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時代劇で網元に屋号がついてるのを見たのですが網元って商人みたいに~屋って名乗ってるのが普通だったのですか?

A 回答 (1件)

 私の知っている網元は、~屋という屋号を持っています。



 この家の場合、網元であるだけでなく本陣(大名相手の宿舎)を兼ねており、屋号があるのは当然とも言えますが。

 一般に、網元はその漁村の最有力者で資産家でもあり、他の業種を兼ねていることが多く見られるように思います。
 例えば、私の知り合いの網元の場合、その海岸一帯はリアス式海岸で、街道は海と山の間の狭い平地を通っており、海と山の間には道幅もなく、人力で削って道を通した所もあるようなところです。
 ですから農地も少なく、限られた数の集落も江戸時代は主に漁業・回船の風待ちのための港として、成り立っていました。

 ですから、そうした集落の有力者は、網元・宿屋・回船問屋を兼ねるようなことが多かったと考えられます。ですから、商売を兼ねる(商売をやめて網元としてのみ生計を立てていた場合でも)屋号があるのは不思議でないように思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。参考になりました。

お礼日時:2006/08/29 23:44

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