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パレスチナ問題について見聞を広めています。
土地や宗教が絡み合い複雑な状況ですが、このような問題は
他の国家や地域でも起きているのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。
まだ勉強中で質問分として不足があるかも知れませんが、
よろしくお願いいたします。

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A 回答 (4件)

政治絡みですが、中国(チベット)からインドに亡命したダライ・ラマ(チベット仏教)もそうですかねぇ。

。。
あとは北アイルランドのプロテスタントとカトリックの宗派対立などもあります。
セルビア・モンテネグロ(旧ユーゴスラビア)の、キリスト教(カトリック・セルビア正教)とイスラム間の対立や、ロシアのチェチェンの独立運動なども、土地や宗教、政治が複雑な絡み合った紛争と言えます。
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この回答へのお礼

masa20061001さんありがとうごさいました。とても参考になりました。
どのような視点から調べていいのかわからなかったので、助かりました。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。

お礼日時:2006/11/06 10:42

レバノン内戦はどうでしょうか?宗教が絡んでいます。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%90% …
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この回答へのお礼

aero17さんありがとうございました。
日本だと宗教同士の争いというのが身近でないので、なかなか理解するのが難しい面もありますが、参考にさせていただきます。
また、進めていくうちに疑問にぶつかったら宜しくお願いいたします。

お礼日時:2006/11/06 11:03

インドネシアの(島姪忘却)。

宗教に加えて.旧宗主国の違いでもめている場所と.石油資源でもめている場所があります。
インドとパキスタン(バングラディッシュ)。これも宗教対立。
オーストラリア。現在は現地人を殺してしまってほぼ白人と移民だけです。米国でもベイコクイカンディアンを殺しました。
カナダのケベック分離独立。カナダケ言い未んとイギリス系移民の争い。
南米でも何ヶ所かあったはずですが忘却。簡単に言えば.ヨーロッパー系移民が現地人を皆殺しにして問題は解決されました。
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この回答へのお礼

edogawaranpoさんありがとうございました。
目を覆いたくなりますが、このような争いは世界規模で起きているんですね。
理解を深めて役立てたいと思います。
また機会がありましたら回答を宜しくお願いいたします。

お礼日時:2006/11/06 10:56

最近の世界で、パレスチナ問題に匹敵する宗教が絡んだ領土問題といえば90年代の旧ユーゴスラビア内戦でしょうね。

かつてユーゴスラビアは「1つの国家、2つの文字、3つの宗教、4つの言語、5つの民族、6つの共和国、7つの隣国」といわれた多民族、多宗教の国家でした。それが共産主義の崩壊により各共和国、各民族が独立運動を起こして泥沼の内戦に陥りました。
「民族のモザイク」と呼ばれたように複雑に入り組んでいた旧ユーゴでは「ここは俺たちの民族の国家だ」といってもお隣やお向かいには当然別の民族の人が住んでいたりします。旧ユーゴでは、それに対して最も絶望的な対処方法をとりました。それは「別の民族の奴は全員殺してしまえばいい」というものです。これは「ジェノサイド」と呼ばれ、各地で略奪、強姦、虐殺が起きました。これがどのくらい悲惨なものだったかというと、いったいどれだけの人が虐殺されたのか、今もってわからないくらいです。
この内戦に巻き込まれたのが誰あろう、現サッカー日本代表のオシム監督です。彼がユーゴスラビア代表監督時代、マスコミは民族意識を煽るためオシム監督を批判しまくり、そして彼の奥さんはサラエボに閉じ込められてしまいました。この辺りの詳しい話は、「オシム語録」に書かれています。

このユーゴ内戦で欧州で話題になったのが「サラエボのロミオとジュリエット」という話です。セルビア人のボスコとイスラム教徒のアドヴィラは若いカップルでしたが、やがてセルビア人とイスラム教徒の間で戦争が起きます。彼らは周りから「お前はどっちの味方なんだ」と迫られます。愛し合っていた彼らは二人で一緒にいるために、包囲下のサラエボを脱出してアメリカにともに亡命しようと考えます。しかし、当時のサラエボは狙撃兵が市民を無差別に撃つ極めて危険な街でした。
そして二人は「ここを渡ればサラエボから脱出できる」という橋の上で狙撃兵に撃たれてしまいます。二人は抱き合ったまま倒れ、そして二人の遺体は4日間放置されました。
平和な時代に生まれていれば何の問題もなく結婚することが出来たでしょう。これも戦争が産んだちっぽけな悲劇のひとつに過ぎません。
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この回答へのお礼

eroero1919さんありがとうございました。
オシム監督の経歴などは就任時クローズアップされていたので、
そのことと照らしあわすことができたので、入りやすかったです。
また調べていくうちに疑問点などあったらよろしくお願いいたします。

お礼日時:2006/11/06 10:50

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Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む


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