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タイトル通りの質問です(^^;
現国のひねくれた教師に聞かれたのですが、
冗談で私が「中国っぽいから」と答えると
「じゃあ熊でも何でもいいじゃん。つかパンダのほうが中国っぽいじゃん(笑)」
と返されてしまいました

「何故他の猛獣ではなく虎なのか?」
そこら辺を中心にご回答いただけないでしょうか?

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A 回答 (5件)

No2さまのおっしゃることでほとんど言い尽くされていますが、


パンダはまずありえないでしょう(笑)だいいちパンダが発見されたのが1869年フランスの宣教師によって。あんな生き物を知っている漢民族なんてほとんどいなかったわけですし、恐らく中島も知らなかったでしょう。
さて、本題に移ります。
伝統的に中国で言われる猛獣は虎、狼、熊、豹、豺(山犬:音はサイ)あたりでしょうか。
その中で、李徴の「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」を表現できる動物と言えば、群れない動物→虎・熊or豹ですね。
そして、人を食い殺すほどの猛獣となると、水滸伝などの例を俟つまでもなく、虎ということになるでしょう。
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この回答へのお礼

なるほど^^
そのあたりを掻い摘んで彼奴に答えてやろうと思います!
回答をくれたみなさま、どうもありがとうございました!!

お礼日時:2006/10/05 17:52

こんばんは。

私見ですが、虎は中国において残忍なものの象徴として古来描かれてきたのではないでしょうか。論語などにも残忍なもの、苛酷なものの象徴として虎が出てきます。「虎狼の心」(残忍な心)などといった表現もあります。
 ですから李徴が猛獣になるとすれば「その内面にふさわしい」のは「虎」なのだと思います。
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熊じゃ遅くて話にならねーから。


夜は見えないし。^^;

熊猫などは問題外。
狼は集団で行動するし、人は食わない。

どの動物も知能的です。

まあ、水彩画でもトラが定番でしょう。^^
狂った獣のごとく。
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 「山月記」の元になった中国の昔の作品に「人虎伝」というのがあります。

(yahoo!、google等で「人虎伝」で検索すると、「山月記」と比較ながら紹介したサイトがたくさん見つかります。ぜひご覧ください。)

 だから、虎というのは当然ともいえます。もし、授業で先生が「人虎伝」の存在に触れていないのなら、あなたの調査(^^)による発見として、理由の一つにあげていいと思います。

 でも、もちろん、「山月記」執筆にあたって、熊やパンダに変えてもよいので、やはり他の理由も考えないといけませんね。

 「中国っぽいから」という質問者様の答も理由のひとつにはなると思います。これももちろん中島敦が、アフリカを舞台にしてライオンにした方がよいと考えれば、そうなったでしょうが、漢文学の素養の深い中島としては、そういう発想はおそらく出てこなかったでしょう。

 「何故他の『猛獣』ではなく」というのなら、「パンダ」は猛獣のイメージはあまりないと思います。もちろん現代の我々の感覚ではなく、中島の時代のパンダがどんなとらえ方をされていたかを調べておく必要はあると思いますが、虎との比較において猛獣性は劣ると思います。熊もパンダほどではないにしても同様でしょう。

 No.1さんがおっしゃるように李徴の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」を表す「猛獣」としてのふさわしさが大きな理由と言えると思います。
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「己の不遜な自尊心のため!」と答えるのがベターでしょう。

「では、何故虎に?」それは、「不遜」という言葉と虎が適合すると作者(中島敦)が考えたのでしょうね。元来、きつねや狸に比べ、虎は狡猾性が薄いし、それでいて威厳があるからでしょう。以上、推論ですが・・・。
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Q山月記

山月記


どうして李徴は虎になったのですか⁇

教科書を、読んでもよくわかりません。


どなたか教えてください…
よろしくお願いします‼

Aベストアンサー

> どうして李徴は虎になったのですか⁇

作り話だからですよ。(^^;)

現代風・現実的に言いますと・・。

李徴クンは、学生時代、真面目でかなり優秀で、県庁の公務員になった。
自分では「私は優秀なので、もっと評価されるべきだ!」と思っていたが、役所じゃ「アイツ、自意識過剰なんだよね・・」と、大して評価もされないし、友達も出来ない。

そこで「オレの才能はこんなモノじゃない。もっと成功してやる!」と、役所を辞めて、作家を志したものの・・・出版社などは全く相手にしてくれないし、生活も困窮。
「こんなハズじゃない。オレは・・オレは・・」と思い悩むうち、重度のウツ病を発症してしまい、ある日、仕事も家族も捨てて、突然の失踪。

翌年、進学校で唯一の仲良し同級生のだった袁クンと、場末のさびれた歓楽街でバッタリ遭遇。
袁クンは立派な身なりの国家公務員。
一方の李徴クンは、下品なスーツにアロハシャツを着て、パンチパーマと言う姿。
ちょっとにらみの効く、恐そうな一匹狼のアウトローに成り下がってた。
そこで李徴クンは、袁クンに、自分の心情などを話しはじめた・・。

と言うお話です。
もしかしたら、実際にありそうでしょ?

この「アウトロー」を、昔話的・物語的に「虎」にしただけです。

李徴クンの「孤独」なキャラからは、ニートにでもなりそうなモノですが、彼には自尊心や羞恥心があるので、人に媚びないイメージの「一匹狼のアウトロー」を選んでみました。
でも、これではただの転落人生ストーリーで、三文芝居にもなりません。

そこで「山月記」作者の中島敦さんは、中国の怪異譚からヒントを得て、シュールでダイナミックに「虎」にしたんですよ。
傲慢・尊大で孤高(孤独)な動物である虎と、李徴のイメージが合致するでしょ?

> どうして李徴は虎になったのですか⁇

作り話だからですよ。(^^;)

現代風・現実的に言いますと・・。

李徴クンは、学生時代、真面目でかなり優秀で、県庁の公務員になった。
自分では「私は優秀なので、もっと評価されるべきだ!」と思っていたが、役所じゃ「アイツ、自意識過剰なんだよね・・」と、大して評価もされないし、友達も出来ない。

そこで「オレの才能はこんなモノじゃない。もっと成功してやる!」と、役所を辞めて、作家を志したものの・・・出版社などは全く相手にしてくれないし、生活も困窮。...続きを読む

Q山月記の虎について

授業で「山月記」をしていて、
何故「虎」をチョイスしたのか気になりました。
先生に聞いたところ、山月記は元は「人虎伝」をイメージというかそういう作品と聞きました!
では「人虎伝」は何故「虎」なんでしょう?
「人虎伝」は読んだことないので分かりません。
何となく気になったので、知っている方教えてください!

Aベストアンサー

人虎伝では、主人公は殺人の報いによって獣になったことになっています。「人を食い殺す獣」としてまず思い浮かぶのは、日本でも中国でも虎か狼。「前門の虎、後門の狼」という言い回しもありますし。
また聞くところによると虎は群れをなさない動物なんだそうです。そういうところが人と相容れない主人公の性格と合っていると判断されたのではないでしょうか。

Q中島敦さんの「山月記」についての質問です。

山月記の中の月の役割を教えて下さい!
主題にもかかわっているらしいのですが、全く解らなくて。
ところどころにでてきて微妙に変化している月の意味?を教えて下さい。
6月15、6日ごろまでにお願いします。

Aベストアンサー

旧友との再会の場面は、「残月」つまり明け方近く、月が日の光に見えなくなってしまうまでの、ほんのわずかな間の物語です。
出立時にはまだ暗く残月とはいえはっきりと見える。これは意識の大部分を占めつつある虎の野生を日の光とするなら、それがない間だけ人の心がわずかな光を放てるということを表現していると思います。それも現れるのが暗い闇の中でだけというのが、人の心のある時間彼をとりまいている絶望と対応しています。
最後の「白く光を失った月」が何を表しているかは説明はいりませんよね?
さらには、旧友と話している間、主人公は決して姿を見せようとしません。これも、太陽の前に姿を表せない月にかけての表現だと思います。旧友との立場の違いを主人公がどう感じているかがわかりますね。

Q初めての投稿です。 宿題に山月記の読書感想文があります。文字数は1201字以上です。誰か助けてくださ

初めての投稿です。
宿題に山月記の読書感想文があります。文字数は1201字以上です。誰か助けてください!

Aベストアンサー

1600字くらいあります。
助けになるかどうかは分かりかねます。


山月記の中で虎に変化した李徴は自分の事を卑下し自分は尊大な羞恥心などの良くない心根によって自分の外形が内心にふさわしいものに変えてしまったと嘆きましたが実際の所彼が詩人として名を成した結果したかった生活というものは正に彼が虎に変化した結果としてするようになった生活なのだと思います。
この話の中において一貫して李徴が虎に変化したできごとは不幸として扱われていますが私はそうは思いません 彼は生活のため地方の小役人に就職して屈辱を感じつつ生活を送っているとある日山に消え虎に変身し、この結果彼は何か後悔している様子で虎の姿で旧友の前に現れたわけですが実際の所虎になって何より強い存在として獣や人を無意識に食らいつつ生きる暮らしは彼がかつて望んだ詩人としての気ままな暮らしと本質として類似したものだと思えます。それどころか実際には彼は詩人になりたかったわけですらなく本当は何より強い存在として獣や人を食らいつつ生きるような放埓な生き方がしたいという本音が詩人になりたいという歪められた形で心に浮かんでいただけで実際には虎になって常人では一生叶えられない望みを完全に達成したのではないでしょうか。
また この話の中においてさりげなく実現されている発狂したあげく人間から虎へ変身すると言う現代のみならず恐らくこの話が書かれた当時であってもあまりに荒唐無稽すぎて到底何かの比喩としてしか捉えられない表現は、実はこの文章を読んだ読者に人間が変身し別の生物になりうるという奇跡が現実に起こりうるというできごとを現実として潜在意識に認識させ、そのような奇跡的で劇的な変質が読者の人生に起こりうるように読者の潜在意識を改良しようとするもくろみがあったのではないでしょうか? 不可能だと潜在意識が信じていると例え実際には可能であってもできなくなり、一見不可能であっても可能だと潜在意識が信じると実際に可能になったりする原理からして、この山月記の中に記された描写を読んだ後読者の中で生活に不満を持つものはいくばくかこの李徴のようにー例え肉体までは変質しなくともー生活に変化が生じ自分が本当に望んでいた生活を送るような変化が起きるようになる可能性があるように感じます。この文章には発狂という本来理性持つ人間にとっては死と同義の意味合いを持つできごとが実は本質的な、理性が自分にとって正気であると判断できる程度の状態のままでは達成できない程の大きな変容の開始になりうるという深い洞察が込められているようにも感じられます。この文章を読んだ後精神状態が不安定になったり生活に不安が出てきたりという人生での失敗の結果起きる不幸に見舞われた人間はこの話を思い出しいくばくか自分もその虎のようになるのかも知れないという漠然とした不安にとらわれる可能性があります。と、ここで願望の実現と起きて
欲しくないできごとが逆転するのです 本来いかなる方法をもてしても常人には達成できない変身という大業をたかだか自身一人の不幸や発狂程度が原因で成し遂げられてしまうかも知れないという奇怪な不安をしかしここでこの文章を読んだ人間は持つ事に成功するのです。不安に感じるできごとが頭の中で何度も再生され自分はそうなってしまうのではないかとつい思うーここに本質的な希望、「人間が変身できる」という希望ーそしてここで本来人間社会においては決して考える事を許されない考えー「森の中で仕事等の苦悩から逃れ最強の獣として悠々と生きる」といった風に実際に自分がなるというできごとが自分の人生の上にも本当に起きるかも知れないという考えが浮かぶ事が許されそうならないように自分は努力しようという社会的に見ると謙虚な努力が生じるようになるーこれらから考えてこの話は巧妙に組み上げられた、この話を見て反省するものにとっては社会的に容認される方向の努力を促進される警鐘としての意味を持ち反省できなかったり反省してもそれでも努力できず生活への不満を捨てられなかったり精神が不安定になってしまった人間にとっては自身の肉体的変質という奇跡か自由な生活への劇的な変化いずれかが促進されるどのような人間にとってもどのような状態の人間にとっても有用な文章だと考えられるのです。

1600字くらいあります。
助けになるかどうかは分かりかねます。


山月記の中で虎に変化した李徴は自分の事を卑下し自分は尊大な羞恥心などの良くない心根によって自分の外形が内心にふさわしいものに変えてしまったと嘆きましたが実際の所彼が詩人として名を成した結果したかった生活というものは正に彼が虎に変化した結果としてするようになった生活なのだと思います。
この話の中において一貫して李徴が虎に変化したできごとは不幸として扱われていますが私はそうは思いません 彼は生活のため地方の小役人に就...続きを読む


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