの死後、「小ソクラテス学派」と呼ばれる諸流が生まれています。エウクレイデスのメガラ派、パイドンのエリス派、アンティステネスのキニク派、アリスティッポスのキュニク派…の四派が知られています。で、一つ一つ見ていくとバラバラだったりします。快楽主義あり、禁欲主義あり、文明否定あり…と。
 それぞれが「ソクラテスの弟子・後継者」を称しているわけですから、つまりはそうした一面がソクラテスという人物にはあった、ということでしょう。…だとしたら…
「いったいどんなヤツやねん、ソクラテスって???」
 うーん、わからん…ということになります。
 …えーと、つまり、言いたいのは、「ソフィスト」を見てみようとする場合、「プラトンから見たソクラテス、そのソクラテスから見たソフィスト」というのでは、ちょっと、のぞき穴が小さすぎるのではないでしょうか、ということです。

 といって、僕も大学入試は日本史でやったクチですから、「ソフィストの全体像」を捉えるなんていう大それたことはできません。だから、本丸を前に空しく討ち死にするのです。
 …が、少なくとも、彼ら「ソフィスト」が、「それぞれの分野に、それなりの専門知識を持った職業的知識人・ソフィア(知恵)を持つ者」たちであった、というくらいのことは言えます。
 その彼らの中で、弁論術(レトリケー)を専門とした人たちが、時に詭弁を弄することをも厭わなかったことは事実なのでしょう、おそらく。しかし、例えば、明らかに公衆の面前で殺人を犯した黒人男性の被告を、モンダイを人種問題にすりかえて無罪にしてしまう弁護士さん(S・トゥロー『評決のとき』より)なんてのは、どうでしょう? …まるっきり問題がないわけではないとは思いますが、少なくとも彼は無能じゃない。被告の利益を最大限にはかるという与えられた職分を、全身全霊をもって果たしただけのことです。
 ソフィストたちも同じでしょう。それぞれの専門分野で、それぞれの職業意識を自覚しつつ、それぞれの知識を切り売りしていただけのことです。そういう人たちに対して、ソクラテスって人は「《よく生きる》ことについては何も知らない、それを知らないってことを知ってるだけで、オレは彼らより上だ」とかつぶやくわけです。
「つまりね、《善意の第三者》ってのはね、法律用語ではね、とってもイイ人って意味じゃなくてだね…」と言っている人に対して、
「センセ、そんなことどうでもいいから、《よく生きる》ってどういうことか、おせーて」
と、おねだりしていたのがソクラテスというわけです。
 ソクラテスって、考えようによっては、けっこーしつれーなヤツです。

 「よく生きるとは?」というのは、もちろん大事な問いでしょう。けれど、かと言ってその他もろもろの専門分野の知が無意味なもの、軽んじてよいものとは思えません。鉄骨オタクがいなければビルは建ちませんし、鰻オタクがいなければ蒲焼は焼けません。来てくれた客のために、心を込めた一杯のラーメンを出す…そういう生き方に、哲学なんか要らないでしょう。
 ソフィストたちもまた、そういう意味での職業人だったと、僕は思います。

(なお、蛇足ながら。「ソクラテス以前の哲学者(プレ・ソクラティカー)」と「ソフィスト」というのは、必ずしも同じではありません。ヘラクレイトスやパルメニデスは、ソクラテスよりもかなり時代が前の人たちで、「自然哲学者」の範疇に入ります。ゴルギアスは、確かにソフィストの一人に数えられるようです。)
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ソフィストってはじめはまともだったんでしょうか、ともかくソクラテスの批判しているソフィストってのは、要するに弁舌さわやかに何でもテキトーに論じちゃう「ディベート屋さん」ですね。


 かっこいい演説をやっておひねりを貰う職業的レトリック・アーチストです。無意味な言葉のお手玉も芸の内なら、お気に召す結論に合わせて何とでも筋書きを作り出すのもお手の物。ということになると、必然的に価値観を相対化するしかない。決定的な証拠を見せろと言われないためには不可知論しかない。いい加減な比喩を使った論法、情に訴える論法で、論述に飛躍を嵌め込む。一例を挙げて全部がそうだと言いくるめる。(それに対抗するソクラテスも結構飛躍のある論法を使ったりしてますけど。)そういう意味では、反面教師として論理学の必要性を裏付けているとも言えます。
 これって、現代日本の世情、勉強不足のマスコミが情に訴え、人気が全て、何でも相対化しちゃって、バカがバカまるだしでうろついていても恥ずかしくない世の中の事を言っているようにも思えます。とほほ。
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手元に参考書がないので簡単に説明しますが。


意義は最初に哲学を始めた人たちということ。
問題点は、ソクラテスに批判されたりしましたが
要は議論が手段論に陥ってたから。ということでしょうか。

ましかし私は「人間は万物の尺度である」が全てを言い表していると思ってるのですけども。
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ソフィストは、いわゆるソクラテスの出現以前の古代ギリシャの哲学者集団を指し、ソクラテスの思想の成立する土台を築いた人々です。

要するに、素朴な知識論と考えますが、面白い記事を見つけたので、取り急ぎ回答します。
ちなみに、後期ギリシャの懐疑主義者(プロティノスなど)もソフィストと呼ぶことがあるみたいですが、こっちの方はよく知りません。

参考URL:http://www.urban.ne.jp/home/true1/sofies/tetu9.htm
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Q「表現の自由」と「思想の自由」の共存は不可能?

わが国には「表現の自由」と「思想の自由」と言うものが存在します。


その中で例えば、この思想は反社会的で危険だ。禁止する。と言う事があった場合、これは「思想の自由」に反する事と受け止められる時もあります。

しかし、その思想を拒否する思想もあり、それも思想の自由です。結局は、どちらの思想を支持するかの問題で、「禁止する思想」の支持が多ければ、その思想は禁止されます。


これと同じで、表現も言えるでしょうか?


例えば、破廉恥なCMが流された場合、はしたないと思って批判が集まって、そういう類の放送を法律で禁止された。

これは、「表現の自由」に反します。



「思想の自由」では、思想を否定する思想と言うものが存在し、「思想の自由」と言う憲法を保ちながら、思想に制限をかける事は可能ですが、表現を否定する気持ちは、表現ではなく思想の分野で、表現を否定する表現と言うものは存在しないように思います。


つまり、この例で言えば、「思想の自由」を尊重するならば放送は禁止ですし、「表現の自由」を尊重するならば継続と言う事になります。

前置きが長くなってしまいましたが、二つ質問があります。


・「思想」を否定する「思想」と言うものが存在し、それもまた「思想の自由」ですが、「表現の自由」を否定する表現と言うものは存在するでしょうか?


・「思想の自由」と「表現の自由」は同じ憲法に定めるのは矛盾しないか?


答えだけでなく理由も教えてください。
よろしくお願い致します。

わが国には「表現の自由」と「思想の自由」と言うものが存在します。


その中で例えば、この思想は反社会的で危険だ。禁止する。と言う事があった場合、これは「思想の自由」に反する事と受け止められる時もあります。

しかし、その思想を拒否する思想もあり、それも思想の自由です。結局は、どちらの思想を支持するかの問題で、「禁止する思想」の支持が多ければ、その思想は禁止されます。


これと同じで、表現も言えるでしょうか?


例えば、破廉恥なCMが流された場合、はしたないと思って批判が集まって...続きを読む

Aベストアンサー

"「思想の自由」なんて法律、無意味ですね"
   ↑
御指摘の通り、あまり意味はない、という人も
います。
しかし、社会主義のように思想を押しつけたり
する場合もあり得る訳です。
又、日本では、沈黙の自由や謝罪広告の強制が、
これとの関係で問題となったことがあります。

”アルカイダを否定する思想も、民主化を否定する思想も「思想の自由」だと
思うので法律矛盾はしないと思う。結局は、「思想の自由」と「思想の自由」
との戦いなのだと思います。”
   ↑
誤解というか、思想の自由と表現の自由を混同している
ように思えます。
思想の自由とは、両親の自由と一緒になって「内心の自由」を
保障したものです。
思想良心を外部に発表する自由が表現の自由であり、学問的体系の
形をとる場合は学問の自由になる訳です。

”表現を拒否するというのは思想であって、「その表現は嫌だ」と言う
「思想の自由」を遂行している。と言う事です。
その「思想」をもって他人に要求する行為そのものは「表現」ではありません”
   ↑
根底に思想があって、それが外に出ると表現になる訳です。
質問者さんの意見を理解することが出来ましたが、それは
一般に説明されている内容とは異なるようです。

"「思想の自由」なんて法律、無意味ですね"
   ↑
御指摘の通り、あまり意味はない、という人も
います。
しかし、社会主義のように思想を押しつけたり
する場合もあり得る訳です。
又、日本では、沈黙の自由や謝罪広告の強制が、
これとの関係で問題となったことがあります。

”アルカイダを否定する思想も、民主化を否定する思想も「思想の自由」だと
思うので法律矛盾はしないと思う。結局は、「思想の自由」と「思想の自由」
との戦いなのだと思います。”
   ↑
誤解というか、思想の自由と表現の自由を...続きを読む

Qソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違い

ソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違いが
いまいちはっきり分かりません。
レポートの参考にしたいので教えてください。

Aベストアンサー

 あ、ほっといてごめんなさい。考えて見れば、何か発言がないと返事の書きようもないんですね。
 えー、この質問の10こくらい前の方に、12月28日付けの「ソフィスト」関連質問があります。もうごらんになりました?
 それを見て、何かまだ疑問がありましたら、この回答へのコメントという形でお尋ねください。

Q思想の自由について

思想の自由について

思想の自由とは
「憲法が保障する基本的人権の一。人がどのような思想をもっていても、
それを理由に社会的不利益を受けることのない自由。」
とあります。辞書からの引用です。

ここで言う社会的不利益とはどのようなものでしょうか?
教えてください。

また、もしも社会的不利益を受けた場合、もちろん違憲となるでしょうが、
違憲だからなんなのでしょうか?
憲法に違反した人間を訴えればお金を取ったり、刑務所に収容させたりできるのですか?

Aベストアンサー

社会的不利益を与えたのが国か一般私人かで話は少し異なります。

1.国の場合
国が特定の思想を持っている人に社会的不利益を与える方法としては、iこれを弾圧する法律を国会が制定する、iiこれを弾圧する行政行為を行政庁がする、iiiこれを弾圧する裁判を裁判所がする、という3つの場合が考えられます。
裁判所は違憲審査権を持っていますから、裁判所によって、i法令、ii行政行為が違憲無効となります。また国家賠償の対象となる場合もあるでしょう。iiiの場合は審査をする裁判所が違憲なことをしていますから、上級裁判所があれば上訴するか、国民審査などによってどうにかします。

2.一般私人の場合
こちらが質問者様が主に疑問になっておられるところだと思います。
一般私人には憲法が直接適用されることはないというのが今の主流の考え方で、最高裁判所もこの立場にたっています。ですから、違憲だからといって、先に述べた国のように、直接何かが無効にされたりするわけではありません。
ですが、民法などの私人の行為を規律する法律を介して、憲法の保障する思想の自由の趣旨が私人にも及ぼされるのです。ですから、結局は憲法が適用されるのと似たようなことですね。
具体的には、思想を弾圧するような契約は民法90条違反として無効になる可能性があり、思想を弾圧するような行為は民法709条に基づいて損害賠償の対象となる可能性があります。

社会的不利益を与えたのが国か一般私人かで話は少し異なります。

1.国の場合
国が特定の思想を持っている人に社会的不利益を与える方法としては、iこれを弾圧する法律を国会が制定する、iiこれを弾圧する行政行為を行政庁がする、iiiこれを弾圧する裁判を裁判所がする、という3つの場合が考えられます。
裁判所は違憲審査権を持っていますから、裁判所によって、i法令、ii行政行為が違憲無効となります。また国家賠償の対象となる場合もあるでしょう。iiiの場合は審査をする裁判所が違憲なことをしていますか...続きを読む

Qキリスト教の編集史的研究と社会史的研究の質問です

キリスト教の編集史的研究と社会史的研究について質問です。
どのように解釈したらいいのか、イマイチよく分かりません。
アドバイスをお願いします。
回答よろしくお願いします

Aベストアンサー

 こんにちは。

 どうして検索をかけないのですか?

 ▲ (ヰキぺ:編集史研究 ) ~~~~~~~~~
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%A8%E9%9B%86%E5%8F%B2%E7%A0%94%E7%A9%B6
 
 編集史研究(へんしゅうしけんきゅう、独:Redactiongeschichte, 英:Redaction crticism)は、

  聖書批評学の一つの方法である。
  
 単なる伝承の収集者であった聖書記者を、編集者としてみて、その役割を積極的に評価するのが編集史研究である。編集史批評とも呼ばれる。

 1940年代から1950年代までに、ギュンター・ボルンカム、ハンス・コンツェルマンが、マタイの福音書とルカの福音書の著者がマルコの福音書を用いてどのように、自らの神学を表現したかということを論じた。

 ▲ (ヰキぺ:社会史) ~~~~~~~~~~~~~
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%8F%B2

 社会史(しゃかいし、英語: social history)とは

  伝統的な歴史学において無視されてきた領域に光を当てることによって社会の全体像を構築しようとする歴史学の一手法。

  アナール学派をその起源に持ち、全体史の追求、学際的アプローチ、非文献史料の利用などを特徴としている。

  公民権運動やウーマン・リブといった一連のマイノリティの回復運動を経て、1970年代頃より一般的な研究分野となる。現在では最も活発な研究が行われている分野の一つであるが、細分化が進みすぎて研究そのものが瑣末化してきているとの指摘もある。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 こんにちは。

 どうして検索をかけないのですか?

 ▲ (ヰキぺ:編集史研究 ) ~~~~~~~~~
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%A8%E9%9B%86%E5%8F%B2%E7%A0%94%E7%A9%B6
 
 編集史研究(へんしゅうしけんきゅう、独:Redactiongeschichte, 英:Redaction crticism)は、

  聖書批評学の一つの方法である。
  
 単なる伝承の収集者であった聖書記者を、編集者としてみて、その役割を積極的に評価するのが編集史研究である。編集史批評とも呼ばれる。

 1940年代から1950年代までに、ギ...続きを読む

Q政治思想>>自由主義

1.自由主義(Liberalism)、新自由主義(New-Liberalism)、新(復興)自由主義(Neo-Liberalism)について、歴史的、経済的、政治的...どの方面からのアプローチでも結構ですので相違点等を教えて下さい。

2.上記の他に、「自由主義」と名の付く政治思想があれば教えて下さい。

Aベストアンサー

自由主義は、政治権力を抑制して、人々の自由を確保しようとするものです。政治的自由主義の場合は人々の自由意志に、経済的自由主義は自由な経済活動を市場原理による調節にまかせていくもので、この両者は普通は一体としてとらえられることが多いです。
絶対王政の専制政治と重商主義経済政策に反対し、立憲政治と資本主義経済を実現する、市民(ブルジョア)革命を担う思想の体系です。政治的自由主義の代表的理論家としてはジョン・ロック、経済的自由主義の代表的理論家としてはアダム・スミスがあげられるのが普通です。

ニュー・リベラリズムは、19世紀末から20世紀初めに影響力をもった思想と政策の体系です。経済が自由競争段階から独占段階に移行したことと参政権の拡大にともなって、イギリスの自由党がとなえたもので、党首ロイドジョージの名とともに語られることが多いです。労働者や貧困層の生活を保障するための社会政策の充実をはかるもので、後の福祉国家成立の基盤形成をなしました。思想的にはベンサムやミル父子などの功利主義の延長線上に位置づけられ、市場原理だけでは失業や貧困が解決できず、それは人々の自由を阻害する、ということから、古典的自由主義を修正するニュー・リベラリズムと証したのです。また、ニュー・リベラリズムは帝国主義的膨張による富裕化を前提にしており、その富を労働者や貧困層にも分配するものでした。その後イギリスでは、より徹底した福祉国家政策を追求する社会民主主義の労働党にとってかわられますが、第2次大戦後のイギリス福祉国家の骨格のプランは、策定の中心となった自由党員ベヴァリッジの名前をとって呼ばれるのが普通です。1930年代のアメリカのニュー・ディール政策もニューリベラリズムの政策と位置づけられます。アメリカでは、福祉重視の政治的傾向を「リベラル」といいますが、これはニュー・リベラリズムの意味と言っていいでしょう。
古典的自由主義とネオ・リベラリズムが国家機能の抑制を説くのに対し、ニュー・リベラリズムは国家機能の拡大を促す役割を果たしたのが特徴です。

ネオ・リベラリズムは、2度のオイル・ショックを契機に、先進国の高度経済成長が終焉したのにともなって影響力を強めた思想と政策の体系です。福祉国家政策による財政規模や国家機能の拡大、税負担の増大を批判し、できるだけ市場経済にまかせていく、という内容です。代表的理論家としてはハイエクとM・フリードマンがあげられます。
イギリスのサッチャリズム、アメリカのレーガノミクスがその実例としてあげられ、日本でも1980年代の中曽根行革や、90年代以降の「構造改革」は、ネオ・リベラリズム政策だとされます。グローバリゼーションの基調は、ネオ・リベラリズムを基礎に進んできています。先進国は、不況克服策やグロバリゼーションの圧力への対応として大なり小なりネオ・リベラリズム政策を導入していますが、労働運動や社会運動の力が強いフランスやドイツなどでは、かなり不徹底なものであることを余儀なくされています。
ネオ・リベラリズムは競争の拡大・強化や、競争の促進要因としての格差の拡大を容認することが特徴で、競争の勝者により多くの分配の与えることを主張し、累進税率や社会政策による所得再分配を非難します。
ネオ・リベラリズムは、「結果の平等」から「機会の平等」へと主張しますが、所得格差が教育格差につながる現状や、技術が複雑で大規模なしかけを必要とするようになっていることから、手持ち資本が大きければ大きいほど競争には有利で、弱者保護を弱める政策ともあいまって、富める者をより富ませ、貧しいものをより貧しくさせる、という格差を拡大する方向をとることには、批判も多いです。

自由主義は、政治権力を抑制して、人々の自由を確保しようとするものです。政治的自由主義の場合は人々の自由意志に、経済的自由主義は自由な経済活動を市場原理による調節にまかせていくもので、この両者は普通は一体としてとらえられることが多いです。
絶対王政の専制政治と重商主義経済政策に反対し、立憲政治と資本主義経済を実現する、市民(ブルジョア)革命を担う思想の体系です。政治的自由主義の代表的理論家としてはジョン・ロック、経済的自由主義の代表的理論家としてはアダム・スミスがあげられる...続きを読む

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む

Q板垣退助は「自由民権は大切である」という思想をもって自由民権運動を起こしたのですか?

板垣退助は自由民権運動で有名です。
自由民権運動といえば、日本史教育では「日本の民主主義発展のさきがけとなった」といった好意的評価をされてる印象があります。

しかし、板垣自身は明治維新直後は政府の要職についていて、下野したきっかけは征韓論政変です。
下野翌年に「民撰議院設立建白書」を出したことで有名な愛国公党のメンバーも、同じく征韓論政変で下野した人たち(後藤象二郎、江藤新平、副島種臣)が多いみたいです。
征韓論政変自体は、政策の衝突、もしくは派閥争いでしかなくて、自由民権というテーマとは関係がないですよね。

ということは、征韓論政変による下野直後にはじまった「自由民権運動」というのは、
板垣達にとって単なる政治的な地位を得るために政府を攻撃する手段でしかなかった、ということはないのでしょうか。

それとも板垣は元から「民衆に自由と参政権を保障するべきだ」という思想の持ち主で、
もし征韓論政変がなかったとしたら、明治政府の中枢という立場からそのような整備を進めていこうと考えていたのでしょうか。

権利を求める運動なのだから「政治的地位を得るための攻撃」で当たり前で、
そのことにより自由民権運動の評価が下がる、というものではないと思いますが
運動と板垣本人の思想との繋がりが気になったので質問しました。

板垣退助は自由民権運動で有名です。
自由民権運動といえば、日本史教育では「日本の民主主義発展のさきがけとなった」といった好意的評価をされてる印象があります。

しかし、板垣自身は明治維新直後は政府の要職についていて、下野したきっかけは征韓論政変です。
下野翌年に「民撰議院設立建白書」を出したことで有名な愛国公党のメンバーも、同じく征韓論政変で下野した人たち(後藤象二郎、江藤新平、副島種臣)が多いみたいです。
征韓論政変自体は、政策の衝突、もしくは派閥争いでしかなくて、自由...続きを読む

Aベストアンサー

板垣退助は自由民権運動の象徴みたいに思われていますが、
同じく指導的な立場の民権家で、
自由党の機関紙「自由新聞」で先鋭な理論を展開した馬場辰猪からは、
厳しく批判されています。
明治十四年十月に自由党が誕生。翌十五年、改進党の結成。
このころまでは自由民権運動は上げ潮でした。ところがです。
自由党の結成からわずか半年ほどのちに、
党首の板垣が「ヨーロッパに行く」と言い出した。
結成されたばかりで、党が政治問題に忙殺されているこの時期にです。
一年ちかい一般的な視察と観光に終始したその遊の費用はどこから?
政府からでした。
藩閥政府は自由民権運動に弾圧と懐柔をくりかえしたのですが、
板垣の外遊もそうした懐柔策の一環だったのです。
ヨーロッパ滞在中にすでに自由民権運動から隠退する意向の板垣は、
帰朝歓迎会の席上で、突然、
自由党は解散したほうがよいという趣旨の演説をしました。
結成から三年、自由党は解党しました。

萩原延壽「馬場辰猪」を参考にしました。

Q現代社会での中国哲学(思想)の存在意義(価値)とは?

価値観が広義に渡る現代社会において、
また、学問体系も益々、細分化される中で、  

特に、中国哲学(諸氏百家等)の学問は、今後の現代社会において建設的役割を果たしていけると思いますか?(宗教としての精神的、倫理的役割を除いて)

かつて、最高峰の文明としての中国の「知」は、(古典としての学問を除いては、)現在の西洋的学問の枠組みでは、カヤの外であると思われるのですが…。

Aベストアンサー

西洋思想は多かれ少なかれアトミズム的な世界観に依拠しているように思います。
全体を理解するには要素に分解して理解した上でそれを再構成すれば良いという考え方です。
しかし、対象によっては再構成のプロセスが恐ろしく煩雑になりますし、そもそもそのような
考え方で全体が把握可能であるという保証があるわけでもありません。
できるかどうか分からないプロセスを遂行するよりも、とにかく全体を把握したいという場合に
東洋思想はヒントを与え得ると思います。検証のプロセスがシステム化されておらず、権威主義に
陥りやすいのは問題だと思いますが。

Q思想や表現の自由は国をバラバラにする?

漠然としてあった慣わし、良識、
明文化されてないが共通認識として皆が持っていたものが崩れていくと、面白い争いが起きるんだなあと、最近関心を持っています。

親を蔑ろにする、子供生むより自分の人生、子供はそもそもリスクで損で迷惑なもの、保育園反対、ベビーカー邪魔、公共の場に連れてくんな、高齢者早く死ね、ブサイクは遺伝子残すな、過疎地域は税金の無駄だから潰せ、未成年者でも極刑OK、能無しは死ねばいい、シングルマザーは自己責任でしょ、etc

これらの意見は人道的な価値観からは外れているが、
それらの思想や表現もまた自由で、本音で、それらの思想が幅を利かすようになってきて、良識的な思想との対立が目立ってきて、
なんかバラバラになっていってるなあと感じています

政府としては良識側の立場に立ってまとめていきたいものの、これといった有効手段もない状態。
「お前らもっと道徳観を持て、人の心を取り戻せ」と叱咤激励したり、
「心が貧しい、さもしい奴らだ」と蔑んだりしても、
何の訴救力もなく、事態は何も変わらず、ただただ苦々しい思いをしながら追い詰められていくばかり。

こういう状態って、打開策のようなものはあるのでしょうか?

もし仮に「道徳観を教え込む」とか「普遍的な良識感を叩き込む」とかをやると、それは洗脳というか思想の押し付けになってしまうのでしょうかね?

漠然としてあった慣わし、良識、
明文化されてないが共通認識として皆が持っていたものが崩れていくと、面白い争いが起きるんだなあと、最近関心を持っています。

親を蔑ろにする、子供生むより自分の人生、子供はそもそもリスクで損で迷惑なもの、保育園反対、ベビーカー邪魔、公共の場に連れてくんな、高齢者早く死ね、ブサイクは遺伝子残すな、過疎地域は税金の無駄だから潰せ、未成年者でも極刑OK、能無しは死ねばいい、シングルマザーは自己責任でしょ、etc

これらの意見は人道的な価値観からは外れて...続きを読む

Aベストアンサー

こういう状態って、打開策のようなものはあるのでしょうか?
   ↑
学校では道徳は教えられない、と言われています。
道徳は、子供の頃から親や社会が身体で覚えさせないと
身につきません。

中国や韓国の道徳教育は日本などよりはるかに盛んですが
結果は御存じの通りです。

だから世界各国では宗教を利用してきたのです。

新渡戸稲造の武士道にあります。

「御国では、宗教教育をしていないと聞きましたが本当
 ですか?」
「本当です」
「オオ! それでどうやって子供達に道徳を教えることが
 できるのでしょう?」

英国などでは、小学生のときからキリスト教に基づく
宗教教育をやっていますが、それはこうした理由がある
からなのです。


もし仮に「道徳観を教え込む」とか「普遍的な良識感を叩き込む」とかをやると、それは洗脳というか思想の押し付けになってしまうのでしょうかね?
  ↑
はい、洗脳であり押しつけです。
そうでないと社会は、北斗の拳の世界になってしまいます。

そこまで行かなくても、秩序が乱れて困るのは
結局、国民です。

ある程度の洗脳や押しつけは、文明社会では
必要なのです。

こういう状態って、打開策のようなものはあるのでしょうか?
   ↑
学校では道徳は教えられない、と言われています。
道徳は、子供の頃から親や社会が身体で覚えさせないと
身につきません。

中国や韓国の道徳教育は日本などよりはるかに盛んですが
結果は御存じの通りです。

だから世界各国では宗教を利用してきたのです。

新渡戸稲造の武士道にあります。

「御国では、宗教教育をしていないと聞きましたが本当
 ですか?」
「本当です」
「オオ! それでどうやって子供達に道徳を教えることが
 できる...続きを読む

Qよくわかりませんので、教えて下さい。

よくわかりませんので、教えて下さい。
姉妹で二人とも結婚して向こうの籍に入っているとき、実家の墓は後を継ぐ人がいませんよね。
そういう時永代供養の墓に建て替えるんでしょうか?
嫁に行った者が実家の墓に入るとその家は衰退すると聞きました。
近くにそういう人がいて、相談されています

Aベストアンサー

私の母が、ご質問と同様に、二人姉妹の妹で父の所へ嫁ぎました。
結婚したのは戦前の昔、たぶん、家制度が残っていたのだと思いますが、母の実家の絶家届を出していたようです。
でも、祖母が亡くなった後は、母が実家の墓を管理していました。

私の父が次男だったので、亡くなった時には、母の実家の墓へ埋葬しました。
墓石に彫ってある名前は母の実家の名前のままなので、父の名前は墓の横に墓誌(墓標?)を建ててもらいました。

母が晩年になって、気になりだして、「墓石に彫ってある名前を名乗った事がある人は自分が最後になる。息子のお前(私)は、その辺事情が分かっていても、孫以降の代になれば、墓石の名前が違っていると困る事にならないか!?」と。

お寺の住職に、墓石の名前を変えたいと相談したところ、「問題ないですよ。墓を管理する人が決めれば良い事ですが、親類間等でもめ事にならない様に。。。」と言って頂きました。
その後、母もその新しく名前を彫り変えた墓に眠っています。

>嫁に行った者が実家の墓に入るとその家は衰退すると聞きました。

確かに、息子の私は平凡なサラリーマンで終わりましたが、孫二人(私の息子達)は親を乗り越えて行きましたよ。
自分の人生を振り返っても、年代ごとに、山あり谷ありだったように思いますし、先祖代々の歴史を振り返ってみても、栄枯盛衰は付きものではないかと思います。

遠縁にも、男の子がいない家庭があって、我が家の場合をサンプルにすると言っていましたし、少子化の進んでいる現状では、こう言うケースは多いのではないのでしょうか。。。

私の母が、ご質問と同様に、二人姉妹の妹で父の所へ嫁ぎました。
結婚したのは戦前の昔、たぶん、家制度が残っていたのだと思いますが、母の実家の絶家届を出していたようです。
でも、祖母が亡くなった後は、母が実家の墓を管理していました。

私の父が次男だったので、亡くなった時には、母の実家の墓へ埋葬しました。
墓石に彫ってある名前は母の実家の名前のままなので、父の名前は墓の横に墓誌(墓標?)を建ててもらいました。

母が晩年になって、気になりだして、「墓石に彫ってある名前を名乗った事があ...続きを読む


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