プロが教えるわが家の防犯対策術!

私は30代前半の女性です。
結婚式の招待をされて服装に悩んでいる投稿をこちらでも最近よく見かけます
そしてその回答で必ず出てくるのが「白は花嫁のだから例え模様があろうと
靴だろうと絶対非常識、やめろ」「白い服の人がいるのを見たら不愉快」というような意見・・・
それが意外にも若い年齢(20代)の人まで浸透していることに驚きました
他にも、忌み言葉だの何だのとごちゃごちゃと馬鹿みたいな決まりばかり。
何故、いつまでもそういった古いしきたりに拘り続けるのでしょうか。
今時結婚なんて一生に一回じゃない人だって多いですし、目一杯縁起担いでも
別れるものは簡単に別れますよね。

ということは、そんな縁起担ぎだのしきたりだの、守った所で結局は
何の意味もないって事なのでは?

まあ、そういうのにいちいち縛られたくないからかそれとも単に面倒な手間かけたくないだけか、
最近はカップル二人だけで海外挙式とか、式なんかしないという人も、増えているようですが。

また、昼間に「HOTEL」の再放送をしていたのを少し見ていましたが、
その中で有名塾の合宿でやってきたお受験の親子がいて、子供が友達を
見つけて走り寄ったのを従業員が「ああ!走ると滑るよ」とか、クレヨンの
箱を落としたのを「あーあ、落ちちゃったね」と言って拾ってあげていたのを
目くじら立てて母親が怒るというシーンがあったのですが、もしそういう場合、実際にはどう言えば適切なのですか?
床がツルツルしていることを注意する為でも「転ぶ」や「こける」も駄目、「危ない」も恐らく駄目ってことになりますよね?
とにかく、日本人と言うのは形式や縁起に拘りすぎなように感じます。
勿論私自身も日本人ですが、私のような考え方はおかしいのでしょうか?

教えて!goo グレード

A 回答 (11件中1~10件)

周りに合わせることが最優先事項で


己がないこと
そして、why? という概念が無いからでしょう
例えば不可解な規則があったとしても
その規則を修正しようとはしません。
その規則がどんなにおかしな規則でも規則だから守ということしか考えないのです。
しかしながら皆が退去してその規則を破る時は話別です。
「ここに入るな」と書いてあろうが「ここに入れ」と書いてあろうが
皆が入れば入る、皆が入らなければ入らない。
それが日本人です。

結婚式の話が出たのでちょっと
ウエディングドレスでの結婚式が多いと思います。
ウエディングドレスの挙式は教会ということが多いと思います。
ちょっと待って欲しいと思う
永遠の愛を誓う神、キリストに今まで何かお願いや懺悔をした人なのだろうか?
お祈りをしたことがある人なのだろうか?
これを機に改宗という人も居ないだろう
結局格好だけです。
中身なんかな~んにも無いんですよ。
白い服装に関してもそう
白いネクタイなんかネクタイ業界の陰謀のしきたり
しかし、何故を考えず皆がそうしてるから
皆がそう言うからと何にも考えていないんですよ。
日取りに関してもそうですよね?
大安だから良い日、仏滅だから止めておく
何故なんだろうと思いますよ。
十二直、選日、二十八宿、暦注下段を見ると最悪な日もあるのに
そんなことはお構いなし六曜が全てだと思い込んでいる。
これに関しても六曜とは何なのか何も考えていないからなんです。

先に規則のことを述べましたが
何故政治家は国民に評判の悪い方を無理やりでも決めたがるか
それはですね。
法が制定されてしまうと制定前まで文句タラタラの人でも
黙って従うからなんですよ。
決めてしまえばこっちのもんだというのがあるんです

あと一点、伝統、習慣を重んじてと時々聞くけど
重んじようとしているのではなく
前例が無いと何も出来ないと言う国民性なのですよ

日本人はいつまで形式にこだわるのかの回答ですが
テロや紛争で日本国が滅亡するまで形式に拘り続けるでしょう
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この回答へのお礼

有難うございます
つまり他人と横並びでないと不安になる国民性だと言うことなんですね。
大安や仏滅も、それ自体は知っていますが何の意味があるのか正確な
事は私も知りません。
いつの間にか刷り込まれて常識だのと言われる知識ほど、厄介なものは無いですね・・・・

お礼日時:2006/09/21 00:27

地元の方には失礼な言葉で始めますが、


「京都は住みにくいところだ」と、よく言われます。

あまりにも、都であった時期が長かったためか、いわゆる「人間の品位」を示す基本的な振る舞い、作法などが、必要以上に重要視されてしまっている町である、と、田舎ものの私は受け止めています。

大変に恥ずかしながら、私が「いちげんさん」「ぶぶづけでも」の意味を知ったのは、二十代も半ばを過ぎてからのことでした。「そんなもん、他の地域のものにわかるか!」「田舎もの発見装置か、それは!?」などと、当初は思ったものです。

形式は大事なのです。
心映えという言葉もあります。

しかし、場合によって、こういうものは、行き過ぎるときがある。そのバランスが難しいのです。

吉良上野介が浅野内匠守を「いじめた」のもその最たる例でしょう。常識、心映え、品位、品格という言葉を借りて、発達しすぎてしまった「作法、常識、一挙手一挙動」を多く知っているものが、多くを知らないものを、「人物として、下の立場のものだ、」と、差別するために、ひけらかしたのです。

冠婚葬祭に関する作法、常識、マナー、タブーについては、実は細かく探っていけば果てしなくあり、きりがありません。大事なことは、ある程度、というものがわかっていることではないでしょうか。

時に応じ、常識に関する知識を広げることは大事です。とはいえ、行き過ぎないことです。気にしていたらきりがなく、まあまあの常識の範囲を保つことさえできればよいのです。迷ったときには、友達に聞けばよい。

ですから、それがいやだということで、例えば挙式をやめてしまうというのも、私から言わせてもらえば、ずいぶん子どもじみた考えです。
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この回答へのお礼

有難うございます。
冠婚葬祭のマナー等についてはそういうのを紹介しているサイトで
見ているだけでもうウンザリします
結婚式ってよく考えると変ですね。
「招待」されているのに、出席者は別に楽しくもなんともない
お葬式も、日本のごく普通のは大抵お坊さんが来てお経をあげているのを
聞いているだけで、気が済むまで故人とお別れをしたり声を掛けてあげられる
雰囲気とは言い難い
そんな結婚式やお葬式って果たして誰の為に、何の為にやってるのか
不思議でなりません

お礼日時:2006/09/21 00:50

>日本人と言うのは形式や縁起に拘りすぎなように感じます。



 気のせいです。どこの国のどんな儀式にも必ず「形式」があります。そしてどこの国にも「馬鹿みたいな決まり」があり、大多数の人がその決まりを守る「作法」を自然に身に付けています。作法とは個人の好き嫌いの問題ではなくその国の文化や伝統に依拠するモノだからです。そしてその当たり前の作法が身に付いていない人はどこの国でも「馬鹿」とみなされるのです。

 ただそういった「形式」やそれにしたがっている人を軽視するのは自由です。好き勝手な解釈で好き勝手にやるのも結構でしょう。究極の個人主義とは「公共の福祉」など屁とも思わない「なんでもアリ」の世界。つまり招待された結婚式にウエディングドレスで出席しようが、ジーンズにツッカケで出かけようがあくまで個人の自由ということです。私はみっともないのでそんなことはしませんが・・。
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この回答へのお礼

有難うございます
外国人はどうか判りませんが、日本の場合は他にも伝えるべき文化や伝統などはほぼ置いてけぼりで、マナーや礼儀作法みたいなものばかりが持て囃されて一人歩きしているように感じます
「それが当たり前」だとは思えない意識があるからこそ、私のような人間も出て来るわけです。つまり日本はやっぱりおかしい国なんですね
全てをごくごく当たり前の事だと無心に信じれるなら、そもそもこんな疑問は出てきません

お礼日時:2006/09/21 01:02

まずは人の生活の跡のない、つまりは歴史や文化の存在しない場所では形式さえあり得ないわけなので、そんな発想も生まれないと思いました。

私たち日本人も民族のとてつもなく長い歴史の上に1人1人が生まれてきたわけであり、つまりはどこの国でもその固有の文化や歴史の中で不特定多数の様々な価値観を持つ人々が毎日精神活動を行いながら生きているわけです。・・私はこのような私たち人間の長い「歴史」は・・=「文化」でもある。と言えると思います。・・さて、日本では思想信条に代表される価値観は法にも守られ個の自由として尊重されなければなりませんが、反面それを他人がどう評価するも個の自由だと思いますね。人間である以上、一人一人の価値観は皆違う故・・あなたの考え方も当然否定できないと思いますし、賛同者もきっと存在すると思いますが、今回の質問のように唐突にどこかの誰かが、既に確立された「文化」や長い時間を重ねた「歴史」から生まれた「常識」や「良識」を覆すことは、・・そこに誰もがそれを納得できる明確な理由があり、覆すことに賛同する者の数が、今までの「常識」や「良識」に従順する者の数を超えない限り、覆すことを実現させるのは困難である・・と、私は考えています。無人島で孤独に一生を過ごすのならともかく、日本のように組織の中で生きねばならない人間社会では、「文化」という礎のルールの上に自分の身を守るべく行動せざるをえないと思われます。
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この回答へのお礼

有難うございます。

お礼日時:2006/09/21 00:27

30代にもなって、そういうことをいっているようではまだまだ子供です。



今の日本は個人主義に走り過ぎています。
大家族時代>核家族時代>個人時代、これは最悪の世の移り変わりです。ほとんどの人は自分は個人主義だが、他人に迷惑をかけていない、と思っているようですが、そもそも、個人主義自体が世の中の迷惑です。

この世の中で、人は一人で生きて行けない、社会という枠組みの中で生きているのです。その枠組みの中には秩序を守るため、昔から、しきたり、掟なるものがどこの人間世界(他の動物にもあるようです。)にもいつの時代にも存在します。
これは一見無意味に思えるような事柄にでも、厳しい決まりがあるのは、きまり自体に意味があるのではなく、「みんなで同じ決まりを守る」ということに大きな意味があるのです。
これが崩れていっている現代では、ご存知のようにどこの世界、国だろうと無茶苦茶な状態です。
なんともおかしな校則であろうと、未成年で学習している段階では、決まりの意味よりも、「規則を守る。」ことを学習しているのです。

質問者さんのいう形式もこれと同じです。
じゃあ、葬式はどうですか?好きな服着て行きますか? スパゲティーをお箸で食べますか? 高級洋食レストランでお箸で食べますか?
ホテルの廊下を下着とスリッパで歩きますか?これも形式じゃないですか?
同じことですよ。時、場所、目的にあったものを考える、これは世間の決まりごとです。
これを守れない者は、昔ならば、つまはじきにされ、村八分です。昔の人はこれを恐れました。一人では生きて行けないですし、楽しくもありません。だから、秩序が今よりもずっと保たれていました。平和でした。安全でした。しかし、その決まりの影には悲劇もあったでしょう。でも、秩序を保つにはそれぐらいしないと保てません。皆が好き勝手しているとね、現在の日本のように。

今の時代そこまですることは皆無でしょうけど、私は復活させるべき、と思いますけどね。そうすれば多少なりとも常識が生きてきて、世の中がちょっとはよくなると思いますが。
形式、礼儀作法、マナー、いろいろ呼び名がありますが、どれも、人と人との関わりのための潤滑油です。

逆の立場になって考えてみてください。質問者さんの考えがおかしいのではなくて、まだ、よく理解できてらっしゃらないのだと思います。

また、ドラマはドラマです。あまり現実と同視しないほうがいいと思いますよ。そのような状況に出くわさないとは限りませんが、とりあえず、作り話ですので。
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この回答へのお礼

有難うございます
ただ私は個人主義もいい事だと思いますし、スパゲティを箸で食べたって
元々箸を使う国の人間で、そちらの方が食べやすいと思うなら
それでもいいと思いますが。
他の方へのお礼コメントにも書きましたが、秩序やルール、常識という
言葉で縛られた儀式を行ってくるうちに、本来の目的ってすっかり見失っているように思えてならないのです
葬式にしたって結婚式にしたって、何処からかいつの間にか出来た決まりさえなければ、どうやったって本来は構わない筈では無いでしょうか。
要は結婚する二人を心から祝福してあげられるか、亡くなった人を心から悲しんでお別れをして見送ってあげられるか。
でも現実的には、決められた規則に則っての準備や進行を経て、無事に終わらせることだけが重視されています
私はそういう、本来の心を見失った、「儀式」だけを延々と続ける事に
違和感を感じているのです

お礼日時:2006/09/20 23:52

結婚式のほうについては、儀式ですね。


儀式は縁起を担ぐことから発祥したものもおおいですが、逆にそのルールに従っていればよいので必要以上に気を遣わなくて済むものでもあります。
現代ではそのルールが海外の様式が入ってきて多様化してしまったこともあるでしょうが、親から子供へ継承されていない(教えてない)ことも背景にはあるのではないでしょうか。

儀式のルールというのは、急に大勢が集まって行うものなので、式等が滞りなく進められるように、予め決められたものでもあります。

また、「日本では」と書かれていますが、海外でも花嫁の衣装が白と同レベルのルールはあります。
例えば、結婚式では男性はグレーの正装をします。黒はお葬式など喪に関する場で着る色であり、白は花婿が着る色だからです。日本では黒が主流ですけどね。

主役を際だたせて(目立たせて)、誰の目からも誰が主役か明らかにするとか、式の進行のための暗黙のルールなどはどこにでもあるものです。

逆にそういったものがなければ、式を開くほうも、招待されるほうも、まったくベースのない状態から全て考えなければならないため疲れるどころの話ではないでしょう。

忌み言葉にしても、過敏になりすぎる必要はないでしょうけど、本来はせっかくの祝いの場で気にあるような言葉を使わないようにするなどの思いやりの気持ちからきているものも多いでしょう。

どこまでをよしとしてどこまでをダメとするか。
それを事前に線引きしておくことで、誰も必要以上に不快な思いをしないようにして、本来の、結婚式なら祝福ができるようにしようというものでしょう。

>今時結婚なんて一生に一回じゃない人だって多いですし、
>目一杯縁起担いでも別れるものは簡単に別れますよね。

結果としての事実は実際にそうかもしれませんが、今結婚しようっていう二人(またその周囲の人々)がそんなこと思って結婚式やっていると?
少なくともそのときはそんなことは自分たちにはないと思っていることの方が多いでしょう(そういったコトを考えられないかもしれない)し、参加する人も末永くお幸せにと祝福して出席しているでしょう。
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この回答へのお礼

有難うございます。
私が言いたかったのは、離婚に対する考え方が一昔前に比べて
相当に軽くなっている分、結婚式の形ややり方だってもっと自由でいいんじゃないかと、そういう事です。
余りにも決まりごとやらなんだかんだと堅苦しくて、結婚式って一体何なの?誰が楽しくて何の為にやってんの?と思うようなことが多すぎると感じています

お礼日時:2006/09/20 23:26

完全一致とまではいいませんが私も似たような感覚ですよ。

そこまで形式にのっとらなくとも出来る範囲でしたらいいと思うんですよ。

たとえば普段ジーンズばかりの子が・・・しかも失業中(大げさなたとえですよ)が親友の結婚式に招待された!これは大変な出費がかかります。ご祝儀に洋服・・・でもとても仲良かった子であるしぜひとも行ってお祝いしたい!!出来る範囲で装ったっていいと思うんです。夏に着るキャミワンピでもいいじゃないですか?その素材がジャージー素材だろうが露出度が高かろうがなんだというんだ?と思います。足元がサンダルだっていいじゃない。精一杯の装いなんだから。

私だったらきてくれたことのほうがうれしい。

ただお祝いしに行っているので花嫁が不愉快なことはしないほうがいい。白を着られて一番嫌なのは回りよりも花嫁だと思うのでこれはしちゃいけないな、と思います。

批判してる人も誰かから批判されているかもしれない、それを思えば人のこととやかく言えるか?と思います。
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この回答へのお礼

有難うございます。
日本の結婚式・披露宴ってのは、一体誰が楽しくてやっているのか
解らないようなものなのが不思議で堪りません
何だか、凄く堅苦しい雰囲気でやられるので、お祝いしに行っているとか
そういう気持ちが失せちゃって、私は20歳過ぎまで結婚式に行くような
親類や知人はいなかったので行くまでは楽しみだったんですが、行ってみるとあれほど窮屈でつまらないものだとは思ってもみませんでした
もっとフランクで招待客も心から楽しめるしおめでとうと気軽に行ってあげられるような雰囲気のパーティみたいなものが当たり前になれば、良いのになあと思っています

お礼日時:2006/09/20 23:01

冠婚葬祭は儀式ですから約束事(ルール)に基づいて行なうようにしましょう。


例えそれが自分の意に反してもです。

そういった約束事に縛られたくないのであれば、約束事を行なっている人の前には出ないことをお奨めします。
非常識な人と言われるようになりますよ。
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この回答へのお礼

有難うございます。
過去に半分義理出席だった友人の結婚式で日取りやその他、二度も嫌な思いを
させられているので今後、そういうことはないと判っている一番の親友の
子を除いては一切結婚式には出席したいと思う気持ちはありませんし
自分でも一切するつもりはありませんのでご心配には及びません。

お礼日時:2006/09/20 22:35

『しきたり』って訳じゃなく『一般常識』だと思います。


やっぱり、結婚式の主役は花嫁ですから、その人より目立ったり、同じ色の服を着ていて間違われるのは、花嫁にしては不愉快だと思います。
そう、思わない人も確かにいると思います。それはごくわずかだと思います。
やっぱり、結婚は一生に一回の人が多いです。
始めから「2回しよう」とか思ってする人はいないと思います。
「HOTEL」の話もそうですが、相手の立場に立ったらわかると思います。
あまりにも神経質になるのはどうかと思いますが、
やはり、試験間近とかにあまり聞きたくない言葉ですね。
そう言われ続け精神的に参ってしまう人だってきっといると思いますよ。

こんな考え方は、日本人だけなのですか?
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この回答へのお礼

有難うございます。
日本人だけかどうかは私は日本にしか住んだことないですが、
日本人は礼儀正しいとかそういうイメージが外国人にはあるようなので
礼儀には特にうるさい国なのかなあと思っただけです。

気にしないと思えば気にならないだろと思うことまでとやかく言うのは、
神経質な人が多いと言うことなのでしょうかね。

お礼日時:2006/09/20 22:23

要するに、「個人主義」で良いじゃないか。

ということでしょうか?

だとすれば、↓をご覧ください。
http://kikitai.teacup.com/kotaeru.php3?q=2379276
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この回答へのお礼

有難うございます。
私の考え方はどちらかと言えば欧米向きなのかも知れませんね。
個人主義ですか、良いですね
紹介いただいた質問の回答にも沢山のリンクがありましたので
そちらもじっくり読んでみる事にします

お礼日時:2006/09/20 21:54

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