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インドはヒンドュー教が土着の宗教です。
その中から仏教が生まれて、アジア各国に広まったのですが、
インド国内ではやがて廃れました。
仏教が各国に広まり、ヒンドュー教が広まらなかったのは何故でしょうか?
土着信仰色が濃かったからでしょうか?
それとも深遠な哲学思想が難解すぎたからでしょうか?

よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

他にも色々な理由があるのでしょうが、ヒンドゥー教が他宗教からの改宗を望むのが難しい宗教だからというのが大きいのではないでしょうか。


他宗教を信仰していて、ヒンドゥー教に改宗するのは可能ですが、改宗した場合、ヒンドゥー教特有の身分制度であるカースト制度で、スードラという下位のカーストに組み込まれます。(スードラはカースト制度で下から二番目)
スードラは日本語で「奴隷」と訳されるようにヒンドゥー社会では(現在では状況も少しは変わっていると思いますが、古代では)職につく上で厳しい制限がありました。
勿論それ以外の差別も沢山ありました。

このようなことから、ヒンドゥー教に改宗する人は少なく、逆にヒンドゥー教で低いカーストにされている人々は「救い」を求めてイスラム教や仏教といった宗教に改宗することが多かったのです。
仏教ではすべての人間は平等ですからね。

キリスト教のように帝国主義と結びつけばヒンドゥー教の勢力拡大もありえたのでしょうが、そうでなかった以上、ヒンドゥー教がインド以外に広まらなかったのは当然だという事ですね。
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日本に伝来した初期の仏教(聖徳太子の頃)は、仏像という形でわかりやすく表現したという点においては、キリスト教に影響された大乗仏教でした。


時が流れ、閉塞した奈良仏教会に新風を吹き込んだ空海の輸入した仏教は、当時大陸で流行し始めたヒンドゥーの影響を強く受けているものと言われています。

土着信仰色も中国に渡れば数々の神は守護神になり、さらには曼荼羅という宇宙を表現するに至ります。

多分に空海の創作もあるかとは思いますが、こういった形でのヒンドゥーの伝播はあると思います。
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ヒンズー教は、インド土着の宗教で、布教という概念がありません。


インド民族が進出した地点では、ヒンズー教も有りますが、他民族への布教団のようなものはありません。
日本の神道が、他民族へ広がらない、ユダヤ教が他民族へ広がらない、それらと一緒です。
ただし、ヒンズー教は、インド以外に、ネパール、スリランカ、インドネシア(バリ島)などへも広がっていますし、インド以外のインド人が多く住む場所にも広がっています。(ただしインド人のみですが)

純粋なヒンズー教とはされませんが、ヒンズー教のシバ派を母体として生まれた「ハレクリシュナ」は、アメリカや西欧で積極的に布教し数千人の信者を得ますが、それ以後信者数は頭打ちになっているようです。
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ちなみに仏教がインドで衰退していったのは、



・アショカ王などの時代では仏教が国教になっていた。その後、仏教によりその権威を奪われた上位カースト勢力が仏教を駆逐した。(これによりバラモン教をもとにヒンドゥー教の原型が作られた。その時仏教徒は下位カーストに組み込まれた)
・イスラム勢力がインドに侵攻したとき、仏教の拠点精舎を破壊した。

などが原因だと考えられています。
別に自然にインドで仏教が衰退していったわけではないんですね。
現在ではインドで再び仏教徒が増えており(No,1の回答に書いた理由などにより)、一説では一億人の超えるとも言われています。
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Qヒンズー教、バラモン教、仏教

インドは零の発見など文明として数々の発明発見をしてきた土地だと思います。また、宗教上でも多くの宗教が芽生え発展してきたように思います。

現在、ヒンズー教がインドで最も盛んな宗教のようですが、ヒンズー教の前身にバラモン教があると勉強しました。

質問:現在、日本で私を含め信仰の深い仏教もインドから中国、朝鮮を通じて日本に入ってきましたが、この仏教はヒンズー教より歴史は古いのでしょうか?

質問:今、仏教はインドではどうして多数派では無いのでしょうか?
昔から仏教を信仰してきた私には、発祥の地のインドで仏教が盛んではないないというのが残念です。

また、お隣の中国は逆に現在仏教に関してはかなり研究が盛んに行われているようです。
質問:チベットは密教として仏教が盛んのようですが、チベットの仏教とインドの仏教の接点を教えてください。

Aベストアンサー

インドでは今から3000年ほど前にヴェーダやウパニシャッドという
聖典がすでに成立しています。結局のところインドの宗教はすべて
これらのインド哲学の聖典が元になっています。同じ聖典を基にしている点
ではインド宗教は、ユダヤ教とキリスト教・イスラム教のような関係と言えます。


ヴェーダに登場する火の神(アグニ)を信仰していた彼らは森を焼き、
農地を拡大していきました。その結果として洪水被害や塩害のような
環境被害が繰り返されます。当時のの哲学に共通する特色としては
「なんでこんなに苦しまなきゃいけないの?」というものです。
現代の我々はそれが化学作用によるもので人間が原因だと理解できますが、
これに近い明確な答えを出したのがインド哲学です。
つまりこれらの原因を「業(カルマ)」であるとしました。



数百年後、仏教の開祖「シャカ」が誕生します。
彼はヴェーダの思想どおり、「殺すからその報いを受けている」と考えました。
ところが彼の思索はさらにその先に突き抜けてしまいます。つまり
「我々の食事は動物を殺して食べている。だから植物を食べて生きよう」
という凄まじい結論に達します。この<<不殺>>の考えはヴェーダの「業」を信じ、
環境被害に苦しんでいたインドの人々に広く受け入れられ、
急速に勢力を拡大していきます。




ここから様々な分派が生まれますがインドにおいてはヴェーダの思想が強く、
カーストを否定した仏教徒との対立が次第に多くなります。
とはいえ、「業」の思想に明確な答え<<不殺>>を出した仏教も支持され
カースト(前世の業による階級制)の思想と仏教の不殺の思想が融合していきます。
こうして成立したのがヒンドゥー教です。



一方で中国にわたった仏教は、儒教や道教の思想と出会い、
やはり融合をすることになります。この中国仏教が日本に伝わっている仏教です。
統治論としての政治手法や組織宗教としての完成度は高まっていますが
一方で最初の理想である<<不殺>>は大部分で失われており、ほぼ別物です。
つまり原始仏教の成立は早いものの、日本に伝来した中国仏教は
成立がかなり後期ということになります。



これ以外にも様々な宗教が仏教との融合により生まれています。
チベット土着の宗教であるボン教は巫女による神との交信を行っていた宗教ですが、
これが仏教と出会い儀式性の強いチベット仏教へと変化していったのです。

インドでは今から3000年ほど前にヴェーダやウパニシャッドという
聖典がすでに成立しています。結局のところインドの宗教はすべて
これらのインド哲学の聖典が元になっています。同じ聖典を基にしている点
ではインド宗教は、ユダヤ教とキリスト教・イスラム教のような関係と言えます。


ヴェーダに登場する火の神(アグニ)を信仰していた彼らは森を焼き、
農地を拡大していきました。その結果として洪水被害や塩害のような
環境被害が繰り返されます。当時のの哲学に共通する特色としては
「なんでこ...続きを読む

Qイスラム教の聖地はエルサレム、メッカ?

イスラム教の聖地とはエルサレム、メッカ、どちらなのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

どっちもです。

メッカ、メディナ、エルサレムの3つの都市が、イスラム教の三大聖地とされているようです。

メッカには、「神の館」であるカーバ神殿があり、また、預言者モハメッドの生誕地でもあります。

メディナには、モハメッドの墓所に建てられたモスクがあるらしいです。

エルサレムは、モハメッドが天に登った場所だそうです。

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Q「儒教」って本当に“宗教”の部類に入るのでしょうか?

“神様や仏様に願ったり祈ったりする”ことは、その対象が“神”であれ“仏”であれ、あらゆる宗教・宗派を問わず大昔から現在に至るまでどこでも行われてきていることですよね。別に特定の宗教の信者じゃなくても、極論すれば常日頃「無宗教」を公言している人だって「こうなってほしい、ああなってほしい」と心の底から強く願ったり祈ったりすることはあると思います。

そこで質問なのですが「儒教(の信者)」にはそのような側面があるのでしょうか?確か歴史の教科書に載っている宗教分布図では東アジア(主に中国と朝鮮半島)は堂々と“儒教”と記されていたように思います。

しかしながら私の「儒教」というものに対する印象はあくまで生活の規範をこと細かく定めたものにすぎないのです(…典礼儀式として東アジア社会諸国ではそのシステム運営のために深く取り込まれはしましたが)。もしかすると「儒教」は“先祖を祀る、大事にする”という部分もありますから、何か願い事をしたい“儒教の信者(?)”は自分の先祖に対して願ったり祈ったりするのでしょうか?…真相をお教えください。

Aベストアンサー

そもそも「宗教」って定義できるものなんでしょうか?辞典にはもちろん解説が書いてありますが、何を見ても、「明確には定義できないが大体次のような傾向がある」などと書いてあります。

一応ウィキペディアを引いときます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99

さて、ではmustapha13666さんが書いておられる「儒教」の話に移りましょう。

そもそも、「儒教」とは孔子の始めた儒学がその基礎となっており、もとは学問なのです。ここで孔子の功績について述べることはしませんが、彼は徳による政治を地上に具現させることを理想としており、そのような人物を聖人と呼んで崇めました。聖人へと近づくための様々な訓練が、儒学という学問であったということもできます。

質問に書かれていた、「生活規範の定義」云々というのがまさにそれです。日常から自らの心身を律することが聖人への道であり、それこそが儒学の本来持つ存在意義です。

ですが、儒学は前漢の武帝の時代に官学化され(これはもちろん、為政者の立場からするに、儒学が都合のよい学問であったからです)、後漢中期以降は価値観の範たる「教え」としての性格を持ち始めました。これが、「儒学」が「儒教」化する過程です。

宗教としての側面を持ち始めた儒教ですが、これが今日メジャーな宗教(特に世界三大宗教のような)と異なるのは、神や仏といった「絶対的存在」がいないことに特色があります。#2の方が書かれているように、孔子は「不語怪力乱心」なのです。


以上のような儒教の持つ特有の性格のために、儒教は宗教と認知されにくくなっているだけです。言い方を変えるならば、現在世界を席巻しているいくつかの宗教が作り出した「画一的な」宗教像の枠にはまらないだけです。日本古来の「八百万の神」を信仰するという「宗教」も、そういう意味で宗教と認識されなくなっていますね。

そもそも「宗教」って定義できるものなんでしょうか?辞典にはもちろん解説が書いてありますが、何を見ても、「明確には定義できないが大体次のような傾向がある」などと書いてあります。

一応ウィキペディアを引いときます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99

さて、ではmustapha13666さんが書いておられる「儒教」の話に移りましょう。

そもそも、「儒教」とは孔子の始めた儒学がその基礎となっており、もとは学問なのです。ここで孔子の功績について述べることはしませんが、彼は徳...続きを読む

Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
「このホテルにユダヤ人がいるんじゃあるまいな」という
発言がありました。
シェイクスピアの「ベニスの商人」もユダヤ人です。
チャップリンの初期の映画にもユダヤ人をばかにする人種差別的ギャグがあるそうです。
ヒットラーにも嫌われました。
どうしてユダヤ人は嫌われるのでしょうか?
イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む

Q日本人と中国人・韓国人の性格の違い

日本人は、中国人や韓国人とは性格が違うような気がするのですが、知り合いにいないので、具体的に何が違うか分かりません。

何となく聞きかじったことは、日本人は感情を表に出さないけど、中国人や韓国人は激情型だということです。
これは歴史的なものなのでしょうか?

また、中国人と韓国人は似たような性格ですか?
多少の違いはあるのでしょうか?

Aベストアンサー

日本,中国,韓国とそれぞれ地理上,歴史上の位置について考えると、それぞれの国民性が分かりやすくなります。

「日本」は大陸から離れた島国であり、(現在では異なりますが)国外からの侵略,進行経験が比較的少ないため、国外から来る人は「商人または知識人=お客さん」、国内の人は「隣人(親戚)」の感覚があります。歴史上、日本国土が侵攻された例を挙げれば、大抵の日本人は元寇と先の大戦ぐらいと思っています。(しかし一日~数日で起こった小さな戦程度の侵攻や人や家畜の略奪事件では、数十~数百件程度の記録がありますが、高校の社会科教師でも多くて4~5件程度ぐらい言えれば良い方でしょう。これが良くも悪くも日本人の対外関係に影響しています。)
このため、他人に対して激しい感情を表せない人間を作り上げています。少々の罪を犯しても「身内であるから何となく許してしまう」とか、「身内であるからお互い争わない」とか、国外から色々難癖を付けられても、「お客さんの言うことだから」とかの感情で済ませてしまうところがあります。

「中国」は大陸の中心をなしており、「夏」「殷」と続く歴史上の国家交代の歴史は、何時,誰(どの民族)にその中心的地位を奪われるかの世界です。ありていに言えば、こちらの方が世界の歴史観の主流です。
主権を持つ民族が交代すると、それまで主流の地位を占めていた民族は反逆者として抹殺されかねない世界です。このため、良くも悪くも図太い人間が出来上がります。すこしでも自分を大きく見せかけないと、いつか他人に出し抜かれてしまうため、出来るだけ子分を多く従えるものが偉いという世界観が出来上がってしまいます。悪くいえば任侠の世界観です。孔子の「論語」も突き詰めれば、ヤクザの親分としての処世訓を書き上げたものに過ぎません。常に自分を中心としておかねば気が休まらないため、自分中心の考えを持つ国家あるいは人間が出来上がります。すなわち、自分がルールであるという国家あるいは国民性を作り上げています。(このあたりはアメリカやロシアなどの大国に共通するものです。)

「韓国」とは、上の2つの例とは異なり、「半島」であるということが国家観や人間の考え方に影響しています。
直接大地を接している中国からは属国として扱われており、歴史の上でも何度も中国大陸側より侵攻を受けております。また逆に、中国に朝貢していれば僅かな挨拶程度でも、「多大のおすそ分け」をいただける位置にあります。
宗主国への鬱屈した反動として中心となる国(中国)から遠い国(すなわち日本)に対して、「こちらの方が中国の第一の舎弟であるから、お前(日本)のほうが悪いのであって、頭を下げるべきだ」との感情を持ちます。また、常に大陸国家からの軋轢や侵攻を受けてきたことから、「自分は常に被害者であり、悪いことは全て自分の原因ではなく、他人のせいである」との感情を持つ国を作り上げています。

日本,中国,韓国とそれぞれ地理上,歴史上の位置について考えると、それぞれの国民性が分かりやすくなります。

「日本」は大陸から離れた島国であり、(現在では異なりますが)国外からの侵略,進行経験が比較的少ないため、国外から来る人は「商人または知識人=お客さん」、国内の人は「隣人(親戚)」の感覚があります。歴史上、日本国土が侵攻された例を挙げれば、大抵の日本人は元寇と先の大戦ぐらいと思っています。(しかし一日~数日で起こった小さな戦程度の侵攻や人や家畜の略奪事件では、数十~数...続きを読む


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