「都市は空気を自由にする」と言った文学者がいたと思うのですが、それが誰だか、ご存知ないでしょうか。
またそれが書かれている作品名(評論タイトル等も含めて)も教えて頂けると助かります。
宜しくお願いします。

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A 回答 (2件)

ドイツで、言われたことばで、特定の人物が行ったのかどうか知りません。

(原語では Stadt machen Luft frei)


以下、【山川出版社「詳説世界史」】より抜粋
11~12世紀以来、北イタリアをはじめとする各地の都市が、つぎつぎに自治権を獲得して自治都市になった頃のこと。
都市が封建的束縛からのがれて自由を手に入れるようになったため、不自由な荘園の農民の中には、都市に流れ込むものもあらわれた。

ドイツでは「都市は空気を自由にする」といわれ、都市に逃げ込んで1年と1日居住した農奴は自由な身分となることが出来た。
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この回答へのお礼

telescope様、ありがとうございました。
はじめての質問だったのですが、こんなに早く的確な回答を得られるとは正直びっくりです。
随分と探していたんですがなかなか見つからなかったので大変助かりました。

お礼日時:2001/01/04 01:26

正確には「都市の...」ですね。

参考になるかどうか下記アドレスに情報が載っています。

参考URL:http://www.sekaishi.com/mailmag/sekamo/51.html
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この回答へのお礼

asuca様、ありがとうございました。
URLも参考になりました。
大変たすかりました。

お礼日時:2001/01/04 01:27

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Q文学部で現代日本文学作品だけを学ぶのは無理?

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を考えたことがありません。

しかし、その文学部について調べていて引っかかる点が少しありました。
他の大学もそうだと思うのですが、国文学は文学部の中でも「東洋文化系」という大きなくくりの中に属していますよね。
その東洋文化系の必修科目や専門科目は、
・中国・韓国語・サンスクリット語などの外国語
・中国古典文学・漢文・国語古典文学・インド古典文学
がほとんどという印象でした。
国語学や国文学もありますが、それ以上に外国語や他国の古典文学の授業がかなりを占めていると思います。
さらに国文学の授業でも、古典文学だけを扱うのが文学部の一般的常識だと聞きました。これは本当なのでしょうか。
教授の研究テーマを見ていても、現代日本文学を専門にしていらっしゃる方がいらっしゃいませんでした。
京大以外の国立大も軽く見てみましたが同じような印象を持ちました。

これは、大学の文学部に進学しても現代日本文学を本格的に学ぶことはあまりできず(卒論を除く)、他国のものを含む古典文学・外国語ばかりということになるのでしょうか?

古典文学も外国語も嫌いではありませんが、現代日本文学をあまり学べず、そちらにウェイトがかなり寄っているなら、他学部に進学して独学で文学を学ぶ方が幸せなのかなぁという気がして迷っています。
文学部で現代日本文学作品だけを、とまでは言いませんが、少なくともそれを専攻にしていると言えるようにはなりたいのです。
それが無理ならば、現代日本文学を学びたいという人が、古典文学や外国語をやる意味って何でしょうか?

文学部に在籍経験のある方や、その辺の事情に詳しい方の回答を頂けたらと思います。些細な情報でもかまいません。よろしくお願いします。

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学、政治学などの社会科学はもとより心理学や哲学といった思想系、時には人間が対象として観察している自然科学分野にまで及びます。そしてそうした全てをひっくるめた歴史にも脚を踏み入れねばならないことも普通です。
 「小説を読むのが好き」と仰る質問者からすれば、近代以前の作品は「小説」ではないのかもしれません。けれど『蜻蛉日記』や『更級日記』も解釈次第では「小説」でもあるとの事実を忘れてはならないでしょう。両者は共に「私小説」です。それは「私に降りかかった事象」を私の目線で見たこととして「自己対象化」の要件を完璧にクリアしていることによります。
 この要件を近代以後の作品に適用してみるならば、漱石、竜之介、そして公房や由紀夫、健三郎といった作家全てにあてはまることにもなります。
 こうしたことを考えてみると、最初の質問である「文学を学ぶ」とはどの様な意味を持ってくるといえるでしょう。そして具体的な内容はどの様な言葉として説明することになるでしょう。ここまで来た時、一先ずの定義を示すこともできます。少なくとも「文学なるもの」を研究対象とする時にしか、この言葉を使うことが出来なくなるとの話です。
 恐らく今後もノミネートされることはあっても村上春樹さんがノーベル賞を受賞することもないでしょう。それは文学が時空を越えて数多くの人と感動や認識を共有することで認められているからとの「文学の存在理由」との間でかなりの隔たりがあることも作用しています。
 『青が消える』が普遍の問題を扱っているといえるでしょうか。この作品をどの様な視点からターゲットとして観察することができるでしょうか。少なくとも僕には公房と類似するテーマを扱いながら彼の一連の作品を凌駕するとも考えられません。春樹が書いているのは「僕にとっては大切なもの」が他から見れば「さほどの意味はないもの」であるとの描写に留まっている点で、公房の足下にすら及ばない。だからどうしたの?で終わってしまうほどの作品ともいえます。
 質問者は「同時代の作家を対象とした」と肩に力を入れて力説していますが、戦後そして1945年以前の作家が同時代の空気を採り上げていないとの考えならば、それは大間違いともいえます。彼らは全員「自分の目線」とのフィルターを通じて社会そして世界を観察し、それを「言葉」として再び世界に放ち、読者(研究者も評論家も)に投げ返してきた、「社会とは…」「世界とは…」「私とは…」そして「これら私を取り巻くものと私の関係は…」との形で。
 少し厳しい言い方になりますが、質問者は「文学」を全く知らないといっても過言ではありません。公房が海外でF.カフカやS.ベケットさらにはA.カミュ、健三郎がG.グラスなどとの同時代の観察者として考察の対象になっていることをご存知でしょうか。またなぜ和歌や俳句に関する研究で外国の研究者の方がより本質的な部分にまで切り込むことができるのか考えたことがあるでしょうか。
 芭蕉の旅は西行の旅と重なる部分が数多くあります。清少納言や兼好の言葉には李・杜、白居易をはじめ多くの言葉がちりばめられてもいます。これはなぜでしょう。それを読む人からすれば、まさに現代の言葉でもあるからです。雪降る朝の光景が「香炉峰の雪」を想起させると清少納言が感じたから、それを言葉にしたのであり、そうした姿をペダンティックと評するのも一つの解釈です。けれどもそれは「清少納言という人物像に対する評価」であり「『枕草子』に対する評価」とは異質なものといえます。
 どうやら質問者は「大学で学ぶ」ことを勘違いしている可能性も多分にあります。専門の教員がいないから学ぶことができないとなれば、質問者の文学に対する姿勢は常に受け身といえ、そこから何を引っ張り出すかとの最も大切な作業を放棄することになります。このような生半可な姿勢では理論構築のない分野とはいえ、何を求めるかとの自らが立てた問いに対する答えを見つけることは到底叶わないともいえます。
 「京都大学の学風に惹かれる」とはあっても、文学部に学風は無関係です。京大文学で「学風」と呼ばれるのは歴史学での「内藤史学」や哲学での「西田哲学」といった「研究スタイル」や「アプローチ視角」での特色です。老婆心ながら誤解されませんように。
 なお「日本文学科」や「国文科」が対象領域として扱うのは必ずしも古典だけではありません。近代以後、「第三の新人」と呼ばれる作家までは対象範囲に含まれます。志望選択をする以前に少なくとも、近代文学史の概要程度は頭に叩き込んでおいていただきたいですね。それが常識ですよ。

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学...続きを読む

Qお気に入りの文学評論を教えて下さい

文学作品を評論する文章として、これはスバラシイというのがあったら教えて下さい。

立派な小説を扱っていなくても、
内容も主張もどんなものでもいいのですが、

作品の紹介の仕方から、章の組み立て、引用の仕方などなど、自分で評論を書くときに参考にしたい、と思うようなものをお願いします。わたしも参考にさせて頂きたいので。

Aベストアンサー

補足拝見しました。
比較的「理論」というものが表面に立たない、内容よりも、書き方、スタイル、引用の方法など、「評論を書く」という観点から参考になるのではないかとわたし自身が思うものをいくつかあげていきます。

まず、古典的名著として
『曖昧の七つの型』(ウィリアム・エンプソン著 岩崎宗治訳 研究社)
イギリスに文学批評という形式が誕生して間もない1930年の作品です。 内容はあくまでも詩学についてですから、読んでいくのは相当にしんどいです。わたしもなにしろ典拠とされる作品がよくわからないので、評論をどこまで理解しているか、はなはだ心許ないのですが、それでも「曖昧性」をキー・ワードに、分析を絞り込んでいくスタイル、「意味」の微妙なニュアンスをときほぐしていくときの鮮やかさ、なんかすごいです。
いまさしあたって読まなくてもいいけれど、こんな本もある、と視野のなかにだけは入れておいてください。

「ひとの欲望というものは他者の欲望を模倣することから発生する」という欲望の理論を、フローベールやプルーストから解き起こしていくものとして、ルネ・ジラール『欲望の現象学』(吉田幸男訳 法政大学出版局)を。欲望の主体をS、対象物をO、欲望を媒介するモデルをMとする欲望の三角形理論が、作品の中からどのように浮かび上がってくるか、ジラールの手法も見事です。

このジラールを援用しつつ漱石の『こころ』を読み解いたものが作田啓一の『個人主義の運命』(岩波新書)に所収されています。これも大変に刺激的。作品を引用しつつ、論を展開していく手法として、参考になるのでは、と思います。

理論とも思想とも無関係に、ここまで読めるんだ、というか、もうひたすら読むことの快楽に身を任せたくなるような本として、ウラジミール・ナボコフ『ヨーロッパ文学講義』と『ロシア文学講義』(ともにTBSブリタニカ)。

さて、つぎは日本の評論に行ってみましょう。
おそらくここらへんはどれも読んだことがおありかと思いますが、念のために。

吉本隆明『悲劇の解読』(ちくま学芸文庫)

大江健三郎『小説の方法』(岩波現代選書)

蓮實重彦『表層批評宣言』(筑摩書房)

中村光夫は『二葉亭四迷論』でもいいし、『風俗小説論』(ともに新潮文庫――絶版ではあるけれど、古書で比較的簡単に手に入ります)でもいい。

もし『風俗小説論』をお読みになるんでしたら、合わせて後藤明生『小説――いかに読み、いかに書くか』(講談社現代新書)も併せて読むとおもしろい。田山花袋の『布団』について、中村と後藤の評論は合わせ鏡のようになっていて、両方を読むと『布団』が非常に立体的に浮かび上がってくる。これは小説を読むより、評論を読む方が圧倒的におもしろいです。同じことは、同書に収められた後藤の志賀直哉の『城之崎にて』と、伊藤整の『文学入門』(講談社文芸文庫)に収められている「下降認識と上昇認識」で読む『城之崎にて』の対比にも言えて、ひとつの作品を別の論者がそれぞれに扱うとこんなふうになっていくのか、と目が醒めるような思いがします。評論読みにはこたえられないたのしみ。

前田愛はとりあえず『樋口一葉の世界』(平凡社ライブラリー)を。

あとは阿部昭『短編小説礼賛』(岩波新書)。

比較的新しいものから何かあげると。
『漱石と三人の読者』(石原千秋 講談社現代新書)
「書き手にとっての読者は作品に組み込まれている」という問題意識から、漱石の作品の読み直しを行っています。非常に刺激的な本。

翻訳された評論となると、どうしても文学理論が中心のものが多いような気がしたので、結構重要なものもバサバサ落としていますが、おそらくサイードやスピヴァクなんかはお読みだと思うので。読み返してみると、なんかバランスが悪いんですが、まぁこんなところで。
これだけあげておけば、とりあえず一冊や二冊、参考になるものが見つかるんじゃないでしょうか。

補足拝見しました。
比較的「理論」というものが表面に立たない、内容よりも、書き方、スタイル、引用の方法など、「評論を書く」という観点から参考になるのではないかとわたし自身が思うものをいくつかあげていきます。

まず、古典的名著として
『曖昧の七つの型』(ウィリアム・エンプソン著 岩崎宗治訳 研究社)
イギリスに文学批評という形式が誕生して間もない1930年の作品です。 内容はあくまでも詩学についてですから、読んでいくのは相当にしんどいです。わたしもなにしろ典拠とされる作品がよく...続きを読む

Q心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。 イギリス文学 心理学 イギリス文学を用いて心理学

心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。

イギリス文学 心理学

イギリス文学を用いて心理学の論文を書こうと思っています。
特にサスペンスやミステリーが好きなので、犯罪心理学の路線で行こうかなと考えていますが、未定です。
集団心理、思い込み(幻想、幻聴など)、多重人格でも何でも、何か心理学的なヒントが見つかりそうなイギリス文学作品があれば教えて頂きたいです。時代は問いません。
和訳されていない作品でも大丈夫です。英語で論文を書くので、むしろそっちがやりやすいかもしれないです。

どんどん挙げてくれたら嬉しいです!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

シャーロック・ホームズはコカイン中毒だったとのことですから、病理心理学はダメですか?
ルイス・キャロルは幼児性愛者だったそうですが、これも病理心理学として使える?

Q評論家アンソニー・ウエストと批評家ホレス・グレゴリーをご存知の方!

岩波文庫から出版されている(現在は絶版のようです)『ロレンス短篇集』という本があります。編訳は河野一郎という人です。
この本の巻末解説に、D.H.ロレンスの作品に対して
評論家のアンソニー・ウエストという人と、批評家ホレス・グレゴリーという2人が言った言葉を引用しているのですが、この2人のついて至急教えていただきたく、書き込みました。

この2人の評論家と批評家の名前のスペリングだけでも教えていただけると、大変助かります!もし、可能でしたら、生没年や出版物なども教えていただきたいです。

早急に必要ですので、どうかご協力のほど、お願い申し上げます。

Aベストアンサー

検索してみました。
下の2人の可能性があります。それぞれ評論家、批評家で、ロレンスについての著書があります。ただし、 『ロレンス短篇集』 をたしかめたわけではありません。下の Wikipedia をてがかりに、さらにお調べになってください。

Anthony West http://en.wikipedia.org/wiki/Anthony_West
Horace Gregory http://en.wikipedia.org/wiki/Horace_Gregory

Q文学作品に出てくる、ファンタジー風な架空の国・都市・街をお教えください。

主に大正以前の文学作品で、西洋・中華・和風ファンタジー風の、架空の国、都市、街をご存知でしたらお教えくださると幸いです。
例として、芥川龍之介の「ゾイリア共和国」、宮沢賢治の「イーハトーブ」のような地域です。
特に西洋に限定致しません。
作者・作品名も合わせてお教えくださると嬉しく思います。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

指輪物語の中つ国とかはてしない物語のファンタージエンみたいな奴ですね……。大正以前になるとほとんど作家の創作した架空の国というよりも伝説レベルになってしまいます。

日本書記・古事記
高天原
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%A4%A9%E5%8E%9F
葦原中国
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%A6%E5%8E%9F%E4%B8%AD%E5%9B%BD

エッダ(北欧神話群)
アースガルズ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%BA
ミズガルズ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%BA
ヨトゥンヘイム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%B3%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%A0

陶淵明 桃花源記
桃源郷
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%83%E6%BA%90%E9%83%B7

スウィフト ガリバー旅行記
リリパット国、ブロブディンナグ国、ラピュタなど
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E6%97%85%E8%A1%8C%E8%A8%98

ちょっと昭和に踏み込んでますが、元祖シェアードワールド(多数の作家が同じ世界観を共有する)なので
ラヴクラフト クトゥルフ神話作品群
アーカム、インスマウス、無名都市、狂気山脈など
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%95%E7%A5%9E%E8%A9%B1

指輪物語の中つ国とかはてしない物語のファンタージエンみたいな奴ですね……。大正以前になるとほとんど作家の創作した架空の国というよりも伝説レベルになってしまいます。

日本書記・古事記
高天原
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%A4%A9%E5%8E%9F
葦原中国
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%A6%E5%8E%9F%E4%B8%AD%E5%9B%BD

エッダ(北欧神話群)
アースガルズ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%BA
ミズガルズ
http://ja.wikiped...続きを読む


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