塩野七生著ローマ人の物語を大変愛読しています.特に第2巻のハンニバル戦記を読みますと,その臨場感あふれる記述に圧倒されます.これは映画化すれば絶対ヒットすると思いますし必ず見に行くつもりですが,過去にハンニバルについて既に映画化されているのでしたら教えて下さい.
以上よろしくお願いします.

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A 回答 (3件)

何と言っても象でアルプス越えの場面ですね。



ハンニバル(1960)しか思いつきませんでした。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD7224/index. …

こんなのも…
Hannibal (2008)
http://www.imdb.com/title/tt0382731/
Vin Diesel監督で製作は現在進行中。

確かに普通に検索してもハンニバル・レクター先生ばかり出てきますね。
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この回答へのお礼

ご返事有り難うございます.1960年の作品で是非鑑賞したいと思っています.主演のビクター マーチャアは”サムソンとデリラ”にも出演していて,この映画は既に見ましたし素晴らしい作品でした.制作進行中の映画のことも教えて頂き大変感謝です.

お礼日時:2006/07/21 17:42

No1です。


書き間違えました。 ( ̄□ ̄;)!!

○カビリア
×カリビア
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古いものですが、イタリア映画で「カリビア」というのがあります。



http://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/MOVIE/SIL …

数年前の映画「ハンニバル」はまったく違いましたね(笑)
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この回答へのお礼

早速のご返事有り難うございます.ホームページから”カリビア”のあらすじも読みました.サイレント映画なら,脚本があれば,吹き替えして白黒映画として再生できればと思っています.

お礼日時:2006/07/21 17:31

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Q塩野七生「ローマ人の物語」はビザンツ帝国抜き?

塩野七生さんが書いた「ローマ人の物語」が完結したそうですが、ビザンツ帝国は抜きなんでしょうか?

Aベストアンサー

塩野さん自身が、その理由をちゃんと書いておられますよ。

==以下・『ローマ人の物語 第XV巻 -ローマ世界の終焉-』より引用==
・歴史学者ならば、ローマ帝国が滅亡したのは四七六年ではなく、一四五三年になってからだ、と言うかもしれない。(中略)
しかし、ローマという都市なしでの、ローマ帝国はありえない。(中略)
ましてやラテン語ではなく、ギリシア語を話すのでは。
その意味のローマ帝国は、やはり紀元四六七年に滅亡したのであった。

・ローマ世界は、地中海が「内海(マーレ・インテルヌム)」で無くなったときに消滅したのである。地中海が、つなぐ道ではなく、隔てる境界に変ったときに、消え失せてしまったのである。

・この『ローマ人の物語』全15巻は、何よりもまず私自身が、ローマ人をわかりたいという想いで書いたのである。書き終えた今は心から、わかった、と言える。

==引用・以上==

これらの理由以外にも、「ローマ人」について、色々と言及されています。
ローマの多神教とキリスト教との違い。
ローマ人のローマ人たる所以。などなど、、。
とくに最後の引用部分の「ローマ人をわかりたいという想いで書いたのである。書き終えた今は心から、わかった、と言える。」という部分を読めば、彼女が「ローマ帝国」ではなく「ローマ人」を書いたことが分かりますね。
そしてなにより、彼女は「作家・塩野七生」であって「歴史学者・塩野七生」ではありません。
その事は、彼女自身もその著書で明言されています。
ただ、歴史学者にも様々いるように作家にも様々います。

彼女の特徴を言えば、なるべく一次史料(その時代の人やより近い時代の人が書いたモノなど)に当り、二次史料(後代の歴史学者が書いたモノ)は参考程度に留める。
そのために、現在主流である「学説」から自由でいられる。
その反面、作者の「主観」が多く入っている。
ただ、その「主観」については「ここは私の想像だか、、、」などのように注意書きをしてくれている部分も多い。(当然、書いてない部分もありますが、逆に歴史学者だから「客観的」とも限りません。というか無理?)

塩野さん自身が、その理由をちゃんと書いておられますよ。

==以下・『ローマ人の物語 第XV巻 -ローマ世界の終焉-』より引用==
・歴史学者ならば、ローマ帝国が滅亡したのは四七六年ではなく、一四五三年になってからだ、と言うかもしれない。(中略)
しかし、ローマという都市なしでの、ローマ帝国はありえない。(中略)
ましてやラテン語ではなく、ギリシア語を話すのでは。
その意味のローマ帝国は、やはり紀元四六七年に滅亡したのであった。

・ローマ世界は、地中海が「内海(マーレ・イン...続きを読む

Q日本史人物,松岡磐吉,知ってる事教えて下さい。史実に限らず,伝説的抽象的話もOK,

■「松岡磐吉」について、どんなことでもOK!ご存知の事教えて下さい。
但し、ネット検索「松岡磐吉 - Wikipedia」に記載されてる事を除きます。

■出身_韮山情報:「ズバリ本人情報」又は父,兄,など近親者,末裔の事,伝記,情報,関連図書,埋葬,寺,彼亡き後の松岡家は・・・などの地元の言い伝えなど,
■他に知ってることといえば、父の名前役職,彼が次男坊,辰の口牢獄_当初、荒井と共に1番房入牢(入牢中の経緯不明),朝陽轟沈の彼だけ獄死,ぐらいの知識しかありません。
■長崎海軍伝習所2期生、それでも生年月日は?卒業名簿で探すとかできないのでしょうか?年齢的に、榎本や,甲賀,荒井,沢などと比較して、「誰よりは、どうやら若いらしいという話を聞いたことがある」など曖昧系情報でもOKです。

Aベストアンサー

下記のサイトによると初めて沿海測量を実施した人のようです。

参考URL:http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaempfer/mapsuv200/200nin/ma-gyou/ma-11.htm

Q第2回 ポエニ戦争 ハンニバルの決断

年は離れていますがいとこの高校生と今日話す機会がありポエニ戦争の話題となりました。そこで二人とも疑問に思った内容を記載しますのでよろしくお願いします。
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私は以下のように考えているのですが、(それでも疑問点はありますが)この考え方でいいのでしょうか?  
自分で調べてみてはと批判されるかもしれませんが時間的なこともあり教えていただければ幸いかと思います。誠に勝手ではありますがよろしくお願い申し上げます。

1、度重なる戦闘で兵も象も疲弊していた
2、カルタゴは地中海の向こうに位置しており、海を渡っての兵糧を確保するのが難しかった。(それならばイベリア半島からの兵糧なら確保できたのではないかとの疑問がわきますが)
3、当時の海軍はローマのほうが上であった。いわゆる制海権はローマが握っていた。(でもカルタゴのほうが海上都市であり海軍も強かったのではとの疑問が生じますが)

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これもどうしてもわかりません。 どなたかご存知の方がいれば、これもご教授の程お願い申し上げます。 
 

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Aベストアンサー

私は、こんな風に考えています。
当時、都市は城壁で囲まれていました。これを包囲して、落とすとなると、とても時間がかかります。
しかも、ハンニバル側も、そこに張り付いていなければなりません。

イタリア半島には、ローマの植民市や同盟市がたくさんありました。
ハンニバルがローマを包囲してじっとしている間に、それらのローマ側の都市が逆にハンニバルを包囲することができてしまうかもしれません。

そうすると、包囲しているはずが、内側と外側から攻められ、とても厳しいことになってしまいます。
ですから、ローマに時間を与えるより、迎撃に来たローマ軍をビシバシ撃破して、「ローマより、カルタゴ側についた方が身のためだぜ」ということを、ローマ側の諸都市に見せ付けたほうが得だと考えたのではないでしょうか。

でも、あれだけハンニバルが見事に勝利を重ねても、ほとんどの都市は最後までローマ側で戦ったというのですから、ローマの外交力というのは大したものだと思います。

アルプス越えのルートは未だに不明だということです。私の手元の本に寄れば、ポリビオス説はグラン・サン・ベルナール峠。ナポレオンもここからアルプスを越えました。あるいはリヴィウス説では、モンジネブロ。その他、いろいろな説があるそうです。

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Q忍者について.........

昔に、よく暗躍していた忍者などを教えてください!
~藩もの忍者だとか、~という名だとか・・・・

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「飛び加藤」で調べると、たくさん出てくるはずです

Q自衛隊について........。と第二次世界大戦

皆さんは憲法で平和主義が定められているのに自衛隊がある事についてどう思いますか?どんな意見でもいいのでお願いします。あと、第二次世界大戦での日本人の死者数を知っていたらその事もおしえて下さい。

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第2次世界大戦での日本人の戦死者数は約114万0429人だそうです。下記URLにのってました。
私は、自衛隊の存在は米軍が今も言っているように、日本への攻撃は米軍への攻撃と考えるのでれば、実質、自衛隊と言う名の軍隊は必要ないと思っています。ただし、自衛だけでなく災害時の救助なども自衛隊はしていますね、そういった意味での自衛隊は必要だと思っています。
あ、でも今回のイラク戦争で日本が担った役目も必要ないと言うわけでもなかったですよね。やはり、国際社会の一員としての日本がある以上、国際社会に貢献できる何らかの体制は必要ですね。私は、それが自衛隊と言う軍隊である必要はないと思っています。

参考URL:http://www2u.biglobe.ne.jp/~masayama/ichibu.htm#senshi


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