マンガでよめる痔のこと・薬のこと

こんにちは。
タイトルの通りなんですが、好きな事をしようとすると緊張?して、できなくなってしまいます。
例えば読書をしようとすると、集中できなくて手に嫌な汗をかいたりします。
PC上なら集中して読めるので、活字に集中できないという事では無いと思うのですが……。
少し潔癖の気があり、本が汚れるのが嫌というのもあるかもしれません。

他に、絵を描こうと思っても、いつのまにか絵ではなくただの「線」ばかり追っています。
気がつかない内に完璧にしようと力んでいるようで、終わった時ほっとします。
最近はつまらない事をやっている方が安心するくらいです。

始める前は楽しい事なのに、いつのまにか楽しくなくなっています。
読書も絵も本当に好きな事で、一日中やっていたいくらいなのに。
ここ何年もこんな状態で、どうせ無理と思い、やる気も無くなってしまって……悪循環です。

変な質問でごめんなさい。
何か少しでもマシになる方法があれば教えてください。

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A 回答 (4件)

的外れかもしれませんがごめんなさい。



潔癖の気があるので若干、神経症的な性格なのでしょうね。
おそらく、完璧主義とはちょっとちがうのですが、それに近いくらい理想を高くもってしまう傾向はありませんか?
たとえば、本でも今日はこれを読もう!今日中に読んじゃおう!みたいな無意識のハードルを作ってしまい、実際それに挑むときにそのハードルが高すぎることに気がついて、あせりや精神的なストレスから集中できなくなる・・・
絵でも同じです。書こうと思う絵に対して理想が高すぎるため、どうしても書き始めから細かくなってしまう。結果、完成するより前にいやになってしまう。。。
僕はこのタイプでして、今までいろいろ苦労してきました。
もし質問者様が同じようなタイプなら、小さな目標(目的)の積み重ねが大きな目標の達成につながるということを理解するといいかなと思います。本は一度にすべて読むのではなく、今日は第1章だけ。とか。
そんな工夫で多少楽になりますよ。それでもなかなかむずかしい点はありますが・・・

参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

理想はかなり高くもってしまいます。
pontamanaさんの仰るとおり、本を読み始めたら一気に終えないと気がすみません。
ちょっとでも理想と違う事になると、もういいやと思ってしまったり……。
少しずつ理想を下げて、小さな目標を積み重ねていくようにしたいです。
ありがとうございます、とても参考になりました。

お礼日時:2006/08/18 18:46

あなたはストイックなほうですか?



良く言われますよね、「激情の主、道に入る」

あまりに情熱が激しすぎるのも困ったものですよね、道になんか入っては、
それは入道、親が泣く事もあり・・。

スポーツに打ち込んで消耗を図るとか、また、将来、心筋梗塞などになる可能性があるやも知れません(無責任な事を言ってスミマセン、Aタイプ、Bタイプとあるのです)のでこれから長いのでゆっくり自分を知り、自分を生かしてください。
ひょっとすると人と違う仕事で名を残す人物なのかもしれません。

素人の考えですが・・。
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この回答へのお礼

ストイック……かどうかは分かりませんが、あまり厳しくなり過ぎないようにしていきたいですね。
自分を知ったり、生かしたりするのは難しい事だと思いますが、ゆっくりやっていきたいです。

回答、ありがとうございました。何だかすっきりしました。

お礼日時:2006/08/20 02:17

 初めまして、うつ病20年のおじさんです。


実は、私は非常な完璧主義なんです。
完璧主義について、自己分析の様な日記を書いた事が有りますので、少し紹介させて頂きます。
===== 前略 =====
I.自分の「完璧主義」についての考察
 完璧主義とは、「完全を自分にも相手にも追求する」性格を持つ人を指す。「誤った考え方」で言う、「全か無か主義」である。
完璧に出来る事など、先ず有り得ないと、自分では分かっているつもりでも、「より良く」と頑張ってしまう自分が居る。 そして悪い事に、頑張っている時は「完璧を追求」している自分に全く気付かないで、その事に夢中に成ってしまっている。 しかも目標を高く持ち、もし失敗した場合には次の目標を更に高く設定してしまう。
(ア)その時の自分の気持ちを振り返ってみると
 A)全ての相手に対して、自分が成した事に「常に賞賛の期待」に満ちている。
 B)もし、相手から期待通りの賞賛があれば、自分は満足し、「当然である」と言った気持ちを持っていた。
 C)もし、相手から何も反応が無かったり、否定されたりすれば「自己否定に陥ってしまう」と言う考え方をしていた。
 D)自分に有益な情報は無いか、手当たり次第に探し回る。又、そのために費やす時間は相当な物である。
D)の理由として、自分は全ての事に付いて知って置きたい。又、真実であるか確認したい衝動に駆られる。
この様に、「相手の自分に対する言動の結果評価」が、自分の気持ちを揺さぶっている。
 何故、相手の言動が「マスター」で、自分の気持ちが「スレイブ」なんだろう?
「誰かが自分に反対ということは、自分の考えや言動に何か問題があるのに違いない」と考えてしまう習慣が身に付いている。従って、その様な事態を回避する為に「完璧主義」を、無意識に追及してしまう。
他人に反対される事が、そんなに怖いのだろうか?
このような考え方をすれば「人から反対されるたびに気分が悪くなってしまう」逆に、「誉められれば、気分が良く成る」と当然考え、他人の意見ばかり気にしている。
煽てられればすぐにのぼせる自分である事は理解している。又、その裏で陰口を言われているだろう事も推測できる。
 しかし、何故この考え方が不合理なのか?
「自分の気持ち・気分」を左右するのは、「自分自身の考え方次第」であると言う事に気付いていないからだ。
他人の賛成や非難などは、自分が「あなたの言う通りだ。全くだ!」と納得しなければ、自分の気持ちに何の影響も与えないはずだ。
だから、たとえ誉められたとしても、自分の気分が良く成るのは結局、自分の考え方次第なのだ。つまり、「他人の賞賛 = 自分の価値」では無いのだ。
 此処の所を、しっかりと肝に銘じて置かなければいけない部分だ。
賞賛ばかり求めると、当然他人の意見に振り回される様に成ってしまうことは明白だ。つまり他人によって「賞賛」の言葉(お世辞であろうと無かろうと)で、コントロールされる事に成る。
賞賛を求める事で、「自分の考えより他人の求めている事」を優先しなければならなく成る。 これは感情的な被害妄想ではないか?
こんな事では、自分の気持ちは常に揺れ動き、自分の考えも表現出来ずに、次第に自滅の方向に向かってしまう。
自分の気持ちと言う物は、自分でコントロールされていなければいけないんじゃないか?「自分の感じ方に働きかけるのは、自分の考え方だけ」でなければ駄目だからだ。
他人は自分について、何でも言ったりできるが、自分の感情に影響を与えられるのは、「自分の考え方」だけなのだ。 相手の出方次第で、自分の気持ちが揺れ動くなんて、何と馬鹿馬鹿しい事ではないか。 冷静に考えて見れば理解出来る事である。
・相手の事など気にしないで、自分の行った事が自分にとってどうであったか?
・完璧など求めず、自分の行動の自分への満足感が、問題ではないだろうか?
・言い換えれば、自分の気持ちがそこそこ満足できれば、それで良いのではないんだろうか? 例え不完全であっても。
・他人からの批判に耳を貸さなければ、いやな感じは受けないはずだ
・非難は批判する人の考えの表現方法の手段なのだ
・完璧には成り得ない事を理解し、前に進み続けるしかない
・自分が正しいと、論理的に証明し様とする無駄な努力を止める
 どうしても自己防衛の姿勢に成ってしまう為、相手の発言を聞く事が疎かになる。これを回避する為、相手と自分は対等であると考え、相手の意見をも尊重する。
他人の言動等は、個々により当然違うであろうし、そんな物にいちいち振り回されていては、自分の気持ちはどの方向に進むべきか次第に見えなくなってしまい、最後には自己破滅と成ってしまう。
非難が自分の誤りの為に、発生する場合もあるだろう。 しかし、その誤りで自分の価値が無い人間だと言う事に成るのだろうか? 他人の否定的な答えは、自分のその発言・行動した事に対してのみ。つまり誤りを非難している訳で、自分の価値を否定しているのでは無いのだ。
 人間は常に誤った事をしている訳では無い。大切なのは自分の気持ちの有り方なのではないか。 
賞賛が「良い気分」をもたらす事は事実で、それは自然な正常の考え方だ。 逆に、非難・拒絶は「いやな気分」と言う事も同じだ。それは人間的な証拠で、認める事が出来る。
しかし「他人の批判」が「自己価値」を決定する権利は当然無いはずだ。
何故「他人の批判」に気遣い「自己価値を決定する」と考えるのだろうか?
仮に誰かに、言動の欠点や間違いを指摘された場合、「自分にとって新しい考え方の一つである」と理解し「自分は不完全であり、他人はその事を教えてくれる『役割』を持っているのだ」と解釈するのが自然な考え方であると思う。
 その様に考えると、自分の間違いや欠点を指摘してくれる人程、本当の自分の良き理解者ではないか?
===== 後略 =====
以上の様に自己の完璧主義に対して分析した日記の一部です。
参考に成るか分かりませんが。 御自愛の程、宜しく。
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この回答へのお礼

とても詳しい考察、ありがとうございます。
読みながら「そうそう」と思いました。

完璧の追求というのは、まったくもってその通りだと思います。
頑張るのをやめて、初めて気付くんですよね……。
そしてそれに気付いているのに、612704さんの仰るとおり、さらに高い目標を立ててしまうのです。

人の目を気にしすぎるというのも、すごくあります。
その人その人に合わせて全然違う事を言ってしまった事もあります……。
人と意見が合う(合わせる)と安心するのです。

> 完璧など求めず、自分の行動の自分への満足感が、問題ではないだろうか?

こんな事、考えた事もありませんでした。
確かにそう、自分がある程度満足できれば、またやろうって気になれますよね。

> 自分が正しいと、論理的に証明し様とする無駄な努力を止める

これも読んで初めて気付きました。
思えば私はいつも言い訳のような事をしていた気がします。
一体何に対しての言い訳なんだか……。

すごく参考になりました!
他にも色々あったのですが、全部書くと超長文になってしまうので(汗)
それでも十分長文なんですが……。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/08/20 02:07

誰でもおなじことです。

意識のしすぎから来るものです。知らず知らずのうちに慣れてきます。
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この回答へのお礼

そっか……みんな同じなんですね。ちょっと安心しました。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/08/18 18:34

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