KKKとは、白人至上主義のアメリカ人が、黒人その他の有色人種に対して差別し、暴力をふるうという組織だと認識していたのですが、「風と共に去りぬ」の小説では少し違った描写がなされています。
南北戦争後、解放奴隷の一部(奴隷の中でも身分の低かった者)による暴行、強姦が増え、被害を訴えても政府が取り合わないために、自警団として組織され、被害者の仕返しをするという内容で、この小説だけを読む限りでは、組織の設立には同情の余地があるように思われます。
途中から、組織の体質が変化したのでしょうか?それとも、作者が南部人なので、都合よく解釈しているだけなのでしょうか?
ご存知のかた、教えてください。

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A 回答 (5件)

>自警団として組織され、被害者の仕返しをする



すみません、上記は私の持っている現在のKKKのイメージとまったく矛盾しません。どんなに極悪に見える組織でも、何かしらの理由や事情があって結成されるわけでして、その内容が過激だから問題になるのだと思いますが。

例えば黒人が白人の娘に色目を使ったら、言葉で忠告するなり、おまわりさんに相談するなりすべきなのであって、いきなり、その人んちに火をつけるべきではありませんし、ましてや、黒人だから火をつける、白人なら何もしない、というのではいけません。

そもそも、「奴隷」という存在だって今は差別の権化とされていますが、実際には、アフリカで拉致されて教育を取り上げられていたとはいえ、良心的な農園は、衣食住を与えて大事にしていたわけで、それも、南北戦争の敗北とともに、賃金を払えない農園主が奴隷を手放さざるを得なくなり、酷い仕打ちを受けていた奴隷も、手厚く保護されていた奴隷も、まとめて世の中に放り出されたわけです。

そういう「世の中の合理化という宝物と引き換えに、失われていくロマン」こそが、“風と共に去”っていったものなわけですよね。差別とは単純なものではありません。それは現代の日本とて同じです。
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この回答へのお礼

作品では、政府(北部人)は罪を犯した黒人は野放しにするのに、それに対して仕返しした白人は絞首刑?にする、危険な黒人にこれ以上好き放題させられないため、自らで裁きを行うといったニュアンスで描写されていたため、疑問に思いました。
15年前に初めて読んでから今回で3度目ですが、奥が深くて飽きませんね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/09/17 00:14

参考まで…



『風と共に去りぬ』の20年以上前に作られた史上初の長編映画『國民の創生』は、南北戦争後のアメリカと「窮地に陥ったヒロインを救出する英雄」としてのKKKを描いて大ヒットした作品です。(この事が後世の評価に影響を与えたそうですが…)
もしかしたら、この映画の価値観が『風と共に去りぬ』にも影響を与えていたのかも?

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/國民の創生
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この回答へのお礼

『國民の創生』聞いた事がありますが、無声映画時代の作品だったんですね!DVDのレンタルがあったら一度観てみたいです。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/09/17 00:41

KKKの初期の話だけに限定しますが、貧乏で無学な白人が単純に「黒人への自警団」として自然発生的に組織されていきます。



最初は、確かに自警団的な要素がありましたが、白人側(特にKKK)の対応が過剰反応できであったこと、および、特に南部の警察組織が黒人の訴えに消極的であったことから、かなりの速度でエスカレートしていきました。
この辺りは、関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件を参考にすると良いと思います。民族に限らずその状況においてはそういう行動をするのですね。

因みに強姦事件自体は、一応は黒人の方が多いとも言われていますが、受理件数なので何とも言えません。なにしろ、この時代(現代でも?)は白人が黒人を殴ることなどは「事件に当たらない」ことでしたから。

一方の黒人側は、キング牧師を中心とした非暴力主義を採っていきます。キング牧師は志半ばに殺害されますが、この後、少なくとも法の上では平等に扱われることが認められました。

話を戻すと、黒人が白人を暴行・強姦したというたった数例の事例(その裏には白人から黒人へのそれも多数存在する)への自警団としてKKKは組織されていったのです。

その後の歴史に関しては#2の方の回答に書かれているので割愛します。
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この回答へのお礼

作品では、貧乏白人は北部人になびいて裕福になり、KKKに加わったのは教養ある元農園主たちとなっています。
どのような理由があっても暴力に頼らず、キング牧師のように地道に活動することでこそ道は開けると信じたいです。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/09/17 00:37

「風と共に去りぬ」は、南北戦争とその前後を舞台とした小説で、


KKKが正式に結成されたころと重なっています。
確かに、解放奴隷の一部に白人への暴行・略奪はあったでしょうが、
根本的には、これまで抑圧(人間扱いせず、家畜扱い)してきた黒人が
自由になりあたりをうろついていることへの恐怖心から自然発生的に
生まれたのが原因です。
実際、白人への暴行・略奪を働いた黒人よりもKKKに殺された黒人
の方が数は「圧倒的に」上です。

作者マーガッレト・ミッチェルは南部の出であり、北部に蹂躙された
南部文化への憧憬もあったのでKKKに関しては手心を加えたのでしょう

しかし、黒人に選挙権が与えられたのは60年代になってからですし
彼女の思想も作品内の表現も、当時は、ごく普通のことでしたから
しょうがないんですが。

KKKに同情の余地があるのは、少なくとも発生の時だけです。
その後は急速に、黒人・(日本人)アジア人・ヒスパニック・ユダヤ
そして、左翼や同性愛者、中絶擁護派へと攻撃目標を拡大させました。
現在のKKK(IKA)の主な構成員は、地方に住む貧しい白人です。
彼らは根拠の無い「白人優位主義」を掲げ、自分たちのダメなところ
は棚にあげ、ほぼやつあたり的な攻撃をしています。
(建前は非暴力主義を掲げている一派もありますが)
もし、今でもマーガレット・ミッチェルが生きていたら、作品の一部を
手直ししたかもしれませんね。
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この回答へのお礼

やはり、作者の南部人的な考え方が、少なからず作品に反映してるのでしょうね。
近年のKKKについてどう思うか、本当にミッチェルに聞いてみたいところです…。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/09/16 23:54

KKKは1865年に設立されていますが、設立当時の理念がどのようなものであったかを示す資料は私の知る限りではありませんが、設立の6年後には政府に違法のテロリスト集団と認定されています。



設立からわずか数年でそのような組織として認定されるような団体だったということは、設立当初から違法な、道理に合わない理念を持っていたと考えるのが普通でしょう。
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この回答へのお礼

農園主たちが戦争で多くを失ったのに対し、支配していた黒人たちは自由を与えられたことを、冷静に受け止めることができるはずがなかったといったところでしょうか。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/09/16 23:38

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Q私はいま中学3年生で体育祭の団リーダーになりました!ですが、団の名前が全然思いつかなくて、だれか黄色

私はいま中学3年生で体育祭の団リーダーになりました!ですが、団の名前が全然思いつかなくて、だれか黄色をメインとした、いい団名を教えてくれませんか?

Aベストアンサー

黄色だとひまわりをテーマにした名前を付けてるところが結構ありますね。
フランス語でSoleil(ソレイユ)が人気かな。
シルクドゥソレイユとかのアレです

Q現代が奴隷制度だったら奴隷の値段はいくらですか

昔の奴隷制度を調べていますが、奴隷の値段が結構高かったことに驚きました。

次のサイトでは、1000万円と説明されています。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1330928393

質問1. 東大卒などの一流大学卒(特に理工系)を奴隷で雇うといくらでしょうか。

質問2. 普通の高校卒ではどうでしょうか。

質問3. アフリカなどの季節労働者で日本語も、読み書きも不自由なアフリカ人はどうでしょうか。

回答は、個人的推測でもかまいません。現実にこのようなことは起こり得ないでしょう。

これは、あくまでも想像上の質問です。奴隷制度の概念を調べる上で、疑問がわきました。

(奴隷売買の場所は日本です。)

Aベストアンサー

奴隷制度の本質的な論点は「所有」ということにつきる、と思います。
現代で言えばロボットが奴隷の概念に一番近い存在だといえます。

その点で質問の1,2,3、すべてに答えが出しにくいといえます。
簡単に言えば、「東大卒並みの計算能力を持つロボットはいくらか?」と聞いているのと同様だからです。
これが汎用品のロボットであれば価格はそこそこであるでしょう。同様に東大卒も毎年数百人の数で生まれますので、それなりに価格は安いといえます。
そして「価格」は買った金額という投資額と予想されるリターンで計算されます。つまり家事手伝いに東大卒を雇うやつはいない、ということです。

ですからご質問にあるURLの詳細で「熟練工奴隷なら1000万で、当時の自由労働者は年収200万程度」というのは、投資とリターンを考えると奴隷のほうが安くなるわけです。
というのあ、奴隷を1000万で購入した場合初期投資額は1000万で後はランニングコストだけです。ランニングコストとは、衣食住を最低限保障し怪我や病気が無い様にはたらけるようにすることです。そうすれば寿命いっぱい働くとして20年程度は働けるでしょうから、ランニングコストを20年で割ると毎年の給料相当額は50万、衣食住は現代でも年収の半分以上ということはないでしょうから、自由労働者の半分として100万、年間150万で労働力を確保できるわけです。そしてこれには死亡するというリスクはあっても、やめてしまうという自由労働者では覚悟すべきリスクが皆無になります。
これが所有の一番のメリットなのですが、副次的に「来年も働くし、再来年も働くから生産計画を立てやすくなる」というメリットも発生します。

ここまでを踏まえて、東大卒を30年から40年所有し新しい技術開発などで働いてもらうなら1億程度でも安いかもしれません。
同様に普通高校卒だと、現代の高卒の生涯賃金が2億程度であるということを踏まえて、5千万から1億弱ぐらいなら買っても損はしない投資額、といえるのではないでしょうか。

3は難しいですね。そもそも買った上でどのような労働に従事させるのでしょうか。読み書きも出来ないような場合は単純労働しかできませんが、そうすると産業ロボットとの競合になってしまいますし、その場合は明らかに人間の肉体は不利(ロボットは24時間働いても疲れない)ですので、そもそも投資として購入するかどうかも疑問です。

買って何をするか、これが奴隷の本質であり、だから果樹園の知識があるような奴隷は相当に高値で取引されたわけです。
このような奴隷なら、投資して購入しても1年でそれなりのリターンを得られるからです。

奴隷制度の本質的な論点は「所有」ということにつきる、と思います。
現代で言えばロボットが奴隷の概念に一番近い存在だといえます。

その点で質問の1,2,3、すべてに答えが出しにくいといえます。
簡単に言えば、「東大卒並みの計算能力を持つロボットはいくらか?」と聞いているのと同様だからです。
これが汎用品のロボットであれば価格はそこそこであるでしょう。同様に東大卒も毎年数百人の数で生まれますので、それなりに価格は安いといえます。
そして「価格」は買った金額という投資額と予想される...続きを読む

Q作曲家の名前を冠している弦楽四重奏団

弦楽四重奏団にはクラシック大作曲家の名前をつけている弦楽四重奏団があります。

例えば、

アルバンベルク弦楽四重奏団
スメタナ弦楽四重奏団
バルトーク弦楽四重奏団
ヤナーチェク弦楽四重奏団

といった団体がありますが、弦楽四重奏団では何故大作曲家の名前を付けるのでしょうか?
また、名前を使用する許可はどのように取っているのでしょうか?

Aベストアンサー

弦楽四重奏団だけでなくピアノ三重奏団などもそうですが、室内楽のアンサンブルには時々作曲家の名前を冠したものがあります。弦楽四重奏団の場合、リーダーとなる人(第1ヴァイオリン奏者など)の名前を付けるのが一番多そうで、あとは楽団が拠点とする都市の名前や、芸術に関係するギリシャ語などがあります。数としては、作曲家の名前を冠した楽団が特別に多いというわけではありません。
作曲家の名前を使う場合も、誰でもよいというわけではなくて、結成する音楽家たちの母国の大作曲家で、なおかつそのジャンルに重要な作品を残している人の名前を選ぶのが普通です。自国が誇る作曲家の名前にあやかるという意味もあろうかとは思いますが、やはりその作曲家に敬意を示し、その作曲家の弦楽四重奏曲を主要なレパートリーにするという方針が結成時からあります。また、大作曲家の名前を戴くことによって、その名前に恥じない楽団として活動を続けていくという決意のようなものでもあるでしょう。あと音楽の場合、いろいろな場面で有名作曲家の名前を冠する習慣はあります。演奏会のホールなども、その国の作曲家の名前を付けたものは多いです。また、そもそもヨーロッパでは、街の通りの多くにも著名人の名前を付ける文化があるので、そういう意味では、作曲家の名前を楽団名にするのもごく自然な発想なのかもしれません。
古い時代の作曲家の名前なら、使用許可などはいらないと思いますが、亡くなって間もない現代の作曲家のような場合はやはり許可が要ります。方法はケース・バイ・ケースです。たとえば、アルバン・ベルク弦楽四重奏団の場合は、命名前のプライヴェートなコンサートにベルクの未亡人、ヘレーネ・ベルクが聞きに来て、祝福の念とともにベルクの名前を使うことを許可したという経緯があります。ベルクは、弦楽四重奏曲は少ししか残していませんが、「抒情組曲」という作品が弦楽四重奏曲の作曲史の中では重要な作品です。作品3の弦楽四重奏曲もよく演奏されます。これらはもちろん、アルバン・ベルク弦楽四重奏団の重要なレパートリーです。
スメタナ弦楽四重奏団も、もちろんチェコの音楽家による団体で、最初のレコーディングでスメタナの弦楽四重奏曲を取り上げました。ヤナーチェク弦楽四重奏団も、作曲家が学び、生活の拠点としたブルノの音楽院の学生が結成した楽団で、当初はJAMU弦楽四重奏団という名前でしたが、ヤナーチェクの作品を主要なレパートリーにしていたため、のちにヤナーチェク弦楽四重奏団と改名しました。この二人の作曲家も、ベルク同様、弦楽四重奏曲は2曲しか残していませんが、どれも弦楽四重奏の作品群の中にあって重要なレパートリーです。
チェコには、マルティヌーという20世紀の作曲家の名前を付けた弦楽四重奏団もあります。まだ知らない人もいるかもしれませんが、弦楽四重奏曲は6曲あり、作曲家自身弦楽器奏者だったこともあって、演奏効果の高い、このジャンルの中ではよく取り上げられる作品です。プラハ音楽院の学生が結成したのがこの楽団の始まりで、命名に当たっては、マルティヌー財団から承認を受けています。
コダーイ弦楽四重奏団というのもありますが、やはり作曲家と同じハンガリーの楽団です。コダーイの作品は、それほどたくさんは知られていないと思いますが、音楽教育に功績があった人で、ハンガリーでは多くの人に慕われた重要な人です。弦楽四重奏曲はやはり2曲しかないのですが、もちろんこの楽団の主要なレパートリーです。コダーイの名前の使用については、ハンガリーの文化教育省から許可を得たそうです。
バルトーク弦楽四重奏団の場合の命名の経緯についてはわかりませんが、やはりハンガリーの弦楽四重奏団で、主要なレパートリーとしたバルトークの6曲の弦楽四重奏曲は、このジャンルの代表的名曲です。
コダーイ弦楽四重奏団もバルトーク弦楽四重奏団も、メンバーはブダペストのフランツ・リスト音楽院の出身です。
もちろん例外もあります。むかし、ベートーヴェン弦楽四重奏団という団体がありましたが、これは旧ソ連で結成されたものです。当初は国立モスクワ音楽院弦楽四重奏団という名称でしたが、音楽院の改組により改名する必要が生じました。当時は政治的理由で過去の作曲家が批判されていて、作曲家名は使いにくく、例外としてムソルグスキーとベートーヴェンの名前が候補にあったそうですが、ムソルグスキーは弦楽四重奏曲を書いていないのでベートーヴェンになったということのようです。したがって、必ずしも当初からベートーヴェンを重点的に演奏したわけではないようで、ベートーヴェン弦楽四重奏曲全集の録音は結成後だいぶ経ってからのことです。むしろ、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲などを演奏した団体として記憶に残っています。

弦楽四重奏団だけでなくピアノ三重奏団などもそうですが、室内楽のアンサンブルには時々作曲家の名前を冠したものがあります。弦楽四重奏団の場合、リーダーとなる人(第1ヴァイオリン奏者など)の名前を付けるのが一番多そうで、あとは楽団が拠点とする都市の名前や、芸術に関係するギリシャ語などがあります。数としては、作曲家の名前を冠した楽団が特別に多いというわけではありません。
作曲家の名前を使う場合も、誰でもよいというわけではなくて、結成する音楽家たちの母国の大作曲家で、なおかつそのジャ...続きを読む

Q奴隷制度で奴隷となったのはアフリカ人だけですか?

かつて奴隷制度が盛んでしたが、奴隷となったのはアフリカ人だけですか?
それとも中南米の人たちも奴隷となりましたか?

そもそもどうして奴隷が必要なったのでしょうか?
長い目でみると自分たちの仕事を失うことになるし、奴隷人口が増えれば、自分たちの文化の純度も失われてしまいます。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

アメリカ大陸にアフリカ人が連れてこられたのは
西インド諸島などの現地民(昔の言い方でいうといわゆるインディオ)が
酷使や疫病の結果として大量に死亡したためです。

また南米のチェピ族などは奴隷になるよりは
食われて死んだほうがましと考えていたので
捕まえて奴隷にしても(彼らは恥辱と考えて)働かなかったなどあり、
また偏見や差別感情から、農場を荒らす
害獣としてインディオ狩りが行われ、大量に虐殺されました。

その後、一部ではキリスト教に改宗させて農耕に
従事させましたが、ヨーロッパから持ち込まれた疫病で
南北アメリカ大陸の原住民は大量の死亡し、人口が激減しました。

それで安価な労働力としてアフリカからわざわざ
奴隷をアラブ人などから買ってきて輸入したのです。

奴隷は、単純作業、特に農耕や鉱山採掘、石切などに
従事させるための家畜化された人間です。
発展段階の低い社会で人類が好んで用いる方法で、
ようするに、嫌なこと、辛い仕事を他人を脅してやらせるわけです。

根本的には利益が生まれる限りは存在しますが、
工業化、近代化すると賃金雇用の形態をとるほうが
はるかに便利で、利益があがるので、
どこでも徐々に廃止されていきます。
奴隷制は結局、その人々を食わせて養わねばならないので
その分、面倒で、反抗や反乱の危険もあるわけで、
低賃金でその都度雇ったほうが都合がいいわけです。
これらはともに人権に配慮したものではありません。
この点に関しては利益だけが考慮されていると言って過言ではないです。
要するに、奴隷制は古臭く、もうからないので廃止されたわけです。
奴隷制のある社会は古く後進的な社会で、
資本主義の発展段階で消えていったということです。


”文化の純度”云々は根本的に考え方が
どこか間違っているんでしょうし、質問の意図と離れますが
純粋な文化などこの世に存在しません。
文化とは伝播し交流し発展するものです。
他とのつながりを持たない孤立した文化は滅びる運命にあり
また実際に十人十色というように、二人の人間がいたら
二つの文化が存在するわけで、
人間は常に他人との交流のなかで文化を更新していっているのです。


さて、安価な労働力の流入は常に失業を生みますが、
奴隷制でも不法移民でも、雇用者が呼び込むものであって
労働者がどうこうする問題ではないのです。
だからこそ世界中で移民問題が論議されているわけです。

アメリカ大陸にアフリカ人が連れてこられたのは
西インド諸島などの現地民(昔の言い方でいうといわゆるインディオ)が
酷使や疫病の結果として大量に死亡したためです。

また南米のチェピ族などは奴隷になるよりは
食われて死んだほうがましと考えていたので
捕まえて奴隷にしても(彼らは恥辱と考えて)働かなかったなどあり、
また偏見や差別感情から、農場を荒らす
害獣としてインディオ狩りが行われ、大量に虐殺されました。

その後、一部ではキリスト教に改宗させて農耕に
従事させましたが、...続きを読む

Q暴力団の起源に付いて。

広域暴力団、とかよく聞きますが、広域ではない暴力団はいるのでしょうか?
地域密着型暴力団?

もう一つは、暴力団の起源とその名の由来です。

単純に、当時の暴力団は、その名前を良しとしたのでしょうか?

Aベストアンサー

現在の暴力団の歴史
それは、山口組の歴史あるいは三代目田岡組長の歴史です。
戦前においては、おっしゃるような地域密着暴力団でして、数十人レベルの組織でした。
博徒として賭博での収入や縁日の収入以外に、港湾労働者の人材派遣業を事業拡大。その後芸能で全国展開です。
芸能人を商材として押さえ、その商材を全国に展開するとともに、全国の地方暴力団をフランチャイズとしていきました。
なぜ田岡組長ができたのか?それは、テレビです。テレビで出ている芸能人を押させることで、一般消費者にとって、「あのテレビに出ている人を生でみたい」という欲望が発生し、その芸能人を押さえている山口組が強力になりました。

と、以上マーケティング的な視点より。

Q古代の奴隷制と三角貿易頃の奴隷制の違い

世界史で分からないことがあります。
古代のギリシア・ローマの奴隷制と、19cごろのプランテーション経営を行っていたヨーロッパ(アメリカ?)での主に黒人の奴隷制の違い、またなぜ奴隷制はなくなったのかについて教えて下さい。

Aベストアンサー

前者は征服された地の人々を征服者が連れ帰って奴隷となったケース。古代ローマなどでは必ずしも悲惨で過酷な労働を強要されたわけではなく、身分制度の最下層という位置づけでしたので、実力のある人は、それなりの財を築けたりしたらしいです。
後者は、牛馬と同様、肉体労働の担い手としてアフリカなどで狩ってきた人々を集めてアメリカなどに販売する商品でした。当時、キリスト教にとって、異教徒は人間では無かったので、九州の日本人もキリシタン大名やキリシタンが手先となり、宣教師の指導のもとでインド方面などに売られていました。
こちらは「人」よりも「家畜」とみなされていたので、例えばアメリカから100人の奴隷を注文されると、奴隷船には2~300人を乗せて出港、途中、彼らが病気になると、他の奴隷に移らないように海に捨てました。最終的に納品場所に100人を連れて行ければよかったのですが、この行為は、牛馬でも同じことを行っていたので、欧州各国で法的にも認められていました。
アメリカでは、南部が奴隷を活用して綿の栽培で富を築いていましたが、北部では奴隷を活用する産業が無く、逆に奴隷によって白人の仕事が無くなることもあったため、南北戦争で北軍が勝利した結果、奴隷の活用が大きく制限され、奴隷制度も下火となりました。つまり、単に活用範囲が狭くなって下火になっただけで、当初は特に「人種差別」が問題視されたわけではありません。その証拠に、後年、国際連盟で日本が人種差別撤廃を呼び掛けた時、アメリカはそれに賛成せず、廃案としました。

前者は征服された地の人々を征服者が連れ帰って奴隷となったケース。古代ローマなどでは必ずしも悲惨で過酷な労働を強要されたわけではなく、身分制度の最下層という位置づけでしたので、実力のある人は、それなりの財を築けたりしたらしいです。
後者は、牛馬と同様、肉体労働の担い手としてアフリカなどで狩ってきた人々を集めてアメリカなどに販売する商品でした。当時、キリスト教にとって、異教徒は人間では無かったので、九州の日本人もキリシタン大名やキリシタンが手先となり、宣教師の指導のもとでインド...続きを読む

Q暴力団関係会社について

2/8 今日のNHKニュースで、みずほ銀行員が暴力団関係会社に個人情報を流したとの報道がありましたが、
暴力団関係会社とはどんな会社なんですか?
固有名詞でもいいですし、一般的に暴力団が経営している会社ってどういうものがあるか教えてください。

暴力団と暴力団関係会社の体系として、会社の利益は暴力団にも流れて、創立するときの資本は暴力団が稼いだ(薬とか?)でつくってて、株主は暴力団幹部が占めている、、という感じでしょうか?

Aベストアンサー

 一般的に「フロント企業」と言われ、暴力団関係者が設立・運営しているか、暴力団の周辺者が運営して利益を暴力団に還流させている企業を指します。

 社員なども形式的に暴力団を辞めた「元」組員だったりします。

 たとえば以前、暴力団は飲食店から「みかじめ料」(縄張り内で営業することに対する金銭要求)を取りたてていましたが、これが暴対法の施行と共に難しくなりました。このため、「おしぼりのレンタル」「観葉植物のレンタル」「警備サービス」などの、一見合法と見える商行為で、これらの取り立てを代行するわけです(フツーのおしぼりを納入しておしぼり+みかじめの料金を徴収する)。
#もちろん、こうした業者が全てフロント企業である、と言うわけではありません

 また、ヤミ金や土木業、産廃業などにもあったりしますね。

Q世界史です。よろしくお願いします。 19世紀のアメリカは、主に奴隷反対の北部と奴隷賛成の南部に分断さ

世界史です。よろしくお願いします。

19世紀のアメリカは、主に奴隷反対の北部と奴隷賛成の南部に分断されていました。では、なぜ北部州は奴隷反対だったのでしょうか?奴隷がいる方が、製造活動にも使えると思うのですが…

それぞれ奴隷反対と賛成の理由について教えてください

Aベストアンサー

工業が発展した北部では、黒人を奴隷ではなく、有給の労働力とし、彼らが稼いだ金で自由に工業製品を消費することによって国内市場の拡大するとの考えのもと、黒人奴隷制には反対を主張した。 一方アメリカ南部の主要産物は英国向けの綿花であり、それを支えるために多くの黒人奴隷が必要となった。 北部と事情が異なり、黒人が綿花の消費者になることはありえないゆえ、奴隷制維持を主張した。

Q「暴力団」って、誰がネーミングしたの?

「暴力団」って、誰がネーミングしたの?
暴力団として存在してる時点では取締りできないの?
何をすると暴力団なの?
何もしないなら、それは暴力団ではないし。
つまり、違法性があると見なすのが、暴力団扱いでしょ?
だから、取締りを受けない暴力団なんて存在しないんじゃないの?
逃げてる段階の場合にのみ、暴力団として存在するかもしれないが、捕まればその時点で、解散だろうから、そこで団体は消滅かと。

暴力団=犯罪団体
ではないのかな?

私が知る限りの常識では、暴力団とゆう団体が、突発的でなく、ずーと続いて存在してる意味が分かりません。

Aベストアンサー

http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini00.htm
戦後闇市があった頃では????
URLで役に立つと思います

QSF小説にでてくる中世時代での治安を守る組織について

質問は大まか2つあるのですが、、
町の治安維持という名目で現在の機動隊の役割にあたる
中世ヨーロッパにおける組織?呼称ってなんですか?

背景にもよるかと思うのですがSF小説には町を守る存在とし
親衛隊や近衛隊~カタカナ名@隊長なるお偉い人が絶対でてきますが
上を行く階級、この人に指示する人はどんなポジション役割をもった人なんでしょうか?

wikiをみてもこんがらがるばかりで国があって統治する国王がいて領主/封建貴族?が町を治め、
そしてその町や村の治安維持はどこが指示をだしどのように連携されてるのか組織図体が掴めません。

そーいった時代、交番みたいなものはあったんでしょうか?
今で言う警察が役人と称される人たちのことですよね?
駐在所を設置したとして配備される役人の正体は国王か領主が手配した
常備軍か何かしらの軍人さんなのでしょうか・・??

うーん疑問が色々mixしてるかもしれませんが、ご存知の方教えてください<>

Aベストアンサー

中世ヨーロッパも色々な国がありますので一概には言えませんが・・

日本の封建主義もそうなのですが、封建主義というのは、階層社会を必要とします。
このとき、貴族・農民・町民(平民)などに分かれた階層は、自分たちの地域(町・村)などを基本的に自治で治めています。
もちろん国王や貴族は、農民などに対して収税の権利を持っているのですが、国王の兵隊や行政組織が直接取り立てるよりも、農村ごとに集めて納税するということをしていました。
日本でいえば、このような機能を持っていたのが庄屋・名主です。もちろんそれなりの富裕者であり、村の実力者でもありました。

レンブラントの有名な夜警は、町民の自警団を書いた作品ですが、これは先ほどの庄屋と同じような町の有力者が、お金を出したり、住人を説得したりして組織するものです。

さて国王や貴族の側から見てみると、彼らは収税されたモノで豊かな生活を送っています。これだけだと、貧しい農民などは怒って税金を払わなくなってしまいます。
当然に、王・貴族には自分の領地の人民に対して、安全な生活を送るための軍隊や医療、その他行政を行なう必要がありました。

社会科の授業だと、王や貴族は贅沢な生活をして庶民を省みないように書いていますが、そのような王や貴族は少数派で、大多数の貴族はまじめに領地を治めていました。(ノブレス・オブリージュともいいます)
このような王様や貴族のために、近衛兵とか親衛隊などがあり、軍人は忠誠を誓い、なにかあったときに命を懸けて戦かったわけです。

結局、近衛兵から見れば、忠誠を誓った王様を守るということは、王様が大事にしている領地の人民を守ることと同義です。もちろん領民も自分たちの生活がかかっていますから、必要に応じて軍隊に参加します。
こうして、町を守る最後の砦として、軍隊(領民含む)が出動するときに、えらい近衛隊長が指揮をするという構図が出来上がります。
もちろん領民も参戦してますが、職業軍人ではありませんので、指揮してくれる人がいなければ戦いになりません。
このように、他国との戦争の場合は領地の各階級が一体になるのです。

最後に警察権ですが、先ほど王・貴族が安全な国を作る義務があると書いたとおり、行政としての警察や裁判所・刑務所などは領地を治める側が行ないます。
しかし各階層は自治もしてますので、たとえば町民組織の中での犯行、詐欺事件などの場合は、その組織の内部で犯人を特定し、捕らえてから警察に渡すということも行なわれていました。
必要に応じて、町民(村民)組織の自治が優先されたのです。

なぜこのようになっているかの理由を書くと、古代からの歴史書になってしまいますので、書きませんが、ごくごく簡単にいうと、町とか村などの自治組織は貴族などの階層化よりも前、大きな町ができる前にできていた文化であり、場合によっては各階層は人種も違ったりする場合もあるので、後から権力を得た支配者でも、それを壊すような領地運営はうまく行かないし、むしろそのような慣習を利用したほうが都合がよかったということです。

中世ヨーロッパも色々な国がありますので一概には言えませんが・・

日本の封建主義もそうなのですが、封建主義というのは、階層社会を必要とします。
このとき、貴族・農民・町民(平民)などに分かれた階層は、自分たちの地域(町・村)などを基本的に自治で治めています。
もちろん国王や貴族は、農民などに対して収税の権利を持っているのですが、国王の兵隊や行政組織が直接取り立てるよりも、農村ごとに集めて納税するということをしていました。
日本でいえば、このような機能を持っていたのが庄屋・...続きを読む


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