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毎年この時期になると靖国神社とA級戦犯の問題がクローズアップされます。

東京裁判や、その結果としてA級戦犯とさせられた人々、あるいはその合祀についてさまざまな番組で詳しく解説されているので、ある程度は 「なるほど」 と理解したつもりです。

ところが、どうしても理解できない事がひとつだけあります。

いわゆるA級戦犯と称される人たちの中には、大日本帝国陸海軍に所属しない民間人が含まれますよね?

広田弘毅

平沼騏一郎

白鳥敏夫

東郷茂徳

松岡洋祐

これら政府の中枢にいた人たちで、中には軍人よりも右よりの思想をもった人もいると思うのですが、少なくとも 「軍人」 ではありませんよね?

しかも戦闘行為で死亡した人でもありません(東京裁判をまだ戦争継続中と考える向きもあると思いますが、それは別として下さい)。

大軍人でも戦後死亡した東郷平八郎や乃木稀典が祀られていないのはそのためだと聞きます。

という事は、上に挙げた民間人を靖国神社に祀るという事は、 「戦闘行為で死亡した軍人」 を祀るために建立された同神社の趣旨に自ら背くという結論になるのですが、その整合性について神社側の説明はどうなっているのでしょうか?

厚生省から軍人恩給に伴う名簿が提出されたからとか責任転嫁ではなく、なぜ民間人を 「昭和殉難者」 と位置づけたのか、教えて下さい。

「理由なんかない、靖国が決定したからそうなんだ」 という事ではないと思います。

現状では、東京招魂社発足当時の大原則を靖国神社が自ら背いていると感じられてなりません。

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A 回答 (8件)

>>「戦闘行為で死亡した軍人」を祀るために建立された同神社の趣旨


いいえ、違います。靖国神社の前進たる「東京招魂社」は、戊辰戦争で落命した薩長の討幕軍兵士を顕彰・慰霊するために建立された神社で、そこから「国を平安(靖)にし,平和な国を作る」との意味を込めて靖国神社と改称し、ペリーの浦賀来航以降の国内戦乱・西南戦争以降の外国との戦争における殉難者を祀ります。
 ですから、「戦闘行為で死亡した軍人」は殉難者の一部です(ただし、民間人が大量に死亡するという形の戦争が第二次世界大戦期からなので、靖国神社壮健当時は予想外のことだったでしょう)。

『軍事板常見問題』より
http://mltr.e-city.tv/index02.html
「アジア・太平洋方面FAQ」から
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c …
「靖国神社関連」
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08h …
こちらの回答集に詳細が書かれています。

 いわゆる旧日本軍に所属していない人物では、
明治維新での倒幕側(安政の大獄刑死者、坂本龍馬や高杉晋作なども含む)も祭られています。
 大東亜戦争に関連しては民間人ではひめゆり部隊女生徒や対馬丸学童、空襲時の警防団員、真岡郵便局交換手など多数存在します(その詳細についても、上記HPにあります)
 軍務中に死亡したことがひとつの基準ですから、戦死に限らず病死・事故死でも軍務であれば、軍人・非軍人かかわらず合祀対象とされます。また訓練中の死亡も公務死とみなされます。

ちなみに昭和20年8月15日は「国民にポツダム宣言受諾を知らせた日」であって、それをもって「戦没者を追悼し平和を祈念する」ための「終戦記念日」としただけで、国際法上での終戦とは無関係の日です。
 戦闘が行われていなかっただけで、厳密な意味での終戦は昭和27年4月28日の講和条約調印をもってです(この時に講和に応じなかった国は、単独講和が為されるまでは戦闘がなかっただけで、戦争は続いていたことになります)。

 なお、合祀の判断やその基準はあくまでも靖国神社が決めることであり、またその信じるところの宗教的理念に基づいて行われることですから、政府や部外者がとやかく言うことではありません。
 その、靖国神社の合祀基準のひとつに「日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)第11条により死亡した者」、つまり戦争裁判受刑者とあります。
 これはABC項目戦犯(靖国神社では「戦犯」と呼ばず「昭和殉難者」といいます)かかわらず、刑死・獄死した者で、日本政府では彼らは国内法においては犯罪者とせず、公務死扱いです。


A項目戦犯で刑死でなく、病死した者は次の通りです。

「刑期中に病死」
平沼騏一郎・白鳥敏夫・小磯国昭・梅津美治郎(いずれも終身刑)東郷茂徳(禁固20年)

「戦犯指定されながらも判決前に死亡」
永野修身・松岡洋右

 ですので、靖国神社においては合祀基準を満たしているとの判断です。またBC項目戦犯においても同様の例では合祀されています(A項目戦犯のみを特別扱いしていない証拠です)。

※項目であるABCに対して、階級を連想させる「級」を付けることは誤解を生じるので「○項目戦犯」と表記します。

参考「日本国との平和条約」
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1952T005.html

 それと軍務は「軍事にかかわる事務」のことなので、戦闘は軍務の一部に過ぎません。ですから、戦費調達・情報収集・外務交渉・輸送運搬、また法令・条例に基づく避難や消防・警備・救助活動も広義の軍務に含まれます。
 だからこそ、“「沖縄県学童集団疎開準備要項」に基づいて疎開”し、その途中で撃沈され死亡した対馬丸の乗船者(半数以上は小学生)も軍人でもなく、戦闘に参加していませんが、靖国神社に祭られています。
 同様に、アメリカ政府が日本軍占領地での連合国側捕虜に対する医療・慰問物資輸送のために要請した、緑十字船「阿波丸」は、その任務上、連合国によって安全渡航が保証されているにもかかわらず、アメリカ軍により撃沈。この犠牲者(大部分は非軍人)も合祀されています。
本土へ連絡業務のために残留していた樺太真岡郵便局の電話交換手(女性9名)も、昭和20年8月8日にソ連軍が国境を侵攻。同月20日に真岡町攻撃。交換手は戦況を報告後に服毒自殺。彼女らも合祀されています(ちなみに米軍が攻撃した沖縄は“日本で唯一の地上戦が行われた”といわれますが、ソ連軍が攻撃した樺太については、何ひと言触れないのはなぜでしょうね)。

また、満州事変以後であれば軍人・軍属の内地勤務での公務での受傷羅病、それによる死亡も公務死です(東郷平八郎は老衰、乃木稀典は自死なので、合祀基準から外されます。逆にいえば靖国神社は軍務による死亡でない限り、いかに高名・功績のある人物であっても特別扱いしないという現れでしょう)。
 再度言いますは、合祀の基準は「軍務(公務)による死亡」であって、軍人、非軍人は関係ありません。また軍務即戦闘行為でもありません。
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この回答へのお礼

なるほど、靖国神社の合祀基準が理解できたような気がします。各合祀者の背景を説明されれば、神社側の決定に整合性がとられているように思えてきました。詳細なご解説、有難うございました。

お礼日時:2006/08/15 09:39

合祀される前は、A級戦犯と遺族は合祀もされなく可哀想だと騒ぐ政党があって、合祀されたら今度は問題だと同じ政党が騒いでいる。


すごい矛盾。
要はなんのかんのと日本国融解をもくろみさわぐ集団がいて、それに乗せられるメディアと愚国民がいるだけの事。
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この回答へのお礼

有難うございました。旧社会党の事ですよね?その騒いでいる政党の党首を総理大臣にしたら、途端に自己矛盾に陥ってしまって結局は空中分解してしまいましたよね。

お礼日時:2006/08/16 10:36

s_husky です。



ほぼ、質問には答えたつもりですが。
次は、直球的な答えです。

<矛盾を問題にするのはナンセンス!>

わが部落が隣部落のスイカを盗むにあたって、<戦死した者は英霊としてまつる>としたとします。
何人かは戦死し、スイカ盗を企画した者は処刑された。
多くの部落民は、戦士したわが子が英霊としてまつられることに納得しなかった。
わが子を死なした親が、そんなマヤカシで納得する訳がありません。
まして、処刑者がまつられた事は約束に違反云々以前の問題です。

矛盾などという発想が、既に、靖国神社を認めている。
スイカ盗を正当化する靖国の大原則などは、どうでも良いことだ。
スイカ盗は、どんなに美化しようと盗人行為である。

私は、あの白い布に包まれた箱の配達を見たことある。
それを届けられた母の慟哭を見た。

私が、あえて、矛盾を指摘しない理由である。
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この回答へのお礼

再度のご回答、有難うございました。靖国には多くの魂が合祀されていますが、中には合祀に納得されない遺族も多くあるように聞き及んでおります。遺族に無断で合祀した結果でしょうね。最近、国ではなく靖国を相手取って合祀の取消しを求める裁判が起こされたようです。今後の経緯を注目したいと思います。

お礼日時:2006/08/15 11:03

既に他の方から回答があったとおり、靖国神社に合祀されているのは、戦死した軍人だけではありません。

ですから、「東京招魂社発足当時の大原則を靖国神社が自ら背いている」とまでは言えないでしょう。東京招魂社からだとかなり長い年月になり、常にその位置づけが同じだった訳ではないので、その中で一貫した原則は、「国家の為に命を捧げた」と、政府側(戦後は靖国神社)が認定した、という事ぐらいしかありません。

ただ、話を、太平洋戦争中に限れば、「戦死、戦傷死以外については、基本的には対象外」というのは常識でした。(ま、それを甘く解釈しようとする人もいたようですけどね。)
ごく最近の報道になりますが、東条英機元首相自身の名前で、「合祀対象者を戦役勤務に直接起因して死亡した軍人・軍属に限る」よう通達が出ていた事が報道されました。↓
http://www.chunichi.co.jp/00/sei/20060806/mng___ …

この記事にある、東条元首相の次男の「戦地に行かなかった者は靖国神社に合祀されないというのは当時の常識だった。父も戦後、自分が合祀されるとは思ってもいなかったはずだ。」という発言が、一般常識を示しています。だからこそ、広田元首相の遺族も「靖国神社に行くことはあるが、国のために亡くなった戦没者を思い手を合わせている。祖父は軍人でもなければ、戦没者でもない。靖国神社と広田家とは関係ないものと考えている」と話しているわけです。↓
http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20060727 …
天皇側近と、(例の富田メモが報道されている通りのものであれば)昭和天皇に、松岡洋右などの合祀に対する反対が特に強かったのも、こういう戦前の常識があるからでしょう↓
http://homepage3.nifty.com/wedd/yasukuni.html

A級戦犯14名の合祀が行われたのは、合祀をする靖国神社側(宮司及び総代会)に、「A級戦犯を合祀する事で、東京裁判を否定したい」という明確な意思があったからです。それは、1978年に合祀を実行した宮司自身の証言からよくわかります。↓
http://www25.big.or.jp/~yabuki/2001/yasukuni.htm

戦後の靖国神社にとっては、戦前の「戦地に赴いたものに限る」という事よりも、「東京裁判は不当であり、そこで死刑になったor服役中に死亡した人は国に殉じた人達である」という主張をする方が大切だった、という事でしょう。ま、それでも判決前に病死した松岡洋右まで含めるのは、かなり無理があるような気はしますけどね。
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この回答へのお礼

有難うございました。読ませて頂いて感じたのは、靖国に合祀される基準がどうも時代の流れや、その時の政治環境によって微妙に変化しているという事でした。宗教組織であるなら、原則は変わらない、変えてはならないはずなんですが ・・

お礼日時:2006/08/15 10:56

 A級戦犯の合祀は、



「今日、英霊の御心は・・・日本は侵略戦争をした、
日本軍は悪いことをしたという、その罪の一端まで背負わされている」
(靖国の主張より)

-という靖国神社に関係する侵略戦争肯定派の無念さのなせる行為だと思います。
まあ、無念さを世に問う手段としてA級戦犯の合祀に踏み切ったのだと思います。

 さらに、その背景を問う質問であれば、私の考えは次のようです。

 ************

 なぜ、2000万人というアジアの人々の命を奪った侵略戦争の美化が、かくも容易く容認されるのか?
 「靖国派=ネオ・ナチ」の等式は、誰も否定しがたいところと思います。
 ですから、こういった侵略戦争の美化の動きは、社会が本来は許さない筈です。
 ところが、「日本における侵略戦争推進者への批判=非国民」という主張まで出る昨今。
 明らかに、偏狭なナショナリズムが台頭してきています。

 ここには、戦後の冷戦構造の負の陰が色濃く反映しているし、それが背景原因であると考えています。
 戦後の動きを振り返るならば、米国が、日本をソ連に対抗する基地化することに徐々に軸足を移したことが判ります。
 その目的の遂行のためには、米国は、731部隊の幹部の責任追及も生体実験の資料と引き換えに中途放棄しています。
 その目的の遂行のためには、米国は、岸信介氏等の復権も容認しています。
 こうして、戦後日本の支配層に戦争推進勢力の多くが返り咲くという特異な状況が生まれたようです。
 極論すれば、国を売り渡し米国の庇護に入ることで侵略戦争推進派の亡霊は生き延びたのです。

 まあ、「英霊の御心」と言うならば、

第一に、英霊に代わって、2000万人に上る犠牲者への反省の意を示し続け、
第二に、英霊に代わって、日本全国に居座る米占領軍の完全撤去を主張すべし。

と、思います。
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この回答へのお礼

有難うございました。興味深く読ませて頂きました。
ところで侵略戦争肯定派の無念さを表すために、いわゆるA級戦犯を合祀したとすれば、民間人は祀らないとする靖国神社の大原則を神社自身が破った事になると思いますよね ・・ この矛盾を誰も追及した事はないのでしょうか。

お礼日時:2006/08/14 16:45

「彼ら」を「犯罪者」にするためにあとから作った法律で、無理やり裁判にした結果、「A級戦犯」が生まれたから。



参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%B5%E6%9D%B1% …
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この回答へのお礼

有難うございました。東京裁判については調べれば調べるほど矛盾が出てきますよね。

お礼日時:2006/08/14 16:40

戦犯指定自体がいい加減ですからね。



小林よしのり著 「いわゆるA級戦犯」幻冬社刊

この本に詳しく出ていますよ。漫画ですから読みやすいです。
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この回答へのお礼

有難うございました。たしかに東京裁判はおかしいという意見も多いですよね。小林よしのり氏もその一人なんですね。

お礼日時:2006/08/14 16:38

開戦へと流れていった、当時の総理大臣や外務大臣です。


たしか全員A級戦犯とされていたと思います。

他の方は分かりませんが、外交官であった広田弘毅は戦争を望んでいませんでしたよね。
やめさせようと努力していた。
結果的に開戦へ進んでしまいましたが。

ウィキペディアの記事によると、対アジア侵略の共同謀議や非人道的な行動を黙認した罪だそうです。

もし良かったら、城山三郎氏の「落日燃ゆ」を読んで見て下さい。
質問で上がった人達の名前が出てきますよ。
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この回答へのお礼

有難うございました。おっしゃるように全員A級戦犯とされた人たちなんですね。東京裁判自体が間違っているという意見も多くあると思うのですが、百歩譲って彼らを戦争犯罪人と認めたとしても、なぜ非軍人である彼らが靖国に合祀されたのか、謎ですよね。

お礼日時:2006/08/14 16:36

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 1 シベリア抑留中に死んだ軍人及び関係者
 2 中国で戦犯として処刑された100人切りの二人の少尉

よろしくお願いします

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靖国神社の合祀基準は最初の基準と随分拡大されて、曖昧になりつつあります。
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靖国神社参拝問題の記事を読んで疑問に思ったので、教えて下さい。
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まず、合祀する、しないの選別はどのように決まっているのでしょうか?

Aベストアンサー

靖国神社は、基本的に「外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社」ですので、戦災による死者は合祀の対象になっておりません。これは、神社の判断ですので「そういうもの」と考えるしかありません。

一部、「沖縄戦で、軍隊と共に行動して犠牲になった姫ゆり部隊隊員」や「樺太で、電話局を最後まで守って自決した交換手」などといった民間人が祀られていると記憶します。ひめゆり部隊の人は、「軍属」の扱いで祀られているようです。
http://www.geocities.jp/social792/yasukuni/QandA.html

そもそも、「多数の民間人が戦争の巻き添えになる」ことが第二次大戦まであまり想定されなかったことがあるでしょうが、実務的な理由として「戦災等による民間犠牲者は、完全なデータがどこにもないので祀れない」というものがあるでしょう。軍関係者は、今の厚生労働省に完全なデータがありましたから。

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参考URL:http://www.yasukuni.or.jp/annai/index.html

靖国神社は、基本的に「外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社」ですので、戦災による死者は合祀の対象になっておりません。これは、神社の判断ですので「そういうもの」と考えるしかありません。

一部、「沖縄戦で、軍隊と共に行動して犠牲になった姫ゆり部隊隊員」や「樺太で、電話局を最後まで守って自決した交換手」などといった民間人が祀られていると記憶します。ひめゆり部隊の人は、「軍属」の扱いで祀られているようです。
http://www.geocities.jp/social792/yasuk...続きを読む

Q朝鮮の人は戦時中徴兵されたのでしょうか。

植民地であった韓国からいろいろと賠償請求が出てきていますが、戦争もしていないのに何故何度も謝罪や賠償を求められるのが理解できません。ただ、日本軍に徴兵され、戦地に赴いて大きな犠牲を払ったのなら理解が出来なくはありません。実際のところ太平洋戦争もしくは満州事変で、植民地下の朝鮮人の人は徴兵され、戦地に赴いたのでしょうか。また戦死者もいたのでしょうか。特攻隊員はいたのでしょうか。台湾人では特攻隊に参加した人がいたと聞きました。

Aベストアンサー

No3です。私の衛陶の補足をさせていただきます。
(質問とは直接関係のない賠償についてですが、誤解する方がいると問題なので)

日韓間の賠償問題については、
「国家による人権侵害は、先進国では『国家補償』するという常識が出来上がりつつある」
という意見もあるようです。

私には、実例やそのような運動について、どのようなものがあるのか(実際はないのか)不明ですが、
そもそも、日本の韓国への賠償義務がない理由は、
日本という【国家という法律を制定する権限を持った強大な機関が、一個人に対して人権を侵害した事実がない】
であって、これは遡及法以前の問題です。(慰安婦ついては後述します)


日本で自称韓国人元慰安婦が起した訴訟で、日本国政府による元慰安婦への人権侵害が認められたという意見もあるようです。
しかし実際は、時効・除斥期間の経過、国家無答責、個人を国際法の主体と認めないなど国内法・国際法上の理由で、原告の請求が退けられています。(裁判所が事実認定さえしない例もあります)
それ以前の段階で棄却されたものもあります。

A:1991年、韓国太平洋戦争犠牲者遺族会訴訟(金学順、他)
2001/3/26:地裁判決 請求棄却→控訴→2003/7/22:高裁 控訴棄却→上告→
2004:最高裁上告棄却=敗訴確定

B:1992年、釜山「従軍慰安婦」女子挺身隊公式謝罪・補償請求訴訟(関釜裁判)
1998:地裁判決 請求一部認容→控訴→2001:高裁判決 原告控訴棄却→上告→
2003:最高裁決定 上告棄却「上告理由となる憲法違反はない」=敗訴確定

C、1993年、フィリピン「従軍慰安婦」国家補償請求訴訟
1998地裁判決 請求棄却(事実認定はフィリピン占領のみ)→控訴→2000:高裁判決 控訴棄却→上告→
2003:最高裁決定 上告棄却=敗訴確定

D、1993年、在日韓国人元「従軍慰安婦」謝罪・補償請求訴訟(宋神道)
1999:地裁判決 請求棄却→控訴→2000:高裁判決 控訴棄却→上告→
2003:最高裁決定 上告棄却「上告理由となる憲法違反はない」=敗訴確定


E:1994年オランダ人元捕虜・民間抑留者損害賠償訴訟
1998:地裁判決 請求棄却→2001:高裁判決 控訴棄却→上告→
2004:最高裁決定 上告棄却=敗訴確定

F:1995年、中国人「慰安婦」損害賠償請求訴訟(第一次)
2001:地裁判決 請求棄却(事実認定せず)→控訴→2004:高裁判決 控訴棄却→上告→
2007:最高裁決定 上告棄却=敗訴確定

G:1996年、中国人「慰安婦」損害賠償請求訴訟(第二次)
2002:地裁判決 請求棄却→控訴→2005:高裁判決 控訴棄却→上告→
2007:最高裁決定 上告棄却=敗訴確定

H:1998年、中国山西省性暴力被害者損害賠償等請求訴訟
2003:地裁判決 請求棄却→控訴→2005:高裁判決 控訴棄却→上告→
2005:最高裁決定 上告棄却=敗訴確定

I:1999年、台湾元「慰安婦」損害賠償・謝罪請求訴訟
2002:地裁判決 請求棄却(事実認定せず)→控訴→2004:高裁判決 控訴棄却→上告→
2005:最高裁決定 上告棄却=敗訴確定



また、No3で説明した日韓基本条約による補償(賠償ではない)ですが、
日本政府は、韓国に個人に直接支払う旨を伝えましたが、韓国は韓国政府が代表して受け取ると言って、日本はそれに従いました。
なので、それを韓国政府がどのように補償や分配したとしても(全くしなくても)、それは日本とは関係のない事です。

日韓条約で過去の全ての問題は「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」という合意が両国間で為されており、条約以前の問題については、国家も個人も相手国への請求権を放棄することを決定しています。

その為に、条約の交渉過程で両国はあらゆる事について話し合っています。
ところが、韓国はその重要な条約の交渉過程において、慰安婦問題を全く取り上げていません。
(日本政府は、正当な要求には応じるので、証拠と資料を出すように言っています。)

それに、慰安婦が本当に犯罪被害者で、今の韓国(在日含む)や人権団体が言っているような大規模な強制連行(20万人)が行われていたなら、当時の朝鮮人が知らないはずがありません。
である以上、これへの補償を韓国政府が要求しなかった場合、国民が納得するとは思えません。
以上から、韓国も強制連行はなかったという認識であったと思います。


以上から、韓国の「国家による基本的人権の侵害は含まれず、韓国政府が肩代わりする必要はない」という主張に正当性はありません。

近年、国際社会とやらが、いわゆる【従軍】慰安婦問題の事で日本を非難しているという意見がありますが、
問題への知識のない人達が、韓国や自称人権活動家の捏造によって誤解しているに過ぎません。
外国人=知識や良識のある立派な人 ではありませんし、
世界が言っている(数が多い)=主張の正しさ でもありません。
いわゆる【従軍】慰安婦を非難している国・都市は、韓国系の住人が多いという実態があります。

また、韓国の司法が、いわゆる【従軍】慰安婦問題の日本への請求権を認めた事についても、他国の司法の判決に過ぎません。
それは日本では何の効力もありません。


アメリカの日系人収容所についてですが、
収容されたのは「日系アメリカ人」と「在米日本人」です。
そして、1988年の「市民の自由法」は【日系アメリカ人】が対象であって、在米日本人は対象になっていません。
そもそも【日系アメリカ人】はアメリカ人であり、これはアメリカの国内問題でしかありません。
一方、【在米日本人】は外国人であり、国際問題であるにも関わらず、これへの人権侵害は補償されていません。

それ以前に、アメリカの収容所は明確に事実ですが、いわゆる【従軍】慰安婦は証拠が全くありません。


一部の人達が慰安婦の強制連行を認めたと言われている、村山談話と河野談話ですが、
これらは国会の承認を得られずに発表されています。

そもそも、国会は立法機関であり、思想信条の自由と密接に関係する特定の歴史観を宣明する場ではありません。
実際、それ以前の歴代内閣は歴史の評価は後世に任せるべきで、総理大臣がその善悪を公表するような問題ではないという姿勢でした。
なので、このような談話を出すこと自体が異常です。

「村山談話」は「戦後50年の国会謝罪決議」の後に発表されたものです。

「戦後50年の国会謝罪決議」ですが、今日は議会は開催されないという嘘で、自民党議員を帰らせた後に、衆議院を召集して議決したものです。(欠席265名、出席230名)
参議院はこの経緯と内容の異常性から、同決議の採択すらしていません。

村山談話は、この「戦後50年の国会謝罪決議」の欠陥を補うために発表したものです。
その為に、反対する自民党閣僚に辞職を迫るなど、強硬な態度や恫喝も行われました。

河野談話ですが、
当時副官房長官の石原信雄氏は、産経新聞のインタビューに↓のように答えています。(97年3月9日産経新聞)

《「随分探したが、日本側のデーターには強制連行を裏付けるものはない。慰安婦募集の文書や担当者の証言にも、強制にあたるものはなかった」
中略
「日本側には証拠はないが、韓国の当事者はあると証言する。河野談話には『(慰安婦の募集、移送、管理などが)総じて本人たちの意志に反して行われた』とあるのは、両方の話を総体としてみれば、という意味。全体の状況から判断して、強制に当たるものはあると謝罪した。強制性を認めれば、問題は収まるという判断があった。これは在韓大使館などの意見を聞き、宮沢喜一首相の了解も得てのことだ」》

↑からは、証拠はないが韓国人の自称当事者の証言のみで、談話を発表したことになります。
しかし、
自称被害者=本当に被害者 ではありません。
本当の被害者=全ての証言が事実 とは限りません。
法的な場や専門家の検証をしないで、このような重要な発表をする事自体、愚かとしか言えません。
(賢い売国奴かもしれませんが)

No3です。私の衛陶の補足をさせていただきます。
(質問とは直接関係のない賠償についてですが、誤解する方がいると問題なので)

日韓間の賠償問題については、
「国家による人権侵害は、先進国では『国家補償』するという常識が出来上がりつつある」
という意見もあるようです。

私には、実例やそのような運動について、どのようなものがあるのか(実際はないのか)不明ですが、
そもそも、日本の韓国への賠償義務がない理由は、
日本という【国家という法律を制定する権限を持った強大な機関が、一個人に対...続きを読む

Q「戦没者」の定義

小泉首相は靖国神社参拝について「戦没者に哀悼の誠をささげ、二度と戦争を起こしてはならないとの決意のあらわれとして参拝する」と繰り返し述べています。
この言葉を聞くたびに不思議に思うことがあります。
戦没者の「戦没」とは広辞苑によると「戦死、戦傷死、戦病死の総称」とあり、さらに「戦死」とは「戦争で死ぬこと」とあります。
そうしますと、「戦没者」は戦争で亡くなったすべての人のことであるということになり、長崎や広島、そして各地の大空襲で亡くなった方も戦没者と言うことになります。ですから、8月15日に東京武道館で行われる「全国戦没者追悼式」は言葉の定義通りでなんら問題もなく、外国からも何の抗議の声も上がりません。
ところが、靖国神社はご存じの通り、軍人軍属の方を祀った神社です。(魚雷で沈没した船に乗っていたごく限られた民間人も少数祀られているという話も聞きますが)。この神社の参拝を、あたかも戦死者すべてに哀悼の誠を捧げているかのように表現するので、問題がこんがらかるのではないかと思います。
むしろ、はっきりと「戦争で亡くなった軍人軍属に哀悼の誠を捧げる」と言った方が国民にわかりやすのではないかと思います。
このように書くと、靖国参拝の是非を問う意見表明のように思われ、「教えて!」のコナーにふさわしくないのではと言われそうなので、整理します。
1)戦没者とは、どの範囲までを言うのか、定義がありましたら教えてください。例えば靖国神社側の定義など。
2)靖国神社に祀られている方が、限られた方であるのであれば、むしろはっきりと、そのような呼称で、そのような方に哀悼の誠を捧げるといった方がいいと思いますが、あえて戦没者と言うあいまいな言葉を使うのには、いま適当な言葉がないからか、あるいはなにか理由があるからなのでしょうか?

小泉首相は靖国神社参拝について「戦没者に哀悼の誠をささげ、二度と戦争を起こしてはならないとの決意のあらわれとして参拝する」と繰り返し述べています。
この言葉を聞くたびに不思議に思うことがあります。
戦没者の「戦没」とは広辞苑によると「戦死、戦傷死、戦病死の総称」とあり、さらに「戦死」とは「戦争で死ぬこと」とあります。
そうしますと、「戦没者」は戦争で亡くなったすべての人のことであるということになり、長崎や広島、そして各地の大空襲で亡くなった方も戦没者と言うことになります。...続きを読む

Aベストアンサー

戦没者追悼式典での「戦没者」は「戦死者+民間戦争死者=戦争犠牲者」と言う概念です。

一般には、

戦没者=軍人軍属の戦死者=英霊=靖国神社の合祀者

と言う認識であると思います。「戦没者追悼式典」での用法はやや特殊であると思います。

第二次大戦以前の戦争では、軍に属さない民間人が大量に死ぬことはあまりありませんでした。莫大な人的損害が出た第一次大戦でも、犠牲者のほとんどは軍に属する戦闘員であり、民間人の犠牲者はあまり存在しません。

靖国神社も、そうした「第二次大戦より前の戦争」を前提に運営されていました。靖国神社のHPによると、靖国神社は「外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社」です。
http://www.yasukuni.or.jp/annai/index.html

現状では、軍人・軍属(日赤の従軍看護婦、ひめゆり部隊員など)で、戦死・公務死した人が合祀されています。大東亜戦争で100万人程度発生した民間の戦争犠牲者は合祀されていません。

ちなみに、東條英機元首相が、東京裁判の結果として処刑される前に、公表されることを意識して書いた「遺書」が残されています。

その中に
「我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀されたし」
というくだりがあります。東條氏は、大東亜戦争で大量の民間戦争犠牲者が出たことを重く受け止め、靖国神社の合祀範囲を拡大するべきと考えていたわけです。私も、それが妥当だと思います。

残念ながら、東條氏の遺書は靖国神社とその関係者には伝わらなかったようで、戦前の合祀基準がそのままになっています。

実務的には、政府に詳しいデータがあった軍人軍属の戦死者は合祀が容易だが、民間戦争犠牲者を政府が把握するのが困難であるということもあります。特にソ連占領地域では、ソ連参戦後の地獄の様相の中で家族が全滅し、消息が誰にも分からなくなった例も多いでしょうから。

戦没者追悼式典での「戦没者」は「戦死者+民間戦争死者=戦争犠牲者」と言う概念です。

一般には、

戦没者=軍人軍属の戦死者=英霊=靖国神社の合祀者

と言う認識であると思います。「戦没者追悼式典」での用法はやや特殊であると思います。

第二次大戦以前の戦争では、軍に属さない民間人が大量に死ぬことはあまりありませんでした。莫大な人的損害が出た第一次大戦でも、犠牲者のほとんどは軍に属する戦闘員であり、民間人の犠牲者はあまり存在しません。

靖国神社も、そうした「第二次大戦よ...続きを読む

Q天皇の側室について

平成天皇、昭和天皇、大正天皇、明治天皇、、、、の中にも側室(二号さん)の子どもであった人が複数いると某雑誌に書かれていましたが、それは誰でしょうか。

 その場合、その側室である女性はどういう人だったのでしょうか。側室の人も公表されて系統図に残るのでしょうか。

Aベストアンサー

今上天皇
皇后・正田美智子…父:日清製粉社長 正田英三郎
側室なし

昭和天皇
皇后・良子女王(香淳皇后)【今上天皇の生母】…父:久邇宮 邦彦王
側室なし

大正天皇
皇后・九条節子(貞明皇后)【昭和天皇の生母】…父:従一位大勲位公爵 九条道孝
側室なし

明治天皇
皇后・一条美子(昭憲皇太后)…父:左大臣従一位 一条忠香
側室 権典侍・葉室光子…父:権大納言 葉室長順
    典侍・橋本夏子…父:橋本實麗
    権典侍・柳原愛子【大正天皇の生母】…父:権大納言 柳原愛光
    権典侍?・園祥子…父:園基祥

孝明天皇
女御・九条夙子(英照皇太后)…父:従一位関白 九条尚忠
側室 典侍・中山慶子【明治天皇の生母】…父:従一位権大納言 中山忠能
    典侍・坊城伸子
    典侍・藤原(堀川)紀子

仁孝天皇
贈皇后・新皇嘉門院 藤原繁子…父:関白 鷹司政熙
女御・新朔平門院 藤原祺子…父:関白 鷹司政熙、義父:関白太政大臣従一位 鷹司政通
女院・新待賢門院 藤原雅子【孝明天皇の生母】…父:正親町実光
側室 権典侍・観行院 藤原経子《和宮 親子内親王の生母》…父:橋本実久
    典侍・藤原研子…父:甘露寺国長

光格天皇
中宮・新清和院 欣子内親王…父:後桃園天皇
女院・東京極院 藤原婧子【仁孝天皇の生母】…父:勧修寺経逸
側室 内侍:菅原(東坊城)和子
    藤中納言局 藤原(葉室)頼子
    菖蒲小路局 藤原(姉小路)聡子
    小侍従局 藤原(富小路)明子

とりあえずちょっと遡って、正妃(皇后およびそれに準じた立場の人)と子供を生んだ側室を列挙してみました。

明治天皇の側室は、典侍、権典侍という身分のある「女官」です。
御所や皇居内に局や部屋をもらい、天皇の身の回りの世話(という仕事)をしていたと思われます。
天皇の子を妊娠した女性は、実家に帰って出産することが多かったようですが(お産は「穢れ」とされていたので、宮中で出産することはできなかったようです)、その後は、また「女官」として生涯宮仕えであり、天皇の子は、実際に自分が産んでも自分の子ではない-ということで、自分の子供にも「仕える」という形だったようです。

私も蛇足ながら…。
#2さんがお答えのように、今の天皇陛下(時々、名前を使って明仁天皇-という表記をされることもありますが)のことは、「今上天皇」、「今上陛下」というのが正しいですね。
明治以降の慣習からすれば、将来、「平成天皇」と言われるのでしょうか、51代の「平城天皇(へいぜいてんのう)」と紛らわしいような気がするので、本当に「平成天皇」になるのかなぁ-と思っています。

今上天皇
皇后・正田美智子…父:日清製粉社長 正田英三郎
側室なし

昭和天皇
皇后・良子女王(香淳皇后)【今上天皇の生母】…父:久邇宮 邦彦王
側室なし

大正天皇
皇后・九条節子(貞明皇后)【昭和天皇の生母】…父:従一位大勲位公爵 九条道孝
側室なし

明治天皇
皇后・一条美子(昭憲皇太后)…父:左大臣従一位 一条忠香
側室 権典侍・葉室光子…父:権大納言 葉室長順
    典侍・橋本夏子…父:橋本實麗
    権典侍・柳原愛子【大正天皇の生母】…父:権大納言 柳原愛光
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Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Qなぜ今の天皇陛下は靖国神社を参拝しないのでしょうか

なぜ今の天皇陛下は靖国神社を参拝しないのでしょうか?

今の天皇陛下は右翼や自民党が言う反日国民なのでしょうか?いつから天皇家は韓国人や中国人に乗っとられてしまったのでしょう?

今の天皇陛下は日本国首相総理大臣の安倍晋三が言う反日国民なのでしょうか?

Aベストアンサー

 だってあそこは天皇宗家を祀った神社ではないでしょ。天皇家は神道の流れを汲みますから、明治以後に創始された「国家神道」とは関係のない存在です。
 ましてや靖国の祭神は軍人や兵士ですから、八百萬の神を祖先の一つとして信仰する天皇家にとっては何の意味も持たない存在です。
 周りが思い込みで宗教法人である神社に国会議員や閣僚が公式参拝すべしだの、国営化すべきだのと勝手に騒いでいるだけの話で、それこそがまさしく「天皇の政治利用」ともいえる発想や行為でしかありません。
 それにしても、自分達の意見とは異なるからといって直ちに「反日」だの「非国民」や「不敬」だのと言っているのでは、自らの首を絞めることと同じであることすら解らないのですかね。
 本当の保守の立場は「相手の意見を封じることなく最後まで耳を傾け、同調できる部分は同調し批判すべき部分は批判する」との懐の深い考え方を指します。
 今巷に溢れつつあるのは偏狭で浅学なナショナリズムの域を出ない性質のものでしかありません。天皇家の祖先といえども、純粋な日本人であるとの確証はどこにもありません。天皇家との縁戚関係にある蘇我本宗家をはじめ、高野新笠などは渡来系の血筋を継いでもいます。その意味ではコスモポリタンですね。ドメスティックなばかりが尊いや優れているとの根拠にはなりもしません。逆説とはよくいったものです。

 だってあそこは天皇宗家を祀った神社ではないでしょ。天皇家は神道の流れを汲みますから、明治以後に創始された「国家神道」とは関係のない存在です。
 ましてや靖国の祭神は軍人や兵士ですから、八百萬の神を祖先の一つとして信仰する天皇家にとっては何の意味も持たない存在です。
 周りが思い込みで宗教法人である神社に国会議員や閣僚が公式参拝すべしだの、国営化すべきだのと勝手に騒いでいるだけの話で、それこそがまさしく「天皇の政治利用」ともいえる発想や行為でしかありません。
 それにしても、...続きを読む


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