はじめての親子ハイキングに挑戦!! >>

人を殺すと重い罪に罰せられるのに、同じ生物である魚や虫を殺しても罰せられないのはなぜですか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (12件中1~10件)

人はこの世に生存している以上、他の命を奪って生き抜いています。


食べ物としてだけでなく、何億と言う微生物を殺し続けています。
しかし、生きる事は私達、この世に生を受けたものの宿命であり、務めです。
同時に、食べ物として、或いは生き抜く為の最低限度の防衛策として他の命を奪い続ける事も「生きる」事を課せられた私達の宿命です。宿命なのだから罪ではないのです。

私達ヒトには「感謝」という心が備わっています。尊い命を以って生かされている相手への感謝として「頂きます」「ご馳走様」と声をかけられます。
    • good
    • 1

世の中の秩序が乱れるからです。

社会が混乱するからです。
魚や虫を殺しても、社会は変化がないから、法律で罰せられないのです。
    • good
    • 2

法律は社会を成り立たせるためにあります。


人を殺すと重い罪に罰せられなければ社会は成り立ちませんが、同じ生物である魚や虫を殺して罰せられなくても社会は成り立ちます。
    • good
    • 1

例えるなら、貴方の持っている紙幣を私の折り紙と換えてください。


同じ紙。貴方の論法ならば交換しても問題はないでしょう?
人間と魚や虫が「同じ生物」なら同じ紙である貴方の持つ紙幣と私の持つ折り紙も「同じ紙」です。
交換してくれますか?

もしくは、宝石店で川原の石を宝石屋の宝石との交換を申し込んでください。
貴方のこの論法なら、「同じ鉱物」です。
貴方と同じ考えが通じれば交換してもらえます。

私の持つ石。そしてショーケースの中にある石。
換えてくれ!!「同じ石」じゃないか!!??
さて。宝石店に行って言えますか?


ちょっと貴方の論法のレベルを他の物事に変換して書いてみました。
貴方の疑問の解決は上記を実際に行動してみることです。
明日にでも家の石を持って宝石店にでも行って下さい。

宝石店の石(人間)と家に落ちてる石(虫)との違いを実際に体験しましょう。
    • good
    • 2

「生存権」という日本国憲法に記された権利があります。


「すべて人間は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」というものです。
殺人は、「人を殺す行為」が犯罪なのでなく、「生存権を侵したこと」が犯罪です。
ところが、「すべて人間は~」のとおり、人間以外の生物にはその生存権はありません。何故かといえば、人間同士で守っている権利だからであって、動物は必ずしも守ることができないからです。動物が人に殺されたら罪に問われるのに、動物が人を殺しても罪に問われないのでは平等ではありません。動物達が知性を持ち、社会を作って、人間に交渉してきたらまた変わるかもしれませんが、今のところそこまで知性のある動物はいません。

そもそも何故「生存権が成り立つのか」というところを追及してみると、やはりそのような決まりがあったほうが幸せに生きられるからだ、と思います。みんなのために作られたルールなのです。もし守りたくないのなら、その決まりのない国で生きろ、但しお前自身が殺されてもお前を殺した誰かは罪に問われないから犯罪だらけになるぞ、ということです。


ただ、こんなふうに冷たく言いのけてしまっても、やはり人間の命>動物の命である現状は悲しいものです。
「命の価値」を憲法でみとめてほしいですね。
    • good
    • 1

そういう法律がないから罰せられないのです。

そうしたものを罰する法律があれば、罰せられます。徳川将軍綱吉の「生類憐れみの令」で、死罪になったり流罪になったりしました。
    • good
    • 0

自然界の法則からすれば、生物が生物を殺しても自然界の掟に反したことにはならないでしょう。

強いものが弱いものを捕食する食物連鎖は自然界の掟。

人が人を殺して罪に問われるのは、人が決めたルール(すなわち法律)を破ることによってです。人が決めたルール(法律)は人と人との生活が円滑に行えるように定められたもので、地域や時代とともに変わります。

今の日本では、犬や猫を虐待すると、動物愛護法違反で罰せられる可能性はありますよね。今後法律が変わって、虫を殺したことによって罰せられる時代がくるかも?
    • good
    • 0

質問者様がそのように考えるのは、前提として質問者様は人と他の生き物の命を同じ価値であると考えているからです。


それはそれでひとつの考え方だと思います。

しかしながら、社会の大多数の人間はそうは考えていません。
だから法律にも魚や虫を殺したら処罰するという規定はありません。

質問者様は社会科学に自然科学のような絶対的な真実を求めているのではないでしょうか?(もっとも自然科学も人間が知覚できる範囲で好き勝手に法則を作り出しているに過ぎないとも言えますが、社会科学よりは人間の自分勝手が入り込む余地は少ないです)
法律なんて言うものは人間が勝手に理屈をこねくり回してつくっているモノに過ぎません。
政情が不安定な所や経済的な後進国をいろいろ見て回ることをお勧めします。
人間社会に置いて絶対なんて言うモノはありません。
    • good
    • 1

人間にとって同じ種である人間を殺すことは種の保存の原則に反するから。


なお、ペットを殺すと器物損壊罪になる場合があります。
    • good
    • 0

罪・罰と言う物は他人の人権を侵害した時に発生するものです。



魚や虫に人権はありますか?
さて、他人の所有物である魚や虫を殺した場合、所有者の人権が犯されたとして罰を受けることがあります。

害をなす魚や虫の場合はむしろ積極的に殺さなければ、他の人の人権が損なわれる可能性がありますので
それらを駆除する手法を売り物にする企業もあります。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q人間を殺すのは蚊を殺すのと同じという考えについて。

無差別殺人などを犯した人が、つぎのようなことをテレビなどで聞いたことがあります。

■人間を殺すのと、蚊や虫を殺すのは同じこと。


このような発言を聞くと、わたしは「はっ!」とします。
というのは、もしかしたら殺人者たちはつぎのようなことに矛盾を感じているからではないかと思うのです。それは・・・


学校でも家庭でも「命は大事」だと教えられてきた。命は大事、命は大事というのに、蚊やアリなど小さな虫は平気で殺す。殺しても何の罪も感じていない。
他の生き物の命は大事ではなく、人間の命だけが大事だという考えに「大きな矛盾」を感じ、やりきれなくなっているというのが根底にあるように思えてならないのですが、どうでしょうか?

希望的には、そうでないことを願っていますが。


わたしが進学塾で講師をしていたとき、生徒(中学生)からつぎのようなことを聞かれたことがあります。

「どうして蚊を殺してもいいのか?」

わたしは、「殺してもいいということじゃないよ。」「かわいそうだよね。」「先生はできるだけ殺さないよ。」と答えました。
これは、表面的なことを言ったのではなく、わたしの本心です。蚊や小さな虫などは殺すのはかわいそうだからできるだけ逃がしています。


人間の命は大事だけど、蚊などの虫は平気で殺す常識をどう考えるべきでしょうか?

ここをしっかり教育できていないから、「虫を殺していいのなら人間も殺してもいいでしょ」と思う人が出てくるような気がして。
蚊などの虫の命と人間の命についてどう考えるべきでしょうか?

ご指導のほどよろしくお願いいたします。

無差別殺人などを犯した人が、つぎのようなことをテレビなどで聞いたことがあります。

■人間を殺すのと、蚊や虫を殺すのは同じこと。


このような発言を聞くと、わたしは「はっ!」とします。
というのは、もしかしたら殺人者たちはつぎのようなことに矛盾を感じているからではないかと思うのです。それは・・・


学校でも家庭でも「命は大事」だと教えられてきた。命は大事、命は大事というのに、蚊やアリなど小さな虫は平気で殺す。殺しても何の罪も感じていない。
他の生き物の命は大事ではなく、...続きを読む

Aベストアンサー

それを言うなら、なぜ殺人がダメで、戦争や死刑が許されるのか、そっちのほうが余程不思議ですね。ま、それはさておき、蚊ですね。相手は中学生になるほど成長した子であると。

私は正直、人の命を奪うことがいけないとは言い切れないと思っているんです。ちなみに、私個人は、戦争にも死刑にも反対で、もちろん殺人だって自殺だって、もってのほかです。しかし、世の中には戦争や死刑をよしとする考えがあるし、自殺だって法律で規制はされていないし、もともと人は、狩りをしながら野獣に平気で食われたりしていました。そうやって人口のバランスが保たれていました。それを例えば「あそこの国じゃ、死刑制度を廃止してないから野蛮だ」とか「戦争に参加している国は悪魔だ」とか「菜食主義じゃない人は殺しを続けているのと同じ」などと言いきるべきではないと思っています。

ただ、ほとんどの人間は「死んだら終わり」だと思っています。実際、たとえ死後の世界があったとしても、多くのことが、死んだら終わってしまいます。例えば、死んだら、霊能者でない限り、その死んだ人とは、会話ができなくなるし、手を握り合うことも、何かを美味しそうに食べる様子を見ることもできなくなるし、10年間ケンカし続けた相手と仲直りする可能性もなくなります。この世での可能性が一切経たれるのです。

だから、たとえ私にとっては赤の他人でも、誰かにとっては大切な存在であるかもしれない人を、私は殺したくないし、どうか他の人も殺さないでほしいと思っています。

とはいえ、今、見知らぬ通り魔かストーカーが武器を持って私に突進してきたら、自己防衛のために殺さざるを得ないかもしれません。あるいは、私が監禁されていて、毎日毎日、暴力をふるわれていたら、このままではおかしくなると思って、つい、相手を殺してしまうかもしれません。

けれども幸い、人間は知恵を使って、警察や保健所やご近所というものを生み出しました。私は通り魔から隠れた隙に警察に通報することができますし、暴力に耐えかねて、役所やお隣に助けを求めることができます。人口のバランスだって、人は知恵を使って避妊ができますので、わざわざ生きている人を殺さなくても済むのです。

しかし、蚊が私を襲おうとしている時、その蚊を殺さずに済むよう、私を助けてくれる人や機関はありません。かといって、そのままにしておくと、蚊は無尽蔵に増え続け、増えた蚊が私の体に不快な刺しあとを残し、ひいては私は病気になるかもしれません。たかが蚊、されど蚊です。体は小さくても、意志の通じない暴漢に囲まれているのと似ています。だから殺します。しかし、蚊を殺すためだけに、わざわざ隣町にまで行ったりはしません。自分に被害を及ぼそうとしている蚊のみを殺します。

では、蚊を閉じ込めてくれる人や機関があれば解決するかというと、そうでもありません。蚊だけを閉じ込めると生態系が崩れるかです。それに、蚊が適度に人を刺すから藪は人から守られ、人が蚊を適度に殺すから、蚊は増えすぎずに済みます。ただ、残念なのは、蚊と人が同じ次元でコミュニケイションととれないという点です。だから平和条約を結べないのです。蚊のほうも「なんで人って、蚊の言葉やルールに従ってくれないんだろう」と思っているかもしれません。

で、それを言い始めると、異文化間の摩擦問題へと話が発展したりするわけでして。要するに、人生に関わることに明確な答えなどないということだと思います。ただ、こうした意見をヒントに、各自が考えてもらえればなと思っています。私も考え続けます。

それを言うなら、なぜ殺人がダメで、戦争や死刑が許されるのか、そっちのほうが余程不思議ですね。ま、それはさておき、蚊ですね。相手は中学生になるほど成長した子であると。

私は正直、人の命を奪うことがいけないとは言い切れないと思っているんです。ちなみに、私個人は、戦争にも死刑にも反対で、もちろん殺人だって自殺だって、もってのほかです。しかし、世の中には戦争や死刑をよしとする考えがあるし、自殺だって法律で規制はされていないし、もともと人は、狩りをしながら野獣に平気で食われたりし...続きを読む

Qなぜ虫を殺してもいいが、動物を殺してはいけないの?

今迄考えた事がないのですが、今考えてみたら、人は虫を見つけら早くピシャリと叩いてしまうのに、動物をどうしても守らないといけない!と思う事は可笑しいと思わないですか?

Aベストアンサー

どうやって考えたらこんな不思議な話がアリになるのか。
ご質問はここですよね?

もっとおしすすめて「人を殺してはいけない」といいますよね?
だけど、戦争中は人を殺しちゃうわけですね。
変ですね?
これがどういう意識で考えた時に納得できるのかというと、
根底にあるのは「仲間意識」なのです。
戦争中の相手である人は、人だけれども、仲間じゃないのです。
だからその時殺しはアリになるのです。
同時に「動物を殺してはいけない」という時の意識は、
「仲間である動物」なわけです。
人や動物を殺しちゃいけないのはそれが「仲間だから」ダメなのです。
虫はなかなか仲間になれないんでしょうね^^

Q当たりくじのないくじは合法?違法?

先日のニュースでこういうのがありました。

くじ全部はずれ、怒り爆発 脅迫罪の組幹部に有罪判決
http://www.asahi.com/national/update/0924/SEB200909240026.html?ref=goo

概要としては、とある暴力団員がカラオケ店で、クレーンゲームをして、当たりくじが出ないため、残りのくじを全部買い取りました。しかし、それでも当たりがなかったことに怒り、ゲーム機の管理者の男性を脅して、有罪判決を受けたとういもの。

暴力団員ではなくても一般の市民でも怒って怒鳴り込んでしまいそうですが、でもまぁ、それはとりあえず置いておきます。

ここで、疑問に思ったのは、当たりくじなしのくじやゲーム機を店に置いて儲けることは合法なのか、違法なのか?ということです。
すっごい、グレーゾーンの気がしますが、法律に詳しい方、お願いします。

Aベストアンサー

 店側の人間が、最初から当たりくじを入れていないにもかかわらず、『あたりが入っている』とウソをついていたら、厳密には刑法の『詐欺罪』には該当するでしょう。
 
 ただ、ココで問題になるのは、店側が「最初から客をだますつもりだったかどうか」をどうやって証明するか、です。
 例えば、100本中当たりくじが1本しかないゲーム機を設置したとします。たとえ1本でも当りがあれば、犯罪ではないわけです。
 しかし、一番最初にゲームをやった客が『運よく』当りを出してしまったとします。残った99本のくじは、当然ですが全部ハズレです。
 ここで、ヤクザさんが残り99本のくじを全部買い占めて『1本も当りが無いじゃないか、ボケェ!!』と息巻いても、まぁどうしようもないでしょうね。最初は当りが入っていたのは確かなわけですから。

 さぁここで、頭のいい詐欺師ならば、こう考えるわけです。
 「当りなど入れなくても良い。もし文句を言われたら『あぁ~すいません。さっき、当たり全部出ちゃったんですよ~』って言い訳すればいいんだな」って。イザとなれば「俺さっき当たったよ~」なんていうサクラを用意しとけば、なお万全なワケですよ。

 2番目の場合、店側が犯罪者であるかどうかは、「最初から当たりなんか入っていなかったこと」や「当たったと主張する人間は店側とグルである」ことなどを、被害者なり警察などの側が立証しなければなりません。

 こんな笑い話があります。
 お祭りの屋台で『1万年生きるよ~』と言われて買って来た亀が、翌日に死んでしまったので店に文句を付けに言ったら『あぁ、きのうで9999年目だったんだね』って言われてオシマイ、って言うお話。
 まぁ、店側も店側ですが、クレーンゲームのくじぐらいで熱くなるヤクザもどうかと思いますがね。目クソ鼻クソ、ってヤツじゃないですかね。

 店側の人間が、最初から当たりくじを入れていないにもかかわらず、『あたりが入っている』とウソをついていたら、厳密には刑法の『詐欺罪』には該当するでしょう。
 
 ただ、ココで問題になるのは、店側が「最初から客をだますつもりだったかどうか」をどうやって証明するか、です。
 例えば、100本中当たりくじが1本しかないゲーム機を設置したとします。たとえ1本でも当りがあれば、犯罪ではないわけです。
 しかし、一番最初にゲームをやった客が『運よく』当りを出してしまったとします。残った99本...続きを読む

Q音で人は死ぬ?

よく漫画とかで、大声をあげて敵とかをやっつける話ってありますよね?
ふと思ったんですけど、爆音とかで、人って死んじゃうのでしょうか?
また人死んじゃうほどの音圧は、何デシベルくらいなのでしょうか?
教えてください。

Aベストアンサー

ハイジャック犯などに使われる「閃光音響手榴弾」(スタン・グレネード、フラッシュバン)というものがあります。

信管を作動させると、マグネシウムと過塩素酸カリウムが燃焼し100万カンデラの閃光と1.5メートル以内に160-180デシベルの爆音を発生させます。

爆発すると、付近の人間に一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニックや見当識失調を発生させて無力化することを狙って設計されています。

ちなみに、人の聞き得る音は、「周波数範囲は20~15,000Hz」で強さは「0~130dB」ですが、120dB以上の強さでは音よりも痛覚として感じる様になります。

(200メートル先のジェット機のエンジン音を聞くのが120デシベル程度です。)

仮に170デシベルとすると、130デシベルより40デシベル大きいですが、10デシベル上昇すると聴感上は2倍になります。

つまり40デシベル大きいという事は、2×2×2×2=「16倍」音が大きいという事になります。

非致死性兵器ですから、この音の大きさでも人は基本的には死にません。

とはいえ、目標や人質が心臓病を患っている場合はショック死する可能性があるので、音だけで人が死んでしまう事はあり得るとも言えます。

ハイジャック犯などに使われる「閃光音響手榴弾」(スタン・グレネード、フラッシュバン)というものがあります。

信管を作動させると、マグネシウムと過塩素酸カリウムが燃焼し100万カンデラの閃光と1.5メートル以内に160-180デシベルの爆音を発生させます。

爆発すると、付近の人間に一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニックや見当識失調を発生させて無力化することを狙って設計されています。

ちなみに、人の聞き得る音は、「周波数範囲は20~15,000Hz」で強さは「0~130dB」...続きを読む


人気Q&Aランキング