プロが教えるわが家の防犯対策術!

形容詞には「な形容詞」「い形容詞」「連体詞」があるのはわかります。

「な形容詞」:綺麗な
「い形容詞」:白い
「連体詞」:大きな

でも、少数かもしれませんが「の形容詞」もあると思います。

「の形容詞」:独特の

でも考えたんですが、本当に「の形容詞」は存在するのでしょうか?というのも、上の例では「独特な」もOKだし、「独特」という名詞に、形容詞化する「の」を添加してできた語、ということも言えそうだからです。

どうなんでしょうか?

A 回答 (6件)

国語の学校文法を半ば仕事にしているものです。


「な形容詞」「い形容詞」という術語は、寡聞にして初めて目にしました。その点はあとにして・・・。

国語では「な形容詞」を形容動詞、「い形容詞」を形容詞と呼びます。いずれも述語になるとともに、連体形で連体修飾語になります。
また、連体詞は、ごくまれなケースを除いて(例外があるということは、それだけ国文法が未熟、あるいは
発展途上ということでしょう)連体修飾語になります。

そこでご指摘の「の形容詞」ですが、格助詞「の」は連体修飾語を作る働きをします。

よって、「な形容詞」「い形容詞」(以上二つは連体形で)「連体詞」「の形容詞」は、連体格であるという点で、同じグループに分けることができると思います。

次です。
名詞の中には、「独特」のように、形容動詞の語幹になる(=独特な、などと活用する)とともに、「の」を後接して連体修飾語になる言葉もあれば、そのいずれかになるもの、そのいずれにもならないもの、また「的」という接尾語を伴って形容動詞の語幹になるものと、様々あるでしょう。ただ、それは、各名詞の意味・機能の問題(語彙レベルの話)だと思います。

ここで質問です。質問者の方は、私が以上に述べたようなことはとっくにご存じで、その上で、今の学校文法を超える体系作りをしようとお考えなのでしょうか。また「な形容詞」「い形容詞」という術語について私も学びたいのですが、参考になる本はありますか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

いえ、国語は全然の素人です。日本語を学ぶ外国人に教えるとき、便宜上 い形容詞、な形容詞などの用語を使っている人がいたので、それに乗っかりました。軽くGoogle してみても、日本人の人もそれらの用語を使っているサイトがあったものですから。でも、ウィキではそれらの用語はなかったのでアレ、と思ったんです。やっぱり違いましたか。
皆さん、勉強になりました。

お礼日時:2006/08/21 16:07

日本語教師の資格試験を通った者です。


日本語を母語としない人に日本語を教えるのが日本語教師、日本語を普段使っている人に日本語を教えるのが国語教師といった違いがあり、実はそれぞれによって教え方の枠組みや用語が違うのです。
そうした事情から、日本語を母語とする人には「自分が受けた国語教育と、外国人に教えるための日本語文法にズレがあることを知らない人」が多いため、「形容詞」の捉え方でもこうした行き違いが起こるのです。

ところで、ご質問の件ですが、現代日本語だけを見ず、古い日本語を考えるというのも方法です。
「な形容詞」は古語では「~なり」「~たり」
「い形容詞」は古語では「~し」
が終止形(辞書見出しになる格)です。
「連体詞」の例に挙げられている「大きな」も、昔はどうだったかを考えれば、「大きい」←「大し」ですので、「~し」から始まったのが崩れてきたと考えることができると思います。

さて、「~なり/~たり」と「~し」ですが、大昔の日本語で考えるところの形容詞は「~し」の方しかなかったと思われます。
では、「~なり/~たり」はいつごろから始まったかというと、これは漢文(中国語の文章)を読み下すために便宜上作られたものではないかと思います。その証拠というのもなんですが、「~だ/~な」というような言葉の「~」に入るのは、音読みの熟語であるケースが非常に多いのです。

ようやく「(漢語)の形容詞」の話にこぎつけることができそうです。
この「(漢語)の」という言い回しも、漢文の読み下しをする上で日本語に加えられた表現だと考えられます。
これは叙述の形容詞としては用いられず、必ず名詞を修飾するので、いわゆる日本語文法では常に「連体形」と見なすことができると思います。
「なり/たり」の連体形である「なる/たる」を用いても変わらないと言えば変わらないのですが、漢文の中でも漢詩は特に語調や韻律が重要になってくるので、それを整えるために「の」を用いた、ということも考えられると思います。
今の時代、「当然たること」とかいった表現は、意味は通じますがどうも堅くて話し言葉には向きません。そういうことを照らし合わせてみても、響きを考えて「の」が用いられるということはありうることです。

#3で「的」が触れられてありますが、これも現代では「的な」が当たり前に思われているものの、明治時代などでは「常識的の措置」「実際的の研究」のように、「の」で受けることもありました。このへんに関してはもう少し詳しくデータをとって調べる必要がありそうです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました!!!

お礼日時:2006/08/22 10:40

「ナ形容詞」「イ形容詞」は、益岡・田窪文法での用語だったはずです。



参考URL:http://www.amazon.co.jp/gp/product/4874240666/
    • good
    • 0

みなさんおっしゃるように形容詞という品詞(名詞、動詞など)と、修飾語という文節の分類(ほかに主語、述語など)とを混同されています。


「な」は品詞では形容動詞ですし、「の」は助詞で、それぞれ修飾語を作ります。

>「独特」という名詞に、形容詞化する「の」を

修飾語化する助詞の「の」
ということですね。品詞はかわりません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

3さんで完璧な回答を得られましたが、だめ押しも大歓迎です。

形容動詞という概念を教える、という手もあるけど、英語の伝統文法の枠組みで、という手が手っ取り早かったわけで。でも国語の文法書は一通り読んでおく必要があるかもしれないことが痛感しました。

お礼日時:2006/08/21 16:12

私も前々から「色々のこと」みたいな遣いかたをわざとしていました。


なんだか、「色々な」というよりちょっと田舎っぽくて、独特で好きなんです。
これは結構難しいラインですねえ。
例えば、「世界の夜景」の「世界の」は、形容詞でしょうか。
「諸々のこと」の「諸々の」は、形容詞でしょうか。
「我々の問題」の「我々の」は、形容詞でしょうか。
思うにこれは、連体修飾語の用法と誤って、あるいは故意に「の」をつけ始めたのではないでしょうか。
おそらく、文章の独特性を重要視する作家さんあたりが。
何ともいえませんが、連体修飾語との区別は「の」を「な」に替えても意味が通じるか、でしょうか。
おそらくこの手の語は、これから増えることでしょう。
    • good
    • 0

えぇと... どのような意味で「形容詞」という言葉をお使いでしょうか?


普通の国語の文法だと, 「形容詞」は活用のある自立語に含まれるんですが, 連体詞は活用がありませんよね?
それはさておき, 「独特の」は, 名詞 (独特) +助詞 (の) と考えるのが一般的ではないかなぁ?
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!