付属男子高校に通う高校三年です。将来は国際的に活躍するジャーナリストになりたいと思っています。

自分でいうのもなんなんですが、僕は多読家です。しかし文学本の類はめっきり読みません。
ノンフィクション中心に読みますが、歴史ものだったり、伝記ものだったり、社会問題だったり、新書だったり、基本的にはある意味体感できる実用性があるというか、知識を得ることに充実した日々を見出している次第です。
文学本には何度か手を出したことがあるのですが、なんというか、充実した時間を過ごしている気になれないのです。
メッセージ性がある、その時代の市民の意識を象徴している、この文面からは思慮の深い著者の考えがにじみ出てくるようだなどと、文学本を読む意義を唱える人に共感できないのです。
つまり、100ページあれば伝えられるようなことを長々と長編にする必要はないのではないか、と思うのです。

やっぱり僕は、文学書というのは思慮の深い小説の域を出ないのではないか、と疑ってしまうのです。
文学書を読む意義、人生において活用できる実用性を、教えていただけたら光栄です。

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A 回答 (7件)

他の方々があなたに回答されていることは、恐らく最大公約数的に「正しい」でしょう。

それをあなたが理解(理会)できるか否かにかかわりなく「正しい」と思います。人生に文学書、あるいは小説が、潤いや豊かさを与えることは、あなたをとりまく現在の環境が、あなたに苛酷になり、それまでの方法論では軋轢や齟齬が生じるか、または気がつかないうちに歯車がかみ合わなくなり、あなたに迷いや色々なものに疑念が生じて、自ずと文学書または小説を求めるまで、つまり時間の堆積があなたにとって過酷になるまで、待ってもいいと思います。

文学書を読む意義など、本来他者に十全に伝えられるものではないのでしょう。もし、それを実現しようという方がいれば「奇篤な」優しさとでも言い得るものをお持ちだと思います。

斯く言う私も、男子校に学んで小説の持つ虚構性がなかなか信じられないでいました。(別に男子校だからというものでもないか)読むものは自然科学書とエッセイばかり。

次に述べることにいつか共感できるようであれば、あなたは今より確実に不幸になり、そして文学書という人生に不可欠な伴侶を得、より豊かな人生(これは相対的な価値観ですよ、念の為)を送ることになるでしょう。噛み締めて感じることがあれば、また将来あれば、幸いです。

「小説はそれがなければ生きていけない人間にとっては全てである」

以上です。
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この回答へのお礼

不可欠な伴侶、心に残るお言葉です。
何か大きな壁にぶち当たって苦悩する日々が続いたら、文学書の意義が自ずから分かってくるのなら、焦らずにそのときを待ちたいと思います。壁を乗り越えて一皮剥けた自分が楽しみです!
回答どうもありがとうございました!

お礼日時:2006/08/26 01:39

> 文学書を読む意義、人生において活用できる実用性を、教えていただけたら光栄です。



実用性はありません。文学書がいわゆる名作や古典を指しているのであれば、「教養」を身に付けるため、と答えるかな。現実には話が面白そうだから読むんだけどね。

質問者さんは多読家だからご存知だと思うけど、立花隆 氏は大学までは文学書ばかり読んでいてノンフィクションを馬鹿にしていたらしいけど、社会人(文芸春秋社)になって、ノンフィクションの面白さに気がついたとの事。

質問者さんは、たぶん先にノンフィクションから読み始めてしまったから小説がつまらないと思うからかもしれないね。「事実は小説よりも奇なり」という諺もあるし。
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この回答へのお礼

そもそも僕がノンフィクションを読もうとしたきっかけが立花氏でした笑
ノンフィクションの面白さ、それは切に感じますが、文学書を避けるだけの読書生活は改めたいと思います。
回答ありがとうございました!

お礼日時:2006/08/26 01:42

文学書を読む意義なんぞありゃあしません。

実用性なぞさらにございません。読んで面白いかどうかだけです。
しかしねー、国際的なジャーナリストを目指しておいでになるんなら、自分の国が世界に誇る文学者について一言、言えたり、シェークスピアの有名な台詞が会話に出せたり、フィリップマーロウの粋な台詞を引用できたりしたほうが格好よくありゃしませんかい。
文学(大衆小説、詩、戯曲等も含めて)は人間の奥行きを作るんじゃないですかい。
ジャーナリストに必要なのはその人間としての深みなんじゃあねえんですかい。
老婆心ながら。
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この回答へのお礼

おっしゃる通りだと思います。
文学書に今はまだ面白さを感じませんが、そのときを待って、じっくりやっていきたいと思います。
格好いい大人になりたいですね!
回答ありがとうございました!

お礼日時:2006/08/26 01:36

1人称で綴られたものが読めないのでしょうか。

随筆やエッセイも含めて。幻想小説、SF、推理小説などもだめ?

文学はハゥツー物や結果を求める物ではなくプロセスに着目している点で、史実や伝記のような事実の羅列を文章にしたものとは異なると思います。

主人公が問題を解決する場面では、どういった結果を出すのかを読むというよりは問題を解決するためにいろいろと考えているさまを描写している表現を読むことができ、また必ずしも論理的ではない人間臭い考え方のようなものを知ることができます。

逆に文学を読めないというのは、主人公が考えをめぐらせていろいろと行動をすることによって、著者が想定して仕掛けた「読み手が得る印象」というのを行間から読み出せないということになると思います。

他に、長編は似たような事柄を表現を少しずつ変えることによって、伝えようとすることの輪郭をより正確にしてゆく表現方法などもあり、これはノンフィクションには見られない特徴です。

回答として「文学は~に活用できる実用性がある」というふうには書きませんでしたが、わかりにくかったでしょうか。

質問者さんは、ドストエフスキーの罪と罰あたりはとても読めないのでしょうねぇ・・・
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この回答へのお礼

一人称で綴られたものが読めない、ということではないですが、幻想小説、SF、推理小説などにはあまり興味が沸きません。
論理的で理屈っぽい頭っていうのも考えものですね。人間臭さを失わないように、なるべく偏った考え方をしないようにしていきたいと思います。
回答ありがとうございました!

お礼日時:2006/08/26 01:34

No.2の方が仰っている様に、文学は「肥やし」です。


より深く、豊かな人間性を身につけることができます。
しかしながら、それはすぐに現れるものでなく
長い年月を必要とします。
ゆっくりと 岩に水が染み入る様に。
しかも、それは確実に。 
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この回答へのお礼

心に残るお言葉ですね^^
すごく参考になりました。
回答どうもありがとうございます!

お礼日時:2006/08/26 01:31

文学は「肥やし」です。

そこに実用性を求めるものではありません。今のあなたには、きっと時間が重要なんでしょう。しかし、人生そんなに急ぐものでもありませんよ。ゆったりと文学に浸ることもまた、一つの楽しみです。ご検討ください。
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この回答へのお礼

少し焦りすぎていた気がします。
まだ時間はたっぷりとある、と考えてじっくりゆっくりやって生きたいと思います。
回答ありがとうございました!

お礼日時:2006/08/26 01:30

こんにちは。


ご質問に回答しようと思ったのですが、最後まで読んで疑問点が浮かびました。

>文学書というのは思慮の深い小説の域を出ないのではないか

(1)あなたにとって「文学書」と「小説」は別物なのでしょうか? だとすると「文学書」とはどのようなジャンルの本でしょうか?

(2)“思慮の深い”小説も意義を見出せないという前提でよろしいでしょうか?

よろしければ補足してください。無視して頂いてもけっこうです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます!
文学書の定義が少し曖昧だったためにどう表現していいのか分かりませんでしたが、いわゆる古典や名著とよばれる、時代に関わらず人々に賞賛されるような本のことです。
(2)に関しては、そういうことです。ただ、様々な回答を頂いて少し考え方が変わったので、今ではそう意義を見出せない、と断定する気はありません。

お礼日時:2006/08/26 01:29

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Q文学は何の為に存在するのか? 文学の存在意義・定義・役割

タイトルの通りです。

文学は何の為に存在するのでしょうか? 社会における文学の存在意義・定義・役割とは何でしょうか? 
無知で大変恐縮ではありますが、他に言い様が無いのであえてストレートに質問させて頂きます。

これにまつわる回答をお持ちの方、意見、ご事情などをご存知の方がいらっしゃいましたら、小さい事でも構いませんので教えて下さい。
同意、反論、ご指摘など何でも結構です。
あるいは私が後述で雑感を記載しておりますので、これに対するご意見があればお願い致します。

尚、私自身は極力本を読むようにしていますが、ここにいらっしゃる皆様方と比べて、読書量は全く少ないであろう事だけ先に申し上げておきます。

佐藤優は亀山郁夫との対談で「文学はインテリと話す為の方便」とバッサリ切っており、私も文学と呼ばれるものに対して、実用にはこの編(会話の種)くらいしか使えないのではないかと思うのです。つまりは実用には耐えないが、芸術的な部分で残っているのかな、と推測しているのですが、そうした場合、大学における文学部の位置が芸術的な位置に行くのかと思いきや、現在はパッと見、実学的な位置に置かれているように思えてなりません。
文学は一見何の役にも立たないように見えるけれども、実はこうした部分でかなり役に立っているんだよ、という部分があるのではないかと現在想像しているのですが、皆目どの部分で現実の社会に対して役に立っているのか分からないので質問させて頂きました。

以下、私が思う雑感です。

1.
「怒りの葡萄」は資本主義における社会的欠陥を問題提起しており、社会に対して注意喚起をするという媒体として役に立っておりますが、これは別に当時のニュースや歴史書でも良い。あるいはその事件を発端とした批判や感想などでも良く、最終的に伝えたいメッセージを搾り出す前に「怒りの葡萄」は不要な描写が多すぎるのです(情景の描写など)。

2.
国語力をつけるというのであれば新書などを読めば事足りるのではないかと思うのです。
無論、基本的な部分で国語力をつける為に必要最低限の本は読むべきなのでしょうが、それが今現在、文学を残す為の理由とするには弱いように思えます。

3.
文学から日本国体の体現の為の下地を作るという実用もあるかと思いますが、
枕草子なんかを読んで「ああ、そうそう」と共感を得たり、
芭蕉の俳句で”閑さや岩にしみ入る蝉の声”を読めば「こんなんあるわー」と思ったり、
そうした感覚というのは文学ありきではなく、日本人として自然に身に付く感覚なのだと思うのですね。
むしろ、日本人の教養としては、古典や名文の前に「学問のススメ」などの社会生活を送る際の気構え入門書のような実学的なものを読むべきだと思うのです。

また、上述で挙げた名文を読む際に感動はあるのですが、それでは近年の文学で良作とされるノーベル文学賞を受賞した川端康成の「伊豆の踊り子」を読んだ時に感動はあるかというと、私見ではありますが感動を受ける事ができませんでした(川端ファンの皆様、申し訳ございません)。

霊長類たる人類が作り得る文化遺産を残す為、あるいは何か人に思想やら感覚やらのテーマを与え、文化的な感動を与えたり、冷酷な事実を突きつける事が文学の役割かなと思っておりましたので、個人的な評価ではありますが、普遍的テーマとしての感動が無い作品郡を書いている方が賞で評価される、といった面を鑑みると、川端康成が世間的に評価されている手前、文学というものの意義というのは私が考えている文学の存在意義と乖離しているのではないのかな、と疑問に思ったのが発端でした。

4.
文章を後世の人の魂が震える綺麗な形で残すのも文学の役割なのかな、とも思っています。
「知もて露西亜は解し得ず。ひたぶるに信ずるのみ。」
「知識を持ってロシアという国は理解する事はできない。ひたすらに信じるしかない。」
という二つの文はどちらも最終的な意味として同じものですが、どちらかというと前者が人に感銘を与える、文学的である、そして上の文を残すべきだと私は思っているのですが、これは当たっているでしょうか? 

伊豆の踊り子、斜陽、シェイクスピア4大作品、カラマーゾフの兄弟(現在は上巻のみ読了)などを読み、時間を浪費した、という感じが拭えません。
この文学というジャンルはこれからも読む意義や意味があるのだろうかと、時間を割いて読む必要があるのかという疑問が沸いております。
そこで、文学の存在意義、意味を知れば、そうした観点から文学の実用的意義が見出せるのではないかな、と感じました。

乱文になってしまった部分もあるかと思いますが、どなたか思う所がある方がいらっしゃいましたら、ご教授頂きたく宜しくお願い致します。

タイトルの通りです。

文学は何の為に存在するのでしょうか? 社会における文学の存在意義・定義・役割とは何でしょうか? 
無知で大変恐縮ではありますが、他に言い様が無いのであえてストレートに質問させて頂きます。

これにまつわる回答をお持ちの方、意見、ご事情などをご存知の方がいらっしゃいましたら、小さい事でも構いませんので教えて下さい。
同意、反論、ご指摘など何でも結構です。
あるいは私が後述で雑感を記載しておりますので、これに対するご意見があればお願い致します。

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フーバービルまで辿り着けなかった私が言うのもなんですが。
情景描写対象に何を選ぶかに関しては、作家のこだわりというものがあります。

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言論弾圧されている場合もしかりです。太宰とかあれな作風なのでナルシストとかいろいろ言われますが、戦時中に戦争礼讃の文学なんて一行も書きませんでした。

何を言いたいか、ということよりも、物語を通して、読者にある世界を追体験させたいと思っている作家達がいます。
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「小説でカフカが言わんとすることが、評論家がその小説を解釈して述べることであるとすれば、なぜカフカはそれをはじめから書かなかったのでしょうか?」

安部公房はインタビューでこう答えます。

「日本の国語教育というのは、文章があれば必ず「右の文章の大意を述べよ」とくる。文学作品というのは、大意が述べられるという前提、思いこみ。ぼくの作品も教科書に載っているんですが、「大意を述べよ」といわれたら、ぼくだって答えられない。 ひと言で大意が述べられるなら、小説書かないですよ。 小説というのは、まだ意味に到達していないある種の原型を、作者が提供し、読者はそれを体験する。際限なく読み尽くせるでしょう。無限の情報ですよ、現実は」

二人ともカフカに強い影響を受けているのは、興味深いですね。

2.

まあ、役に立たないと言えば、立たない。単なる趣味です。でも古典を読むようになって、ときどき身につまされることがあります。それは、今私達が何気なく日常的に使っている言葉でも、昔の作家が発明したり、頑張って翻訳した言葉だったりする、ということ。
例えば、「猟奇」は「curious hunting」を、佐藤春夫が訳したものです。

3.4.

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信じられないかもしれないけど、世の中に絶望しきっていて、書かないと死ぬってタイプの人間は確実に存在します。
愛する妻の死後に広島で被爆した原民喜、アウシュヴィッツから生還したプリーモ・レヴィ……
二人とも最期は自殺してしまったけれど、本当に物語を書いていてくれて良かった、と私は思います。

こんな風に必死に文章を書くことで、精神的危機を乗り越えている作家が特に多いのは、文学、今では純文学と呼ばれている分野なんですね。なぜって、絶望的なことだけを書いてもエンターテインメントにはなりにくいから。だからサブカルチャーを楽しむことが多い私は、純文学の偉そうな雰囲気を腹立たしく思いつつも、存続してほしいと思っています。

思うところを書いていたら、長文・乱文になってしまいました。読みにくかったらすみません。

1.

フーバービルまで辿り着けなかった私が言うのもなんですが。
情景描写対象に何を選ぶかに関しては、作家のこだわりというものがあります。

これは私見なのですが、作家が何かをしつこいぐらい描写するとき、その描写対象を深く愛している場合が多い。きっと「俺の中のこれを文章で再現したいんだよ!」と必死で頑張っているので、温かく読み飛ばしてあげてください。ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』なんか、なぜか無駄に猫描写がありますし。もちろん、単に小道具みたいな感じで、より物語を現...続きを読む

Q文学作品と実用文 の違いは?

文学というジャンルには、詩歌や小説以外にもエッセイや批評というジャンルがあります。
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そこで質問です。

文学作品と非文学(実用文)の違いは何なのでしょうか?

また、皆様は、どういった表現によって,その違いを感じますか?

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Q心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。 イギリス文学 心理学 イギリス文学を用いて心理学

心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。

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シャーロック・ホームズはコカイン中毒だったとのことですから、病理心理学はダメですか?
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Q文学的意義とは?!

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No.1 NAIROBIさんのおっしゃる通りだと思います。
ただ、文学史の教科書に載ってるような有名な作品なら
調べればそれなりに答案は書けると思いますが、
とてもマイナーな作家・作品であれば、数多い他作品との比較検討の上で、
自分でその位置づけとか影響とかを判断し主張しなくてはならないわけで、
いきなり難しい課題になってきますね…。
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以下シロウト考えです。ズレてたらごめんなさい。
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Q文学史的意義とは?

大学のレポートで『古典文学作品を読んでその作品の文学史的意義について述べよ』というもがあります。
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