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デカルトは確実な存在としての自我の発見へといたる議論をしましたよね。その経緯はどのようなものだったのでしょうか。

A 回答 (4件)

 デカルトの議論は、まず自然的生活において我々に与えられている世界の客観的確実性が、実は徹底的な懐疑には耐えられないほどのものではないか、という処から始まります。

云う処の「方法的懐疑」です。世界の存在自体を疑うのですから、自分自身の存在もそのうちに含みます。しかしそのとき、思惟する「純粋自我」だけは残るのではないかと考えた訳です。これは現象学でいう「現象学的残余」と同じようなものです。それを唯一の拠所として、先験的=純粋(経験に汚されていない)自我に内在する原理に従って、神と客観的自然の論理的明証性を実証します。世界とその学問の根拠が明らかにされる道筋です。
 簡単に言えばそれだけのことなのです。ただ、勘違いしてはいけないのは、この場合の「自我」は純粋自我であり、私たちが自然的生活態度で言うところの「自我」ではないということです。「方法的懐疑」の有効性は疑うべくもありませんが、純粋自我が独我論的な自我とどう違うのかという疑問が新たに発見されるというべきでしょう。
 この問いは、根拠の根拠を問うという形で後の現象学やハイデガーの存在論へと道を拓くことになりました。
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 Tunさんの説明で完全だと思うのですが、少し補足です。

デカルトがそういう自我を見出した目的について。

 一言で言えば、「学の体系をうち建てる前段階の、確実な基盤の確保」です。一つの哲学体系を構築しようとする哲学者は、すべてではありませんが、まず構築に先立って「懐疑主義(スケプシスム)」の乗り越えを、手続きとして行うものでした。認識の確実性が確保されないと、何を語っても不確実になるからです。(最近は「体系構築」自体が流行りませんので、やる人はあまりいません)
 デカルトにとっては、この「考える自我」がその基盤でした。彼はこの自我を「学の第一原理」と呼んでいます。
 同じような「構築前手続き」で有名なのはカントの三大批判書です。『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』。「判断力」に関しては対応する体系がないのですが、純粋理性批判はと実践理性批判は、それぞれ理論的哲学と道徳哲学という体系構築に先立って、それぞれの理性の権能と限界を吟味しようというものでした。
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追加です。


身体二元論ではありませんね。すみません。心身二元論です。
この問題に関して、心理学のコーナーに質問と回答がありました。
そちらも参考にされるといいでしょう。
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デカルトは冬のある日、炉端で考えたんですね。


この世の中に、確実なものなんてあるんだろうか。
世の中の長老たちが言っていることが正しいなんていうけど、それだって確実じゃない。確実なものってのは、もっと明せき・判明なもので、だれにとっても明らかに確実じゃないといけない。
確実なもの、確実なものと考えていって、
「ああ、でも、ここで、この確実について考えている自分っていうのは、絶対確実だ。だれがなんといったって、私が考えているのは、事実だもの」
ということに思い当たり、
「Cogito ergo sum コギト・エルゴ・スム(我、考える ゆえに 我が 存在する)」と言ったんですね。(スペル間違っているかな?)
ところで、有名な「我思うゆえに我あり」って、ちょっと訳が間違っていると思いますね。英語では
“I think so I am”
ドイツ語では
“Ich denke also bin Ich”
です。

でも、このデカルトの考え方は、「考える自己」と「考えられる自己」を分けることになってしまい、それからのヨーロッパの思想史に身体二元論というやっかいな問題を残したのでした。
おそまつ。
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