人気雑誌が読み放題♪

サッカーについてお詳しい方に教えていただきたいです。

サッカーのフォーメーションの、「3-5-2システム」とは、旧西ドイツで考案されたのですか?

その3-5-2システムとは、西ドイツ代表で考案されたのですか?

それは、アンドレアス・ブレーメ、フランツ・ベッケンバウアーが考案したのですか。
それとも、アンドレアス・ブレーメ、フランツ・ベッケンバウアーがどのように関係して作られたのですか。

詳しく教えていただければ幸いです。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

左右のアウトサイドがワイドかつ高い位置に張り出した、いわゆる『ドイツ式の3-5-2』が世に出たのは1986年メキシコW杯の頃だったと思います。

この当時西ドイツの代表監督を務めていたのがベッケンバウアーで、この新システムの登場に合わせるように代表で頭角を表し始めたのが『3-5-2システムの申し子』と言われたプレーメでした。ベッケンバウアーがこのシステムを、考案とは言わないまでも整理して、それをブレーメが見事に実践した、そういう意味でこの二人が象徴的な存在として挙がるんだろうと思います。
ちなみにそれ以前(1980年代前半)、バイエルンミュンヘンもボルシアMGも、奥寺のいたプレーメンも基本的に4バックでした。ですのでクラブチームで生まれたというより、西ドイツ代表で生まれたシステムという印象が私には強いです。(実際はどうかわかりませんが・・・)

先駆者という意味では、下のお二人が挙げておられるデンマーク代表の存在もあります。1983年にウェンブリーでイングランドを破って国際舞台に華々しく踊り出し、1984年欧州選手権と1986年メキシコW杯で強烈な印象を残したこのチームは3バックを採用していました。ただ後の西ドイツ代表ほどには左右のアウトサイドがはっきりしたポジショニングでなく、中盤はもっとランダムだったような印象があります。
それにこのチームの監督はゼップ・ピオンテックというドイツ人の方でしたので、やっぱり発想のルーツはドイツにあるのかな?なんて思ったりします。

もっと言いますと、1982年スペインW杯での西ドイツ代表は基本的に4バックでしたが、リベロのシュティーリケが積極的に攻め上がるので守備的MFのベルント・フェルスターがストッパーの役割を兼ねているような感じで、そう考えるとフェルスター兄弟がダブルストッパーで後方にリベロのシュティーリケ、攻撃参加の好きな右のカルツと左のブリーゲルという配置は後の3-5-2システムに通じるものも感じます。もしかしたら後のベッケンバウアーやピオンテックのチームに影響を与えている?かも?

また、#2の方が言われているように1986年メキシコW杯で優勝したアルゼンチンも変則の3バックで、ストッパーのルジェリ、クシューフォにスイーパーのブラウン、右にエンリケ、左にオラルティコエチェア・・・と見れば西ドイツと酷似したシステムとも言えます。
こうなると誰が考案したとかどこがルーツとかいうより、それまでのスリートップからツートップに主流が変わったことで守備側は数的有利を保つため中央を3人にする、そういう必然の中で自然に生まれてきたシステムとも言えるかもしれませんね。


余談ですが、1988年に横山謙三氏が日本代表監督に就任したとき『欧州の最新システム』ということで3-5-2を採用し、左右のアウトサイドをウィングバックとネーミングして福田正博などFWの選手をこのポジションに起用したりしていました。結果的には成功したとは言いにくいですが、ともかく1986~1987年頃に登場し当時ヨーロッパで流行していたシステム、というのは間違いないと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
たいへん参考になりました。

お礼日時:2006/11/08 08:53

こんにちは♪


90年のイタリア大会の西ドイツで3-5-2のシステムが完成した、という論評はありましたね。ブレーメはインテルでは4バックの左でしたが攻撃参加をよくしていましたよね。右サイドのベルトルトもそうなのですが、西ドイツは絞ったリベロシステムの3バックなので、そのサイドに戻る、ケアするシステムはタレントがいてこそ、ですね。

さて3-5-2ですが、流れで少し長くなります、ごめんなさい。
1925年に2人制オフサイドルールに変更なって、アーセナルがWMシステム(3-2-2-3/3-4-3)を編み出して大戦を挟みつつ50年代に入るあたりまで大流行します。それまではドリブル・オンリーだったのが、パスゲームが展開されるようになって中盤の重要性が高まり各国各チームで新たなシステムを模索しています。結局は、大きな大会などで結果を出さないと残っていかない、ということですけどね。50年代に入ってブラジルが4-2-4を始めます。54年スイス大会でハンガリー代表がグスタヴ・セベシュのもとマジック・マジャール(MMシステム3-2-3-2/3-5-2)を披露します。ブラジルは60年代に4-3-3を採用しますが、多くの国で60年代から70年代まで4-4-2が流行します。イタリアでは70年代にカテナチオ(1-4-3-2)採用の前に3-5-2をやっています。
86年メキシコ大会では、デンマークがダニッシュ・ダイナマイト(3-1-4-2/3-5-2)、マラドーナ擁するアルゼンチン、他にもヨーロッパのチームが3-5-2を採用しています。ブラジルは82年からテレサンターナにより4-4-2。

(大会記録では登録上でしょうが、ゲームによってブレーメ、ベルトルトはDFだったりMFだったりしています。)
多少の時系列があったほうが判りやすいかと思いましたが余計だったらすみません。実用的なシステムとしては、数合わせ的には70年代あたりで出尽くしてるのではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
たいへん参考になりました。

お礼日時:2006/11/08 08:52

西ドイツが考案したわけではないと思います。



少なくとも86年大会から
ダニッシュ・ダイナマイトのデンマークに代表されるように
3-5-2のシステムを導入しているチームは
存在してます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
たいへん参考になりました。

お礼日時:2006/11/08 08:52

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

専門家回答数ランキング

専門家

※過去一週間分の回答数ランキングです。

Q質問する(無料)

このQ&Aを見た人が検索しているワード


人気Q&Aランキング