土佐日記 門出の最後の文

上中下、酔い飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれ合へり。

の「ふざける」と「腐る」の掛詞「あざれ合えり」で、「ふざけ合った」は分かりますが「腐る」というのは何が腐ったのですか?

A 回答 (1件)

酔っぱらって海のほとりでふざけ〔あざれ〕あっている、しかし、その海は塩を含んでいるから物が腐る〔あざる〕はずはない。

おかしな話だ、ということを言わんとしたもので、何かが特に腐るということではないと思います。早い話が、今で言う「おやじギャグ」に当るものです。
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この回答へのお礼

よく分かりました、ありがとうございます。

お礼日時:2001/01/05 12:42

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Q土佐日記 帰京が理解し辛い…

こんばんは

土佐日記の帰京の部分がテストで出るのですが、現代語訳を読んでもイマイチ内容を理解できません…。
http://orange.zero.jp/teru.oak/gakusyu/tosa/kikyo/yaku.html

どういう場面での話しなのか、
登場人物の解説などお願いしますm(__)m

ちなみに土佐日記はこの帰京以外読んでいません。

Aベストアンサー

j<自宅に帰りついた場面>
月明かりの夜、隣の家人に預かってもらっていた自宅にたどりつき、その荒れたさまに驚く。(預かってくれた人の心も同じ様に荒んでいるのだろう)
隣との間には垣根があるが、状況としては1つの屋敷みたいなものだったので進んで預かってくれたので、遠方からお礼の品物を何かのついでにいつも送っていたが、今夜は「なんということだ」 と口にも出せないほどあきれかえっている。 薄情な人のようだけど謝礼だけはする事にしよう。

<家の周りの状況>
池の様に水がたまっている場所があるが、そばには松の木があった。5~6年のうちに1000年も経ったような感じだ。一部が無くなっており、新たなものも混じって総合的にすごく荒れているので人々(多分、一緒に帰ってきた人々)は「ひどい荒れようだね」 と言っている。

<無くなった子供と小松との対比>
この家で生まれた女の子が(亡くなったので)帰れなくなった。同じ船で帰京した人々の周りはその子供たちが群がって騒いでいる。(楽しそうに見えることの表現) 悲しさを理解してくれる人がその中にいたのでその人と歌(和歌)を読み返した。 
”生まれた子も帰ってこないのに我が家に小松が生えているのを見ることの悲しさよ” → ここで生まれた自分の子供は帰ってこないのに、ここで生えた小松を見ることのは悲しいものだ と言う意味。
詠み足らないようなので又、次の様に詠んだ。
”亡くなった子が松のように千年も見ることができたら、遠い土地で悲しい別れをすることがあっただろうか、そんなことはなかっただろうに” → 亡くなった子供がこの松の様に1000年も見ることが出来たなら、遠い土地で悲しい別れをすることはなかっただろうに。。。
<締め>
忘れがたい事ばかりや残念な事が多いがその気持ちを書きつくすことは出来ないから破り捨ててしまおう。。。

大体こんな感じに分かれていると思います。

j<自宅に帰りついた場面>
月明かりの夜、隣の家人に預かってもらっていた自宅にたどりつき、その荒れたさまに驚く。(預かってくれた人の心も同じ様に荒んでいるのだろう)
隣との間には垣根があるが、状況としては1つの屋敷みたいなものだったので進んで預かってくれたので、遠方からお礼の品物を何かのついでにいつも送っていたが、今夜は「なんということだ」 と口にも出せないほどあきれかえっている。 薄情な人のようだけど謝礼だけはする事にしよう。

<家の周りの状況>
池の様に水がたまっている場所...続きを読む

Q土佐日記の門出

こんにちは、いつもお世話になっています。
このカテゴリーの中で、同様な問題が
質問されており、それを見たのですが
いまいち意味がわからず、質問させていただきます。

土佐日記の門出において
「上中下、酔い飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれ合へり。」
という部分で、「この部分は掛けているのです」と
いわれたのですが、何と何を掛けているのか?
そして、それは具体的にはどういうことなのか?
がわかりません。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

訳は
「身分の高い者も真ん中の者も低い者も、十分に酔っぱらって、たいそう不思議なことに、塩辛い海のほとりで、ふざけ合った」
となります。
で、ここの「あざれ」と言う言葉が、
・ふざける
・(魚などが)腐る
という意味を持っています。
つまり、塩辛い海だから「あざる(腐る)」はずはないのに「あざれ(ふざける)」合った、と言うことになるのです。
現代語の意味が掛けられているのではなく、古語が持っている意味で掛けられているのですね。

Q土佐日記 女性仮託と亡児虚構論

紀貫之が土佐日記を書くとき、女性に仮託した理由はなんでしょうか?
また、それは亡児虚構論と何か関係があるのですか?

Aベストアンサー

>紀貫之が土佐日記を書くとき、女性に仮託した理由はなんでしょうか?

形式的な理由と、実質的な理由の二つの理由を考えることができると思います。

形式的な理由としては、当時は男性の表現文体は漢文であり、当時の常識からすれば、公人貫之の書く日記も漢文で書かれるのが当然だったからと考えられます。

一方、漢文体が当時の貫之をはじめとする知識人にとって、どれほど書き慣れた文体であろうと、所詮、外国語での表現文体であったことも否定できないはずです。
その意味で、漢文体はあくまでも当時の一種の《文語体》であったと考えられます。

しかし、こういう文語体では、やはり、嫉妬、怨念、不満、悲哀等々といった、人間の複雑なナマの感情、私情の微妙な襞を表現するのは到底不可能だ、と貫之は判断したのではないでしょうか。
要するに、貫之は『土佐日記』を公文書としてでなく、あくまでも個人的感情、和歌的抒情を主題材とする私文書として綴ることを目論んだとき、その表現に最も適した仮名文体の採用を決めたのではないでしょうか。

そして、仮名文は当時の女性の文体でしたから、仮名文の書き手についても、「女性に仮託」する必要があったわけです。
言わば、女性の書き手という《仮面》を被ることで、貫之は公人・男性としての見栄や外聞、建前やプライドから解放され、それまで秘めていた個人的感慨を思う存分に綴ろうとしたと考えられます。
また、貫之は彼の多くの歌が暗示するように、性格的にはかなり諧謔精神に富んでおりましたから、持ち前のユーモア精神もあずかって、こういう女性仮託が着想できたとも考えられます。

>また、それは亡児虚構論と何か関係があるのですか?

「亡児虚構論」説については、現在も定説めいたものが確立されていないと思いますが、こういう、わが子を喪った悲しみという生々しい感情を男性が直接表現することを憚り、これが女性仮託の一因となったという可能性も否定できないと思います。

>紀貫之が土佐日記を書くとき、女性に仮託した理由はなんでしょうか?

形式的な理由と、実質的な理由の二つの理由を考えることができると思います。

形式的な理由としては、当時は男性の表現文体は漢文であり、当時の常識からすれば、公人貫之の書く日記も漢文で書かれるのが当然だったからと考えられます。

一方、漢文体が当時の貫之をはじめとする知識人にとって、どれほど書き慣れた文体であろうと、所詮、外国語での表現文体であったことも否定できないはずです。
その意味で、漢文体はあくまでも...続きを読む

Q土佐日記の「門出」で、「二十日あまり一日」を「はつかあまりひとひ」と読

土佐日記の「門出」で、「二十日あまり一日」を「はつかあまりひとひ」と読むのは分かるのですが、「二十二日」はどう読むべきでしょうか??


ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はつかあまりふつか。

Q土佐日記の文

土佐日記の文
  男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり
で、どうして
  男も
なのでしょうか?なぜ
  男の
ではないのでしょうか?

Aベストアンサー

 古い記憶で申し訳ないのですが・・・。
この『も』は、仮定・推量を表しています。(古語辞典でそうした用法があることは確かめました。)
「男もすなる」→「男がするという」
はっきり断定しない、ぼかした表現だと教えられた覚えがあります。
『なる』だけでも推量を表すかもしれませんが、『も~なる』でよりはっきりすると思われます。

Q掛詞について

ためつくるえほし桜の木ふり哉

この句では、どこが掛詞になっているのでしょうか?どなたか分かる方、お答えお願いします。

Aベストアンサー

「矯め付くる」(姿勢を正す)
「彩め付くる」(色鮮やかな花をつける)

よって、「色鮮やかに花をつけたしだれ桜(烏帽子エボシ桜)の下で姿勢を正す、その枝振りよなぁ」
かな?

Q土佐日記で・・・。

土佐日記に、「それの年の十二月の二十日あまり一日の戌の時に、門出す。」という文がありますよね?
そこで質問なのですが、なぜ紀貫之はこんな遅い時間に出発したのか教えていただきたいのです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 国司の任期は当時四年で、例年正月に除目があり任命されます。紀貫之は930年1月に土佐守になっていますから、本来任期は934年(土佐日記冒頭の年)12月末まで。つまりまじめにつとめればこの時期にしか帰れないわけです。
 もっとも当時の国司なんかはいい加減ですから、任命後しばらくしてやってきて後任がきまったらはやめに帰るというのはよくあることでした。貫之も本来ならもうすこし早く帰れたみたいなのですが、前段で次の国司が来るのが遅くて(このせいで任期が切れたのになかなか帰れない国司がわりとたくさんいた)解由状がなかなかもらえず出発が遅れた、と書いています。
 後、日付や時刻は出立に縁起のいい日、時を選んでこうなった、ということも、当時の貴族の風習として十分考えられます。

Q国語の「醒酔笑」 現代語訳

国語の宿題である、現代語訳がわかりません。
明日までなので、誰かわかるかたいらっしゃいましたら、教えてください。

いはんかたなき鈍なる弟子あり、
だんなのあつまりて、茶さけなどある座敷に、
年さんたむのあるは常のならひ也。
しかるにかの弟子、
ややもすれば、
いまだ三十の者をハ四十と見そんじ、
五十計の者をハ六十あまりと見そこなふて
わらはるるを、
坊主聞かねて、
「さてうつけに薬かないとハまことや、
我も人も年のよりたきはなし、
誰をもわかいといはんこそほいならめ、
あなかしこ、
そこつに人を年よりといふな」
と、をしへられ、
あけの日、彼弟子、使僧(しそう)に行き、
女房の子をいたきゐるを見つけ、
「此御子息(このごしそく)ハいくつにてありや」
「是ハことしむまれ(今年生まれ)、
かた子(一歳未満)ておいりある」
と、(女房は)こたへけり。
弟子、
「さて、かたこにはわかう(若こう)御座あるよ」
と。

以上になります。
至急よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 現代語訳というより、この文がほとんど現代語です。

 ほとんど、ふつうに使いますよ。

 下に書いた訳語の言葉が分からないようでしたら、「古語辞典」ではなく、国語辞典をひいてください。




いはんかたなき鈍なる弟子あり、

  言わん難なき「鈍」なる弟子有り。

    鈍=鈍感=バカ


だんなのあつまりて、茶さけなどある座敷に、

  檀那の集まりで、茶・酒などある座敷に、


年さんたむのあるは常のならひ也。

  (前半不明) ・・・ のあるは、常の習いなり。

  ※おそらく「年齢を矯正する(ごまかす)のは人の世の常のことだ」くらいの意味と思われる。


しかるにかの弟子、

  然るに彼(か)の弟子

   (彼の国では、などと今でも使う。「かれの国」ではない。)


ややもすれば、

  ややもすれば(←現代語)


いまだ三十の者をハ四十と見そんじ、

  未だ30歳の者をば40歳だと見損じ


五十計の者をハ六十あまりと見そこなふて

  50歳の者をば60歳余りだと見損ないて


わらはるるを、

  笑われるのを

    (この場合、嘲笑される)


坊主聞かねて、

  師匠の坊主聞きかねて

   (聞いていられなくて)


「さてうつけに薬かないとハまことや、

  はてさて、バカにつける薬はないとは、誠や(大阪弁)


我も人も年のよりたきはなし、

  吾も、他人も、年寄りにはなりたくなし


誰をもわかいといはんこそほいならめ、

  誰をも若いと言うことこそ、本意だろうに

  (ならめ=なるらめ→なるらむ、は古語)


あなかしこ、

  (これは古語) けっして


そこつに人を年よりといふな」

  軽率に、人を年寄りと言うな


と、をしへられ、

  と教えられ


あけの日、彼弟子、使僧(しそう)に行き、

  翌日、彼の弟子、お使いに行き

   使僧・・・ 僧としてのお使い(古語ではないがあまり使わない)
   (あけの日、は古語)
 

女房の子をいたきゐるを見つけ、

  女房が子を抱き居るを見つけ、


「此御子息(このごしそく)ハいくつにてありや」

  このご子息はいくつでしょうか


「是ハことしむまれ(今年生まれ)、

  これは今年生まれ


かた子(一歳未満)ておいりある」

  一歳未満です


と、(女房は)こたへけり。

  と女房は答えけり

  (ケリは、けりがつく、のけりで完了の意味)


弟子、

  すると弟子は

   (実年齢より若く言いなさいと教えられた弟子は)


「さて、かたこにはわかう(若こう)御座あるよ」

  さてさて、一歳未満にはとても見えないほど若いですよ


と。

  と言った。



・・・  大阪人なら、「1歳未満より若いって、いったい何歳やねん!」と突っ込みを入れるところです。
 

 現代語訳というより、この文がほとんど現代語です。

 ほとんど、ふつうに使いますよ。

 下に書いた訳語の言葉が分からないようでしたら、「古語辞典」ではなく、国語辞典をひいてください。




いはんかたなき鈍なる弟子あり、

  言わん難なき「鈍」なる弟子有り。

    鈍=鈍感=バカ


だんなのあつまりて、茶さけなどある座敷に、

  檀那の集まりで、茶・酒などある座敷に、


年さんたむのあるは常のならひ也。

  (前半不明) ・・・ のあるは、常の習いなり。

  ※おそらく「年齢を...続きを読む

Q土佐日記の口語訳

土佐日記の八日の部分の訳がどのサイトをみても載ってないのです。
とても困っているのですが誰かご存知の方がいましたら教えてくださいよろしくお願いします

Aベストアンサー

jakyyです。
在原業平の歌というのは古今和歌集の歌(884)ですね。
伊勢物語にもあります。
「飽かなくにまだきも月の隠るるか 山の端逃げて
入れずもあらなむ」

http://www.infonet.co.jp/nobk/kwch-lit/isemonogatari.htm

下記の歌は紀貫之の歌(後撰1363)ですね。

「照る月の 流るる見れば天の川
出づる水門は海にぞありける」

http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/turayuki.html

Q「いとまばゆき人の・・・」の解釈(源氏物語)

宜しくお願いします。
源氏物語・桐壺の巻での文章解釈についてです。

ごく始めの方に「いとまばゆき人の御おぼえなり」という一節が出てきます。
ここの「人」は誰を指しているのでしょうか。
私は「帝(の気に入りよう)」と解釈したのですが、ある古典テストの問題で、「桐壺更衣」と解答されているものがありました。
解答が間違っているのか、とも思ったのですが、
是非、詳しい方々のご意見をお願い致します。

Aベストアンサー

この引用された本文が諸本に異同のないことを大前提にします。
古文を読む場合ははじめに品詞分解をしますよね?
取り敢えず、「いと・まばゆき・人・の・御おぼえ・なり」
ですから
「いと(副詞)」=極めて
「まばゆき(形容詞シ活用まばゆしの連体形」=ここの解釈をちょっと後回しにします。
「人(名詞)」
「の(助詞)」
「御おぼえ(名詞)」=ご寵愛
「なり(断定の助動詞なりの終止形)」
で良いかと思いますが、「極めてまばゆい人のご寵愛だ」と訳せます。問題は「まばゆい」の意味で、古語辞典を引くとわかると思いますが、「まばゆし」の意味が一般的に「目がくらむほど美しい」とするほかに「いとわしくてまともに見られない」なんて意味もあるんですよね…。
文脈上、上達部たちの言い分として、そのあと楊貴妃の例を挙げてますからおそらく後者の意味合いが強いんでしょう。また、この箇所のみでなく、全体を見渡して、『源氏物語』の特色でもある、高貴な身分の人に対する主語は極力省略する姿勢、というのを考えますと、問題集で「桐壺更衣」となるのも自然です。たしかにこの一文とその周辺のみだと「人=帝」としたいところですが、帝を「人」って言い切る度胸は並大抵の人間にはないかと…。(そしてちょっと読んだだけですが、ほかに帝を人、と呼ぶ箇所が見当たらない)

ただ、私は源氏物語の専門家ではないので深くは存じませんが、おそらくこの箇所は諸説分かれるところかと思います。
専門家がそれぞれの説をとりあげていると思うので基本的な注釈本にあたってみると良いと思います。(角川・岩波・小学館あたりからでている古典全集が基本です。下手に眉唾な文献にはいきなり当たらないよう)


ちなみに、『源氏物語』は作者自筆のものが現存せず(見つかったら世紀の大発見ですね★)すべて写本か版本になります。よって、その内容に読んでいて意味が通じない箇所というのはかなり多く出てきます。(うつしているんで適当なんですよ)
だからあとあと、与謝野源氏とか谷崎源氏とか瀬戸内源氏とかあさきゆめみしだなんていう小説・漫画がさまざまな解釈でもって展開できるという自由もはらんでいるのですが…。
ついでにいうと、源氏物語だけで毎年新しい論文が100はでる、というのはこの方面ですと笑えない笑い話になっています。


なので、先だってのご質問から推測するにおそらく源氏初心者であろう質問者様が原文にいきなり体当たりをするのはかなり危険です。古典を専門にやってる人間ですら回避できるなら源氏は回避したいところ(笑)。今質問者様が取り上げた一文ですら、恐らく明瞭な解答というのは判然としないかと思います。

前回も少し申し上げましたが、いきなり細部に突入するのではなく、まず、『源氏物語』とは何か、程度の入門書なんかを手に取られて、外堀から埋めていった方が源氏解釈には近道になると思いますよ。私なんかは高校の時に、「源氏は取り敢えずあさきゆめみしでいいから全部内容を把握しなさいっ!話はそれからです!」という指導を国語の先生から受けましたが、今思うと妥当な手順だったと記憶しています。
源氏専門家が舌を巻くほど、『あさきゆめみし』作者の方の理解は深いので、こういったわかりやすい書物からまずお読みになっては如何でしょうか?
おおよそを押さえた上で、だんだんと、深いところまで突っ込んでいけばいいのでは。

何事もいきなり細部に突撃するよりも、対象本体を把握してから理解へ入った方が、解釈が楽ですよ。

この引用された本文が諸本に異同のないことを大前提にします。
古文を読む場合ははじめに品詞分解をしますよね?
取り敢えず、「いと・まばゆき・人・の・御おぼえ・なり」
ですから
「いと(副詞)」=極めて
「まばゆき(形容詞シ活用まばゆしの連体形」=ここの解釈をちょっと後回しにします。
「人(名詞)」
「の(助詞)」
「御おぼえ(名詞)」=ご寵愛
「なり(断定の助動詞なりの終止形)」
で良いかと思いますが、「極めてまばゆい人のご寵愛だ」と訳せます。問題は「まばゆい」の意味で、古...続きを読む


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