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その内思い出すだろうと思いながら、ここ1ヶ月以上も正式な言葉がでてきません。
確か?仏教用語と思います。
「あさにこうべをたるれば、夕べに死すとも可也」
これの正式な漢字での言葉と、意味を知りたい。
確か、人生若しくは宇宙の真理が分かれば、いつ死んでも苦いはない?
このような心理状態を言い表した言葉と記憶しているのですが?
宜しくお願いいたします。

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A 回答 (5件)

論語ですね。



朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。(朝聞道、夕死可矣)
 
朝、天下に“道”が行われているということを聞けたら、夕方には死んでもいい。老いた孔子の嘆きでした。
これは魏の何晏らに代表される「論語」の“古注”の解釈です。しかし、南宋の朱熹の注、いわゆる“新注”では、「朝、道(事物当然の理)を聞いたら、それで修学の目的を達したわけだから、その夕には死んでもいい。」という、求道への熱情と解釈しています。
日本でも、「朝、真理(人間存在の実相)を聞いて悟ることができたなら、夕方に死ぬことになったとしても、悔いはない」という解釈が主流のようです。

この回答への補足

回答ANO2の方の補足内容と同様の気持ちです。
ありがとう。

補足日時:2006/12/25 05:05
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朝、夕べ、死、での検索から、以下の文が出てきました。



「朝に紅顔ありて夕べに白骨となる・・・」
(あしたにこうがんありてゆうべにはっこつとなる)

同じ分野ですが、ちょっと、傾向が違いました。
大雑把な意味は、「朝元気な人も、夕方にはなくなることもある、
毎日一生懸命生きよう」とのことだそうです。
哲学?とまでは行かないまでも、ある真理かも知れません。
以上
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 「朝(あした)に道を聞かば、 夕べに死すとも可なり」



 これは、「論語・里仁」にある孔子のことばです。

 「朝、 人の生きるべき道を聞き知れば、 かりに夕べに死んでも心残りはない」という意味です。
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朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり)[=道を聞いて~] 朝に大事な道を聞いて会得したならその晩死んでも心残りはない。

道(真理・道理)は極めて重要なことであるというを強調したもの。 出典:「論語-里仁」「子曰、朝聞道、夕死可矣」

ですね。儒教系(論語)、仏教系ではないですね!

「朝聞道、夕死可矣」でググッテ下さい。
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この回答へのお礼

これです!!!
言葉の記憶が少し間違えていたようでーーーー
論語でしたか。
ありがとう。

お礼日時:2006/12/25 05:04

「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」であれば聞いたことがありますが…


『子曰、朝聞道、夕死可矣』論語です。
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