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経済学の父であるアダムスミスについて質問したいんですが、アダムスミスの経済論は現在の経済に当てはまるんでしょうか?
夜警国家や小さな政府といわれた自由放任経済は正しかったのですか?
勿論のこと、失業や貧困などもでたでしょう。現在と同じ不況になったことも。そんな責任は誰にあったことになっているんでしょうか?

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A 回答 (3件)

アダム・スミスに関しては、色々言われますが、


誤解されている部分も多く、私見を整理してみます。

とかく人間は、人の話を聞かず、自分の都合に合わせて単純化するのが常のようです。
例えば、ワルラス・メンガーと言うと、限界革命で終わってしまって、ワルラスの土地の私有を否定した事やメンガーの独特な価値論等は忘れられます。ケインズの「一般理論」も後半の彼の貨幣に対する憂鬱は知られていません。

経済学史の関係の本を読むと、学者の伝記に言及される方が多いです、アダム・スミスの経済学を理解するためには当時の時代や本人の思想も考慮に入れた解釈が必要だと思います。

時代背景としては、重商主義的な社会の中で「国富論」の冒頭で重商主義を批判し、消費の為の生産、そのような生産力の潤滑な回転こそが国の富になる、と主張しました。
そうした議論の中で、「分業」「見えざる手」「自然的自由の制度」が、本来善良な企業家の自由な競争に任せれば自然と秩序のある社会になる、と言う楽観論に思われがちですね、確かにそのような部分も有るのでしょうが、これを、現在の自由放任・小さな政府と解釈するのは間違いだと思います。国家の義務と言う議論の中では、ケインズ並みの、投資を求めており、大きな政府に近いものがあります。

アダム・スミスは国富論が有名ですが、彼が道徳哲学の教授として「道徳感情論」を著している事も、忘れがちです。「道徳感情論」のなかで、彼は、どの様な人々も、自分自身に対して、客観的第三者の観察が可能で、共感や同感の共有により、社会の道徳的な秩序も維持されると考えているようです。

この二つの本を整合的に理解しないと、スミスの考えは理解できないのでは。

以下は、個人的感想ですが

スミスの「自由放任」「自然的自由の制度」をそのまま現在の経済に当て嵌めるのは間違っていると考えています、「国富論」のなかで、彼は「家長」や「企業家」つまり「道徳感情論」で考察した、利己心も慈愛心も持った、人を主体として考えているのでは。

現在の経済学は「消費者」とともに「金融資本」「法人」と言った「人で無いもの」を相手にせねばなりません。
時代の違いで、スミスに罪はないのでは、偏った解釈・無責任な引用が問題だと思いますが。
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アダムスミスの功績は大きく別けて三つだと思います。


1.利己心の肯定
2.分業の効果とその意味の説明
3.市場の優秀さ

1から説明します
1.利己心の肯定
当時の欧州ではキリスト教の影響が根強かったので、利己心などの欲望を持つことはいけないことだという風潮がありました。しかしスミスは利己心こそ、世の中を動かす原動力であり、必要不可欠なものだと解明しました。
例えば、私たちがコンビニでパンを買うときに、私たちはコンビニの為にパンを買うのではなく、パンが食べたいからパンを買うのだし、コンビニの方も私たちの為にパンを作るのではなく、お金が欲しいからパンを売るわけです(お金だけではないと言う反論もあるでしょうが、あくまで基本的にはです)。
そして、今回の例で言えば、コンビニの店長は社会の事など考えてはいなくても、店を運営する為に人を雇い、様々なモノを社会に提供します。このようにそれぞれが利己心によって、己の為に働く事が結果として社会をより豊かにすると言う現象をスミスは『見えざる手』と例えたわけです。

2.分業の効果とその意味の説明
アダムスミスは分業によって、生産性が大きく上昇する事に注目しました。
例えば、二人の人間が居たとします。各々が肉と米を作った時は、一人当たり肉10kgと米100kgしか作れないが、一人が肉だけを作り、もう一人が米だけを作れば、肉は30kg、米は300kgれるのだから、それをあとで交換すれば一人辺り肉を15kg米を150kg食べられるのだから、自給自足しているときより豊かになるという考えです。
しかし、人は肉だけでは生きれませんし、米だけでも生きてはいけません。自給自足をしていた頃は他人と物を交換する必要が無かったわけですが分業をするならば他人と物を交換する必要があるわけです。
そこで他人と物を交換するための場所が市場であり、その道具が貨幣であると言うわけです。
貨幣や市場は昔からありましたが、アダムスミスが生きていた頃。両者は爆発的に拡大しました※。
それまでの貨幣や市場はあくまで自給自足を補助する為のものに過ぎなかったわけですが、その頃から分業が中心の経済に成長をしていたのでそれに伴い貨幣や市場も巨大化していったわけです。


ローマ帝国の事はとりあえず忘れてください(汗

3.市場の優秀さ
1.より人間社会には神の見えざる手があるのだから、政府が余計な事をしなくても、世の中に本当に必要ならばそれは市場を通じて民間が勝手に商売を始めるので国は余計な事をする必要はなく、逆に政府が介入すると市場経済の動きが歪むだけだから、何もするべきではないという考え方です。
当時の欧州では貿易戦争主義とも言える、重商主義という考え方がありました。
それは外国からの輸入品には、高い関税をかけ、自国の輸出品には補助金を出すと言うようなとにかく貿易差額を稼ごうと言う考え方です。
スミスはこれらの政策は間違っている、分業は国際間でも成立するから、小麦を作るのは得意な国は小麦を、毛織物を作るのが得意な国は毛織物を作れば良いのだから、国は国防と治安だけをしていればよいのだと唱えたわけです。
このように当時の国々が過度に干渉をしていたから、それに反対する為の理論だった面もあります。

そして当時は分からなかった事なのですが、見えざる手つまり市場にだけ任せるには限界があります。
例えば、無料道路は国が金を出さなければ作れません。民間では政府から指示をされないと公害などの問題を考えません。強大なインフラは国が補助金を出さなければ整備が出来ません(ネットがこれだけ普及したのは国が金を出したからです)。
また経済の歯車がかみ合っている時は問題はないのですが、経済の歯車が一度が外れてしまった時、市場の力だけで元に戻るのはなかなか大変です。
世界大恐慌当時、アダムスミスの考えが主流だったので、なかなか有効な対策が打てずに恐慌の影響を抑える事が出来なかったわけです。しかし今ではどうすれば恐慌を防げるのか、もし起ってしまった時はどうすればいいのか分かってきたので、今夜警国家論を唱える人はあまりいないわけです。

このように市場には確かに限界があるのですが、しかしそれでも市場の力は凄いので、政府は市場の機能を補完する存在だという考えが今では一般的です。
ただし、どこまでが補完なのかという所に様々な違いがあるわけです。
市場への信頼度を比べてみるとこんな感じです。
  政府重視(大きな政府)       (小さな政府)市場重視
社会主義<重商主義<かつての日本<現在の日本<アメリカ<夜警国家
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この回答へのお礼

アダムスミスに関して、色々と教えていただきありがとうございます。
これを参考にして、レポートを書いていきたいと思います。

お礼日時:2006/09/21 23:54

アダム=スミスって、


見えざる神の手によって、市場は成立するって言った人だったと思いますが。
だから、どんな状況も、神の手によって、「成立している」ことにすれば、
理屈が通るのではないでしょうか?

ただ、もう少し、アダム=スミスの「国富論」をしっかりと読んでから、
質問したほうがいいと思いますが。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%80% …
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この回答へのお礼

それを聞いてるんです。

お礼日時:2006/10/18 11:03

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