1941年5月24日におけるデンマーク沖でのプリンス・オブ・ウェールズとビスマルクの戦闘についてですが、本やネット等で見てみると、

・ウェールズはビスマルクの攻撃により大破させられ戦闘不能に陥り逃げていったが、ビスマルクが何故か追撃をしなかったため運よく助かった。

・ウェールズは大破させられ逃げていったがビスマルクも損傷を受け追撃を行える力が無かった。

・ウェールズは砲故障のため戦闘継続が困難になり退避しただけであり、ビルマルクの攻撃による被害が大きかったわけでない。


上記の話を目にします。
どれが正しいのでしょうか?

またこの戦闘時、ウェールズは7発(ビスマルクからは4発)、ビスマルクは3発の命中弾があったとされていますが、その時の両艦の被害状況はどの程度であったのでしょうか?

A 回答 (2件)

ウェールズはビスマルクへの命中弾3発のあと、ビスマルクの4発の命中弾を受けました。

   内一発が艦橋に命中し指揮中枢が破壊、砲撃に支障をきたし、ウェールズは煙幕を張りながら退避しました。  沈没の恐れがあるような被害ではありません。   戦闘に支障が出来たための退却です。
一方ビスマルクへの命中弾の一発によるボイラー室への浸水のため、速力が低下し、被害調査により、1000トンの重油が使えなくなり長期の行動不能とわかり、追撃を中止しフランスのサンナゼールへ戻る事にしたわけです。
両艦とも大被害を受けてはいませんが、戦闘継続に問題のある被害を受け痛み分けでした。
 第二次世界大戦ブックス 「壮烈ドイツ艦隊」 に拠る。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ウェールズはその後も追跡に参加し、ビスマルクと再び砲火を交えたと本に書いてあったので、「重大な損害は受けてはいないのでは?」とは思っていました。

お礼日時:2006/10/01 04:44

リンク先のコラム。

多少コメディーっぽいですが、なかなか面白く読めますので、お奨めしておきます。
ご質問の下りも説明されています。

参考URL:http://www.luzinde.com/meisaku/bismarck/1.html
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Q艦上戦闘機・水上戦闘機・局地戦闘機..夜間戦闘機とはなにか?

第二次大戦中の軍用機の本を読んでいると、「夜間戦闘機」なるカテゴリの一群の飛行機についての説明に目が止まりました。

艦上戦闘機・水上戦闘機・局地戦闘機 などは名前からして大体の用途は想像がつきます。でも、夜間戦闘機なるものの定義がわかりません。これらの機体はナニヲモッテ「夜間」戦闘機なのでしょうか?

1)「何らかの夜間でも戦闘ができる装備」を持っている?
 強力なサーチライトやレーダー等?
 とてもそんな風には見えないけれど..
2)夜間でも離着陸できる工夫がある?
 飛行場の管制官と会話ができたり、グライドパスを確認できたりできる?
 戦争中にそんなのんきな事が許されるか?
3)夜目が効く乗員専用シートがあった
 そんなバカな... 

よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

>斜め銃と夜間戦闘と何の関係があるんでしょうか?

(B-29は爆弾搭載時でも1万m以上で飛行可能なので、例外ですが、)「B-17のような重防御の大型爆撃機相手の空戦の際には、前方に向けた機銃を装備した通常の戦闘機では、射撃チャンスが短く、昼間でも撃墜が困難であり、視界の悪い夜間は尚更である」と主張した、第251航空隊司令の小園安名中佐が、胴体に斜銃を装備した機体で、敵爆撃機の後ろ下方にぴったり張り付いて、敵機と(上下方向に)平行に飛行しながら、敵機を打ち捲くるために考案したものです。

昭和18年春、第251航空隊が『二式陸上偵察機』2機を現地改造して、後部胴体に斜め上方30度に向けて20mm機銃2丁を装備した機体で、同年6月、ブーゲンビルにおいて、B-17の夜間空襲を迎撃して戦果を上げたことから、『二式陸上偵察機』を三座から複座に改造した上で、斜銃を装備した機体に対し、丙戦(夜間戦闘機)『月光』と名付けて制式採用したのが日本における斜銃装備機の始まりです。

Q真珠湾攻撃で空母を大破していたら?

真珠湾攻撃の日に空母3隻は湾にはおらず打ち漏らした事は良く聞きますが、この3隻を大破していたら歴史は変わったのでしょうか? 3年8ヶ月の太平洋戦争が4年になったのでしょうか?? 大勢には影響しなかったと思いますが、実際はどうでしょうか? 歴史にたら、ればで論じても仕方のないことですが、こうなった事には変わりないくらいのコメントでも頂けると参考になります。

Aベストアンサー

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられますが)、それと空母に所属する飛行隊も壊滅したと仮定しますが・・・
まず、最初の日本軍の真珠湾攻撃において空母を大破させたなら、日本軍は史実では行われなかった第二撃を行う可能性もあるかと。第二次攻撃を行わなかった理由の一つが敵空母の所在不明です。それが真珠湾で大破し、ましてや史実での戦果予測ではハワイの敵航空部隊も壊滅に追い込んでいる状況です。特に日本側の水平爆撃隊は損失機0でもありました。第二次攻撃を行いさらなる戦果を得たかもしれません。
それはともかく、当然、米国としては空母を大西洋から回すと考えます。

当時、大西洋には就役したばかりで訓練中のホーネット(1942年2月より任務開始)、レンジャー、ワスプ、ヨークタウンの4隻の大型空母がいました。
ただし、レンジャーは防御に問題のある艦であり、史実でも太平洋での戦闘は無理だと判断され主に大西洋で輸送、護衛、訓練、上陸支援などの任務につきました。1942年10月の南太平洋海戦で米国は無傷の大型空母が0隻となる「アメリカ史上最悪の海軍記念日」と米国側が言うほどの最悪の状況だったにも関わらず、レンジャーが太平洋に投入される事はなかった事から、真珠湾で空母3隻が大破してもレンジャーだけは大西洋で任務につくかと考えます。
なお、ワスプは史実では1942年に太平洋艦隊に編入されるまでは、マルタ島への戦闘機輸送任務を数回従事するなどしており、日本との開戦後、すぐに太平洋に投入するとすれば、その分、マルタ島の航空戦力が低下し、地中海を通る北アフリカ戦線のドイツ軍への補給路への攻撃がその分、和らぎ、ドイツ軍に多少有利な状況になるかもしれません。

そんなわけで、おそらくワスプ、ホーネット、ヨークタウンが太平洋に回されると考えます。
そして、ミッドウェー海戦までは史実と同じような展開になるのではないかと考えます。
そして珊瑚海海戦でも史実と同じように米国空母1隻が撃沈され、1隻が中破となり、ミッドウェー海戦になるかと思いますが、ここで仮定の上に推測でしかありませんが、真珠湾で大破した空母が修理を完了し戦線復帰。
米国は無傷の空母1隻に復帰した3隻の計4隻の空母で日本艦隊を迎え撃ちますが、問題は空母の航空部隊です。
史実では、ミッドウェー海戦での米空母部隊は訓練が完了していないパイロットまで作戦に参加させるほど切迫した状況でした。
今回はハワイ攻撃時に3隻の空母の航空部隊は打撃を受けているので、なおさら酷い状況かと思います。空母は戦線復帰しても技量の未熟なパイロットを多数使う事になり、この点において、日本側は非常に有利になるかと思います。

ただし戦争に絶対はありませんから、日本が史実通りミッドウェーで敗北する可能性も充分あります。
その場合は、やはり史実通りの展開となり敗戦の道を辿っていくかもしれません。

しかし、ミッドウェー海戦で勝利した場合は戦局が大きく動くかもしれません。
まず、ミッドウェーで米国側がパイロットの低い技量が災いして敗北し、空母が全滅したとして、日本軍が次に狙うのはハワイです。
これは史実でもミッドウェー海戦前に、9月以降を目処にしてハワイ攻略戦の準備命令が陸軍では既に出されています。
ですが、その前にインド洋が焦点になります。
史実では6月に北アフリカ要衝のトブルク要塞を陥落させたドイツ軍が勢いに乗っており、ドイツとイタリアからインド洋での通商破壊強化と有力な艦隊派遣の要請が来ていました。
この状況に日本もインド洋で潜水艦隊や水上艦部隊を派遣する命令を出し準備していましたが、ガダルカナルの戦いが生じ、インド洋での作戦は極少数の部隊に任される事になりました。
しかし、ミッドウェーで勝利すれば米国はハワイの防備強化と航空部隊、艦隊再建に忙しく、ガダルカナルへの反攻は行わないでしょうから、日本は史実で予定されていた通りか、それ以上の戦力をインド洋に投入して通商破壊戦を行うかと思います。

インド洋は連合軍にとって、北アフリカ戦線、ソ連へのレンドリース(ソ連への軍事援助で全体の約3割がインド洋を通りました)、ビルマ戦線、中国戦線への補給路であるばかりか、インドからイギリスへ戦略物資を運ぶ海上交通路でもありました。
もし、この海上交通路が阻害されれば、各戦線は崩れるかもしれませんし、イギリスは戦争遂行に大きく響くでしょう。
特にイギリスは1942年にはドイツのUボートの通商破壊戦により、穀物などの輸入量が低下し消費量が輸入量を上回り備蓄で何とか凌いでいました。また貯蔵していた商船の燃料も3ヶ月分を切っている危険な状況でした。これにインド洋でさらに大きな被害を被ればイギリスは持ち堪える事ができないかもしれません。
元々日本には政府上層部の言う「通商破壊戦により英国の死命を制し米国の態度を変える」「英米連合軍の弱点は英国にあると考えられる。海上交通を断ち英国を餓死せしめて英国を屈服せしむること最も捷径なり」「英国の屈服に際し之と直ちに講和する事なく英国をして米国を誘導せしめる」という、まず英国を叩き、それにより米国との講和へ持ち込もうと言う戦略がありました。これが実際に成功するかどうかはともかく、英国の死命は海上交通路にあり、もしインド洋を日本が制すれば、前述した各戦線に致命的であり、英国にも大打撃だった事でしょう。

また、日本の潜水艦隊は開戦時に南方とハワイ方面に大きく二分され作戦しており、ミッドウェーで勝利した場合も当然、インド洋だけでなくハワイ~米本土、オーストラリア~米本土間で通商破壊戦に全力をあげる事になるかと思います。
史実では大戦初期は日本の潜水艦も遠く米本土沿岸で暴れ周りましたが、戦局の推移とともにそれもできなくなりました。しかし、ミッドウェーで勝利し米国の大型戦闘艦艇も多くを沈めたとなれば太平洋で通商破壊戦に力を入れる事も可能になるかと思います。
そうなれば、米軍も大西洋にばかり護衛艦を投入するわけにもいかず、その分、大西洋のUボートが楽になり戦果を拡大し英国を一層苦しめる事になるかもしれません。

そして、太平洋ではハワイ攻略戦となりますが、日本の潜水艦の通商破壊戦がうまくいけば、ハワイの防備も思うようには進まないかもしれません。
攻略自体は制海権、制空権をとれれば可能かと思います。あまり陸軍の大兵力を投入できないでしょうが制海権、制空権を握れば圧倒的有利になります。フィリピン攻略戦やマレー攻略戦、ジャワ攻略戦でも日本軍は連合軍より兵力が少ないにも関わらず勝利したのは、そうした要素において勝っていたからです。

ハワイの失陥は米国にとり大きな衝撃となるでしょう。
そもそも開戦前の米国の新聞には「日本は我々を攻撃する事はできない。軍事的にも不可能な事だ。ハワイの基地にしろ日本艦隊の有効攻撃圏の外にある」と載っていたくらいです。
おそらく、ここで活気付くのが米国内の黒人などの有色人種です。
開戦時、米国は一つに纏まっていたかのように言われますが、実はそうでもありません。
第一次世界大戦で黒人は待遇改善、地位向上を目指し、戦争に積極的に協力しましたが終わってみれば何も実りはなく失望だけが残りました。その経験から第二次世界大戦に米国が参戦した時も、有色人種の間では冷ややかに戦争を見ている部分がありました。
また、大戦を勝ち抜くため軍の増強と軍需産業での人員確保に黒人も組み込まれますが、黒人のこれまでの不満を和らげ、また人手不足を解消するために、これまで働けなかった職場や地位に黒人が就きました。
それに反発したのが白人労働者で職場放棄や暴動を起こしています。黒人側も歴史的に差別されている事から当然不満と反発がありました。1943年だけでも全米47都市で100以上もの人種暴動が発生しています。これにより、軍需産業の生産にも影響が出ています。デトロイトの暴動では黒人が軍の武器庫に突入しようとしました。軍内部でも黒人対白人の暴動が発生しています。
暴動で逮捕された黒人指導者の中には「黒人は米国内の日本軍だ」「東条首相に日本の勝利を祈る」と言い放った人もいました。
日本の勝利がこうした米国内の不満分子である有色人種を刺激し、より一層、反政府運動を大きくするかもしれません。
もしそれが広がれば米国内は酷い紛争状態となり兵器や物資の生産は遅れ、生活用品の流通にも影響を及ぼし、市民の不満を更に募らせるかもしれません。ただでさえ戦争で食肉やバター、ガソリンや暖房用燃料等色々な物が配給で不足気味なのです。それが更に悪化したら・・・
そうなれば、米国は日本と戦うより先に国内問題を解決しなければならず、日本に有利な状況で講和という事になるかもしれません。

史実では、前述した1942年10月の「アメリカ史上最悪の海軍記念日」の後に、米国では上下両院議員選挙が行われましたがルーズベルトの民主党は51議席も減らしました。ミッドウェーで負け、ハワイも攻略されたら民主党はもっと大敗し、ルーズベルト政権ももたないかもしれません。

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられます...続きを読む

Q真珠湾攻撃 戦闘機隊の訓練

真珠湾攻撃 戦闘機隊の訓練

 真珠湾攻撃に向けて、鹿児島湾を真珠湾に見立てて訓練を行ったというのは有名な話ですが、それを調べてゆくと、「艦攻隊の雷撃」の話を扱った書籍やウェブサイトばかりで戦闘機隊や艦爆隊がどこで訓練をしたのか、どのような訓練をしたのかという資料がなかなか見つかりません。特に戦闘機隊について訓練場所・訓練内容等の詳しい事が分かれば教えてください。

Aベストアンサー

 雷撃隊の鹿児島湾での訓練が有名なのは、ご存知の通り浅海面での雷撃ってのが前代未聞の攻撃法であったため、侵入方法や魚雷投下タイミングなど、真珠湾に似ている地形でのシミュレーションが必要不可欠だったからですよね。要はこのときの雷撃は非常に特殊性があったと。
 それに対して戦闘機隊や爆撃隊は基本的に地形なんぞは関係ありませんので、極めて普通の訓練で事足りたはずです。燃料のことを考えれば自分の基地の上空が一番いいわけですので、そのあたりでやっていたようですね。また戦闘機の訓練については航法・発着艦・戦闘が中心だと思いますが、戦闘については模擬空戦が盛んに行われていたようですよ。
 訓練場所がどうのこうのってのは、民間機が頻繁に飛び交う時代の影響だと思います。ましてや当時は軍に優先権がありましたので、訓練空域なんかは比較的自由だったみたいですね。

Q戦闘機と爆撃機(攻撃機)の違いは??

太平洋戦争の時代のことですが、

質問1
日本陸軍爆撃機&攻撃機という名の本と、日本海軍戦闘機という本がありました。当時の軍機が一台づつ紹介されているような本なのですが、これをみて疑問に思ったことがあります。
陸軍には戦闘機はないのですか?また、海軍には爆撃機や攻撃機はないのですか? 

質問2
あと、ネットで調べましたが戦闘機と爆撃&攻撃機のちがいがいまいちわかりません。教えてください

Aベストアンサー

陸軍の戦闘機
http://ww31.tiki.ne.jp/~isao-o/ja-model-1.htm

海軍の爆撃機
http://ww31.tiki.ne.jp/~isao-o/jn-model-5.htm

http://ww31.tiki.ne.jp/~isao-o/index.html

飛行機と戦うのが戦闘機
爆弾落とすのが爆撃機
両方出来るのが攻撃機です (^^;

Qアメリカ戦闘機とソ連戦闘機

このカテでいいか判らなかったですが、質問させてください。

アメリカの戦闘機 F14、F15は性能的にも素晴らしく有名です。
ところが、ソ連(ロシア)の戦闘機もMig-29とかSu-27やSu-30を見るとF14、F15と外見が
良く似ています。
細かい部分は色々異なっているでしょうが、パット見良く似ています。
Mig-29とかSu-27にアメリカのマークが入っていれば、素人はF14かF15に見間違えてしまい
ます。

これはソ連(ロシア)のパクリでしょうか。それとも戦闘機の目的や運用を突き詰めていくと、同じ
ようなスタイルになっていくものなのでしょうか。

Aベストアンサー

Mig-25やF-15のデザインの原点的な存在としてはノースアメリカンA-54ヴィジランティという艦上攻撃機があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/A-5_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)

生産数も少ない地味な機体ですが、結構色々な革新的な技術やデザイン(翼のレイアウトとか、エアインテークの形状)が導入されており、その後の航空機デザインを決めた面もあります。
で、例えば翼のレイアウトはデルタ翼を除けばそれほど自由度があるわけではなく、エアインテークも双発エンジンを搭載(単発だとエンジンが大きくなりすぎて不便)するとなればある程度話す必要があり、超音速に対応したショックコーンか可変インテークが必要に成るとなれば、ある程度似てくるのは仕方が無いことかと思います。また、設計時に既存機を参考にすると言うことは保守的な設計思想としてあると思います。


今、ケリー・ジョンソン率いるスカンク・ワークスが機能していたらどんな機体が出来ていたかと考えると楽しいですね。


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