A 回答 (43件中31~40件)

 理由はわかりませんが、少なくとも、私と、#1から#12間での回答者さんと、質問者さんにとっては、悪のようです。



 ただし、絶対的な悪ではないようです。「家族を守るための殺人」「愛しい人への復讐のための殺人」「鬼畜米英を倒すための殺人」「殺人犯に対する刑罰としての殺人」・・・などなど、何らかの優越的利益があれば肯定されるようです。
 つまり、その行為に、殺人のマイナスを上回るプラスがあれば肯定されうる行為なのです(とはいえ、そのプラスとマイナスの比較の基準は不明です)。

 しかし、逆にいえば、そのような「正当化」を行わない限り「善だ」と相手を説得できないという意味で、「悪」なのです。

 なお、質問者さんは#5の補足で「殺人は自然な行為ではないか」とおっしゃっていますが、「人が人を殺してきたこと(事実)」と「人を殺してはいけないということ(規範)」は、とりあえず別の問題といえるでしょう。
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悪ではないと思います。


かといって、善いことではないでしょうね。

確かに殺人は、そのひとの命を奪う、生きていく権利を奪うことです。
生きていたいと望む人間を殺せば、確かにそれは罪でしょう。善くはないでしょう。

悪か否か。
殺す対象が人間で、殺したのも人間だから、社会的に悪、ということになるんです。同種殺しですからね。──動物は、普通共食いとかしませんし。
自分が生きていたい、死にたくない、殺されたくない。そう考える人間が多いから、人殺しは善くないんです。
悪だ、と教えられて育つから、考えないままに悪だと思う人だっているかも知れないって事です。
関係ないことですけど、善悪まで教育してはいけませんよね(苦笑)

殺人で捕まるのは、法で決まっているからです。
法律で決まっているから殺人は悪で、罪なのです。法で定められていなければ、悪でも罪でもありません。
道徳的に善くないとされるだけです──多分。

経験者といっても、人を殺したことはないです。
ただ、延々と殺人は罪悪かと考えていただけです。つい先日。

この回答への補足

法律には矛盾が含まれているに正しいと言えるのでしょうか?

補足日時:2002/04/13 14:09
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#4 delmondo です。



 > 今ある法律的、道徳的、宗教的規範は
 > 本当に正しいのでしょうか?

  規範は正しいと思います。

  問題はそれを行う各人の「倫理観」に
  あるのではないでしょうか。
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なんの関係無い人を通り魔的に殺す。


恨みを持っている人を殺す。
殺すつもりはなかったのに、死んでしまった。
戦争で敵兵を殺す。
死刑を執行する。
安楽死させる。
エトセトラ。。。

場面、場面によって判断基準が変わるのではないでしょうか。
なので、ひとえに悪とは言いきれないと思います。
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悪だと感じます。


体と心が拒絶反応を送ってきます。
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 わかりません。



 「殺人」という行為は理論上考えられる限りの最高刑罰をもってまず法律できびしく禁止されています。社会通念上許される行為でないことは改めて問う必要の全くない常識であることを考えれば、ここに印象深い短い文章で質問としてあげられたことに、何らかの意図を感じます。その意図を勝手に想像して答えると、この最初の答になってしまいます。

 例えば今パレスチナとイスラエルの間で起こっていることを考えると、私たちと同じ現代市民社会を生きているであろう彼らが倫理的に「殺人」を否定できないでいる場面を、報道を通じてつぶさに観察すれば、将来我々自身にもおなじ事が起こる可能性を感じて心底恐怖します。

 そもそも殺人が悪だとするルールは、人間が生まれながらに持つ自然な感情ではありません。神話や聖書ですら無機的・無批判に殺人が列記され、歴史上の英雄とされる人物はほとんどが殺人者です。広島や長崎でかつて当時の新兵器によって20万人の同胞が殺害された行為が罰せられた話は残念ながら聞いたことがありません。かつて千円札の肖像にもなった伊藤博文を殺害した安重根は朝鮮半島では英雄ですし、そのような例を挙げれば枚挙に暇がありません。

 我々の常識とはうらはらに人間は生まれながらに殺人者ではないかと考えられるほど歴史は殺人で満ちていて、このことを考える限り、殺人が倫理的に絶対悪であるとする根拠はどこにも見あたりません。

 私の想像ですが、殺人が悪とされるようになったのは、共同社会意識の発生と期を同じくしているのではないでしょうか。社会の成員が他の成員の生存を意図的に否定する行為は、その社会の存在を根底から脅かすからです。殺人に対する倫理的判断はそのあとに人工的に作り上げられた、言い換えれば我々の絶対的倫理観や道徳観とはかくも弱いものである、と私は思うのです。

 さらにテレビで流されるドラマやアニメですら、毎週人が殺され、視聴者はそれを楽しんでいるかのように感じることがありますが、そういう番組を見るにつけそういう「絶対的倫理観」の存在すらあやぶまれるという印象を持ってしまいます。また、死刑や戦争ではときに「殺人」が奨励され、数多くそれを達成した者は英雄として扱われる事態は、決して過去の歴史上のことだけではないはずです。

 またもう一つの論点ですが、「善」と「悪」とがいかにあやふやな基準で隔てられているかということもあげられるかと思います。個人が社会の中でどうのように行動していくか、その規範となるべき道徳観や倫理観は突き詰めれば、非常に曖昧で個人差の大きい基準によって構成されています。日常生活の中で人を「殺していいか」などという判断を迫られる局面はまずないとは思いますが、報道を通じてさまざまな殺人者の心理を追跡するかぎり、彼らの道徳観はおそらく我々のそれと地続きであろうと考えると、不意に高所から下をのぞき込んだような、いい知れない恐怖を感じるのです。「罪と罰」の中でラスコーリニフが思わず手に取った斧は、そこら中に置いてあるのかもしれません。

 ともあれ、ある場合は奨励され、そして別のある場合では最高刑をもって厳しく禁止される、そのような行為=殺人に絶対的倫理観によって否定され、それをもって禁止されると断言する自信は私にはありません。よって冒頭の結論になるわけです。(いくらか逆説的表現もふくんでいますが。)
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人のもつ常識的な権利を奪うことは「悪」です。


「生きたい」と思う人の基本的な権利を奪うことはどう考えても悪です。
ただし、「死刑」に関しては犯罪を犯した人が既にその権利の枠を自分から破っているので「悪」ではないと考えます。
そしてブラックジャックに出てくる「Drキリコ」と言う安楽死を望む人に苦痛のない死を与える医師が出てきますがそれもその人の権利を侵害しているわけではないので「悪」ではないと思います。

緊急避難措置、例えば1人しか乗れないボートに2人いてこのままでは沈んでしまう場合、もう一人を突き落とすことは「緊急避難措置」といって犯罪になりません。
これは法律的には悪ではありませんが利己の命のために人の権利を侵害する行為なので悪とも善とも言い切れません。

戦争で「殺さなければ自分が上官に叱責される」から人を殺す。これは単純に考えれば「悪」なのですが戦争の目的によって違います。
侵略戦争で敵国を侵略するために敵国の人間を殺すことは悪ですが敵国の侵略を防ぐため、敵兵を殺すのは当然の権利なので「善」だと考えます。

この回答への補足

常識的、という基準はどこにあるのでしょうか?常識と思っているのはもしかして自分だけかもしれません。それと侵略する側は悪だとありますが侵略する側の兵に養っている家族がいますし命令に逆らえば殺されてしまうので家族に貧しい思いをさせないために戦争に携わるしかない、と言う場合は悪とはいえないのでは?
    

補足日時:2002/04/13 10:12
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>殺人は悪か


この質問を見て、質問者さんは、殺人を悪か善かに分類したいのかと思ってしまいました。
殺人は悪に分類しなくてはならないですが、私個人は、殺人にもいろいろあると思います。相手に「殺してほしい」と頼まれて殺したのなら、それは悪とか善よりも、愛情だと思うからです。
以下は、「殺人は悪いことだからやっていけない」、そう言われても殺人をしたい人に言います。
●世の中には、殺人が悪いという理由は分からないけれど、「絶対に殺人はしたくない」という人がいます。私も、人を殺したくはありません。事実、第2次戦争体験者がもっとも辛かったこととして語るのは、飢えのつらさと同時に、妊婦や子供などを、上司の命令で殺さなくてはいけなかった、という体験です。命令にさかえらば、自分が殺されるので、しかたなく子供を殺し、妊婦の腹を裂いたということです。殺人が楽しいと思える人は別として、そうではなく殺人が辛いという人に殺人をさせるのは、生涯忘れられない罪悪感となって、その人を苦しめます。そういう側面から見ると、決して殺人はよいことではないと思います。
●別の面から見てみます。たとえば、人を殺しても苦しくも辛くもない人にとって、殺人は悪なのか?
動物には、もともと暴力的・攻撃的な衝動があります。だから、人が人を殺すこと、それを悪とすることは、少し短絡的かもしれません。
しかし人間には、発達した脳があり、家族がいます。
家族もいない人が、人知れず殺されたなら別ですが、家族などがいる人が殺された場合、それは社会的に相当大きな影響を及ぼします。
アメリカで、自分の娘が強姦の上殺された父親が、連行される犯人をライフルで殺された事件があります。しかし、殺されぬその犯人に、同じように家族がいたら、殺し、殺し合う連鎖は、つきることがありません。そのようなことは、当人達は気付かないでしょうが、まわりはとても迷惑です。
●こう考えていくと、「殺しは悪ではない」という通念を認めてしまうと、単に生きているだけでも、自分もいつ殺されるかわからないという状況になるわけです。誰かに恨まれたり、怒られたり、不愉快に思われたりすることはよくあることですから、「殺してもいい」、社会がそう認めたら、世の中は、殺しあいが絶えなくなるでしょう。ちょっと散歩に出かけると、老人が「近ごろの若いもんは、けしからん」とか言って、高校生をつえで殴り殺したりしちゃうかもしれません。電車が遅れたら、社会人が駅に詰め掛けて、集団で駅長を殴り殺したりするかもしれません。
●そんな社会は、かなり辛いです。だから、殺人は悪です。
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「悪」という基準は人によって違うと思いますが、


"社会"(あえてダブルコーテーションで括ってみた)で生きる人間の基本的規範として「自分が被って嫌なことは他人にもしない」ってことだと思うのです、私は。
そういう意味では私にとってはトップレベルの「悪」かな。

ちなみに、私は死刑も殺人の一つだと思うので「悪」だと考えています。
ただ、身内が殺されながらも加害者が死刑にならなかったら、私自身が「悪」を犯すかもしれません。

何故、midgardさんがこの質問をしたのか、
知りたいです。
仮に、全体的意見が「善」になっても殺人はしない方が吉。

この回答への補足

何故この質問をしたか?殺人を犯すどうして逮捕されるのか?と、考えていたからです。人間の歴史は戦争の歴史と言っても過言でないで思います。つまり常に人は人をまた人だけでなく様々な生き物を殺しています。それに資本主義を他者から奪うと考えれば「富」の差が出来て、貧しい国が生まれ餓死者が出ます。それは私たち先進国の者が餓死者を生んでいる、つまり、人を殺していると考えられるのではないでしょうか?以上の様な事を考えれば殺人は自然な行為なのでは?と考えたからです。

補足日時:2002/04/13 09:56
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こんにちは



 「悪」は・・・悪い事。否定すべき物事。道徳・法律などに背く行動や考え。
 「罪」は・・・法律的・道徳的・宗教的な規範に反する行為。

 ですから殺人は悪い事以前に規範に反する行為
 ではないでしょうか。よって、

 「殺人は『悪』」というより、
 「殺人は『罪』」

 と考えます。

この回答への補足

今ある法律的、道徳的、宗教的規範は本当に正しいのでしょうか?

補足日時:2002/04/13 10:23
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多少、古い辞書や文献でも構いません。
できれば、邦訳されているものであれば、両言語を確認できるので、なおよいですし、日本語の辞書、文献でも、英語での用語が載っているものであれば、意味があると思います。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

廣松 渉 (編集)『 岩波哲学・思想事典』、岩波書店(http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%83%BB%E6%80%9D%E6%83%B3%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E5%BB%A3%E6%9D%BE-%E6%B8%89/dp/4000800892/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798992&sr=8-1&keywords=%E5%93%B2%E5%AD%A6%E6%80%9D%E6%83%B3%E8%BE%9E%E5%85%B8)
古いですが、各語句に対応する英語を含めた外国語も載っています。


Ernest Sosa,(編集)“A Companion to Epistemology”,Blackwell Publishers(http://www.amazon.com/Companion-Epistemology-Blackwell-Companions-Philosophy/dp/0631192581/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798674&sr=8-1&keywords=A+Companion+to+Epistemology)
認識論中心ですが、辞書形式です。古いです。

山崎 正一(編集)『現代哲学事典』、講談社現代新書(http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-225-%E5%B1%B1%E5%B4%8E-%E6%AD%A3%E4%B8%80/dp/406115625X/ref=sr_1_fkmr1_2?ie=UTF8&qid=1415798208&sr=8-2-fkmr1&keywords=%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E8%BE%9E%E5%85%B8%E3%80%80%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E3%80%80%E6%96%87%E5%BA%AB)
もっと古いです。外国語が載っていたか覚えていません。ただ、安価です。

廣松 渉 (編集)『 岩波哲学・思想事典』、岩波書店(http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%83%BB%E6%80%9D%E6%83%B3%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E5%BB%A3%E6%9D%BE-%E6%B8%89/dp/4000800892/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798992&sr=8-1&keywords=%E5%93%B2%E5%AD%A6%E6%80%9D%E6%83%B3%E8%BE%9E%E5%85%B8)
古いですが、各語句に対応する英語を含めた外国語も載っています。


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Q院試対策として英語か仏語で哲学史の勉強がしたい!おすすめの本を教えてください!

こんにちは。大学院進学志望の大学三年生です。
私は将来、フランス哲学の研究者になりたいと思っています。
大学1、2年の頃はなんとなく興味があり、趣味として哲学を勉強していたのですが、今から半年前の大学3年の夏頃から、真剣に哲学を勉強したいと思うようになりました。
それからの半年間は、所属している大学に哲学科がないので、所属しているゼミ(応用倫理学)の先生に他大学の授業を紹介して頂いたり、自分で研究書を読んだりして勉強してきました。
しかし、半年前までは研究者になることを真剣に考えていなかったこともあり、私は語学をほとんど勉強してきませんでした。
英語は大学に入学して以来ペーパーバックを二冊読んだ程度で、おそらく高卒の直後から実力はまったく伸びていません(2005年4月に受験したTOEFL IBTで520点程度)。
フランス語の勉強を始めたのは三ヶ月前の12月からで、もう少しで基礎文法が一通り終わるくらいの実力です(コレクションフランス語の入門編、初級編、文法編を一通り学習した程度)。
また、専門的な哲学の講義を受けたことがほとんどなく、哲学史全体の流れなどがまったくわかりません。

そのような私ですが、2008年9月末から行われる東大文学部の学士入学試験、2009年1月末から行われる東大大学院人文社会系研究科の修士課程入学試験を受験することを考えています。
前者については哲学あるいは倫理学の専修過程、後者については哲学研究室あるいは倫理学研究室を志望するつもりです(来年度、直接に研究室を訪問して決めたいと思っています)。

入学試験対策として、語学の勉強と哲学(史)の勉強を並行して進めていきたいと考えています。
フランス語に関しては、さしあたり、渡辺諒『フランス現代思想を読む』『20世紀フランス思想を読む』を購入しました。仏語の原文と日本語訳、加えて丁寧な解説が載っていることから、目的に適っていると考えたためです。
しかし、英語に関しては、適当なものが見つけられずにいます。「自分が院試の勉強をしたときにはこれを使った」、あるいは「おそらく、これはいいと思う」というものがありましたら、教えて頂けますでしょうか。仏語のものも、なにか他に良いものがあれば教えて頂けると幸いです。
ご回答のほど、どうぞよろしくお願い致します。

こんにちは。大学院進学志望の大学三年生です。
私は将来、フランス哲学の研究者になりたいと思っています。
大学1、2年の頃はなんとなく興味があり、趣味として哲学を勉強していたのですが、今から半年前の大学3年の夏頃から、真剣に哲学を勉強したいと思うようになりました。
それからの半年間は、所属している大学に哲学科がないので、所属しているゼミ(応用倫理学)の先生に他大学の授業を紹介して頂いたり、自分で研究書を読んだりして勉強してきました。
しかし、半年前までは研究者になることを真...続きを読む

Aベストアンサー

んー回答つかないね。笑
哲学の質問じゃないからだろうけど。
東大の院試、文系はどこも変わらないし
コンセプトはずっと今もかわらないと思うから書きますが、
英語もフランス語も、文法レベルは通り越していて、
正しい意味を汲み取り、思うところを正確に伝えられるか。
だから気を大きく持って取り組めばいいんです。
英語でペーパーバックが誤解なく読めて、あらすじや感想がまあなんとか書けるくらいなら大丈夫。
フランス語もそのくらい。文法だけなら準一級程度で十分。
とはいえ、インテリジェンスを示すだけの意思疎通をこなすには、
半年や一年の学習ではスパイの訓練でも受けない限りまず無理だと思う。

で、哲学書つまり第一次資料の原書は、学部では数ページの短いものや抜粋しか読まない。
サルトルやバルト、フーコー、ミッシェル・セールやルイ・アルチュセールくらいは一冊二冊読んでみましたと言ってすむけれど、
デリタやクリステヴァ、ドゥルーズ、ガタリを一冊読むように学部生に期待している人は誰もいない。。。

それよりも、学部生は、レポートや論文を書くために、自分で探した研究者の論文を読むわけだ。
自分で探すことで勉強になっているのと、
日本語だけでなく英語やフランス語で書かれている二次資料をはじめから終わりまで読みきることで、
難解ではなく理路整然とした使える外国語を勉強する。
つまり、研究発表や論文執筆に役立つ語学力が、院に入るときの問題なのであって、
何冊も原書で一次資料にあたる語学力は、もっとあとでドクトラを取るにあたっての課題となるわけです。

渡辺さんの本は、Passageなどの東大現行の語学テキストと並行して、語学書として読み、
哲学史と哲学書は、日本語ですばやくしっかりとお勉強なさるほうがよろしいです。
そして、大学の図書館に海外の論文がたくさん置いてありますから、
興味のあるもの10本くらいコピーを取って挑戦してみられるとよいです。
アメリカではフランス現代哲学の研究は非常にさかんですから、英語の紀要論文がたくさんあります。

んー回答つかないね。笑
哲学の質問じゃないからだろうけど。
東大の院試、文系はどこも変わらないし
コンセプトはずっと今もかわらないと思うから書きますが、
英語もフランス語も、文法レベルは通り越していて、
正しい意味を汲み取り、思うところを正確に伝えられるか。
だから気を大きく持って取り組めばいいんです。
英語でペーパーバックが誤解なく読めて、あらすじや感想がまあなんとか書けるくらいなら大丈夫。
フランス語もそのくらい。文法だけなら準一級程度で十分。
とはいえ、インテリジェ...続きを読む

Q責任とは何だと思いますか?

ニュースで新成人が「社会人としての責任を果たしたい」
と言ってるのを見てふと疑問に思ったのですが、
社会の人々は責任をどのような意味で捉えているのでしょうか。
先の新成人の発言からは「責任は自発的にすべきだと思うこと」
とのニュアンスが感じられます。
しかし実際の社会を例にとると、組織のトップが不祥事の責任を取って
辞任させられたりなど、責任は集団から個人に半強制的に課される
生贄の立場であることが多いと思います。
責任が自分に取って不利なものであるとしたら、
自らそれを課されることを望むのは変な話です。
みなさんは責任をどう捉えますか?

Aベストアンサー

責任という用語は、場合場合によって使い分けが
なされ、その場合に応じて、色々な意味があるのだ、
ということだと思います。

例えば、法律における責任ですが、民事法では
財産が引き当てになっていることを責任と言います
が、
刑法などでは、非難可能性と言うことになっています。

成人における責任とは、社会の構成員であることを
自覚し、それに相応しい言動をとる、ということでしょう。

社長が引責辞任するのは、そういう罰を課して
世間に知らせる、ということでしょう。

Q哲学者ゲーテの言葉 この言葉を英語で知っている方

ゲーテの言葉で気になった言葉があったのですが、英語だとどのように訳されているのか知りたいです。

日本語では、
ただ、ひたすら自分が正しいと思う、道を歩けばいい。
他人がどのような道を歩こうと、気にしてはいけない。
と書かれています。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ゲーテの言葉で有名なのは、以下のものです。
自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う。

一方、ダンテの言葉で以下のものがあります。
お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。
Go your own way and let the people talk.
又は Go your own way; let others talk.
ネットの例
http://www.meigennavi.net/pc/word/026/026339.htmhttp://matome.naver.jp/odai/2124529995468747114/2124530021991150065
http://ameblo.jp/salesjapan/entry-10150318612.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1012408690
http://topquotescollection.com/go-your-own-way-let-others-talk/
http://lee-byungkyu.jugem.jp/?eid=11

ゲーテの言葉の方がひねくれています。
ダンテの言葉の方が御質問の言葉に近いように思います。

ゲーテの言葉で有名なのは、以下のものです。
自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う。

一方、ダンテの言葉で以下のものがあります。
お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。
Go your own way and let the people talk.
又は Go your own way; let others talk.
ネットの例
http://www.meigennavi.net/pc/word/026/026339.htmhttp://matome.naver.jp/odai/2124529995468747114/2124530021991150065
http://ameblo.jp/salesjapan/en...続きを読む

Q生きる、とはなんだと思いますか?

生きる
という言葉、私は勉強をしていると生きているなぁと感じられます!みなさんはどうですか?

Aベストアンサー

あなたの言っていることは、たぶん存在論ということだと思いますね。生きているぞ、と思う瞬間があれば、そう思わない瞬間があるというわけです。二つの落差を、自我が非連続であると言います。

生きているぞ、と思う瞬間は、人それぞれです。「あなたの=回答者の」と書いてありますが、どうもアンケートに近いことを望んでいるみたいなので、よくこの分野で話題に上がるものを列挙して差し上げましょう。

⑴回想する
幸福な瞬間を思い出す。思い返すことによって、不幸な時間をやり過ごせるし、過去と今の一貫性が見出せます。
割と誰でもしているでしょうが、18世紀には一つの発見だと看做されていました。

⑵感覚主義
快楽にふける。性愛、お酒、趣味、その他諸々。しかしこれは強烈さの探求となり、性愛もお酒もいずれは身体を壊します。また変化を求めるので、全くのところ、さらに分裂した状態が進むだけです。
したがって皆、程々でやっているでしょう。

⑶神を信じる
定期的に信仰を新たにすることで、生きているんだぞ、と教会の人などに教えてもらうわけです。
私はやりませんが、歴史的にそうやって存在を感じる時代があったわけです。

⑷勉強しまくる
勉強すると、様々な知識をえて感覚が多種多様になります(と考える一派がいる)。で、これをもって事物に向き合うと、普通が一つの感覚しかもたないのに、勉強した人は一気に10も20ものことを感じ取れます。感覚主義は身体を壊しやすいわけですが、感度を上げればどうか、というわけです。
まあある意味、現代でもそういう発想は生きているでしょう。

・・・・・・などなど。

>最近生きていないなぁ(無気力に近い)と感じる時が増えてしまいました。

一番上に書いた非連続は決定的には解決しないです。私が列挙したことは、存在論の分野の本にいくらでも書いてあるし、その様態も事細かに分析してあります。そういうものを読んで、自分を客観視するのもよいかもしれませんね。

なお、他に存在論の質問が立っていて、そこでも参考になりそうなことを書いたので、よかったらどうぞ。

あなたの言っていることは、たぶん存在論ということだと思いますね。生きているぞ、と思う瞬間があれば、そう思わない瞬間があるというわけです。二つの落差を、自我が非連続であると言います。

生きているぞ、と思う瞬間は、人それぞれです。「あなたの=回答者の」と書いてありますが、どうもアンケートに近いことを望んでいるみたいなので、よくこの分野で話題に上がるものを列挙して差し上げましょう。

⑴回想する
幸福な瞬間を思い出す。思い返すことによって、不幸な時間をやり過ごせるし、過去と今の一貫...続きを読む

Q英語の哲学てきな質問です。質問も理解できてない・・

質問はis world government necessary to overcome the negative consequence of anarchy?です。
自分の質問の日本語訳は「世界政府は無政府状態の否定的な結果を克服する必要性があるか?」
だと思うのですが、世界政府があるのに無政府状態とはどんな場面なのでしょうか?
それと訳が間違っていれば直してもらえると助かります。。。是非お手伝いおねがいします。

Aベストアンサー

こんにちは。

哲学はよく分かりませんが・・・^^;
Is world government necessary ...?といっているので、
普通に訳せば「無政府状態の否定的な結果を克服するために、世界政府は
必要なのか?」というのが質問の内容だと思います。

英語でエッセイ(レポート)を書いていらっしゃるんでしょうか。
私だったら・・・まずそのthe negative consequence of anarchy とは
何かを文献を元に示して、世界政府によってそれが克服できるかどうかを議論する
と思います。

あんまりお役に立てなくてすみません。
ご参考まで。

Q「完成された人格」とはどんな人格だと思いますか?

あなたが思う「完成された人格」というのはどんな人格だと思われますか?
それをお聞きしてみたくて質問致しました。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

はじめまして。

「人格」という語は、使い方で見方が異なります。
倫理学では道徳行為の主体
心理学では行動の主体
社会学では共同生活の主体
法律上は法律行為の主体
などなど、、、、

従って、ここでは「完成された人格」を「完成された人」ととらえて、回答させていただきます。

「完成された人」それは「無になれる人」「無に帰する人」だと思います。

意識や考えを持たずに、自然に行動できる人
幸も不幸も自然に受け入れることのできる人
自然な行いが、自然に相手に感謝されるような人
喜怒哀楽が自然に溢れ、他人の喜怒哀楽を自然に受け入れることのできる人

そのような人は、死ぬ時に死を恐がりません。自然に死を受け入れることができ、全うした生に満足して、あの世に旅立つことができます。

人というものが、ある有限の有機体の一つの生であるならば、完成された人=魂は昇華され、燃焼され、拡散し、無限の無機体になって宇宙をさまようでしょう。その時、宇宙の全ての理(ことわり)が見えるのだと思います。

それが完成かって?いいえ、完成はありえません。また、無からスタートするのです。

ご参考までに。

はじめまして。

「人格」という語は、使い方で見方が異なります。
倫理学では道徳行為の主体
心理学では行動の主体
社会学では共同生活の主体
法律上は法律行為の主体
などなど、、、、

従って、ここでは「完成された人格」を「完成された人」ととらえて、回答させていただきます。

「完成された人」それは「無になれる人」「無に帰する人」だと思います。

意識や考えを持たずに、自然に行動できる人
幸も不幸も自然に受け入れることのできる人
自然な行いが、自然に相手に感謝されるような人
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