重要なお知らせ

「教えて! goo」は2025年9月17日(水)をもちまして、サービスを終了いたします。詳細はこちら>

電子書籍の厳選無料作品が豊富!

最近のニュートンという雑誌を見ていて思ったのですが、無から 宇宙がはじまったと記載されています。

ゆらぎ という言葉もあったような。

私の体を作る物質や、この宇宙の 塵を構成するもの、はたまた 物質とはいえないような 光や 何かしらエネルギーまで、 そもそも そんな物が なぜ存在するのでしょうか。

この世に 生まれたことには 感謝していますが、
なぜかなっと思って。

A 回答 (24件中1~10件)

かなり深い問いですね



「無」ではなく、なぜ「有」が生まれたのか。
私は、「それが宇宙の意志だから」と思います。

宇宙が「有」を作ったことが意志であるなら、私たちも「有」を作ること、つまり何かを創造することが宇宙の意志に、沿うことだと思います。

エジソンであれば電気を作り、世に貢献しました。
孫さんであれば、インターネットを広め、世界に貢献していると思います。
何も作らない、世の中になにも貢献できない人は、幸せになれないと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

<< 私は、「それが宇宙の意志だから」と思います。


<< 私たちも「有」を作ること、つまり何かを創造することが宇宙の意志に、沿うことだと思います。

-------------
なんてロマンチックな回答、ちょっと質問とは はずれますが、読んでいて ハッとしました、どうもありがとう。

お礼日時:2006/09/20 01:00

すでに多くの人が書かれているように、この問題はもはや科学の領域からはずれた哲学の問題になります。


あなたの問いに答えられる人はこの世の中にはいないでしょう。もちろん私にもわかりません。
ただ、私も似たようなことを昔良く考えたことがあります。結局、考えて考えて考えただけで、結論が出ようはずもなく、今は考えても無駄だからと何も考えなくなりました。(これも寂しい限りですが・・・)
例えば、宇宙の果ての問題、宇宙が有限か無限化の問題、これらもあなたの問いと同じようなもので誰にもわからない問題です。
物理学者は、結局あきらめて(?)私たちがいるこの宇宙を有限と捉えて日々研究しているようです。つまり光速に近い速度で遠ざかるクエーサーが存在する付近をこの宇宙の果てと考え、その先は観測不可能だから考慮しない。としているようです。(素人考えかもしれませんが)
また、この(我々の)宇宙の全質量を求めて、この先収縮するか否かを判定しているようです。それはそれでいいのですが、それ以外の宇宙はほとんどの物理学者が考えていませんね。
質問者にとってもそれでは不満でしょう。
要するにそれ以上は哲学の問題となるのです。
あなたが考えたいように考えればよいのです。
「私はこう思う」、はすでに多くの人の意見が出ています。
私はもう考えることを止めました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

天文学の進歩には驚かされます。
その一方で、課題が何と多いことか。
でも、科学者や哲学者の仕事は 実にかっこいいな
と思います。

本質を見つける仕事につけて とても幸せでしょうね。

私は現在は金融マンで、人間の世界にべったりひたっています。

こういう宇宙の大きなことを考えると 気持ちが 楽になります

お礼日時:2006/09/28 23:38

>トンネルの向こうに 我々宇宙が形成される種があった



これ↑は、ビレンケンの「トンネル効果」ですが、これも仮説です。

無から有というのも仮説です。
宇宙が形成される種も仮説です。
正確には両方とも仮説というより比喩ですね。

宇宙の起源について世に出てる理論・説は、全て仮説です。
もし、解明されたとしたら歴史的発見・研究として当然ですがノーベル賞を受賞してるはずです。
そんな話を聞いたことがありますか?

ペンジアスとウィルソンが3度Kのマイクロ波を発見してビックバン理論が立証されたとしてノーベル賞を受賞してますが、ビックバン以前=宇宙の起源について解明した訳じゃないですから。。。

ですから、誰も答えることは出来ません。
仮説なら、いくらでも答えられるでしょうが・・・

ここ最近の研究での有力な仮説としては、No.20で回答した内容に似てますが、137億年前に起源したとされているこの宇宙を生み出した更に別の宇宙・空間が存在しているんじゃないかという説です。

以下が参考になるかも・・・
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=2265560
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1126065
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC% …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

仮説でも いいです。 どう考えるかというヒントをどうぞいただきたい。 すでに 多くの方を 悩ませてしまって、これ以上 書くと GOOに 怒られそうだ。

高次元の膜とは、これまた、発想が とても 飛んでいて ついていけそうにないですが。 しかも 11次元?? 何でしょうか?

ブロッコリーという野菜は、粒粒があり、粒粒が集まって、小さな丘がいくつもできていますね。

あんなものをイメージすればいいでしょうか。

お礼日時:2006/09/27 23:27

ビッグバンの前から実は始まっていた、という事ですね。


こう考えるとキリがないですが

宇宙も空間も物質もエネルギーも有るも無いもすべてが唯一の神の体内での出来事なんじゃないかと思います。
すべては神に帰結してゆく、唯一、神だけが在るのでそれ以外のものは無いんじゃないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

それでも いいのです。

そういうことでも いいのです。

それでも、なぜその 神が 存在するか ということです。 始めが 何であったか という問いではなくて、神という形であれ、仏様という形であれ、
なぜ そういったものが、無ではなくて、有として存在するコースを選択することになったのか という問いなのです。 どうもありがとう

お礼日時:2006/09/27 23:22

>宇宙がビッグバンの1点から始まったでも いいのですが、その一点という部分は なぜ 存在するのか それが 分からないのです。

 
別に 何もない虚無の世界でも 一応 ありえただろうに、そうではなくて、有(たった1点)という選択肢がとられたのがなぜだろうと思うのです。

それは宇宙が起源(ビッグバン)する条件が重なった(整った)からということになるんでしょうが・・・
というか、これは誰も答えられない&解らないんじゃないでしょうか。
「私は、こう思う」というようなことしか言えないと思います。

有という選択肢がとられたのがなぜだろうということについては、それが意志(使命)だからとしか言いようがないような。。。

ここまで話が展開してくると、質問者さんが望んでいる答えや意見は、哲学のカテゴリのような気がします。

※No.20でビッグバンは160億年前と書きましたが、137億年前が一般的でしたので一応訂正しておきます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

別の質問者がなされた問いへの ひとつの回答をヒントにしましたら、その最初の一点から 生まれたのではないそうなんです。その最初の一点は、いわば、ドアのようなトンネル。

そのトンネルの向こう側に なにかしらが あって、
ドアを 粒かなにか知りませんが 通った時に、こちらの側に やってきて、インフレーションなのかビッグバンで我々の宇宙が形成されてきたらしいということでした。
そうだとしても、そのトンネルの向こうに 我々宇宙が形成される種があったということですから、やはり
なぜ 存在するのか分かりません。
偉い大学の先生は この問いに 勇気をだして 答えて欲しいのです。助けて下さい。
MSFBさん、ありがとう

お礼日時:2006/09/26 22:55

再び追記です。



始まりと終わりというのは、「始まりがあるなら終わりもあるはずだ」とか「物事や事象には全て始まりや終わりがあるはずだ」という人間が持ってる固定観念や既成概念の範疇だと思います。

160億年前にビックバーンで宇宙は起源(創生)したというのが定説・通説になってますが、もっともっと大きな宇宙があって、その中で160億年前にこの宇宙は誕生した(生み出された)ということも充分に考えられるんじゃないでしょうか。
要するに、160億年前にこの宇宙が誕生したのは全ての始まりではなく過程じゃないかと。。。
(あくまでも個人的に勝手にそう思ってることですが・・・)

早く科学が進歩するといいですよね。
科学の進歩が楽しみです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そうです。

始まりと終わりは、人間による決め事でしょう。定義しだいで対象となる物や出来事の状態を、どの状態を始めと呼ぶかに依存します。

私は、始めをビッグバンという状態のいわば東京駅にするか、もう少し前の前橋駅にするか、もうそんなことはどうでもよくなってきました。

存在していることが、無から生まれた、つまり不存在から(なんらかの原因で)生まれて、それが存在と不存在の状態を繰り返しているように理解しようと思いますが、やはり納得できません。

存在していることは、我々が認識するかどうか、観測者がいなくとも、その対象物や出来事が存在することとは関係ないと思うのです。

フレッド ウルフの PARARREL UNIVERSEを読みましたが まったく分からなかった。

宇宙がビッグバンの1点から始まったでも いいのですが、その一点という部分は なぜ 存在するのか それが 分からないのです。 別に 何もない虚無の世界でも 一応 ありえただろうに、そうではなくて、有(たった1点)という選択肢がとられたのがなぜだろうと思うのです。

お礼日時:2006/09/25 23:36

繰り返す、つまり始まりと終わりがない世界という話は、なぜ始まりと終わりがないのかという説明を証明してもらうまではどうもすっきりとしません。


それと、有が生まれたのは宇宙の意思ではないような気がします。あるいは意思かもしれませんが。私は生まれてしまった有を、運動によって無にしようとしていることが宇宙の意思のように思われます。まったく感覚的な話ですが。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

存在する物質や なにかしらのエネルギーや塵や そのようなものは、状態を エネルギーや物質に 瞬間瞬間あるいは何億年もかけて 変化させているだけで、さらに 見た目の量は たとえば 大きさとか 重たさとか を 変化させているようにみえても、それは、全体としては、最初の地点から 何か変わっていないように思い始めました。
始まりがない、のは、始まりという地点を ある状態の時と定義するなら可能ですが、ある状態の前の状態があって本質的に前の状態と変わっていないかもしれず、よって始まりという概念を 作っても仕方ないと思うのです。 存在するということも、私の体がたんぱく質という形をとっていようと、高エネルギーという形をとっていようと、状態が変わっているだけで、存在することには変わりないので、はじめとおわりという概念は 人間の好みでしかないと思われます。

< 無にしようとしていることが宇宙の意思

今、物質やエネルギーやダークマターや光という形で存在しているわけですから、つまり 有 という状態なわけですから、それを 「無」 にすることは可能なのでしょうか。できるなら、逆方向の無から有も作れるように思います。

存在しないと感じていても、実は状態を変えて宇宙のどこかに存在しているのかもしれませんね。気がつかない、観測できていないだけで。

だから、無と有、あるいは有と無を 繰り返すという私の以下の表現を 私は取り下げます。

だけれども、そうすると、無だと思えそうなほど かすかな量であっても、最初の一滴を ポタッと ビーカーの中に垂らした理由がわかりませんね。

Fred Wolf
Parrarell Universe もう一つの宇宙
という本を読もうと思っているのです。

Tsurukame7は熱心ですね

お礼日時:2006/09/24 19:37

有るとか無いとかはあなたの分別が行ってる事で、分別を止めてしまえば、是非ともに非なりですよ(有るとか無いとかどちらも嘘)。


動物には死がありません、人間の分別からみると有りますよ。動物は生とか死とか概念化しませんから(だから死がないのです)。生物の中で人間だけが分別智をもってこの世をみますから生死があり物質「あるない」が存在するのです。他の動物には生も死もありません。 人間だけです二つに見るのは。

分別を使わなければ空な訳で(あるがまま)だけです。物質有るとか無いとか無いのです。

  たぶん理解し難いと思いますが。禅を少しずつでも学ばれたら理解されるか解りませんね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

せっかく ご回答いただいたのですが、質問の意図は、別の部分です。

生と死が、各々 存在と不存在を示すとは 思わないのです。 分別をもって認識しようとしまいと 存在と不存在は 私の意識とは別の話と考えます。

でも私の質問範囲をはずれて、述べておられる論理の中では、大変 自然なご回答だと思います。おっしゃることを 何年か前に 考えたことがあります。
賛成できる部分があります。

お礼日時:2006/09/24 08:48

No.13の追記です。



『悪魔の証明』を言いたかった訳でありませんが・・・
以下にも書きますが、要するに今現在の科学では解明・証明するのは無理じゃないかと言いたかっただけです。

お礼の一文を読んで質問者さんの質問の意図とするところが解ってきたような気がします。
要するに科学の分野から自分(人間)の存在意義というか、人間の存在そのものを探ろう(探求)と考えたんでしょう?

もっと端的に言うと人間は物質の集約、じゃあ、その物質の端緒となるのは何?という発想から突き詰めていくと宇宙の始まりは?という質問・疑問に発展していったのでしょ?

もっと簡単に言うと、何故、私は生まれてきたの?ということなんじゃないですか?

もし、そうだとすれば、今現在の科学で解明するには残念ながら無理でしょう。
全て仮定や推測・憶測の領域でしか無理だと思います。
まだ、そこまで科学が追いついてないというのが現状じゃないでしょうか。

今、それを探求しようとするなら科学の分野ではなく哲学の分野でしか無理でしょう。
No.13で回答したように現段階では唯心論で論じるしかないと思います。

仏教の中には『無始無終』という思想が脈々と流れてます。
それは、いわば仏教の根幹をなす思想といっても過言ではありません。
なぜなら仏教の根本は生命の永遠性を説いているからです。
もし始まりがあって終わりがあるなら永遠性が崩れてしまいます。

質問者さんの質問・疑問を科学の領域で思索・探求しようとしても、まだ科学がそこまで追いついてないだけに仮定・推測・憶測しか見出せずに結局は堂々巡りになってしまうと思います。
まさにメビウスの輪のように・・・

だからといって科学を否定してる訳ではないので誤解しないで下さい。


>生まれるという選択肢と生まれないという選択肢があって・・・

とありますが、今回は人間として生まれてこれた訳ですが、これは業=カルマ、そして願顕於業(がんけんおごう)で理解・解決できると思います。

このカテゴリにふさわしい科学的な意見・回答でなくて申し訳ありません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

どうも 大変恐縮です。

宗教的にものをみることも 大切でした。


アメリカの俳優に カークダグラスという方がいて、
その人がインタビューで日本人に回答していたことを思い出します。 「僕はreincurnationを信じる。」つまり輪廻ということでしょう。生まれ変わって生まれ変わって、ずっと続く。

アメリカ人でも そういう仏教的な考え方するのだなって思いました。

私が満点を お渡ししたい回答は、実は、No.1の方なんです。 とても 素晴らしい。

お礼日時:2006/09/24 08:42

学者でないので専門的なことは分かりませんが、繰り返されると言うのはどうも美しくなく、納得できないのです。


そこで、私は時間は人間の便宜上、運動や変化から考え出したもので、実際には時間と言うものはそもそも存在しないのではないかと思います。時間がなければ、始めや終わり、繰り返しを考えなくても良いのではないかと。おやすみなさい。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

< 繰り返されるというのはどうも美しくなく 納得できない


うーん、そういうご意見もあるのかあー。
何かきっかけがあってそうお感じになったのでしょうか。よければ教えてください。

お礼日時:2006/09/24 08:35

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!