世界では人口は増えつづけ、環境汚染は進行しています。また、核兵器やBC兵器も拡散しています。この時代は、人類を壊滅させられるパワーを持ったまま、人類社会が制御不能の騒乱状態になり資源の奪い合いの時代を迎えるか、人類を統合するパワーが発生して人口問題と環境問題を解決しながら、核兵器やBC兵器で人類が破滅することを防止する方向に行くかの分水嶺にいると思います。ソ連の崩壊におけるゴルバチョフ、その後のエリツィン、プーチンともに対米協調路線で、自国の利益追及を抑制しているように見えます。まるで、信長に対する若き日の家康のようです。中国は共産主義から資本主義に変わりつつあります。これができれば、世界戦争が共産主義と資本主義の戦いとして起こることはなくなります。今、米国は「テロとの戦い」として、アフガニスタンを攻撃し、次にはイラクの攻撃の準備をしています。これは、実質は宗教との戦いをしているのではないかと思います。まるで、信長が比叡山焼き討ち、一向宗殲滅をしたときのようです。信長は宗教勢力を壊滅させる前に、雑賀衆という忍者集団とも戦っていますが、米国はアルカイダを壊滅した後にイラクと戦おうとしています。私は、米国の戦略家が数十年前から大きな構想のもとに、世界レベルの天下布武の事業をしているのではないかと感じます。歴代の米国の大統領は、大統領就任後にその構想の存在を聞かされ、その構想の部分を短期間だけ担っては次の大統領に引き継いでいるという気がします。そうでなければ、人類破滅の瀬戸際を歩いていた冷戦がソ連の暴発無しにソ連が崩壊し、中国までもが資本主義に移行し、今は残った人類の紛争の種である宗教問題に手をつけられているということの説明がつかないと思います。偶然ではなく、信長がやったと同じ天下布武を米国が世界規模でしているのだと思います。いかがでしょうか?

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A 回答 (5件)

アメリカは極めて内向きな国です。


パックス=アメリカーナを目指して、行動しているのかどうか。
せいぜい目先の利益しか考えていないような気がします。

そもそも、民主主義国家が天下布武を目指せるものかどうか?
民主主義の本質は衆愚政治であり、覇権うんぬんには不向きだと思います。覇権を目指すのであれば、独裁国家でないと。
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「織田がこね 羽柴がこねし天下餅 座りしままに食らう徳川」


なんて狂歌もありますが、歴史の流れというのを後世から見ると、
歴史上の当人がほとんど意識していなくても、一つの流れが
出来ていることが、しばしば見受けられます。

kamesenninさんが
>そうでなければ、人類破滅の瀬戸際を歩いていた冷戦が
>ソ連の暴発無しにソ連が崩壊し、中国までもが資本主義
>に移行し、今は残った人類の紛争の種である宗教問題に
>手をつけられているということの説明がつかないと思い
>ます。
と書いているのも、その一つかもしれません。

歴史の流れに何かしらの法則性があることは、マルクスや
トゥインビー、シュペングラーも指摘しています。
(マルクスの唯物史観については、ハズレであったかと思いますが)

上記の内容についても、後世の歴史学者が解明してくれる
かもしれませんね。
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「米国による天下布武」ですか。


たいへん奇抜で面白い意見ですが、他の方も回答している
ように、ちょっと違うんじゃないかと思います。

「天下布武」を目指したのは、20世紀以降で考えますと
ナチスドイツ、ソ連が考えられますが、彼らには世界征服の
指針となる思想がありました。
ゲルマン民族優越主義とか国際共産主義です。
ゲルマン人が世界で一番偉いから他民族を征服するとか、
世界中を共産主義の国家にして資本家に搾取されている
労働階級を解放するといった具合です。

つまり、独裁者と言えども国民の指示が無ければ、実際に
世界征服とか天下布武と言った事業を進めるのは不可能
なんですね。世界征服を進めるに当たっても、国民の意思を
まとめるための思想とか指針が必要なんです。

しかし現在のアメリカには、世界征服とか天下布武を進める
具体的な思想や指針がありません。

アメリカ人は、世界中に民主主義を普及させるんだという
他の国から見れば妙な使命感を、朝野を問わずに持っていますが、
自由と民主主義の普及のために他国に軍事介入をすること
はできても、それ以上のこと(他国の植民地化や占領など)
は実行不可能です。国民の指示がまず得られません。

No.2の方が発言されているように、そういう意味ではアメリカ
は極めて内向きな国です。
日本の信長と比較するより、ローマ帝国と比較した方が
わかりやすいでしょう。
かつてのローマ帝国のように、自国の利益となる範囲では
軍事的な影響力を伸ばすかもしれませんが、決算がマイナス
になってまでも、世界征服を目指すとは現段階ではとうてい
考えられません。

この回答への補足

占領したり征服したい相手にまずは先制攻撃をさせて、その先制攻撃に怒った自国の国民世論を背景に、国民の支持を集めて、相手国を占領するという作戦が使用できると思います。いかがでしょうか?

補足日時:2002/04/16 22:01
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私もibm_111さんの意見に賛成です。


アメリカを良くも悪くも「特別な国」と考えすぎている方が多いように思います。
本来それほどの国ではないと思うのですが‥。
特に現大統領は本当は外交なんて興味がないのではないかと私は思っています。
それで良いかどうははまた別の問題として。

この回答への補足

http://www.firstgov.gov/
上記の米国政府の文書公開サイトで検索すると、下記のような文書の類が多くあります。
http://clinton2.nara.gov/WH/EOP/NSC/Strategy/

http://usinfo.state.gov/regional/ea/uschina/dodr …

補足日時:2002/04/16 22:27
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面白い発想ですね。

つづきを読みたい。
信長は暗殺されるのでしょうか。
サルは日本でしょうか。
家康はどこでしょうか。
支配体勢を敷いて長期の平和時代に突入しやがて崩壊?

この回答への補足

すみません。続きといわれても、私の認識である「米国による天下布武」についての回答をいただかないと、考察の進展のしようがないという状況です。

信長は当時の日本国内で銃の技術革新と大量の銃によって、圧倒的な武力を誇っていました。また、自己の支配地域では市場経済を徹底させていましたし、能力主義人事をしていました。まるで、世界における今の米国のようです。米国は単に国益を追求しているだけなのか、それとも天下布武による人類平和実現の長期戦略によって動いているのか、信長と米国を比較しています。家康,秀吉、光永、信玄、毛利はどの国になるのかなどと考えてもいますが、皆さんのご意見をお願いします。

補足日時:2002/04/12 21:38
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Q人類再始動。地球壊滅後または新たな星で再始動したら

 仮に、人為的または、自然の猛威による地球規模の壊滅的な状況に地球がなったとします。しかし、かろうじて一部人類が生き残り、海の水と陸や緑のある自然もある状態で、暮らしが始まり、そこからどのくらいの時間が経過すれば、電気や自動車、通信網など、少なくとも戦後の1960年以降の状況の生活を再現できるのでしょうか?

 条件1・・・偶然にも非常に優れた科学者・考古学者・数学者・物理学者・医学者(ノーベル賞をもらえるほどの)たちが生き残っていた。
 条件2・・・地球環境は、2000年現在とする。
 条件3・・・人口は、1億人ほどの人間が、南半球に適当に散らばり生存している。しかし、たまたま条件1で示した、学者たちは、ある一つの地域にまとまっている。仮にその地域には、3千万人ほどの人間がいるとする。
 条件4・・・鉱物的なものは、やがて見つけられるとして、。鉄やガラス・電池・ガソリン・マイクロチップなど、私たちがこれまでの生活で使用してきた残骸は、一切ないものとする。
つまり、ゼロからのスタートということになる。

質問の意図は、人がゼロからスタートしたときに、どのような過程で電気やモーターを生み出していくのかが知りたいのです。お願いいたします。

 仮に、人為的または、自然の猛威による地球規模の壊滅的な状況に地球がなったとします。しかし、かろうじて一部人類が生き残り、海の水と陸や緑のある自然もある状態で、暮らしが始まり、そこからどのくらいの時間が経過すれば、電気や自動車、通信網など、少なくとも戦後の1960年以降の状況の生活を再現できるのでしょうか?

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Aベストアンサー

うーん書かれていないけど、これらを左右するものすごく重要な条件がいくつかあります。

条件5 エネルギーはなにを利用できるのか
条件6 学者じゃなくて技術者はどのくらい残っているのか
条件7 それ以外の人々はなにができるのか、そして食料は確保できるのか

です。
残骸も含めてまったく何もない、ということになると相当難しいでしょう。利用できるのは産業革命以前の手法に限られるからです。しかも「鉄器」をつくることから始めるとなると相当大変です。鉄器を作るには、条件5,6も関わりますので、後ほど書くとして、それらがそろっていても工具や残骸が無いとなると
最初に木を切ることすらできませんので、
まず石器を作る(だって鉄がまったく無いんですから)
石器で木や岩を加工して、炉を作る。同時に土器で鍋を作る
炉で(鉄の原材料がすぐに調達できるとして)材料を溶かして鉄や銅を作り、最低限の道具を作る。
その道具とは木や石を加工するための、のこぎり・ハンマーなどと生活していくための農業道具と日常道具(包丁など)になる。

で条件5もなにもないとすれば、
鉄器を効率よく生産できるようになったら、水車とか石油とか効率のよいエネルギーを取り出せる道具や機器を作る。
効率のよいエネルギーを取り出せるようになったら、大掛かりな機械を作成し、精度の良い鉄器などや圧延した鉄板などを生産する。もちろん、ガラスなど必要なものも作る必要がある。
鉄板やガラスができれば、加工ができるようになるので、プラントを作り必要な化学薬品なども調合できるようになる。

これに原材料の調達量と確保できるエネルギーの量によって、産業がどのくらいの速さで復興するか決まってくるでしょう。

そして条件6についていうと、たとえば木を切ること、炉を作って(最初は転がっている石を組むだけでしょう)火を効率よく起こすには学者・研究者ではなくて実際に物を作れたり運用したりできる技術者(エンジニア)が必要になります。鉄器を作ったとしてもそれを良く切れる刃物に仕上げるには、技術者というよりも職人が必要ですね。
これらの能力を有している人がまったくいないと、5,6がそろっていても相当に時間がかかると思います。

さらにそれ以外の人々がもっと必要です条件7ですね。学者や技術者たちは役に立つ知識を持っていますが、すぐに役に立つものを提供できるわけではありません。最初の鉄器を作るだけでも(条件がそろっていても)1年とか3年とかかかっても不思議ではありません。
そうすると、その間食料を生産する農耕者や狩猟者、食事を作ってくれる調理人(米があっても籾殻から米にするにはすごい時間がかかります)、医者、何年という単位で社会を維持するためには指導者も管理者(たとえば警察とか)も必要になります。
なにもない時代に食料は確保できるとしても、3千万もの人がひとつの都市を作ることが著しく困難です。(江戸は当時世界最大の都市で約120万人ぐらい、それでもすごい水不足だったし糞尿の始末も困った)

そして最初のエネルギーは木を切った薪などになるでしょうが、これをどのくらい調達し食料がどのくらい調達できるかによって、新しいモノを作る作業に人と時間を裂くことができるかということが決まってきます。

どんなに優秀な人が集まっていても、食料に事欠くようであれば、全員が食料調達をしなければならないからです。全員でなくても、時間のかかる作業(つまり食料を消費する作業)は原則的にできなくなるでしょう。

これらの条件を考えると、優秀な人が集まっていてもかなり時間がかかりそうです。そして医療もまともに受けられないような状態では人々の寿命も短くなり、次の時代の子供たちに知識を残そうにも鉛筆もノートも無く教科書もないのですから、効率が悪く知識の伝達がほぼ1代で止まってしまいます。特に高度な知識を習得するには高度な教材が必要ですが臨むべくもないからです。
ですから、人類は1万年以上前の有史以前に戻ってしまって、うまく行って数千年、最悪二度と文明を構築することができなくなるでしょう。

逆に5,6,7の条件がそろっていて、発電設備や石油などのある程度の技術と道具が確保されていて、様々な役割をもった人々が生き残っていれば、燃料(エネルギー)を確保することで3世代ぐらいである程度復興するかもしれません。
しかし高度な治療設備や薬を生産する設備が無ければ、高度な医療は1代で失われますし、知識を伝える本がなければ2代目以降の人々は学ぶことすら困難になります。

そうなると太古の世界まで戻ってしまいますから、今の文明レベルになるには人類の歴史をやり直すぐらいの時間がかかるでしょうし、もしかしたらまったく違う文明になってしまうかもしれない、ということです。

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Qヴィットリオ・ヴェネトの戦いのオーストリア軍と1945年のソ連進攻に際しての日本軍

1918年の第一次大戦終結時の、イタリアが、休戦して武装解除を待っているオーストリア軍に対して大勝利したのは、抵抗がなかったからでしょう。なぜ1945年の日本軍のように、武装解除を待つ状態でも抵抗したようにしなかったんでしょうか?抵抗していたら、イタリアは失地を回復できないまま休戦を迎えることになり、戦後交渉がやりやすくなるのではないでしょうか。内部崩壊して軍そのものが消滅していたのでしょうか?

Aベストアンサー

ヴィットリオ・ヴェネトでのイタリア軍の勝利は、オーストリア軍の油断と、既に軍の撤退が開始されていた為です。

オーストリア政府の休戦の決定により、オーストリア軍は、連合国軍に休戦を要請し、既に一部の部隊は撤退を開始していました。
当時、オーストリア国内は各民族が独立を求めており、混乱状態にもなっていました。そうした状況と長い戦争による厭戦気分の為、オーストリア軍の兵士は戦意が低下し、早く帰郷したいとも願っていました。また、指揮官達は軍の帰還による国内安定が早期に必要と判断していました。
その為、オーストリア軍は、占領地からの撤退行動を開始していたのです。イタリア軍が休戦締結後に攻撃を開始してくるとは思っていませんでした。
戦意が無い上に、休戦が結ばれたと思い、その上撤退に入っていたところを、攻められた結果があの敗北です。

この戦いに兵士として従軍していたイタリアの若き文学者プレッツォリーニは、あまりにもヴィットリオ・ヴェネトの勝利がイタリア軍によって過大に飾られた為に、真実を民衆に伝える為に、1920年にその名も「ヴィットリオ・ヴェネト」という本を執筆し世に出しています。
私は読んでいませんが、そこには実際の戦いは、もはや戦意がなく国内に撤退しようとしていたオーストリア軍にイタリア軍が襲い掛かったものであり、軍が喧伝しているような華々しい戦いで、戦果をあげたものではないと指摘しているそうです。

なお休戦を無視して攻撃に出たイタリアの意図は、戦後を睨み連合国の一員としてより大きな発言権や権利を主張する為に、大きな勝利を上げておきたかったからだと言われています。

ヴィットリオ・ヴェネトでのイタリア軍の勝利は、オーストリア軍の油断と、既に軍の撤退が開始されていた為です。

オーストリア政府の休戦の決定により、オーストリア軍は、連合国軍に休戦を要請し、既に一部の部隊は撤退を開始していました。
当時、オーストリア国内は各民族が独立を求めており、混乱状態にもなっていました。そうした状況と長い戦争による厭戦気分の為、オーストリア軍の兵士は戦意が低下し、早く帰郷したいとも願っていました。また、指揮官達は軍の帰還による国内安定が早期に必要と判断...続きを読む

Q何故、信長は戦いが下手だという人が多いのでしょう

どうして織田信長は戦いが下手だという人が多いのでしょうか?

彼の戦歴を見る限り、日本屈指の戦術家と思うのですが・・・

Aベストアンサー

戦国の最終的な勝者は徳川家康で、その家臣団の多くは旧武田家の関係者ですから、徳川家康と武田信玄を貶めることは出来ません。
織田信長は武田信玄より戦が下手でないと徳川幕府にとって困るわけで、そうなると信玄と何度も戦った上杉謙信も信玄と同等かそれ以上の戦上手とせざる得ない。
この神のような武田信玄と戦ったのが徳川家康で、史実を大きく曲げるわけにはいかないので、大枠は外さない範囲で、織田信長は武田家の前に風前の灯火だったが、律儀な神君家康公は信長を見捨てずに常に味方したので、天下の覇者になれた、勇猛果敢な武田家臣団は武田家滅亡の後、家康公の人柄を見込んで徳川家に仕官し、幕府創成期を支え、お旗本として徳川家臣団の中核になった。
こういう絵図を描きたいんですから、織田信長は猜疑心が強く人徳がない、一方家康は温厚篤実な性格で、主君のためには命を捨てる家臣が多数いる。
織田信長は戦下手で、何度も首を取られかけたが、そのたびに家康が救援に向かい、勇猛果敢な三河武士の尽力で危機を脱した。
幕府旗本のご先祖である武田武士団は、三河武士に匹敵する勇猛さが有り、実力では織田軍団を上回りながら、武運つたなく負けてしまった、決してお旗本方のご先祖が弱いわけではなく、運が悪かっただけで、織田の弱兵と勇敢に戦ったが、数に負けたから不名誉ではない。
幕府の中核の旧武田系の旗本を傷つけず、なおかつ徳川家を持ち上げるには、ちょっと歴史を加筆修正したと言うことかと。

戦国の最終的な勝者は徳川家康で、その家臣団の多くは旧武田家の関係者ですから、徳川家康と武田信玄を貶めることは出来ません。
織田信長は武田信玄より戦が下手でないと徳川幕府にとって困るわけで、そうなると信玄と何度も戦った上杉謙信も信玄と同等かそれ以上の戦上手とせざる得ない。
この神のような武田信玄と戦ったのが徳川家康で、史実を大きく曲げるわけにはいかないので、大枠は外さない範囲で、織田信長は武田家の前に風前の灯火だったが、律儀な神君家康公は信長を見捨てずに常に味方したので、天下...続きを読む

Q桶狭間の戦いで信長が負けていたら

織田信長は絶体絶命の不利な戦況から、今川義元を奇襲して討ち取りました。
実際は奇襲ではなく正面突撃だったという説もあるようですが、いずれにせよ起死回生の攻撃に成功したわけです。
そしてこの勝利が天下への第一歩となったわけですが、もし失敗して信長が返り討ちにされていたら、その後の歴史はどうなったでしょうか?
信長が歴史から消えたら、後の天下人の秀吉家康も日の目を見ることはないでしょう。
今川義元はこの時点で上洛を考えていたわけではないようですし、仮に上洛しても大内や三好のような一時的政権を作るのが精々ではないでしょうか?
武田、上杉、北条、毛利等有力大名はいますが、信長のように一挙に中世を終わらせて近世を作り出せる者はいたでしょうか?
実際の歴史には現れなかった、信長の役割をする英雄がどこからか誕生するのでしょうか?

Aベストアンサー

たられば過ぎて、判断基準の無い話で不毛とも言えるものです。

でも大好きです、こういう話w


私の想像では、信長の居ない世界は、家康の地方分権型を更に進めたような統治体制に落ち着くと予想します。


戦国末期では気候も安定しだし、新田開発も進んでいました。

国も幾つかの大きな国になり、法度も行き届き統治が進んでいきます。

いずれは緩やかに、幕府の力の弱い連邦制みたいな国家体系をなしたのではないでしょうか。

信長のような国家体制の大名は、見当たりませんから。


信長が他の大名と決定的に違うのは、家臣団の支配形態ではないでしょうか。

武田家や上杉家、毛利家等は皆合議制を取っており、家臣団皆、先祖伝来の領土を持ち、その発言力も無視出来ないものでした。

しかし信長は完全とも言える独裁政権で、信長の気分一つで重臣さえもその地位・領土を保証されるものではありませんでした。

私が知らないだけかもしれませんが、他にこの様な大名はいません。

武田信虎は中央集権化しようとして、家臣団に追放されたという説があります。

Q旧ソ連などの社会主義国の利点と欠点と生活について

別にソ連でなくとも良いのですが、中国でも、他の国でも。
社会主義国家の利点と欠点を教えて下さい。

また、人々の生活も、給料が一定で、生産力向上できなかったとかありますが、なんとなくでしかわかりません。なんでもサボる人が多くて、崩壊したという話も聞いたことがありますがどうでしょう?

資本主義と社会主義を混ぜ合わせるというのは出来るのでしょうか?
それが今の中国でしょうか?でも中国はもう資本主義かな。

Aベストアンサー

 まず、冒頭に指摘しておきますが

純粋な資本主義(市場原理主義)・社会主義(計画経済)の国家・地域はありえません。
 質問者は、世俗の資本主義・社会主義の抽象論ではなく、より具体的な経済体制を考えるようにしてください。それができないうちに、資本主義・社会主義の比較論などは不可能です。
(というか、世間の社会主義批判は、みんな社会主義の規定すら出来ないし、しようとしていないから、低品質なのである)

 多かれ少なかれ諸外国は、資本主義的・社会主義的の混合体です。

これを、『混合経済』体制と言います。

 極端なことを言えば、日本を社会主義・資本主義などを標榜することは”間違いではなく”とも妥当性はありません。
もっとも相応しいのは「混合経済」体制です。もし、丁寧に日本を混合経済を述べ続けるテキストがあれば、それはもっとも妥当で間違いのないテキストになりえるでしょう。
 混合経済体制=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B7%E5%90%88%E7%B5%8C%E6%B8%88
 現実、世界のほとんどの国が混合経済体制です。これは国家がある以上は必然であって、純粋な資本主義国などは存在しません。
 ただし、国家ではなく卑小な地域規模では純粋な資本主義的な経済運営が可能でありえますが、それも極めて難しいと言えます。

>社会主義国家の利点と欠点を教えて下さい。

とのことですが箇条書きで簡単に提示すれば

欠陥
(1)歪んだ平等・公平感から生産意欲が逓増しない
(2)経済計画の通りに経済が運営できない(想定外因子に対応できない)
(3)正しく情報を管理できない→実現可能な計画が立案できない

利点(利点は欠陥でありえるので、”利点がない”という回答もある)
(1)”なんとなく”公平・平等な感じがする
(2)大規模な経済崩壊が起こりにくい(家計の長期計画が行いやすい)
(3)公共性に関する意識が強くなる(欠陥でもある)
(4)アナルコ・キャピタリズムとの政治闘争が避けらない(欠陥でもあります)

>人々の生活も、給料が一定で、生産力向上できなかったとかありますが、なんとなくでしかわかりません。

厳密には、これは間違いで、
 給与査定はノルマを基準としたもので一定ではありません。
ノルマを超えた生産(余剰生産)には多少の特典があったようです。
しかし、その特典が魅力的ではなかったがゆえに、生産効力の向上とはシフトしなかったようです。
 日本ではユーゴの自主管理市場経済があまり知られていませんが、モデルとしては、生産性の向上が期待できる社会主義としては、ユーゴの社会主義は期待できます。
 ただし、国家規模で社会主義を潤滑に運用するのは極めて難しいかもしれません。

>中国はもう資本主義かな。

ではなく、中国も混合経済です。

要は、どの国も普遍的に『混合経済』で、資本主義(市場原理主義)・社会主義(計画経済)の度合によって名前が変わっているだけです。
 
学校教育でも一応は「混合経済」という用語は習うはずですが、なぜか言葉として忘れられています。表現の都合でもっとも適切な表現ではなく、思想性を持たせるために意図的に「資本主義」「社会主義」という用語を乱用しているので注意したほうがいいでしょう。
 ”間違いじゃないからそれでいい”という世界で言えば、日本は「○○主義」ですが
 もっとも妥当で間違いとされない表現ならば「混合経済」です。

 まず、冒頭に指摘しておきますが

純粋な資本主義(市場原理主義)・社会主義(計画経済)の国家・地域はありえません。
 質問者は、世俗の資本主義・社会主義の抽象論ではなく、より具体的な経済体制を考えるようにしてください。それができないうちに、資本主義・社会主義の比較論などは不可能です。
(というか、世間の社会主義批判は、みんな社会主義の規定すら出来ないし、しようとしていないから、低品質なのである)

 多かれ少なかれ諸外国は、資本主義的・社会主義的の混合体です。

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