かれこれ、15年も前でしょうか・・・北島 舞さんと中山の秀ちゃんが出ていたドラマの番組が何だったかを知りたいのです。当時はまだレンタルビデオというのもあまりない時代だったため、きっとビデオも出ていないのですが・・。

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A 回答 (3件)

1988年01月14日~03月24日


フジテレビ『ときめきざかり』ではないでしょうか?

喜多嶋舞さん・宮崎萬純さん・中山秀征さんたちが、出演していました。

ビデオは出ていないようですね。
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この回答へのお礼

ご解答ありがとうございます。
ビデオは、出ていないのですか・・・すごく残念!!

どこかで入手できないものですかね。。。。

お礼日時:2002/03/26 09:41

参考URLのサイトで調べてみてはどうでしょうか。



テレビドラマデータベース
http://www.tvdrama-db.com/

参考URL:http://www.tvdrama-db.com/
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1988年放送の「ときめきざかり」ではないでしょうか!?

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この回答へのお礼

「ときめきざかり」そうです!
あー、なんか懐かしいです。大好きでした、このドラマ。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/03/26 09:39

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Aベストアンサー

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 現在では、考えられないです。 企業とのマーチャンダイジングの関係もあると思いますが、当時、ソフビや、変身ベルト、レコードなどもすごくうれたと思うのですが???

Aベストアンサー

昭和55年に朝日ソノラマから発売された「ファンタスティックコレクション・仮面ライダー」
昭和60年に同社から発売された「仮面ライダー・変身ヒーローの誕生」という書籍を参照。

仮面ライダーの製作スタッフは、当時倒産した日活と大映の映画製作スタッフと、東映の労働交渉で干されたスタッフで構成されたそうです。
撮影場所の生田スタジオも、プロデューサーさんたちが正規ルートを使えず、必死に探し出したもの。
スタジオとは名ばかりの小屋だったのをスタッフみんなで補強したそうです。

いわばゲリラ的に作品を作っていたので、子供番組ということもあり、予算はほとんどつかなかったそうです。

当時はテレビの仕事はありあまっているわけではなく、仕事を干されていたスタッフが起死回生のために「絶対成功させる」とがんばったそうです。
また、当時マーチャンダイシングはそんなにおおきな比重があった訳ではなく、スポンサーは製作が決まってから探したといった状態。

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予算がもらえなくてもがんばった結果だそうです。

仮面ライダーの製作スタッフの殆どは、「柔道一直線」からの移行です。
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変身ベルトは、ポピーより前にタカトストイスから商品化されましたが、
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以上、ご参考までに。

昭和55年に朝日ソノラマから発売された「ファンタスティックコレクション・仮面ライダー」
昭和60年に同社から発売された「仮面ライダー・変身ヒーローの誕生」という書籍を参照。

仮面ライダーの製作スタッフは、当時倒産した日活と大映の映画製作スタッフと、東映の労働交渉で干されたスタッフで構成されたそうです。
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Qチェルノブイリ原子力発電所事故 当時の報道

チェルノブイリ原子力発電所事故の際、日本の報道はどのような感じだったんでしょう。
第一報はどのような形で伝えられましたか?
ニュース速報が流れたり、報道特番が組まれたりしたのでしょうか。

また、その時あなたは何を思いましたか?

Aベストアンサー

第一報は事故後暫く経ってからのことです。
事故発生直後は情報統制を敷いていたため、ソ連国内でも
知る人は少なかったのです。

 最初に世界へ向けて事故の発生を打電したのは北欧に駐在する
通信社だったかと思いますが、どこのメディアも現場へ行けるはずはなく
衛星写真や、放射能の飛散状況を確認することにより確信を得て
行ったので時間がかかりました。
 プラウダ、イズベスチャなども事故後数日たってから北欧を中心とした
西側メディアの報道に追随する形で事実を伝えました。

 日本でも最初はそうした事実があるようだと、不確定情報に近い
扱いで報じられましたが、欧州だけでなく北半球全体に放射能汚染が
広がっていることを各国の研究機関が発表したことで、大事として
扱われる事態となりました。

 ですからニュース速報は出ていません。
 NHKをはじめ特別番組も組まれましたが、情報量が少ないこともあって
深刻さに見解の相違もみられたほか、日本との距離が影響度を低くして
いたことからフクシマほど長期にわたって報道された訳でもありません。

 但し、この事故をきっかけとして反原発運動が強くなり、日本国内でも
安全にかかる論争が各種メディアを賑わせるようになったことも事実です。

第一報は事故後暫く経ってからのことです。
事故発生直後は情報統制を敷いていたため、ソ連国内でも
知る人は少なかったのです。

 最初に世界へ向けて事故の発生を打電したのは北欧に駐在する
通信社だったかと思いますが、どこのメディアも現場へ行けるはずはなく
衛星写真や、放射能の飛散状況を確認することにより確信を得て
行ったので時間がかかりました。
 プラウダ、イズベスチャなども事故後数日たってから北欧を中心とした
西側メディアの報道に追随する形で事実を伝えました。

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