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無躾な質問ですみません。
与謝野晶子さんの「君死にたまふことなかれ」のモデルとなった弟さんは、その後どうなったのか、ご存知の方は教えて下さい。
子供と詩集を読んでいて、「そして、どーなったの~?」と聞かれて、困窮してしまいました。
生死だけでよいのですが、、、しっかり教えたいと思っています。
宜しくお願いします。

A 回答 (2件)

戦争からは無事帰還されたようですよ。


詳しくは参考URLを見て下さい。

参考URL:http://www.melma.com/backnumber_111318_1995239/
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
弟さん、良かったですね。ホッとしました。
おそらく、自分が学生だった頃にも、きっと同じ疑問をもったはずなのに、、、すっかり忘れてしまっていたか、今ほど、情報を収集するのが容易でなかった時代だったので、流してしまっていたかのどちらかです。
実は、中高校生だったころは、古文漢文を含め押し付けられる国語があまり好きではありませんでした。
今は、もう一度それらを勉強したい気持ちで一杯です。
子供と一緒に、一から出直すことにします。
本当に、ありがとうございました。

お礼日時:2007/01/10 00:57

親のあと継いだ弟ですね。

兄たちは学者やなくなったから3男が継いだ。
こういうことらしいです。資料の食い違いにも触れています。

http://www.geocities.jp/sybrma/62yosanoakiko.shi …
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この回答へのお礼

更に、丁寧な補足を有難うございました。
晶子さんの、ご家系はとても優秀だったのですね。
実は、今回のこの質問に行き当たったいきさつは、子供の冬休みの宿題で、好きな詩を発表するというものだったのですが、、、始業式前夜になって、、あたふた。
親子で散々悩み、、、いじめや自殺で、学童児達が迷っているこの時代に、命の大切さを伝えたくて「君死にたまふことなかれ」を選びました。
いろいろ探していて、最初は、与謝野晶子さんか~懐かしいな、、、という程度から始まりましたが、すっかりのめり込んでいる自分がいました。
近く、本屋さんに行って、詩集を探してみようかな、、、と思っています。
本当に、有難うございました。

お礼日時:2007/01/10 01:10

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Aベストアンサー

子供にわからないところは
あなたが説明してやって、
原文で紹介するほうがよいとおもいます。

参考URL:http://www.geocities.jp/the_longest_letter1920/kimi_shinitamou_koto_nakare.html

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

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中学校1年生の子供からの質問なのですが、

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どなたか教えていただけますか?
私も勉強したいです。よろしくお願いします。<(_ _;)>

Aベストアンサー

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるということはほとんどなく、武士に言われるがままに任命していたわけですから、実権は武士の側にあったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
ただ、今の天皇陛下も政治的な実権はまったくなくて象徴として存在しているわけなので、それとちょっと似ているというような説明は、できるかもしれませんね。(今でも首相を任命するのは天皇と決まっています。ただし天皇が首相を選ぶことはできず、国会が選んだ人を形式的に任命するだけです)

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Q子供の友達の親に言ってしまいました。

子供の友達の親に言ってしまいました。
小学二年の娘の友達で1年からほぼ毎日のように遊びに来る子がいます。週二日はその子のうちで遊ぶ約束なんですが親が嫌だと言ったからと家に来ます(その子のママ曰く勝手に出て行くらしいんですが)その子のとっては都合がいい家なんでしょう。

その子がなかなか言うことを聞いてくれない子であがっちゃだめと言う日も勝手にあがってきたり、お菓子に文句付け自分の好きな物を用意してといったり、冷蔵庫を勝手に開けて棚の食べ物を取り出して食べていいと食べたりなど、ひどいときはその子が嫌いな子は家に入れるなと言う始末、うちは5時までが遊び時間と決めていたのでその子にも言っていたのですが、私は5時半までだからと何回言っても聞いてくれずそれどころか延長するように言ってきます。(最終的に追い出しましたけど・・・)

毎回だめと注意し厳しく言ったのですがなかなか帰ってくれず約束守れないなら出入り禁止にしようと考えたのですが娘が一番気に入っているお友達だったのでそれもできずどうかと迷いましたが、親に時間のことだけは手紙を書いてお願いしてみました。すると怒られたらしく時間を守ってくれるようになりました。しばらくは良かったのですが、最近まただんだんと時間がきても帰らなくなり延長をしてと毎回行ってくるのでもう聞き流して時間がきたら帰らしてました。

親に毎回言うのも嫌だし毎日そうしていたのですが、この前子供に今日は用事があるから遊べないと伝えてといった日があって娘が学校の帰りに言ったらしいのですが「私も一緒に行くから大丈夫!」と何回断ってもだめだったそうです。たまになら許せますが毎回です。

子供も少しあきれた様子でもう嫌だといっていました。でもさすがに来ないと思っていたのですが、けろっとした顔で遊びに来てました。「今日は遊べないって言ってなかった?」と聞くと「うん、聞いたけど私も一緒に行くから大丈夫」というのです。

一緒には連れて行けないので帰るよう促したのですが「何で?」と帰ってくれる様子もなく注意しても聞くどころか笑っていてうちの娘のほうがごめんなさいと泣いて私に謝っていました。たぶんなめているんだろうとも思いましたが次からは約束守るように言ってその日は公園で遊ばせるようにしました。

おかげで予定も狂ってしまいイライラしました。子供の言うことで腹を立てるのも大人げないのですが、今までのこともありどうしても我慢できず親に電話しその日のことを説明し用事があるときは来ないようにお願いしました。

ところが違う意味にとられたのかその子が親から2学期始まるまでおうちに遊びに行くのも呼ぶのも禁止にされたそうです。そこまで言ったつもりはないのですが相手もいい気がしなかったのでしょう、結果的に娘に寂しい思いをさせてしまいました。自業自得ですが我慢してれば良かったのにと反省しています。注意しても聞かない子にはどう接したらいいんでしょうか?またどう我慢してますか。

子供の友達の親に言ってしまいました。
小学二年の娘の友達で1年からほぼ毎日のように遊びに来る子がいます。週二日はその子のうちで遊ぶ約束なんですが親が嫌だと言ったからと家に来ます(その子のママ曰く勝手に出て行くらしいんですが)その子のとっては都合がいい家なんでしょう。

その子がなかなか言うことを聞いてくれない子であがっちゃだめと言う日も勝手にあがってきたり、お菓子に文句付け自分の好きな物を用意してといったり、冷蔵庫を勝手に開けて棚の食べ物を取り出して食べていいと食べたりなど、...続きを読む

Aベストアンサー

小学校2年生の男の子の母です。
似たような子が息子の友達にもいます。。

はじめのうちはその子ももう少しおとなしかったのではないですか?
遊びにいく回数が重なるにつれて?このおうちでワガママ言っても大丈夫?
と思ってしまったのでしょう。
おそらく質問者さんの家で起こっていることが親にきちんと伝わっていなかったんだと思います。
息子の友達がそうでした。

それまでは基本的に子供のことは子供同士で考えさせ、決めさせて自立心を養わせようと思っていたのですが、息子はそれが完全に裏目にでた形で大きなトラブルになってしまいました。

それ以降、私も反省し、遊ばせるときにはなるべく親同士も一緒に顔を合わせることにしました。
子供の友達と、そのママを家に一緒に呼ぶのです。
うちはマンション住まいなのですが、ドタバタとするような時は
『下の人に迷惑だからドンドンしないでね~!』と注意します。
するとだいたいの親が『こらっ○○!気をつけなさいよ~!』と怒ります。
そうして最近では価値観が合うママとは、子供だけ預かって遊ばせたりもするようになりました。

ちなみにその子は親が一緒に遊ぶ時間を作れないので、少し可哀相かもしれませんが
放課後、休日に遊ぶことを3年生になるまで禁止しました。
もちろん、学校内で遊ぶのは構わないし、私もその子に会えば普通に接します。
ちなみに3年生までと区切りをつけたのは、ある程度の分別がつくようになるまでの期間を子供に明確に説明したかったためです。
息子もさすがに懲りたようで、約束はきちんと守っています。

私がこのくらいの年齢の頃はもっと自由に遊んでいた記憶があって、
自分の息子にも同じ感覚でいたかったのですが、時代の流れでしょうかそれがとても難しいことなのだと思い知らされました。
時には娘さんに寂しい思いをさせてでも、親がトラブルを回避してあげるべきだと思います。

質問者さんは電話して正解だったと思いますよ。
相手の親もきっと今までの行動から察して厳しく言ったのではないかと推測しますが、
万が一相手が気分を害してしまっていたとしても、いっそのこときっぱり割り切ってしまいませんか?
親同士の価値観が違うのだ、と。
ここで我慢しているとそのうちもっと大きなトラブルになる可能性が高いと思います。

息子の学校では、女の子は2年生の終わり頃には仲良しグループを作りはじめ、
3年生になるとグループ同士の対立なんかもたびたび起こっているようです。
もし可能であれば、娘さんに今からでも他のお友達と仲良くするように
言葉が悪いかも知れませんが誘導してあげるのもひとつの手かとも思います。

小学校2年生の男の子の母です。
似たような子が息子の友達にもいます。。

はじめのうちはその子ももう少しおとなしかったのではないですか?
遊びにいく回数が重なるにつれて?このおうちでワガママ言っても大丈夫?
と思ってしまったのでしょう。
おそらく質問者さんの家で起こっていることが親にきちんと伝わっていなかったんだと思います。
息子の友達がそうでした。

それまでは基本的に子供のことは子供同士で考えさせ、決めさせて自立心を養わせようと思っていたのですが、息子はそれが完全に裏目にでた形で...続きを読む

Q義理兄妹(姉弟)は結婚んできるんですか?

兄妹(姉弟)は結婚できないことは知っていますが、
一つめはタイトルの通りで義理兄妹(姉弟)つまり、戸籍上では兄妹(姉弟)だけど、実際は血はつながっていない人は結婚んできるんでしょうか。

2つ目は血のつながっている兄妹(姉弟)だけど、何らかの理由で、戸籍上では兄妹(姉弟)ではない人。例えば、小さい頃に親に捨てられたなど…。また、このばあいで、当人たちが実は兄妹(姉弟)だったと、知っている場合と知らない場合では何か結果が違うのでしょうか?

分かりにくい説明ですみません。

Aベストアンサー

前者は、戸籍上で血縁がなければ結婚できます。
何の手続きもいりません。普通に婚姻届でOKです。
実子と養子の兄妹、2人とも養子の兄妹、親が再婚した連れ子同士で血のつながりがない場合です。
また、兄の未亡人と弟が再婚や、姉が死んだら妹が代わりに後妻になるという事は、戦前では当然でした。
これらも、現在でも本人が希望するなら結婚はOKです。

戸籍上で血縁がある場合、たとえば父親が同じとなっている場合などでは、実際には血のつながりが無くても婚姻はできません。
その場合には戸籍を訂正して血のつながりが無い状態にすれば結婚は可能です。

後者は、法律上では結婚可能です。
婚姻届は受理されますが、モラル的には許されない事だと思います。
本人が知らないのでは、しかたがありませんが…

Q★「封建制度」を簡単に説明してください!

★「封建制度」を簡単に説明してください!

世界史の時間によく「封建制度」なる言葉が出てきます。

いろいろと調べてみたのですが、いまいちよくわかりません。

理解力を深めたいので、封建制度を簡単に説明できる方よろしくお願いします!

Aベストアンサー

封建制度とは「封」(封土=土地)を与えて家来を「建てる」と言って、つまりは
「土地をなかだちとしてむすばれた主従関係(しゅじゅうかんけい)にもとづく社会のしくみ。」
のことを言います。
御恩と奉公ですね。
もちろん日本・中国(周)・中世欧で指す封建制度とはそれぞれ少し意味が異なったりしますが、基本的には上記の意味です。

ちなみに対義する言葉は絶対王政や絶対君主制です。

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q通りゃんせの歌・・・帰りの何が怖い?

通りゃんせの歌で
「行きは良い良い 帰りは怖い 怖いながらも通りゃんせ 通りゃんせ」
と歌いますよね。

私はむかしこの歌について「7歳のお祝いに札を収めて成長をお祝いする」ために天神様へのお参りをするということで聞いたことがあるんですが、めでたい席の帰りでなぜ帰りが怖いんでしょうか?お払いとか受けた後のはずなのに。
むしろ細道の行きの方が感覚的に怖く感じます。子供の成長についても7歳までのほうが7歳からよりも危ないような気がしますし。

なにか魔物の伝承でもあるんでしょうか?

Aベストアンサー

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じような地平の話というか、心の状態なのだと思います。「神隠し」とは何かというと、子供が行方不明になるのですが、これも散文的に理由を考えると、例えば、人さらいにさらわれたとか、山人とでもいうか、サンカとか、山男とか山姥などと呼ばれている人々が連れ去ったとも言え(サンカと山人や山姥との関係は必ずしも明確でありませんが)、または、迷子になって死ぬ子供とか、または、食人の野生人が山にいたのかも知れません。
 
  散文的な話ですが、子供が遊びにでかけると、行く時は、遊びに行くので楽しいが、帰れるかどうか分からない……「神隠し」に会う可能性があるぞ、という歌なのではないかと思います。「帰りは怖い」は、行って帰って来て、帰りが恐ろしいのではなく、帰ろうとすると恐ろしいものがたちふさがるということを警告している、あるいは、遊んでいる子供達は、直観的に理解していたのかも知れません。
 
  「七つのお祝いに、天神様の細道」ですが、天神は怨霊を神として祭ったものです。非常に古い日本の伝統的な宗教観が、怨霊は神として祭らねばならないということを教えるのです。そして「七」というのは、吉兆数ですが、神秘数でもあり、諸星風に言うと、「異界」への数とも言えます。
 
  諸星の話からの連想だと、「神隠し」の背後には、子供を神の生け贄にして殺すという儀礼が背景にあった可能性も想定し得るのです。七歳の祝いの日に、子供に晴れ着を着せて、神界への細道を進ませ、そして子供は消えて、帰って来なくなるのです。
 
  行きは、「神界」へと晴れて行くのですが、帰りは、「異界=黄泉の国」へと帰って行くのです。それでもよいなら、「通りゃんせ」という歌なのでしょう。
 

参考URL:http://homepage2.nifty.com/osiete/s683.htm

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じ...続きを読む

Qピッチャーマウンドからホームベース間の距離

 ピッチャーマウンドからホームベース間の距離と
各ベース間の距離を教えて頂きたいのでお願いします。

それと、そのようなルールが紹介されているホームページ
も教えて頂きたいのでお願いします。

Aベストアンサー

マウンドとホームベース間=18.44メートル
各塁間=27.43メートル

これは中学以上は高校・大学・プロ・草野球(汗)まで、すべて共通です。

小学生やリトルリーグは別です。

「野球」「塁間」「距離」などをキーワードにして検索してみてください。

参考URL:http://www.google.co.jp/

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む


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