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お節介を好んでする人がおります。そのケースの深層心理というものは、どのようなものなのでしょうか?
親切心が要らぬお節介になることがあるようですし……
質問の仕方が悪いのですが、お節介をしたくなってしまう人の深層心理、宜しく、お教え願います。

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A 回答 (11件中1~10件)

人間の欲求には5段階あるといわれていて、


マスローの欲求段階説によると
1 生理的欲求
2 安全の欲求
3 愛情の欲求
4 社会的欲求
5 自己実現の欲求
とピラミッド型になっているそうです。
1の欲求が満たされると2の欲求を満たし・・・と最終的に5の欲求が満たされるまで、満足できないらしいです。

基本的にお節介な人は自己実現欲が満たされていないので、それが満たされるまでお節介はとまらないらしいです。
つまり、人から1個人として認められたいという欲求が根本にあるわけです。
お節介をしている人の大部分は、ありがた迷惑とはまったく考えません。あくまでも人のためにやっていると思っています。なので、自分が理解されないとその理由もわからず、お節介を続けてしまうのです。
また、お節介をする人だけではなく、その周りの人々の対応のしかたにも原因があるようなので周りの人の対応の仕方が変われば、お節介はなくなっていくようです。
あやふやな知識なので、ちゃんとしたURLを探したかったのですが「お節介」については見つけられませんでした。
マスローの欲求段階説は有名なので心理学を検索すればあると思います。

>gooでせっせと回答してくれる人はある意味みんなお節介じゃない?
なるほど・・・確かにそうかも。ということは、わたしもお節介(゜o゜)
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お節介は自己実現のためであると……

お礼日時:2002/05/08 00:17

 ある知人の場合。


 相手の関心を買いたくて、とにかく心情的な絆をもちたがって、やたらと贈物をしたがる。
 そのために自分の好みで行動しては、迷惑がられたり怒られたりして傷ついている。
 寂しがりや、と解釈しやすい境遇もあいまって、はたで見ていて哀れささえ漂う。
 先日、例をあげて説明してみた。
「だから、例えばドクターストップでダイエット中の人に、『好きなだけ食べなさい』てとても美味しいケーキをあげたら感謝されると思う?」
 とりあえず、その場は納得したらしい。
-------
「小さな親切、大きなお**」という言葉が示すように、相手が喜ぶか迷惑がるかは紙一重だと思います。
 求める人に手を貸すのも断るのも、どちらも親切と言える事もあるでしょう。たとえば手を貸すのはその場での短期的親切、断るのが結果的に相手の為になる場合は長期的な親切、というように。

 常に相手のことを思いやった判断をし、その行く末にまで責任をもつ自信がある行動をする……などという芸当はわたしには無理なので、わたしが何かをするのは「ただのきまぐれ」が多いです。
 自分の持っている(売るほどでもない程度の)経験的情報が、見知らぬ誰かに某かの価値あるものになるのなら、それはそれでけっこうなことだと思ってここで回答しているわたしの心理は……ただの貧乏性かも。
 
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

なにやら、やわらかな気持ちになりました。

よろこばれようとして行動するのではなく、自分の行動が結果として役に立ったり、よろこばれたりしているのが普通の生活だと思います。

お礼日時:2002/05/10 03:03

お節介はお節介でありまた親切であることには代わりがないように思えます。


親切を受ける側の感じ方によりお節介に感じるのだと思います。

その事例に出ていることを例にとればお節介と自覚しているのならあらゆる可能性を検討するでしょう。
「虫を取りましょうか?」と聞くんじゃないですか?
だってゴキブリだろうがなんだろうが大切に思う人がいるかもしれないというそれくらいの配慮がなければ自覚しているとはいえないと思います。
了承を取る事が第一条件では?
また了承を取ってそれでも悪い結果になったとしても責任を取らなければならないでしょう。なぜならお節介だから。
また、お節介ならば最低限そのお節介に責任を取る、これが大事でしょう。(なんかえらそうだけど)
以上に上げたことによりお節介と自覚している人はお節介な人ではないでしょう。


こんなパーフェクトな人間がいるかどうか知りませんけどお節介と自覚することは
そんぐらいじゃなきゃ駄目じゃないですか?
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

そうですね。
勉強になりました。

お礼日時:2002/05/10 03:05

自分を表現する為の一つ!かな。



他の部分で、自分を表現できていてそれなりに満足していたら、
度の過ぎたお節介はないと思います。
人に何かをしてあげる事は、自分を表現するのには手っ取り早く、
手軽に充実感を得られるから。

親切心は、相手の喜ぶ顔を見たり、相手に役立てる事で、
自分が幸せな気分になりたいから。

私の場合です。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

手っ取り早く充実感が得られる自己表現ですか。ウン。
なるほど。

お礼日時:2002/05/10 03:10

ひねくれた回答をします。

(深層心理の一部だと思います)

お節介をする人は困迫している人がいることが嬉しいのではないでしょうか。
そしてお節介をすることによりその困っていることを強く自覚できるから、つまり助けているようで結局他人の不幸は嬉しいということでは?(←自分はまだ幸福)
幸福を他人との比較に見いだす人なのかもしれませんね。ということは私を含めて多くの人がそうなのかも、つまり私もお節介になる可能性がある。

あとお節介な人はそれを自覚しているのならば問題ないですけど自覚してない人は最悪ですね。(上記してあることはもちろん自覚していないひとです)無責任になりかねないからです。(というか無責任か?)

うーんとっても自分が人間不信な気がします。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

自覚できてない人がお節介で、できてるひとは親切とは図式化できませんね。

1事例:撮影のために飼育していた蝶の幼虫を、郵便局員がすべてとって捨ててしまったのです。
「虫をとっておきました」
「撮影するために飼ってるんだ。頼みもしないことを、どうしてやるんだい?!局長連れて謝罪に来な!」
「スミマセン」
「1年待たなきゃならんのだよ。ええっ」

お礼日時:2002/05/08 06:50

私もお節介人間を自認しております。



そのお節介行為の動機は、まさにNo.5の方とNo.6の方がおっしゃっている「自己実現欲」「認めてほしい欲求」にほかならず、自分が人の為にせっせと働き、その結果何がしか人の役に立った時というのは、この世界で自分の存在価値が認められたことの最も端的な実感であり、なかなか止められません(笑)。

だた、そこには感謝や見返り(そのもの)を求める気持ちは微塵もなく、感謝されて嬉しいというのは、自分が役に立った、すなわち自分の存在価値が認められたという事が確認できて嬉しい、ということだと思います。

もちろんそこに、相手にとって自分の行為が、肯定的に受け入れられるか、ありがた迷惑となるかをあらかじめ見極める配慮が伴わなければならない事が前提であることは言うまでもありません。

また、お節介好きの人というのは、往々にして「頼まれると『イヤ』とは言えないタイプ」が多いようです。

何だかまとまらない回答で済みません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

shino911さんのお話を拝誦しつつ「だよね!」と思いました。そして、「人間て淋しいから行動するんじゃないか」という言葉が脈絡もなくでてきました。

お礼日時:2002/05/08 00:30

「回復!スパスパ人間学」によると、欲求を満たすためのようですね。


社会的、生理的要求は満たされても、実は必要とされていない、認めて欲しいといった要求がお節介を生むのとか。
下記URL見てみてください。
対おせっかいの技も載っています。

参考URL:http://www.tbs.co.jp/spaspa/011101.html
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

「……親切をとおりこしてかなりのお節介……」という表現がありました。そうか。過度の親切がお節介の定義であるのか。で、エスプリの深層には「認められたい」願望。
ウン。

お礼日時:2002/05/08 00:23

 深層心理の話をするなら、学術的な言い方をした方がいいんでしょうか。



 人間が何か行動する「動機」には、かならず「報酬」があります。つまり、人間は「何かが欲しいから」という理由によってのみ行動します。

 「何も欲しくない」というボランティアの方々もいますが、彼らは、「笑顔」が得たいがために行動します。これは人道的に素晴らしい、という以外、「報酬」という意味ではお金と変わりないわけです。

 実際には、お金をもらうことよりも、誉められたり感謝されたりすることの方が人間としてより「嬉しい」ことが実験で証明されており、彼らはそれを欲して行動するのです。
 誉める/叱るのメリハリをつけることが教育上重要なのも、この辺に理由があります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お節介の深層に潜むのは「報酬」をゲットしたいから……

お礼日時:2002/05/08 00:11

私は自分自身がお節介人間であることを自認しています。



なんか・・・ほっておけないんですよねぇ、自分が経験したことや知ってること、あきらかに間違ったことをしている人が目の前に現れちゃったりすると(^_^;)

要らぬお節介とわかっているから強要はしないように十分注意はしているつもりだけど、結果は気になりますね、関わってしまったら。でも感謝されたいと思ったことはありません。

くさいの承知で言うと、世の中の人全員が幸せにでいてほしい、みたいな感じが心の深くにあるんです。そんなこと思うのは自分の勝手だし、なにを幸せに思うかは人によって感じ方がちが違うことも承知しているから、アドバイス通りにならなくても気になりません。

お節介な人で悪い人はいないんじゃないかな?gooでせっせと回答してくれる人はある意味みんなお節介じゃない?
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

そうですね。感謝されることが目的ではないし、自己満足でもない。お役に立ちたいというのでもないのかな。

お礼日時:2002/05/08 00:07

2通りパターンがあるんじゃないでしょうか?



1つは No1の方がおっしゃるような、ただ感謝されたい型
「ありがとう」とか言われれば誰でもやはり嬉しいものですよね
自己満足タイプのお方。

このサイトの回答者もこちらの部類に入られている方が多いのではないでしょうかね?


2つ目は 掘り下げタイプの 「~~してあげた」から「感謝された」と
思いこみそれが、たとえ相手にお節介であったとも気付かず
良い事を「してあげた」と思う 自己中心的なお方。

この場合 お節介?してあげた相手に まんまと裏切られると
「私は貴方に~~してあげたのに」と恨み言の様に言われてしまう
まさに、究極のお節介な人間に変貌します

貴方の周りにもいませんか~?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お役に立ちたい願望で、お節介の前に、取材なり調査なりで可也の努力をすることもあるでしょう。ということは潜在的な向上心も強烈なのでしょうね。

お礼日時:2002/05/08 00:02

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お節介な人を『否定をしないほうがいい』理由は?
よく上司や近所の人など、切るに切れない人から、しつこいお節介や押し付けを受けて嫌な場合、相手を否定せずに受け流したほうがいいといわれています。たとえば『何で結婚(出産、マイホーム購入など)しないの?早くしたほうがいい。私なんか~だった。だからあなたはだめ。』など。これには『そうですね~。私だめなんですよね~。』と言うと良いとよく書いてあります。確かにわかりますが、今まで相手が付け上がるだけ、自分はストレスがたまるだけでした。否定したり、私はこういう考えがあるので、余計な御節介ですなどと言わないほうがいいそうです。どうしてでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。30代既婚女性です。

言って分かるようなデリカシーのある方なら、初めからそういう無神経な発言をしないからですね。
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(別の計画があると言っていたにもかかわらず)
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私のあとをついてきたいのではなく、行動に同調、
コントロールしたいような感じで、
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事業計画にしても、私が予定していたものとは
まったくかけ離れた計画を相談なしにたてて
それ用に不動産まで探してきました。

迷惑だと伝えると 
「こんなにがんばったのになんで?」と言われて
現在は顔をあわせる度に嫌味を言われます。


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(恋愛関係はない 彼女は既婚者です)
大切にしていますが、最近のおせっかいぶりは異常です。


こういう人の心理はどうなっているのでしょうか。
また、対処方法はありますでしょうか?
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

ある程度の信頼関係をお持ちのご関係らしいですが、その信頼という枠を超えて彼女があなたの領域に侵入してきているということのようですね。

この問題の要点は、彼女がそのことに気付いていないということではないかと思います。
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干渉 (by 辞書):
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時と場合によっては 人権侵害にもなり得たり、干渉の程度によっては、自由な発想、行動に制限されたり、他者の影響を受けること、他者のペースに巻き込まれること もあります。
自分が協調性をもって関われる関係性にボーダーラインは誰しも引いているものですが、それを超えても許可される人、されない人というのもあり、個人的な問題になりますが、それは他人、職場関係、友人関係は当然のことですが、親しい家族や恋人であっても立ち入れない、プライバシーが尊重されるべく時間、というのも人には必要なことがあります。

関わろうとする人の行為、意見、時間が、その人のしようとしている行動や考え方、心に どちらかというと、悪い結果をもたらすような場合に、人は 干渉と感じ不快になるのではないでしょうか?

悪い結果とは、干渉してくる人の行為が、たとえ楽しくとも、しなきゃならないことが出来なくなるような所迄行くと、当人にとってはしなければならない事もできなく、"妨害" という結果に導かれたりすることもあります。
心配して関わってきたとしても、相手にとっては何1つ解決になる手段や方法の内容を提供できたり、アドバイスどころか、同調して自身の不安を訴えるだけで、時間の制限ある大変な事態などに、何の解決策のない心配は、不安増長させるだけに時間が裂かれ、その時できるすべきことをできぬままにされたり、時間が奪われることになったりもします。
自分の好意から意見をしたり、よかれとアドバイスをしたり、、、がたとえ正しくとも、当人は等身大に、正に考えている最中のことばかりで、自分の頭で考え自主的に行動に移すべき成長過程に、力あました人が、自分のすべきことを超えて、おせっかいに人の領域にまで入り込んでいろいろ世話すること、も、結局は自分がしなければならない、代わってやれる行為ではないし、わかっているのに先駆け口出しされると 迷惑に感じたりということもあります。
また、何か良い事、好意でしたいと思う親切心からかも知れませんが、受けてがOKなやりかた、方法、心の状態、性格など相性にもより、干渉に感じられる不快となることもあります。

誰もが、ひとりで静かに心安定させて過ごしたい時間はあるものですよね。

たとえ 家族や夫婦との生活の中でも、人が集まるところには干渉となり得ることがたくさんありますし、だから喧嘩などもするのでしょうね。

時と場合によっては 人権侵害にもなり得たり、干渉の程度によっては、自由な発想、行動に制限されたり、他者の影響を受けること、他者のペースに巻き込まれること もあります。
自分が協調性をもって関われる関係性にボーダーラインは誰しも引いているものですが、それを超えても許可される人、されない人というのもあり、個人的な問題になりますが、それは他人、職場関係、友人関係は当然のことですが、親しい家族や恋人であっても立ち入れない、プライバシーが尊重されるべく時間、というのも人には必要なこと...続きを読む

Qおしゃべりな人の心理状態とは?

「立て板に水」のように、自分の話題をしゃべり続けるおしゃべりな人がいますが、これはその人のどんな心理状態がそうさせているのでしょうか?

Aベストアンサー

おしゃべりというのは、性格的な物だと思います。ユングは心的エネルギーが外界に向かう「外向型」と、それが内界に向かう理論派の「内向型」の2つに分けました。
おしゃべりというとその分類からすれば、外向型になると思います。

会話というのは、話すと聞くとがピンポンのように行ったり来たりして、感情の交流が図られた時に楽しいと感じると思います。外向型の人でも、聞き上手であればその人と会話して楽しいと感じるでしょう。また、内向的な人でもよく話を聞いてくれると重宝がられると思います。

おしゃべりという、どちらかというとマイナスイメージになります。話を聞かないで一方的に話しまくって、話を聞かない人が多いのではないでしょうか。
おしゃべりな人を観察してみると、自己顕示欲が強い人が多いかなと思います。自分や家族の話を延々と話すと思います。それを分析すると、いろいろあると思います。コンプレックスの裏返しで自分をよく見せようとしたり、他人に受け入れられたという感情が乏しく愛情に飢えていたりするなど人それぞれだと思います。

この程度の性格の偏りだと「あの人はちょっと変わっている人」で済みますが、極端な性格の偏りで病的になると人格障害という範疇に入ります。演技性人格障害や自己愛性人格障害などが考えられます。
演技性人格障害はDSMーIVという判断基準には、「過度な情緒性と人の注意を引こうとする広範な様式で、・・・」とあります。それで、「自分が注目の的になっていない状況では楽しくない。」などの診断基準が8つあります。
自己愛性人格障害は、「誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範な様式で、・・・」とあります。それで、「自己の重要性に関する誇大な感覚(業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められる事を期待する。)

最後に気をつけてもらいたいことは、おしゃべりな人が全部がその病的な物になるということはありません。そのような病的な物は、それによって社会生活が営めないとかなどの障害が出たときだけです。

おしゃべりというのは、性格的な物だと思います。ユングは心的エネルギーが外界に向かう「外向型」と、それが内界に向かう理論派の「内向型」の2つに分けました。
おしゃべりというとその分類からすれば、外向型になると思います。

会話というのは、話すと聞くとがピンポンのように行ったり来たりして、感情の交流が図られた時に楽しいと感じると思います。外向型の人でも、聞き上手であればその人と会話して楽しいと感じるでしょう。また、内向的な人でもよく話を聞いてくれると重宝がられると思います。

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Q「人に物をあげるのがすき」心理

検索しても適切な例がなかったので、こちらで質問します。

私は人に物をあげるのが好きです。

親しくなくても、相手が何を欲してるか見ただけでわかることが多いですし、実際プレゼントや贈り物の機会でも、そのとおりにすれば喜ばれますし、贈り物のセンスがよいといわれます。

でも、私自身はもっともっと毎日誰にでもあげたいと思っています。
ものだけでなく、親切にしたい、役に立ちたい、喜ばれたいと思っています。
楽しいものを作ったり考えたりするのが好きです。

しかし、日常生活で自分の願望を丸ごとやってしまうと、経済的にも堅実で快適な人間関係にも、そして社会的にも問題がでるレベルなので実行しません。

その代わり、営業職に就いて歩合給以上と思える(あくまで自分の中で)親切行為で、営業してます。
仕事先と家の往復で、人間関係は希薄です。
営業成績はどんどん伸びて、社内でもトップレベルです。
実生活で実行すると問題になる親切行為が、金銭との交換というプロセスで、昇華されています。

人に物をあげるのがすきなのは、これは生まれもった特長なのでしょうか?
それとも、何か心理的な裏返しでこういった行為に浸るといった理屈があるのでしょうか。

今日も営業して楽しかったです(←これ入らない情報ですね。)

回答、感想などありましたら、どうぞ、よろしくお願いいたします。
30代ですが、育ちや経験、性別など補足要求があれば、なんなりと書き込んでください。
約3日くらいで締め切る予定です。

検索しても適切な例がなかったので、こちらで質問します。

私は人に物をあげるのが好きです。

親しくなくても、相手が何を欲してるか見ただけでわかることが多いですし、実際プレゼントや贈り物の機会でも、そのとおりにすれば喜ばれますし、贈り物のセンスがよいといわれます。

でも、私自身はもっともっと毎日誰にでもあげたいと思っています。
ものだけでなく、親切にしたい、役に立ちたい、喜ばれたいと思っています。
楽しいものを作ったり考えたりするのが好きです。

しかし、日常生活で自分の願望を丸...続きを読む

Aベストアンサー

適切な贈り物というのは、普段の様子などから相手をよく理解していないとできないものなので

送ったときの相手の反応 → 自分の相手への理解が正しかったかの確認

相手に贈り物をする → 自分が相手をどれだけ理解しているかを伝えたい

だれかを理解する・察することが楽しい…なのかなーという気がします。私が割とそんな感じなので。

Q愚痴だらけの人の心理。教えて下さい。

母親が毎日愚痴ばかりをこぼします。
聞きたくないので、聞きたくないと言っても、また忘れているのか、同じ様な愚痴を言い続けます。

子供の頃からで大変な時期もあった為、愚痴をまともに聞いて過ごしていたんですが、数年前、真剣に自分が聞いていたのに、相手はそうはとっていなかった事を知りました。
(アドバイスしていた事を、そうとはとられていないとか、あなたには迷惑は掛けてないとか・・・そう言った事を言われました)

それからは、想像以上のショックを受け、母にも「聞くのは嫌」と伝え、まともに聞かない様にしているのですが、それでも愚痴ってきます。
日常会話で入るので、止めきれるものでもなく、大変しんどいです。
また、止めると拗ねるのか無言になり圧力をかけてきます。
(それが耐えられなくて、子供の頃から聞いていた習慣もあったので、今でもそういう風になると自分が罪悪感に捕らわれるという感じになり辛いです。他の人にも同じ感覚になるので、重症だなと思います。)


拒否しても愚痴を言い続けるのは、いったいどういった心理なのでしょうか?
答えを求めていないのは、充分わかっていますが、ストレス発散で喋っているという感じとも少し違う感じがします。

愚痴をいう人は寂しい人だと、何か聞いた事もあるんですが、本当でしょうか?
それなら、私は母の寂しさを紛らわす道具ではないので、余計聞きたくないなと思います。

愚痴ばかりいう人達って、どういった心理が隠されているのでしょうか?
なんか、そういうのが、分かるとこっちも違った目で見られるようになって、楽になれそうな気がするので、どうか教えて下さい。

母親が毎日愚痴ばかりをこぼします。
聞きたくないので、聞きたくないと言っても、また忘れているのか、同じ様な愚痴を言い続けます。

子供の頃からで大変な時期もあった為、愚痴をまともに聞いて過ごしていたんですが、数年前、真剣に自分が聞いていたのに、相手はそうはとっていなかった事を知りました。
(アドバイスしていた事を、そうとはとられていないとか、あなたには迷惑は掛けてないとか・・・そう言った事を言われました)

それからは、想像以上のショックを受け、母にも「聞くのは嫌」と伝え、...続きを読む

Aベストアンサー

臨床心理士です。
あなたのお母様に当てはまるかどうかわかりませんので、一般論としてお聞きください。
フロイトは「我々が承認できない感情を抱き、これに正面から立ち向かい得ない時、我々はその感情が存在しないものと思い込もうとする」と述べています。
これは「抑圧」と呼ばれ、抑圧は精神によくない影響を与えます。
誰でもこのような感情は持っており、それをコントロールするために人は趣味、食事、スポーツ、恋愛、娯楽、相談など様々な方法で抑圧から逃れようとします。
その中の方法のひとつに「愚痴」があります。
逆説的に述べますと、「愚痴ばかり言う」人は上のような「様々な方法論」を持っていない人です。
しかもひとつの方法に固執すればするほど、他の方法を行わなくなります。なぜならその方法で抑圧からの
開放が十分できているため、「あえて他の方法をためす」必要が無いからです。
(以上のことは全て無意識下で行われていることがほとんどです)
「愚痴」をストレートに止めてしまうのは精神状態が悪くなる恐れがあります。
抑圧からの開放を愚痴に特化する人は自己中心的性格が強い方が多い傾向にあります。
「愚痴」をやめさせるには「愚痴以外の抑圧開放手段」をコツコツ提示してあげるという地味な作業が必要になります。

臨床心理士です。
あなたのお母様に当てはまるかどうかわかりませんので、一般論としてお聞きください。
フロイトは「我々が承認できない感情を抱き、これに正面から立ち向かい得ない時、我々はその感情が存在しないものと思い込もうとする」と述べています。
これは「抑圧」と呼ばれ、抑圧は精神によくない影響を与えます。
誰でもこのような感情は持っており、それをコントロールするために人は趣味、食事、スポーツ、恋愛、娯楽、相談など様々な方法で抑圧から逃れようとします。
その中の方法のひとつに...続きを読む

Q甘やかされて育った子供と厳しく育てられた子供の性格は?

甘やかされて育った子供はわがままになると言われますが、本当のところどうなんでしょうかね?
逆に厳しく育てられた子供は、どうなるんでしょう。
単純にわがままの反対はがまんだとおもうので、がまんのできる子に育つと考えていいでしょうか?

みなさんの意見を聞かせてください。
よろしく御願いします。

Aベストアンサー

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対する達成感がなく(実際には分からない)、どこまでやっても『やり遂げた』という気持ちがあまり具体的にわいてこず、そのうちに『出来ていないんじゃないか』『不十分なんじゃないか』といった不安感に襲われ、やる前から諦めてしまう、さらに悪い状態なら欝になる。

厳しく育てられてきた場合は逆に、厳しい事を聞かなければならないというプレッシャーから、人の顔色を見て育つようになりがちです。求められている事をきちんとこなしているか、これで叱られないだろうか。
なので叱られる事がないようにするために褒められる事もなくなり、結果愛情を求めるようになってしまい傾向があります。

そう考えると、kiccaさんのおっしゃるとおり、やはり叱るべきところはきちんと叱り、その上で甘やかす部分も作ってあげ、そのメリハリをきちんとしてあげるというのが理想だといえますね。

叱る事によって社会のルールをきちんと理解させてあげ、褒める事によってその子のもつ才能を伸ばしてあげる。時には自分の行いを子供の前で反省する事もあってもいいですし、あえて子供を褒めるように料理のお手伝いを頼んでみたり(きれいに切れたね、上手に盛り付けられたね、など)。

それによって、自分自身の『気付き』も生まれてくるものですよ。

子供を育てるのではなく、子供の人生を育てる事が本当の意味での『育児』なんですよ。
自分の経験を見直して、『反面教師』として受け取った事に対しては『私は○○をされて嫌だったから子供にはしない』と考えて、楽しく人生を送る事が出来るように導いてあげてくださいね。

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対す...続きを読む

Q1人で喋り続ける人

私の知人で、1人で喋り続ける人がいるのですが、こちらに話す隙を与えることなく延々と長く話を続け、「他愛もない会話」なきままに、4時間~10時間一緒に食事したり飲んだりして過ごします。
私はずっと聞き役です。

居酒屋では、ドリンクだけ頼んで、料理の注文もしないまま長話が始まり、料理の注文するまでの間が30分以上ということもしばしば。。。

相手のことなどお構いなしに喋り続けるのですが、こういう人って、精神的な病を持っているとも考えられますか?
以前、男友達の件で相談したことがありますが、その人がこういった感じの人なんです。
それと、もう1人、以前働いていた会社に同じようなタイプの女性がいて、その女性も立ち話で2時間3時間1人で喋り続け、帰らせてくれませんでした。。。
カフェで話をするときは、大抵彼女が30分以上平気で遅れてきて、何も注文しないまま3時間は1人で喋り続けていました。
間が空かないので口を挟むことも出来ず、神経が参ってしまったんですが、何故「会話」をすることなく1人で喋り続けるのだと思いますか?

とても不思議に思ってます。

私の知人で、1人で喋り続ける人がいるのですが、こちらに話す隙を与えることなく延々と長く話を続け、「他愛もない会話」なきままに、4時間~10時間一緒に食事したり飲んだりして過ごします。
私はずっと聞き役です。

居酒屋では、ドリンクだけ頼んで、料理の注文もしないまま長話が始まり、料理の注文するまでの間が30分以上ということもしばしば。。。

相手のことなどお構いなしに喋り続けるのですが、こういう人って、精神的な病を持っているとも考えられますか?
以前、男友達の件で相談したことがあ...続きを読む

Aベストアンサー

何故か昨日から、この話題ばかり目に付きます。
それだけ「不思議」に思われる方が多いということは、同時にこの障害(?)を持たれている方が如何に多いかの証明になりますね。
一説によると100人につき1人だそうですから。

もちろん断言はできませんが、アスペルガー症候群をお持ちの方々だと思います。
話し続ける人、寡黙な人、様々ですが、共通点として「コミュニケーション障害」が顕著なのです。

ご質問者もぜひ、アスペルガー症候群はじめ、広汎性発達障害、自閉症スペクトラムといった概念について勉強され、知識を深めて下さい。

辛い思いをされているのは、実は彼らなのです。
社会的認知が、日本ではゼロに近いですから。

参考URL:http://www2u.biglobe.ne.jp/~pengin-c/my-as.htm

Q言いやすい人のミスにはキツく騒ぎ立てる人の心理

 冷静に見ても、
「ハキハキしていてポンポン物を言い、弁舌滑らかでキツめの毒を普段から吐く(軽口を叩くことが簡単にできる)性質の人たち」というのは、
逆のタイプ(「おっとりした物言いで、言葉を選びながらしゃべり、反論・悪口を言う事無く、いろいろと我慢してしまう性質の人」が犯したミスにはキツくあたることが多いです。

 また、このような人達(ハキハキしている強気の人)は、仲間内のミスには優しく甘く、まるでなかったことのように接するのですが、逆のタイプ(おっとりしていて反論しない人)のミスには、一つ一つ騒ぎ立てて目くじらを立てます。

 彼ら(気が強い人達)は、自分たちの態度や見方の不公平さに、気づいているのでしょうか?不公平さに、引け目を感じることがないのでしょうか?ターゲットにした大人しくて弱く見られがちな人に聞こえるように、言葉でボコボコに攻撃すれば、彼らは満足感が得られるのでしょうか?一体、どういう心理なのでしょうか?おっとりした人を、精神的に追い込んで、周囲にもその人のミスを認知させ、追放しよう(辞めさせよう)と努力しているのでしょうか?
 

 冷静に見ても、
「ハキハキしていてポンポン物を言い、弁舌滑らかでキツめの毒を普段から吐く(軽口を叩くことが簡単にできる)性質の人たち」というのは、
逆のタイプ(「おっとりした物言いで、言葉を選びながらしゃべり、反論・悪口を言う事無く、いろいろと我慢してしまう性質の人」が犯したミスにはキツくあたることが多いです。

 また、このような人達(ハキハキしている強気の人)は、仲間内のミスには優しく甘く、まるでなかったことのように接するのですが、逆のタイプ(おっとりしていて反論しない...続きを読む

Aベストアンサー

たぶん、その人たちは、そうすることで自分を守っているんでは。
自分がおとなしくないなら色々言われないだろうって思っているか、おとなしい人を責めとけば、みんながそのおとなしい人が仕事出来ないと思うから、自分は仕事出来ないとは思われないと思っているとか。
または、人とつるみ、人にこびることで自分のミスをごまかしてもらおうとしているとか。
だれかを標的にして自分を守るしかすべがないのかも。
中には他人にきつくあたることでストレス発散している人もいます。
私の職場にそっくりですね。どこも同じなんですね。あきれる。
私は、むやみやたらにすみませんを言うのはやめました。そして、言い訳にならないようにはっきり堂々とものを言うようにしました。そしたらだいぶ変わりましたよ。
会社では別人格になりましょう。演技です。
そして、私はミスをなくす努力をたくさんしました。仕事がはやくなるように努力もたくさんしました。
でも、まだ、誰にも何も損失をあたえないささいなミス(誰もいない、何も置かれていない場所を歩いていてうっかりこけそうになっただけで叱られるとか)を拾い上げてつつかれます。わざわざ拾い上げてやろうと必死な人もいます。
だから、いびりに慣れるしかありません。いびりが当たり前、いびられて給料がもらえると考えるしかありません。
私なんて腕が人に少し軽くあたっただけで、骨折して病院に行くことになったら病院代払えよ、会社休んだら休んだ分の保証を払えよ、骨折したらどう責任取るんじゃって言われました。そんなの毎日です。

たぶん、その人たちは、そうすることで自分を守っているんでは。
自分がおとなしくないなら色々言われないだろうって思っているか、おとなしい人を責めとけば、みんながそのおとなしい人が仕事出来ないと思うから、自分は仕事出来ないとは思われないと思っているとか。
または、人とつるみ、人にこびることで自分のミスをごまかしてもらおうとしているとか。
だれかを標的にして自分を守るしかすべがないのかも。
中には他人にきつくあたることでストレス発散している人もいます。
私の職場にそっくりですね...続きを読む


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