阿川弘之氏が読売文学賞を受賞した「食味風々録」のなかで、百鬼園先生が「蓮根は穴のところが旨い」というのを受けて「ビールは泡が旨い」と持論を展開されてます。
 この内田百間の「蓮根は穴のところが旨い」の正確な出典はなんという本?随筆?なんでしょうか?

A 回答 (1件)

中村武志の「掘立て小屋の百閒先生」だったと思います。

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Q阿川弘之の本

阿川弘之といえば、海軍に関する著作が多いですが、海軍以外の作品でお薦めがあったら教えてください。

Aベストアンサー

このひとのエッセーは何でも面白いです。食べ物にも薀蓄がありますが、やはり乗り物狂でいろいろ乗って書いています。
私のお勧めは「ヨーロッパ特急」です。愛国心あふれる若き元海軍士官の世界漫遊の旅は1963年のこと(日本に高速道路がなかった時代)。まだ「壁」があった西ベルリンでワーゲンのレンタカーを借り、アウトバーンを東へ---、というスリル、などなど。

Q佐藤春夫「西班牙犬の家」と内田百間「冥途」について

「西班牙犬の家」・・・この話に出てくる「雑木林」と「スペイン犬」をコンテクストとして読み解く。
この時代の人の共通認識として「雑木林」は何を意味したものなのでしょうか?
私は時代性はよくわかりませんが「異郷感を掻き立てるもの」と解釈したのですが・・・この筋で行けば「スペイン犬」も異郷感を掻き立てる、示唆するために「スペイン」犬でなければならなかったのかな、と
思うのですが・・・実際はどうなのでしょう。

以上とはちがう作品ですが、
内田百間「冥途」・・・「茶店」「郵便貯金」をコンテクストとして読み解く。
この場合、普通の茶店ではなく博覧会の唯一残る記念として描かれているのにはどういう意味があるのか。
なぜ老婆は身投げ救助で得たお金を銀行貯金などではなく「郵便貯金」したのか。
このふたつは自分にはどうも分かりません・・・。

自分なりに考えても調べても答えがでないので
どなたかどれか一問でもいいので教えてくだされば幸いです。

Aベストアンサー

文学に素人の私見ですが・・・

当時は大正の中期で世界大戦中の経済好況で東京の郊外、つまり武蔵野の雑木林は切り開らかれて住宅地になり文化人やサラリーマンが移住しました

今の世田谷、渋谷、中央線沿線などです、東京がそれまでの神田や牛込から移動し始めたのです

慶応で学んだハイカラで異国趣味の佐藤春夫は新しい東京の空気をスペイン犬と雑木林で現わしたかったと思います

老婆の身投げ救助を書いたのは内田百閒ではありません、菊池寛の短編です

Q出典をさがしています。ある小学生用国語問題集に使われている物語文の出典

出典をさがしています。ある小学生用国語問題集に使われている物語文の出典を探しています。その問題集の巻末にある主な出典一覧の中では、「村中季衣 デブの四、五日」というのがそれらしいとは思われるものの、そういう本を見つけることができません。もしかすると、これは書名ではなくて、その中の1作品のタイトルかもしれません。まったく別の本である可能性も多いにあります。どなたか、ヒントになる情報をお寄せ頂けると幸甚です。以下に引用文の一部を掲載いたします。

おばさんにつれられて、歩いて歩いて、そして、場所のほとんどわからない犬小屋の前で、わたしはデブと再会した。「さあ、わん公、ねむいだろうが、しっかり食べときな。」デブは、においをかぎつけていたらしく、格子になっている戸のすきまから鼻をつきだして待っていた。

Aベストアンサー

「デブの四、五日」は『小さいベッド』の中の一話です。

小さいベッド 村中李衣 著 かみやしん 絵
偕成社 1984年7月 ISBN 4-03-635210-5

参考URLは国立国会図書館国際子ども図書館の書誌情報です。

※村中李衣(むらなか・りえ)さんですね。
    ̄

参考URL:http://kodomo3.kodomo.go.jp/web/ippan/cgi-bin/fSS.pl?nShoshiId=30961&nKihonId=30952&sGamen=SI

Q三浦哲郎の一冊目の随筆集の題名を教えてください

彼の随筆集(小説も)を愛読しています。
昭和50年講談社発行の随筆集 ゜せんべの耳゛の あとがきに
これが二冊目だと書いてありますが。
娘たちの夜なべ、 春の夜航、 下駄の音、 一尾の鮎
狐のあしあと、と続くのですが、第一作目はなんですか?

Aベストアンサー

『笹舟日記』 (1973年)かと思います。昭和47年4月から翌年3月まで毎日新聞日曜版に連載された全52の掌編集です。

Q岩波文庫の寺田寅彦の随筆

寺田寅彦の作品に興味を持ち、岩波文庫の「寺田寅彦随筆集」を買いました。とても繊細な視点で世界を切なく美しく描写しておりはまっております。
で、ある本でその寺田寅彦の随筆にふれており、随筆から一節を引用していたのですが、その引用では、かなは正かなつかい、漢字は正字体でした。僕の読んだ岩波文庫では、現代かなつかい、漢字は略字体にされていました。こういった変更(改竄)は現在の出版界では当たり前のように横行していて覚悟の上だったのですが、よく読み比べるとそればかりではなく、「団栗(本当は正字)」という随筆は、岩波文庫では「どんぐり」とひらかなになっていたり、「云う」が「言う」になっていたりもしました。
かなつかいの変更や、正字を略字への変更は分かりますが(読む気をなくすけど)、漢字で書かれていた名詞をひらかなにしたり、「云う」を「言う」のような全くちがう字にする事ってあるのでしょうか。
引用した本の著者は、初版か何かの版を引用し、文庫は初版出版後寺田寅彦が手を加えて書き直したものを底本としているのかな、とも考えましたがそうではないのでしょうか。

Aベストアンサー

よいところに気づかれました。
結論のみ書きます。
原作者の表記を出版社が「勝手に」書きかえている例は枚挙にいとまがありません。

同随筆集全五巻では、第一巻に二行ほど付記があるだけで、確かにどう書きかえたかの明記がありません。
そこで、他の岩波文庫のいわゆる緑帯、近代日本文学に相当するものをお持ちなら、奥付の前のページを見てください。[編集付記]などとして使用した底本のことや表記の方針などいろいろ書いてあるはずです。

「近代日本文学の鑑賞が若い読者にとって少しでも容易となるよう」「原文の趣きをできるだけ損なうことがないように配慮しながら」五つの「方針にのっとって表記がえをおこなった」と。

こうして皮肉にも、原文の趣きとまるで異なるものが、われわれ読者に提供されているわけです。

この"好意"はただに岩波文庫に限ったことではありません。他の出版社の大部分も似たようなものなのです。
しかも書きかえの"方針"はまちまち、明記してない本もたくさんあります。

萩野貞樹氏の『旧かなづかひで書く日本語』幻冬舎新書2007年刊もしくは
同氏著『旧かなを楽しむ』リヨン社2003年刊(内容はほとんど同じ)を一度手にとってみてください。
たとえば谷崎潤一郎『盲目物語』がいかに作者の意図を根底から無視し、恣意的に書きかえられているか、実感をもっておわかりになるでしょう。

単なる、旧かなと新かなの書きかえの問題、ではありません。
たとえ旧かなの知識が自在にあっても、ここから原文の復元は不可能です。

よいところに気づかれました。
結論のみ書きます。
原作者の表記を出版社が「勝手に」書きかえている例は枚挙にいとまがありません。

同随筆集全五巻では、第一巻に二行ほど付記があるだけで、確かにどう書きかえたかの明記がありません。
そこで、他の岩波文庫のいわゆる緑帯、近代日本文学に相当するものをお持ちなら、奥付の前のページを見てください。[編集付記]などとして使用した底本のことや表記の方針などいろいろ書いてあるはずです。

「近代日本文学の鑑賞が若い読者にとって少しでも容易と...続きを読む


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