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江戸時代に、信州松代藩の藩政改革に当たった「恩田木工」については、
以前にベストセラーになったイザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」でも触れられていましたし、
時々話題に取り上げられています。

「恩田木工」は、当時、江戸に呼び出されて勘略奉行(かんりゃくぶぎょう)に任ぜられていたとのことですが、
この勘略奉行というのは、
 ・ 普通の辞書には見当たらないようですが、こういう言葉は一般的に使われていたんでしょうか?
   それとも、松代藩での独特な呼び方だったんでしょうか?
 ・ 「勘定奉行」と同義語というような理解で良いのでしょうか?

A 回答 (1件)

http://www.city.ichihara.chiba.jp/p/k/p_k_12.htm

こんな理由ですから、勘定奉行とは違い、質素と倹約を進める役目のようなものではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

私の方でも、この場での質問と並行して、いろんな辞書等を当たってみておりましたが、ようやく、古い「大字典」という漢和辞典に言葉が見付かりました。
それによりますと、
 勘略:考えて事をはかること
とありました。
因みに、そこでは、「勘定:事を考へ定むること」と書かれていました。

ということで、おっしゃるように、通常の勘定奉行というのとは少し感じが違って、財政難打開というニュアンスが強く表された職名だったのかなと思います。
ただ、松代藩では代々そのような職名があったのか、それとも恩田木工の時だけに使われたのものなのかは分りませんが。

お礼日時:2001/01/05 10:39

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