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今日世界でさまざな人種による差別問題が起きています。
いったい何故同じ人間が差別されるのか?
根本的な原因はナンなのか?
人類はこの問題をはたして克服できるのか
あなたの意見を聞かせてください。

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A 回答 (12件中1~10件)

 涅槃経には、オウム(アレフ)が用いた教えがあります。

それは、「・・・善男子よ、もし一闡提を殺した者は、この三種の殺の罪報の中には堕ちないのである。善男子よ、かの正法誹謗の諸々の婆羅門等は、すべて、皆これ 一闡提である。」です。
 立正安国論の一節には、災難退治の方途は謗法者を禁めることである、との主張に関連して、たとえ謗法者の命を断っても仏法上の罪にはならない、との経文(上記)を挙げられている。
 世間の仏法に無知な人々は、この経文を見て、いかばかり驚くことであろうか。
 おそらく、これまで仏教といえば、人を慈愛することを説いた教え、くらいに思っていたものが、かくも厳しく激しいまでの金言に接して、あるいは、驚きを通り越して恐怖すら懐くかもしれない。
 だが、しかし、これまで日蓮大聖人が幾度も述べ、論証してこられたように、邪宗・謗法こそが、世の災難の根本原因なのである。
 飢饉、疫病、戦争をはじめ、さまざまな天災・人災が、すべて邪宗・謗法によってもたらされた不幸であり、これによって、じつに夥しい数の人命が失われていった。ゆえに、真に人々の幸せと国土の安穏を願うならば、不幸の元凶たる邪宗・謗法を憎み、根絶していくことは、至極、当然の道理といわねばならない。
 こうした釈尊の経文、日蓮大聖人の仰せは、文字どおり、謗法の者を実際に殺害すべきことを推奨したものであるか、といえば、それは否である。現に、釈尊も大聖人も、その御在世における御振舞いにおいて、謗法者の側から命にも及ぶ大迫害を加えられてはいても、自ら謗法者の命を奪わんとしたごときことは、直接・間接を問わず皆無なのである。
 誤まった思想が、人を蔑ろにし、命の尊厳さも軽減してしまった歴史的事実を忘れてはならない。
 神を立てる宗教は、神と人間には差があり、蔑視、主従ということを自ずと生じます。これは、差別思想の根幹を成すものでしょ。
 そして、小乗仏教は戒律宗教であり、自らを律する事ですが、果たして、今の世に出来る人がいるとは思えません。いるとすれば、似非信者でしょう。
 何故、今が末法というかは、それだけ人心が濁っているのであり、清浄化出来ないのです。
 如何でしょうか?

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補足日時:2002/03/27 06:34
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大変貴重なご意見ありがとうございました

お礼日時:2002/03/27 03:49

たとえば、終末思想や末法思想、選民主義等の考え方を強制し、周りに布教し信仰しないやつは、悪魔であり滅ぼすべきであるという考え方を持つ宗教の信者が差別されるのは当然といえば当然であると思う。


この解決には、全ての宗教を廃止あるいは、小乗仏教のような自分の鍛錬のみを目的とした宗教のみの存続によってのみ解決されると思います。
あるいは、肌の色の違いによる見なれなさも原因もあると思います。これは小さいころから近所に肌の色の異なる人と触れ合うことにより未来的に解決することができます。ようは、なれが解決してくれるのでは。

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お礼日時:2002/03/27 03:48

自分を人よりも、えらく、かしこく、高く見せるには、


自分より、下のものを作ることが必要な人が、いるからなのでは
ないでしょうか。

その際には、誰がみても、わかりやすい
体の違い、もっと詳しくいうと、色の違いなどで、区別するのが
手っ取り早いからなのでは、ないでしょうか。

同じ人間が差別されるのではなく、
そういう人は、自分と同じ人間だとは、
思ってないのですよ。

小さなことだと、同郷だとか、同じ学校出身だとか、
共通の敵がいれば結束が固まりますよね。

血液型などでも、人は、区別します。

差別と区別は、違います。

いずれにしろ、心が貧しい人の考えなので、
私には、理解できません。


克服は、できないと思います。
しかし、理解や、世界を近くすることは、できると思います。

以前より、交通機関も便利になり、国際結婚も
ますます増えていくと思います。

そうなると、人種など、あってないもの。

未来の宇宙、地球。スタートレックでも、差別は、ありますもの。

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補足日時:2002/03/27 06:33
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お礼日時:2002/03/27 03:50

根本的な原因は、差別する側の無知と偏見、それに、高慢、独善、にあると思います。



つい最近、「パール判事の日本無罪論」田中正明著、小学館文庫 を読んでいて、初めて知ったのですが、このような人種差別をなくして欲しいと、最初に国際会議の場で提案したのは、わが日本だったそうです。
(詳しくは同著100ページをご覧ください。)

人類はこの問題をはたして克服できるか、とありますが、私は、必ず克服出来ると思います。

 私が思うには、そもそも、人種差別をこの地球上に初めて齎したのは、産業革命後の白人たちであって、アジアの所謂後進国を植民地化し、奴隷のように扱った罪は非常に重いと言わざるを得ません。
これは、もともとは一つである人類間に、相互不信の抜きがたい種を植え、実相を見えにくくしました。
 そのような事実を残すことにより、人類の精神的な歴史の流れを後退させ、「好ましからざる成功例」を、精神的に矮小なる後進の者たちへ、悪しき模倣の手立てを(ヒント)を提供し、真の国際平和の基礎条件である国際法の発展史を歪んだものにした、という点で、二重に罪深い所業だったと思います。

 人類がこの問題を解決することが可能だと、思うのは、差別された側、つまり、有色人種の国々の経済、技術が今後ますます発達していく過程で、まず、物質的な障壁(持つものと持たざるものの隔壁)が事実上なくなっていくであろうこと、第2として、WEB等による、情報の偏頗が正されていくことにより、差別する側とされる側の間に、人種を超えた事実上の個と個の間での相互理解が深まるって行くであろうこと、そして、第三番目として、そもそも、地球上に生きる私たち人間の大多数の理性が、この偏見を正されるべきものだとの認識を抱いているだろう事、などによってです。

 くどいようですが、人種差別を「した」側の人間は、人類の総人口の中では、一握りの人たちでした。

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補足日時:2002/03/27 06:33
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お礼日時:2002/03/25 03:08

とりあえずは、家庭や社会での道徳教育が大事なんじゃないでしょうか?


子は親や社会を見て育ちます。

日本にも沢山の人種の方が増えてきました。
以前よりは別人種に対する免疫が付いてきていると思います。

ともかく、アメリカがお手本になるはずです。
アメリカ次第で世界の人種差別は多少改善されるはずです。
日本は当然アメリカの思想影響を受けることでしょう。

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お礼日時:2002/03/25 03:06

一度ケネス・B・クラーク著の「American dilemma」という本をお読みになってください。

もともとは1920年代に当時のカーネギー財団からアメリカのracismについての研究を委託された同氏が研究結果として書き上げた本で、公民権運動の理論的バックボーンになった本です。
差別は、一般的に差別する側が法的正当性や慣習を前提として議論するのに対して、被差別側は実感としての被差別を問題にします)。ケネス・B・クラークはここを問題視して「法的、制度的な差別肯定を見直す必要がある」と説いたのです。
しかし、相変わらずアメリカでも差別はなくなっていません。それは、ケネス・B・クラークが「法」というものを「成文法」と狭義に解釈せざるを得なかったからです。実際には「法」というのは ケネス・B・クラークが「法律、制度」だけを問題にしているものとは少し異なり、「規範」まで含まれます(インドのヴェーダ法を想像して下さい)。人間が社会を作る限り、法以前に規範が存在します(これがないと法学そのものの意味がなくなりますね)。この「規範」に差別がインプットされていたらどうにもならないのです。

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補足日時:2002/03/27 06:32
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お礼日時:2002/03/25 02:57

人種差別や民族差別は社会が身を守るための防衛機能だと思います


一種の免疫機能です
多少の違いは許すが大きな違いは許さない
もし何でもかんでも許してしまえば社会規範は崩壊し何でも有りの世界になるのです
今の日本もその方向に進んでいます
基準がないアナーキーな世界ほど殺伐としたものはありません
それを自由というならば今の年少者の犯罪行為を助長することになります
良い悪いではなくどのような社会を身分たちが望むかが重要です
ベトナム難民が生活しているアパートでぞみを窓からどんどん捨てると言った周辺住民の苦情があり周辺住民は彼らには最低限の知性も教養もないといってましたがベトナムでゴミを窓から捨てるのは日常だったので彼らは悪いと思ってないのです
難民認定でtvキャスタは認めたらいいと言うようなことを言ってますが自分たちの周りにそういう人たちが増えるのを良しとしないでしょう
アメリカは立前では人種差別反対ですが実体は大いに人種差別する国です
忍者のコスギさんが30年以上前にアメリカに行ったときには差別はあまり感じられなかったが済んでいるうちに差別を感じるようになったといっていました
要するに言葉が分からなかったのでニュアンスを理解できなかっただけだったのです
どこでも人種差別や民族差別は存在します
それらには効も有れば罪もあるのです
人体に免疫機能がなくなれば人体は滅ぶように
全く差別のない社会は崩壊してしまうのです

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お礼日時:2002/03/25 03:06

社会学的な見解は他の回答者の方が言われている通りですが、人間の心理として人より優位に立ちたい、という欲求があると思います。

どうやって優位に立つか?自分が置かれている世界で、Majorityと呼ばれているものに自分が属していて被差別者が属していないことを認識したときじゃないでしょうか?Majorityは数ではなくて、力を持っているもの、という意味でもあります。
もっと根本的なところで言うと、優位に立ちたいことから差別したい人は、その時点で自分の置かれている状況に満足していない人だったりすると思います。
上手に説明できなくてすみません。私は人間が幸せではないことが根本的な原因だと思います。また、人類はこの問題は克服することができないように思います。その前に滅びちゃうんじゃないですかね?

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補足日時:2002/03/27 06:31
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お礼日時:2002/03/25 03:06

差別というのは世界中で存在しますよね。

人種だけに限らず、宗教など。同じ国の中でも階級制度が存在します、ヨーロッパには今でも歴然とそれは残ってますし、インドのカースト、南アのアパルトヘイト、日本にも士農工商・えた・ひにんがありました。                    社会に必要なシステムとして’差別’は組み込まれていると思います。今でも王族、貴族などは存在するし、日本の同和問題のように被差別部族もいるわけです。哲学的な事はよくわかりませんが、人間とは差別しないで生きていけるでしょうか?僕は不可能だと思います。             例えば、幸福か不幸かどうやって判断しますか?自分がいい給料をもらっているか?それは他者との比較になってしまいますよね。比較することは差別ですね。卑下するかどうかは結果にすぎない・・・           要するに、差別は絶対になくならないということです。人間が生きていく上で必要な物だからです。悲しいことですが聖人君子のような人で無い限りは差別をしないで生きていくことはできないでしょう。

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お礼日時:2002/03/25 02:56

最も原始的な理由としては,別のグループを排除しなければ生きて行けなかったという太古の生活が根本をなしているものではないかと思います。


人類の歴史は争いの歴史ですからネ。
次いで,外見上に違いが認められるもの,異質なものは仲間ではないという意識。
これが発展していくと,異なる言葉を喋るものは‥,異なる文化を持つものは‥というふうになるでしょう。
そして,宗教の違いによる軋轢。
ユダヤ教はキリスト教をユダヤ教の一部であると考えています。キリストもラビの一人に過ぎないと。しかし,キリスト教からはユダヤ教は異教徒として見えるのですネ。
宗教の多くは地域局在性を持っていますので,それが,よけいに対立の元となるのでしょう。
互いを尊重しあう,互いを理解しあう,互いに敬意を払いあう。
人と動物の違いという,この点をきちんと実施することで差別はなくすことができるでしょう。
しかし,それを利用しようとする人がいる限りはなくならないものでしょう。
以上kawakawaでした

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お礼日時:2002/03/25 02:56

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